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エピソード2

貸与術師と『エルフ』のカウォン

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「む」
「あ」

 カウォンの部屋を目指して歩いていたのだが、廊下の角を曲がったところで当の本人に出くわしてしまった。やっぱり芸能人というべきか、まとっているオーラのようなものが他のメンバーよりも頭一つ分出ている様な気がした。まあ、あとの九人もかなり異彩を放つ独特な面子ではあるのだけれど。

 取りあえず俺は、素直にカウォンに会いたかったという思いを伝えてみる。

「丁度良かった。今から話聞きに行きたいなって思ってたんだけど」

 途端にカウォンの表情が明るくなった。その顔は綺麗、というよりも綺麗すぎる。ついついぽうっと見入ってしまった。

「それは嬉しいのう。ようやく儂ら『カカラスマ座』について話ができる…と言いたいところじゃが、少し時間を貰ってもよいか?」
「別にいいけど、なんか用事あった?」

 俺がそう尋ねると、カウォンはため息を吐き、そしてやれやれと大げさな身振りで答えてきた。

「鈍いのう。男が部屋に尋ねてくるというなら、何はなくとも色々と支度をしたいというのが女心じゃろう」
「そういうもんか」
「とは言え時間を取らせたくもない。三十分ほどしたら改めて儂の部屋に来てくれるか?」
「わかった。じゃあそのくらいに部屋に行くよ」
「うむ。坊も少しは身綺麗にしてくるのじゃぞ」
「俺も?」
「当然じゃろう」

 ニッと笑った口元から八重歯が覗いている。

 そのカウォンは踵を返すと、すぐに自分の部屋へと戻って行ってしまった。その場に取り残された俺は一人廊下で自問自答した。

 身綺麗って…何すりゃいいの?

 ◆

 三十分後。

 俺は再びやってきて、今度こそカウォンの部屋の戸を叩いた。

 結局、答えらしい答えが出るはずもなく、俺は仕方なく一度部屋に戻ることにした。そして急いでシャワーを浴びて、服を選択したてのそれにして着替え直した。こうする以外に、現状から身綺麗になる術が思い付かなかったのだ。

 まもなく、カウォンが扉を開けて丁重にもてなしてくれた。

「待っておったぞ。さあ、入りゃ」
「あ、その恰好…」
「気が付いたか? 儂の一張羅じゃ」

 そう。入って一番に気が付いたのがカウォンの服装だった。

 相変わらず、アジアンテイストというかエスニック風な踊り子とでもいうべき、独特な模様と色彩の服に身を包んでいる。背中を通り、両手首の腕輪で留められている絣のような布が特徴的で、俺はいつか見た写真集を思い出した。

 カウォンがここぞという舞台や出番の時に持ちだす布だと、何かの記事に書いてあったはず。それだけ彼女の中で重く受け止めている事があってのことだろう。

「なんでまた」
「言葉遣いはお互いが妥協し合ったとは言えども、ヲルカは儂のギルドマスターじゃぞ? 礼を尽くそうと考えて不思議はあるまい」
「その心遣いは嬉しいけど…」

 俺の疑念が強くなった。とは流石に言えなかった。けれども疑ってモノを見てしまうと、全てが怪しく見えてしまう。カウォンにしたって、いささか肌の露出が多いようにも思える。

 …。

 …え? 身綺麗にしてこいってそういう事? ていうか、ナチュラルに寝室に通されてるし!

