黒い聖女と四人の帰りたい吸血鬼 ~一緒に異世界転移した彼氏が王女に取られたので亡命します~

音喜多子平

文字の大きさ
9 / 31

しおりを挟む
「良いのか? お主も怖かろうに」
「あはは…なんかナナシ君に血をあげてたら色々吹っ切れたというか。痛いのは嫌だけど」
「チカはお言葉に甘えようかな。なるべく痛くないようにするからね」
「近くに獣の気配もなし。何が起こるか分からんからな…すまんが儂も一口だけ」

 そう言ってノリンさんとチカちゃんの二人はナナシ君が舐めているのとは逆の腕を取り、前後から噛みついた。ピリッとした痛みはあったが、やっぱり思ったよりは平気だ。ただナナシ君と違って二人は明らかに吸い取っている感触があったので、少しだけ怖くなった。

 アタシはフィフスドル君に目線を送る。何故かは分からないが、ふるふると彼は震えていた。

「ほら。フィフスドル君も」
「ふ、ふざけるな!!」
「え?」
「僕はアンチェントパプル家の吸血鬼だぞ!? そんな情けや施しのような血が飲めるか!」
「大分凝り固まった育ち方をしておるのう。架純殿のせっかくの好意だと言うのに」
「違うよね。架純さんが美人だから緊張しちゃってるんじゃない~?」
「え、そうなの?」
「なっ!?」

 フィフスドル君は分かりやすいくらい顔を赤くした。マジか。

「ば、バカを言うな。この程度で美しいなどとは笑わせる」
「うわー、ひどーい。女の子に向かって不細工だなんて」
「不細工とは言っていない!」
「じゃあ可愛いって事?」
「ふ、普通だ。普通」

 そう言ってぷいっとそっぽを向いてしまった。チカちゃんはその様子を見て猫が悪戯を思いついたような笑みを浮かべる。そしてアタシにこそこそっと耳打ちしてきた。

「にしし。これは思春期って奴ですな」
「思春期?」
「ま、本人もプライドも多少あるとは思うけど。照れの方が大きいね」

 プライドかぁ。そう言えばエオイル国の貴族の中にもこれをこじらせたまま大人になったような人たちが沢山いたな。総じて禄でもないし、面倒くさかったのを覚えている。それに比べれば、フィフスドル君は子供っぽい分、いくらか可愛げというモノが残っていた。

 そう思うと、何となく寛大な気持ちになってしまった。

「じゃあお願いなら聞いてくれる?」
「お願い?」
「アタシの血を飲んでください」
「う…が…」

 フィフスドル君はカクカクと導線が二、三本切れたロボットのような動きをし始めた。これでもかと葛藤を体で表現している。

 やがてコホンっと一つ咳払いをしたかと思えば例によって胸を張った。

「いいだろう。お爺様も真の吸血鬼は人間を蠱惑的に魅了し、自ら進んで血を提供させるものだと仰っていたからな」
「ふむ。やはり家からして堅いようじゃな」
「黙れ。アンチェントパプル家の名を陥れるような発言は許さないぞ!」
「まま、ノリンさん。飲むって言ってるんだからいいじゃないですか」
「そうじゃな。ここは架純殿の顔を立てよう」

 そしてフィフスドル君はズカズカとアタシに近づいてきて、右腕を握った。が、どう考えても緊張しているのは丸わかりだった。強張ったまま口を腕に寄せる。そしてガブリと勢いよく噛みついてきた。

「あ、痛い。痛いよ!」
「こら~。女の子にはもっと優しくしなさい」
「き、牙を立てているんだぞ。痛いのは当然だろう!」
「単純に乱暴なんだよ。血管とキスするみたいにそっとやるの」
「分かるか、そんなの」
「深く噛み過ぎて止血も大変だよ~」
「そ、それなら大丈夫。アタシは治癒の魔法が使えるから」

 アタシは自分の腕に癒しの魔法を使った。徐々に痛みは取れ、すぐに出血も収まる。けど魔法を使ったにしても傷の治りが早い気がする。知らず知らずのうちに治癒力が上がったりしているのだろうか? しばらく病院などには顔を出していなかったので気が付かなかった。

