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 部屋に荷物を置いた後もアタシは少し放心していた。小休止といってもドレスの入った袋を起き、ケープをハンガーに掛けるくらいしかやることがなかったので、アタシはすぐに男子部屋に出向く事にした。

 ノックをして返事があったのを確認してから中に入る。

 すると猫ナナシ君を抱いてベットに腰かけているチカちゃんと、遠い眼をして椅子に腰かけているフィフスドル君とノリンさんが待ち構えていた。

「いらっしゃ~い」
「うん…そっちの二人は何でそんなに遠い眼を」
「いやその、どうしても気になって確かめさせてもらったら、本当についておってな。男の身体に女の顔というのが狐に化かされているようで…」
「チカ、リッパナノツイテル」
「いや~ん。ナナシ君、架純さんにそんな事言わないで~」

 チカちゃんは照れていないのに、照れているようなポーズを取った。

 そうしてじゃれ合っているとフィフスドル君が流れを全く無視してこれからの事について話を切り出した。もうチカちゃんのペースには巻き込まれはしないという強い意志を感じる。

「それで。これからどうするかを決めるぞ」
「うむ。まずは吸血鬼の国の場所を確かめるのが優先じゃな」
「ですね。それが分からない事には動けないですし」
「ギヴェヌーにも長居はしたくないしね~」
「だったら色々と人に聞いて回ればいいのかな?」

 アタシは何の考えもなくそう言った。というかネットやスマホがない以上、それ以外の方法を思いつかなかった。

 けど、やはり浅はかだったのかノリンさんがまたしてもちょっとした苦言を呈してきた。

「そこが計りかねるところではあるのう」
「どういう事ですか?」
「この国や町の人間が吸血鬼をどれほど恐れているかが分からん。仮に言葉にしただけでも忌避され、怪しまれるとなると分が悪い。ただでさえこの世界では常識的な事を聞こうとしているからのう」
「う~ん。チカは考え過ぎのような気もするけど」
「それは否定せん。しかしチカ殿は吸血鬼が受け入れられている世界の生まれ。儂は吸血鬼や他の化け物共が人に仇なして退治される様をごまんと見てきた。少なくとも闇雲に聞いて回るのは止した方がいいとは思う」
「ならば再びチカの出番か。きな臭い連中に聞けば、その心配も少しは緩和されるだろう」

 フィフスドル君がそう言うとチカちゃんは実に嬉しそうに笑った。てっきり頼られて嬉しかったのかと思ったが、そうではなかった。

「うふふ~」
「なんだ? 気色の悪い笑い方をして」
「ドル君が初めてチカの事、名前で呼んでくれた~。男の子だって分かったからかな?」
「なっ!?」
「違うの? だってノリン君とナナシ君は名前で呼んでいたけど、チカと架純さんはまだ呼んでなかったじゃん」
「言われてみれば…」

 名前で呼ばれてない…気がしなくもない。

 チカちゃんは悪戯な笑みを浮かべたままフィフスドル君をからかう。

「違うなら架純さんも名前で呼んでみなよ~」
「ひ、必要ない。用もないのに呼んでどうする。いちいち話の腰を折るな」
「む~」
「それよりもホテルを見つけたんだ。情報収集も大事だが、食事を考えてもいいのではないか?」
「…食事」

 そう言われてアタシは少し身を強張らせた。吸血鬼の食事とはつまりは、血を吸う事だと思ったからだ。しかも小一時間前、森の中でアタシは吸血鬼になってしまっている。

 今から町に繰り出して人を襲おうとか言いだされたらどうしよう…まだそんな大それたことができる覚悟は持てていない…。

 だからこそだろうか。フィフスドル君の次に出した言葉に安心と拍子抜けな感情を持ってしまった。

「この際、贅沢は言わん。庶民が口にするようなパンや肉で構わんから買いに行くぞ」
「へ?」
「何だその顔は。僕だって状況は分かっている。お前が私財を投げ打って作った金を湯水の如く使うほど愚かではない。恩だって感じているし、主としてお前を守ることも約束する。しかし、まずは食わねばそれすらもままならぬ」
「うむ。小僧の言う通り。度重なる架純殿のご厚意の更に上に甘んじて済まぬがまずは飯じゃな。御恩には必ず報いよう」
「あのぉ、吸血鬼の食事ってつまりは人間の血って事じゃないの?」
「僕らにとっての血は、人間で言う水のようなものだ。生きる上で必要だが、水だけでは生きられん。食べることに関しては人間のソレと大して変わらん」
「あ、そうなんだ」

 言われてみれば動き詰めでそろそろ空腹だし、一般的な食事を取りたいという普通の食欲もある。血を飲みたいという衝動はまだ味わった事がないから、そっちはよく分からなかった。

 するとチカちゃんが言う。

「けど~血の調達も考えないといけないよね。ヱデンキアだったら血液銀行がいっぱいあるから困んないけど、エオイルだとやっぱり人を襲わなきゃダメ? 気が引けるな~」
「いざとなれば儂は野の獣や花の蜜でもいいが、いいとこ育ちのお主らには酷か。成り立ても二人おるしのう…」
「…さっきみたいにアタシの血じゃダメなの?」

 そういうと猫ナナシ君を除いた三人が何とも微妙そうな顔になった。何故?

「架純殿が人間であってさえくれれば良かったんじゃが…既に吸血鬼になっておるから無理じゃな」
「うん…吸血鬼の血ってね、すっごくマズいの」
「そもそも同族の吸血で事足りるなら、人間に関わらずともよいだろう」
「あ、確かに」
「オレ、ハラヘッタ。チ、ホシイ」
「え?」

 猫ナナシ君はチカちゃんの膝の上から飛び降りると人間のフォルムに戻った。そしてアタシの腕を取るとさっきと同じところをペロペロと舐め始める。

 けれど、もう傷は完全に塞がっているので当然出血はしていない。

「ナナシ君。くすぐったいよ」
「チ、ホシイ」
「ナナシ、聞いていなかったのか。もうそいつの血は飲めたものじゃない。諦めろ」
「ヤダ」
「歯向かう気か…まあいい、後学のために噛んでみるがいいさ。吸血鬼であればみな興味本位で一度は体験することだ」
「な~んで架純さんに噛んでいいかどうかをドル君が決めるのさ?」

 ナナシ君はチラッと上目遣いでアタシを見た。すると、やはり庇護欲のようなものがくすぐられてしまう。それにここで試させておけば、今後おねだりをするような事はないだろうと思い、アタシは許可を出した。
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