 今更ながらに心臓の加速が始まった。頭の中が完全にそっちの妄想で埋め尽くされようとしている。

 ところが、カウォンは俺をベットの隣にソファに座らせると、予めようしていていたお茶とお菓子を慣れた手つきで前のテーブルに置くと、真面目な顔で言った。

「どれ。さそくながら『カカラスマ座』について語らうとするか?」

 どうやら、俺の妄想は妄想で終わる様だ。何てこと思った矢先、カウォンはまるで何でもない風に俺の真隣へと腰かけてきた。

「…近くない?」
「そうじゃろか? ギルドではあまり男と関わる機会がなくてのう。今一つ距離がわからん」
「ああ、やっぱり男女関係ってうるさいんだ」

 まあアレだ、『カカラスマ座』のギルド員というのは八割がアイドルや女優みたいな存在で残りがマネージャーやスタッフだからね。そういう事に敏感であったとしても、別段不思議とは思わない。

「うむ。駆け出しの頃はそうじゃったな、男との噂を出して破門になった同輩も何人かおるしのう」
「え、じゃあ今もまずいんじゃ…」

 そういうと、また八重歯を見せる笑顔になった。

「駆け出しの頃と言ったじゃろう。もう何だかんだで80年は昔の事、今の儂にそこまで口うるさくいうギルド員など数える程しかおらんよ。それにギルドでの信頼も得ておるしの、今更坊一人と噂になったとしてスキャンダルにもならん。ま、流石に恋仲にでもなったりしたら分からんが」
「大丈夫。ギルドマスターとしての責任くらいは感じてるから。カウォンが不利になるような事にはならないように注意する」

 あっぶねえ…。

 恋仲という単語に一瞬ドキリとしたが、予め色々と考えていた成果で自分でも驚くくらいの最適解を返答できた。

 ひょっとしたら、俺の仮説を裏付けられる何かに気が付けるかもしれないとそんな事を思い恐る恐る、俺はカウォンの顔を見た。

 ただ、そこには中々判断が難しく、それでも驚いた事はわかる顔をしたカウォンがいるばかりだった。

「…」
「どうかした?」
「いや、頼もしくて何よりじゃよ」

 カウォンは、大人しく引き下がり、人ひとり分のスペースを空けて離れてくれた。
 
 俺は何から話していいのか分からず、話題に困ってまじまじとお茶に口を付けるカウォンの横顔を見てしまった。

 改めていう事でもないけど、やっぱりすごい顔立ちが整っている。人間の基準からすれば大体二十歳を超えたくらいの見た目だろうか。確かに年上には違いないのだけれど、これで百歳に誓いというのだから驚きだ。

 すると、不意に湧いた疑問をそのまま口に出していた。

「けど、エルフって本当に見た目で年齢わかんないよね」
「ま、人間から見ればそうかもしれんな」
「エルフ同士なら分かるの?」
「当たり前じゃ。人間ほどの変化は起こらずとも、やはり老いというか、重ねた齢は見た目に表れるもんじゃからな」
「例えば、どこで判断するのさ」

 尋ねるとカウォンは親指で顎を支えながら、うーむと考え込んだ。

「一番わかりやすいのは髪か、もしくは耳かのう」
「髪と耳?」
「髪は艶で、耳は垂れ具合でおおよその検討はつく」

 そう言われたので、俺は再びカウォンのことをまじまじと見てみる。今度は髪と耳に特に注目したのだが、艶の加減も耳の垂れ具合もピンと来なかった。

「全然わかんねえ」
「儂は職業柄、若く見せようと努力しておるからの。そもそもエルフ以外には成人になってからの変化が些少過ぎてほとんど変わらぬようなもんじゃ」
「エルフ、か」

 亜人と言われたら真っ先に思い付くくらいメジャーな種族。その割には絶対数は少ないことでも有名だ。ヱデンキアは本当の意味での自然が完全になくなっているから、エルフや人魚のように森や海があることが前提の種族は年々数が減ってきていると授業で習った覚えがある。きっとマルカも同じような事情を抱えているのだろうけど。

 何となく湿っぽい事を考えていたのだが、それはカウォンの笑い声に打ち消されてしまった。

「そんな思わせぶりにならずとも、知りたいのならエルフの事も儂のことも手取り足取り教えてやろう」
「ホント? なら一つ聞きたいんだけど」
「なんじゃ?」
「俺のところに派遣された経緯って何?」