 するとノリンさんが実に爛々と目を輝かせて言う。

「ほう。中々のものじゃな」
「召喚された時に与えられた能力らしくてですね…あれ? そう言えばみんなは何か能力とかは身に付いたりしているの? 元の世界にいた時より体が軽くなっている感じとかはない?」
「え? チカはそんな感じはないけど」
「儂もじゃ。これといって変わった様子はない」
「…同じくだ。その召喚時のボーナスとやらは吸血鬼にはないんじゃないのか? もしくは人間限定なのか」
「そもそもさ、吸血鬼と戦うのに何で吸血鬼を呼んじゃうわけ?」
「多分だけど準備不足だったんじゃないかな? 儀式の準備もアタシ達が召喚された時に比べれたら物凄くケチってたし」
「欲をかいたら仇敵たる種族を召喚してしまったという事かい? いい迷惑じゃな」
「全くだ。これだから人間というものは」
「…ごめんなさい」
「あ、いや。別にお前に言ったわけじゃ…」

 フィフスドル君はしどろもどろになってしまった。生意気だったり、高慢ちきだったり、ムキになったり、素直になったりと忙しい子だ。けれどもそこが妙に可愛らしくも思えてしまう。

 反対にノリンさんには凄い安心感がある。見た目は子供なのに、面と向かってみると醸し出す雰囲気は誰よりも大人だ。実際アタシの四倍以上を生きている訳だから当然と言えば当然なのだけれど。とにかくこんな状況になっても落ち着いて話ができるのは、彼の存在がとても大きいと実感している。

 チカちゃんにしてもそうだ。下手をしたら喧嘩や諍いになってしまいそうな場面で、上手に相手をコントロールしている。彼女にはノリンさんと違って、同性だからこその信頼感が芽生えていた。この短時間ですっかりアタシ達のムードメーカーになってしまったようだ。

 そしてナナシ君。この放っておけない感は凄まじい。話によると赤ちゃんと変わらないそうなだから、仕方のない事だとは思うけど。

 出会ってまだ数十分しか経っていないというのに、アタシは勝手に何年来の友人かのような親密感を四人に抱いていた。

 アタシが四人にそんな感想を抱いていると、何やらもじもじと歯切れ悪そうにフィフスドル君が声を掛けてきたのだった。

「…本当に傷は平気なのか?」
「え? うん。平気だよ」
「ならいい」
「のう…もしかしてお主、人に直に噛みついたのは初めてだったのではないか?」
「う」
「え? 本当? ならあんなにぎこちないのも納得~」

 図星だったのかフィフスドル君は俯き、実に恥ずかしそうな顔をした。人を噛むって吸血鬼的には結構重要なイベントなの?

「普段、屋敷にいる時はグラスでしか飲んだことがない」
「ひゃ~。筋金入りのお坊ちゃんだ~」
「吸血鬼的にはそういうモノなんだ」

 基準がよく分からない。ナイフとフォークよりも重いものを持ったことがない、みたいな感じなのかな? まあ、確かにノリンさんとチカちゃんに比べたらかなり慣れていない手つきだったのは間違いない。

 しかし、ノリンさんはどうも違う事を気にしているようだった。異世界に召喚されるなんて出来事まで経験した上で、ここまで全く取り乱す様子のなかったノリンさんが初めて青ざめた様な表情になっていたのだ。

「事と次第によっては、ちとマズいかもしれん」
「何がですか?」
「のう坊主。一縷の望みをかけて聞くが、吸血鬼の名門の生まれというのは真っ赤な嘘で実は大したことのない吸血鬼じゃった、なんてことはないか?」
「な!? この僕をつかまえて、よくもそんな事を! アンチェントパプル家を陥れるような言葉は許さないと言ったはずだぞ」
「という事は…本当に名門の生まれで世間知らずか」
「せ、世間知らず!? 貴様ら庶民の常識だけで僕を推し量るのは止めてもらおうか。人間から直接血を吸ったのは初めてだが、僕くらいの貴族であれば別に珍しいことではない。こちらからすれば貴族の常識だ」

 捲し立てて言ったフィフスドル君の言葉終わると、ノリンさんはまるで暖簾に腕押しのようにのらりくらりとした実に力のないため息をついた。

「はあ…では魔力の強い吸血鬼が何の下準備もなしに人間に噛みつくと、その人間は吸血鬼になってしまうというのは貴族の常識として知っておるか?」
「「え?」」

 アタシとフィフスドル君の声が重なる。

 ドクンっと心臓が跳ねた。

 するといつの間にか歯の噛み合わせが悪くなっている事に気が付く。した事はないけれど入れ歯とかマウスピースを入れているみたいに口の中と顎と唇とに違和感がある。何というか…犬歯が伸びていない?

 そしてアタシの頭に過ぎった想像をノリンさんが代弁してくれた。

「…やはりか。見てみい。坊主が噛んだせいで架純殿が吸血鬼になってしもうた」

 …。

 …え?

「ええぇぇぇぇぇ!!??!?!?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...