伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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番外編(二) 護衛達の道筋

第七話 傭兵の仲間入り

 その後二人は森林で捕った獣を近くの町の市場で売ったり、ソル王国で行ったように日雇いをしたりして、しばらく暮らせるほどの生活費を稼いだ。

「問題は、ここからどうするかだけど──」

 ある夜、宿屋の休憩所でミランダは口を開く。資金が貯まってきたため、近頃は宿屋に泊まる余裕があるのだ。雨風を凌ぎぐっすり寝られる場所は、身体的にも精神的にも楽だとつくづく思う。そうなれば生死の心配をせずとも良くなるわけで、自ずと生活について考える段階へと移行していく。

「安定した仕事に就くのも、選択肢としてはあるわよね」

 ミランダの言葉に、フェリクスも腕を組んだ。

「定職……我々がするとしたら、傭兵でしょうか」

 付近の飲食店で見た、傭兵センターの張り紙。組織の元構成員として技術を備えた自分達なら、最適解なのかもしれない。二人は隣町にあるという傭兵センターに足を運ぶことにした。




 その町の名はバリエという。地方の中ではそれなりに人口が多く、役所や食料品店の他にも雑貨店や花屋、書店など様々な建物が立ち並んでいた。中心部に程近い場所に位置する傭兵センターは、バリエの用心棒の要となっている。

「こんにちは」

 戦士の絵が描かれている看板を横目に扉を開けると、受付の男性が顔を上げた。

「いらっしゃいませ!ご用件はこちらで伺います」

 人好きな笑みを浮かべる彼は、柔らかな髪に丸渕眼鏡が特徴的である。一見すると気弱にも思えるが、組織で特殊な訓練を受けていたミランダとフェリクスには、かなり鍛えているのだろうということがすぐに分かった。

「傭兵登録をしたいんですが、できますか?」
「かしこまりました。契約に関する書類を持って参りますので、少々お待ちください」

 それからしばらくして男性から説明を受け、ミランダとフェリクスは共に傭兵として登録されることになった。仕事内容としては、商人の護衛や盗人の捕獲、小競り合いの仲裁などだ。傭兵といっても近頃は戦いがそれほど無いため、治安維持を目的とした仕事が多い。

 時折下級貴族が依頼に来ることもあり、ミランダは令嬢や夫人に付き添う任務も承った。任務時間の割に給金は弾んだが、貴族の護衛には欠点もある。

「やっぱり、当たりの強い人が多いわね」

 ある日の任務の終わりのこと。センターに戻ってきたミランダはフェリクスと感想を共有した。

 ここバリエの町には高級志向の者達に向けた店も複数あり、貴族が立ち寄る場所となっている。彼女は今日、とある夫人の外出の際に護衛を勤めた。

 しかし名乗っても優雅な口調で終始「お前」呼ばわりだった上、近付くのもあからさまに嫌がられる始末。護衛対象なのだから身を挺して守るのは当然のことなのだが、向こうから離れられては任務をこなせない。

 そんなに嫌なら最初から依頼しなければ良いのに、と心の中で不満を垂れるが、ミランダは納得もしていた。身分社会では仕方の無いことなのだと。依頼される度に蔑まれるような視線を向けられたり横暴な態度を取られたりすることに反発しても、無駄だろう。

「給金が多い分、飲み込まなければならないこともあるということですね」

 フェリクスはそう言った。

 飲み込んだその小さな不満は他の傭兵仲間にもあるようだ。時折センター付近の酒場で集まると、憂さ晴らしのように皆次々と酒瓶を開け始める。

「っかー!護衛も辛いもんだぜ」
「おいおい、そんなに飛ばしてたらすぐ空になっちまうぞ」
「そしたらヘクターさんのところに買いに行きゃあ良い。飲まなきゃやってらんねぇからな。お前もそうだろ?」

 すでに顔の赤らんでいる一人が、仲間にも酒を注ぐ。

「この前護衛した例の人、酷かったって聞いたが」
「そうなんだよ。俺のこと虫けらみたいに扱ってよぉ」

 男の愚痴は、この場にいる皆が一度は抱いたことのある内容だ。

「ま、金がそれなりに貰えるんなら良いか」
「お?さては二桁か?」

 金額を示唆しつつ、ニヤリと尋ねる男。二桁というと、平民なら一か月は楽に暮らせる給金を得たことになる。尋ねられた方の男は笑みを返し、大きく口を開けた。

「よし、今日は俺の奢りだー!皆、飲め飲め!」

 その言葉に一同から歓声が上がる。

「ミランダさんもほら!」

 奢りを宣言した男から酒を注がれ、彼女は苦笑しつつ受け取った。酒は正直なところ得意ではないが、仲間達の快活な雰囲気は好きだ。

 ここバリエのセンターで働く傭兵達は切り替えの早い性格の者が多いのか、こういう飲みの場では愚痴が続くというより、それを吹き飛ばすような賑やかな様子が続く。そんな彼らをフェリクスと共に眺めながら少しずつつまみを口にする、それがミランダの在り方だ。

 すると徐に、フェリクスが尋ねた。

「大丈夫ですか?先程も二杯飲んでいましたが」
「あー、はは。そうね」

 雰囲気に便乗して飲んでしまおうかと思っていたところだ。ミランダは手に持っていた酒器をテーブルに置いた。

「よく分かってるわね、私のこと」
「かれこれ六年、一緒にいますから」

 ミランダは、ふっと笑い、ありがたく彼に酒器を預けることにした。

 こうして二人の傭兵生活は順調に過ぎていった。任務の合間には訓練を挟み、身体を慣らしていく。逃げるようにソル王国を離れた頃の過酷な道中でかなり疲弊していたものの、食事をしっかり取り、ゆっくり寝て、訓練をする生活を二年続けた頃には、元通りの──いや、それ以上の体力がついていた。

 そして彼らが二十二歳となったある日、バリエの傭兵センターにとある商人達がやって来る。

「二人とも、今日からこのお二人の護衛をよろしくお願いしますね。アンジェリアさんと、キーランさんです」

 センターの裏手でいつものように訓練をしていた時に呼ばれ、受付の方へ回ったところで紹介されたのが男女二人の商人だった。

 仕事内容は普段通り、護衛である。しかし契約内容は、普段とは異なり専属契約であった。つまり、数週間か数か月か数年か分からないが、ある程度の期間アンジェリアとキーランだけを護衛するのだ。

 通常は依頼者がセンターに料金を支払い、そこから一月ずつの給料が傭兵達に支払われる形を取っている。しかし専属契約の場合は、手数料をセンターに支払った後、依頼者が直接傭兵達に賃金を支払うことになる。関係性や勤務態度次第では、厚待遇を受けられる可能性も十分だ。

 そうして二人はその日から、若き商人達の護衛をすることとなった。
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