 一瞬、カウォンの顔が固まるのを、俺は見逃さなかった。事情までは分からないが。聞かれたくない事を聞かれたのは明白だ。

 けども、流石というべきかカウォンはすぐに取り繕った笑顔で聞き返してきた。

「…何か気になるのか?」
「ウィアードって謎も危険も多いのに、カウォンみたいなギルドの看板背負っている様な人を派遣するって、『カカラスマ座』にとっては相当なリスクなんじゃないかと思ってさ」

 咄嗟だったが、うまい言い訳だと自賛したくなった。カウォンも納得してくれたのか、警戒の色が薄くなったような気がした。

「ああ、そういう事か。自慢する気はないが、確かに儂にもしもの事があれば『カカラスマ座』は一大事じゃろうな」
「なら…」
「じゃが心配はいらんよ」
「え?」
「仮に何かあったとしても、それはギルドの活動中に起こった事。ギルドに痛手になるかも知れんが、儂にも代わりはおる。それに」
「それに?」
「ちょっとやそっとでくたばる様な華奢ではないぞ?」

 立ち上がって自信満々によく分からないポーズを決めるカウォンだったが、満ち満ちて放たれるオーラは確かに揺るぎないものに思えた。体躯は俺と同じくらいのはずなのに、とても大きく見えてしまった

「それは分かってるけどね。野生魔術の使い手なんだっけ?」

 俺が聞きかじった知識を披露すると、「ほう」と嬉しそうな声が聞こえた。

「よく知っておるな」
「そりゃ全員を預かる身なんだから、少しは調べるさ。カウォンは有名だから一番調べ易かったし。ただ、野生魔術ってのがどういう魔法なのかまではよくわからなかったんだけど」
「当たり前であろう。『分からない』というのが野生魔術の最も特異な部分なのだからな」
「どゆこと?」
「その説明をするには、図らずも『カカラスマ座』について語らなねばのう。そちらの方が手間も省ける」
「なら、お任せしようかな」

 本当に図らずもギルドの話にもつれ込んだ。

 ということは、あの質問がくるだろうか…。

「よかろう。じゃが、その前に坊は『カカラスマ座』に対してどのくらい認識しておるのじゃ?」

 やっぱりね。今のところ全員が必ず聞いてくる。よっぽど俺がどのくらいの知識を持っていて、どんなイメージを持っているのかが気になるらしい。とは言え、再三に渡って聞かれてきたので、言いたい事を言ってはいけない事は既に経験済みだ。俺は思考を巡らせながら、何とかオブラートに包んだ内容を口にする。

「芸能人や有名人が多くいてきらびやかなイメージ、かな?」
「嘘じゃな」
「え?」

 キッと鋭く睨みつけられ、正に蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。その上、美人に眼光鋭く睨みつけられると、別の何かに目覚めそうになるからやめてほしい。

「そう思ってもおるが、もっと別な事も思っとるじゃろ? 怒らないからいうてみい」

 それ絶対に怒るやつじゃん、とは言えなかった。

 けれども嘘がばれてるんじゃ仕方がない。普段、『カカラスマ座』に対して思っている事を遠慮なく言わせてもらおう。

「長寿な種族が多いせいで説教臭い、宗教を笠に着て恩着せがましい、内輪での馬鹿な盛り上がり、自然崇拝とか偉そうな事を言っているくせに不倫とか俗なスキャンダルを出す」
「よし、殴られたくなければその辺にせい」

 気が付けば笑顔で怒りながら、握りこぶしをこれ見よがしに突き立てるカウォンがいた。

「言えって言ったから…」
「遠慮がないのう。駆け出しの頃の儂が聞いていたら暴力沙汰じゃったぞ」

 カウォンは、「まあ、それはさておき」と前置きを入れると、何故か脇の引き出しにから眼鏡を取り出してソレを掛けた。老眼かな、というのは流石にやめておいた。意図はしならないけどめちゃくちゃに合ってるし。

 そしてカウォンは、コホンッと咳ばらいを一つしてからギルドの説明をし始めた。
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