伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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番外編 アンジェリア・フォードの人生

第四十一話 再会の時

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「キーラン……?」

 呟いた言葉。その返答をするように、彼は口を開いた。

「やっと会えた」

 間違いない。キーランだ。

「え?何でここに?っていうか、いつから王都に──」

 確信すると同時に、様々な疑問が頭に沸き上がってくる。

 しかしアンジェリアは我に返った。目の前には二人を交互に見るリネル侯爵子息がいる。突然の再会で動揺したが、接客の途中だ。

「ええと……では、こちら控えになります。ありがとうございました!またお待ちしております」

 笑顔で子息を見送るアンジェリア。子息が店を出ると、交代するようにしてキーランが店内に足を踏み入れた。

「久しぶりだねキーラン」
「ああ、本当に。十年空いたからな」

 離れていた期間が長いとやり取りもぎこちなくなるかと思いきや、案外昔のように気楽に話せる。

 どこか座るところは、と辺りを見回すアンジェリア。店の奥なら机と椅子があることを思い出し、早速案内することにした。

「とりあえずこっちに」

 手招きしながら、アンジェリアは近付いてくるキーランを眺める。

「結構変わったね?背も伸びたし、全体的にがっしりって感じ」

 店先に立っていた時も思っていたが、目の前に来ると余計にそう思う。

「何年も行商人をやっていくうちに、かなり体力がついたみたいだ」
「そっか。毎日歩き回るもんね」

 そう話しつつ、アンジェリアはさっと窓の外を見る。すぐ横にある広場の柱時計は、夕刻を示している。そろそろ店じまいをしても良い頃だ。手を動かしつつ、アンジェリアは口を開いた。

「キーランはあの後、ロワイユ王国にしばらくいたの?」

 十年前、国境付近の宿屋で別れた日のこと。彼は新たにできた仕事仲間へ会うため、南下すると話していた。

「ああ。あれから五年くらいは、ロワイユ王国を中心に活動してた」

 海に面したロワイユ王国は漁獲類も豊富であり、肉や野菜だけでなく魚や貝などに関する勉強と販売も行ったらしい。

「鮮度を保つ方法を新しく考案したから活動領域も広げることができて、数年前からはトリジア王国にも戻ることが増えたんだ」

 商人認定試験が近付いた当時も、彼は食品を腐らせずに済む手立てを改良していきたいと言っていた。別れてからも、自分なりに試行錯誤して実現させたのだろう。

「おめでとう!良かったね」
「ありがとう」

 彼は嬉しそうに笑った。出会った当時は無表情が基本だった彼でも、今や表情豊かとさえ言えるほどになっている。十年も経てば不思議ではないのかもしれないが。

「そういえば、どうしてここが分かったの?」

 手紙のやり取りもしてなかったのに、と言うアンジェリア。彼女の居場所はもちろん、店を開いたことも、キーランは知らなかったはずだ。

「実はさ」

 彼は徐に口を開く。

「俺も、店を経営し始めたんだ」
「え、そうなの!?」

 思わず手を止めて振り返ったアンジェリアに、キーランは微笑んだ。

 鉄道の誕生、そして食材の保存方法や運搬方法の改良。これらは大きな良い影響を与え、行商人を続ける必要性が無くなったのだという。小料理屋を営む両親が王都で暮らし始めたため、キーランも王都の端に店を建てた。

 その後しばらくして、客から偶然アンジェリアの店の話を聞いたらしい。居ても経ってもいられなくなった彼は、閉店後急いでここにやって来たというわけだ。

「本当に驚いた。まさかこんなに近くにいるとは思わなかったから」

 彼の言葉にアンジェリアも大きく頷く。この十年互いに何の情報も得ていなかったにもかかわらず、開店場所はともかく時期までおおよそ一致するのはなかなかに不思議である。

「お店……見に行ってみたいな」
「ああ、ぜひ」

 目を細める二人。

「ミランダさんにも明日伝えなきゃ」

 アンジェリアは逸る気持ちを抑えつつそう言った。日暮れにつれて客入りも落ち着くからと、ミランダには少し前に退勤してもらっていたのだ。

「今も二人で一緒にいるんだな」

 懐かしい名前を聞き、キーランが尋ねる。

「そうなの、あれからずっと支えてくれてて。フェリクスさんは──」
「俺達も、今も一緒に働いてるよ」

 その言葉に、アンジェリアはほっと息をついた。ミランダが聞けばさぞかし喜ぶことだろう。これからは、歩いて行ける距離に仲間がいるのだから。

「近いうちに四人でご飯でもどう?」
「良いな。早速明日、フェリクスさんに話しておく」

 久しぶりの集結だ。この十年の出来事を聞き合う時が待ち遠しい。そう思いながら窓の戸締まりを確認していると、キーランは店内をぐるりと見渡しながら言った。

「素敵な店だな」

 落ち着いた暗灰色の壁紙に白い柱や窓枠。それを灯りが温かく照らしている。勘定台や外観は、青みがかった緑色を貴重としたデザイン。

「アンジェリアの色だ」

 キーランの呟きに、彼女は照れたように笑った。

「せっかくだからこだわりたくて」

 暗灰色の髪に碧眼。自分の大切な店だと示すつもりで、配色決めの際に取り入れた色だ。入り口から一歩踏み入れるたびに、自分がこの店と一体化したような心持ちになる。アンジェリアはその感覚が好きだった。

「時々お客さんからも褒めてもらえると、すごく嬉しくてさ」
「それは確かに分かる」

 キーラン自身も、店の装飾や色使いは自分の好みを散りばめたようだ。ひとしきり店作りの話で盛り上がった後、彼は徐に口を開いた。

「お客さんといえば、貴族もよく来るんだよな。さっきの人みたいな」

 アンジェリアは頷いた。

「リネル侯爵子息様は、常連さんだね」
「そうか」

 しばらくの間を置いて、彼は尋ねる。

「……仲は良いのか?」
「うーん、まあ普通かなぁ。付き合いは長いけどね」
「ああ、お姉さんの結婚式のイベントの時も話してたもんな」

 何気なしに返答されたが、ふとその記憶力の良さに気付く。

「よく覚えてるね」

 キーランが子息と会ったのは、あの時とつい先ほどの二回だけだったはずだ。しかも、ほんの一瞬。

 すると彼は言った。

「アンジェリアが貴族社会に戻る日が来るんじゃないかって、時々不安になってたから」
「え、そうだったの?」

 驚いて目を向けると、いつの間にかこちらを見ていた彼の姿があった。

「アンジェリアには言わなかった。言いたくなかった」

 学舎時代に利用していた宿舎の退去作業を手伝ってくれたアンジェリアの、平民でいようという思いの滲む姿。キーランは心配で影から見守っていた当時のことを思い出す。

 彼女の性格や気持ちを考慮した上で言わない選択をしたつもりだったが、もしかすると本当は、別の理由もあったのかもしれない。

「言ったら、現実になるような気がして」

 無理して平民になろうとしなくても良い。令嬢だった過去を感じさせまいと踏ん張らなくても良い。そんな言葉をかけてやれなかったのは、己が一番それを恐れていたからなのではないか。こうして会えた今、キーランには分かった。

「今日、まだ商人を続けていると知ってすごく嬉しかった。ただでさえ本来は手の届かない存在なのに、アンジェリアが商人を辞めて令嬢に戻っていたら俺は──」

 日没が過ぎ、蝋燭の灯りが彼の横顔を照らす。

「──俺は、アンジェリアのことを諦めるしかなくなる」

 その瞳にはとても儚い光が滲んでいた。
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