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エピソード1
貸与術師と明確な悪意
しおりを挟む「…はあ」
「どうしたの?」
卒業セレモニーと、その後に催されたクラス会が終わり、俺とヤーリンは最後の下校のため通学路を歩いている。クラス会は中々の盛り上がりを見せ、ヤーリンも楽しそうにしていたので、突然のため息に驚いてしまう。
俺がため息の理由を尋ねると、ヤーリンは哀愁に満ちた瞳を向けてきた。卒業式の後の最後の下校というノスタルジックさも相まって、物憂げなその表情は蠱惑的な魅力になっている。彼女自身が相当な美人なのも尚更際立った。俺はついつい見惚れてしまう。
夕日に照らされた顔、潤んだ瞳、何か言いよどんでいる唇。煽情的な感覚を俺は詩的にして何とか誤魔化すことを試みた。
そんな俺の顔は彼女にどう映ったのか。とにかくヤーリンは自分の心情を吐露してきた。
「本当にヲルカと離れ離れになっちゃうんだなぁ、って思ってさ」
「…そうだね」
「寂しい?」
「うん」
そりゃ寂しいに決まっている。学校生活だけじゃなく、生まれてからずっと一緒にいたんだ。内心では家族のように思っている。
それが別々の道を進むとなったら、寂しさとか、不安とか、色々な感情が湧き出てきてしまう。
だけど…。
「だけど?」
「怒らない?」
何となく怖くなったので、ヤーリンにそう聞いた。尤もこのくらいの事で怒りはしないと、俺が一番よく知っている。
「怒らないから言って」
ヤーリンは蛇の下半身の動きを止めた。俺は足を止めるタイミングが少し遅れ、半歩だけ彼女を追い越してしまった。
少しだけ振り向いて改めてヤーリンの顔を見た。いつものように優しく微笑んでいるが、目には真剣な何かが宿っているようにキッと俺を見据えていた。
だがら、俺も素直に自分の本音をヤーリンに伝える。
「ワクワクもしてる」
「…」
「今までは自分のやりたい事も分からないし、ギルドのことだって興味がなかった。けどようやくみんなと同じスタートラインに立てた気がするんだ。いや、違うな。やっとヤーリンに追いついたんだって思ってる。やりたい事があるっていいもんだね」
「そっか」
すると、さっきまでの愁いを帯びた雰囲気が嘘のように、ヤーリンは微笑みを通り越してニカっとした笑顔になった。
「実は私もなんだ」
「ヤーリンも?」
「うん。ワクワクしてる、自分でもびっくりするくらい。だから多分、ヲルカと離れちゃっても大丈夫。寂しいって思う隙間がないと思う」
自分で言っておいて恥ずかしいけれど、今度は俺が淋しくなってしまった。ヤーリンは俺がいなくとも頑張れる…結婚式の父親の心境だ。まあ、そんな経験ないから憶測だけど。
「それにもう会えないって訳じゃないしね」
「当たり前だろ」
「ね、お休みの日とか会ってくれる?」
「勿論」
俺達はそう言ってまた二人で肩を並べて歩き始めた。つい小学校低学年の頃が懐かしくなってしまって、思い切って手を繋いでみようと思った。途端に右腕に変な力が入り、手の平から汗が出るのがわかった。
どうしよう、やっぱやめておこうかな。
なんて、俺達は青春の一ページを謳歌しようとしてた。
その時。 通学路を行く俺達の背後から、明らかな敵意を持った魔法が飛んできた。影の槍のような形をしたその攻撃魔法は、放たれた時の気配がおざなりだったので、すぐに気が付けた。俺とヤーリンは手早く、簡単な妨害用の青魔法を使って軌道を逸らす。
影の槍はてんで的外れの場所に当たって砕け散ったが、その威力は悪戯や揶揄うというレベルを超えていた。
この魔法は俺もヤーリンも見覚えがある。だから、これを放った奴の顔を見ずとも名前を読んで真意を聞くことができた。
「なんのつもりだ、タックス」
「気安く名前で呼ぶな」
傾きかけた日を背負うようにタックスが立っていた。逆光でよく見えなかったが、とてつもない形相で俺達を睨みつけているというのは雰囲気だけで察する。必ず取り巻きの誰かと一緒いるコイツが初めて一人でいるところを見た気がするし、そして何より驚きだったのが、俺だけでなくヤーリンに対しても魔法を放ったという事実だった。
タックスは有無を言わさず再び影の槍を俺達に目掛けて放ってくる。だが、後ろから狙われた状態でも訳なく阻害できたのだ。面と向かっている今なら、更に容易に防御できる。
魔法がこっちにはかすりもしない。逆上しているせいで、どんどんと粗削りになっていくから尚更だった。俺は隙をついて影の槍を生み出す魔法式そのものを一時的に使用不可にした。
他にもタックスには攻撃用の魔法があるはずだが、これが一番の高威力であるはずだし、そもそも魔力も大方使い切っているだろう。
案の定、肩で息をしながら片膝をつくくらいにまで疲弊しきっていた。
「くそおお。なんでお前らに勝てないんだっ!」
鼬の最後っ屁のように、タックスは手に持っていた鞄を力いっぱい投げつけてくる。俺はヤーリン庇うように前に出るとそれを払いのけて防ぐ。
そこでようやくタックスの顔が見えた。全体的に焦燥しているのに、睨みつけてくる眼だけがギラギラとした怒気を孕んでいる。そのアンバランスさが怖かった。
タックスは蚊の鳴くような声で俺に向かって言葉を吐いた。そんなに小さい声なのに、耳にはどんな騒音よりも不快に響く。
「僕が直接手を下さなくとも、お前の没落は目に見えてる」
俺はヤーリンの手を繋ぐと、すぐにここから立ち去ろうとする。ヤーリンに見せたくもないし、それ以上に俺が耐えられる自身がなかった。
「行こう、ヤーリン」
タックスはその場から動かない。それなのに、あいつの声だけはどこまでも粘り憑いてくるようだった。
「ギルド同士が本当に休戦協定を結ぶなんてありえない。まして垣根を越えて新しい組織を作るなんて夢物語だ。お前の行く道は行き止まりだ。そうなったとしても、もうどのギルドにもお前の居場所は残ってはいない。ざまあみろ」
「…」
じっちゃんの影響で少なくない怪奇譚や怪談を収集していた。その中で時々、気分が悪くなるほどの話に行きつく事もあった。
それは、決まって怨みの話。
創作などではない怨嗟を綴った物語は、文字を通してでも読み手に毒をまき散らす。ただの文章ですら、人を害する何かを得ると言うのに、今まさに俺の背中には生きた怨みが一切の躊躇いなく注がれていた。
時間が経てば経つほど、背中に嫌な汗が滲みでてくるのが分かった。
ようやく、俺とヤーリンは視線を妨げるように道の角を曲がる。その時に、怖いもの見たさに抗う事が出来ず、俺はついタックスのいる方に目を向けてしまった。
だが。最早そこには、誰もいなかった。
人っ子一人いない黄昏の裏通りは、俺に余計な想像力を与えてくる。ぞくりとした馬鹿げた妄想を掻き消すために、俺は無意識にヤーリンと繋いだ手に力を入れていた。
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