黒い聖女と四人の帰りたい吸血鬼 ~一緒に異世界転移した彼氏が王女に取られたので亡命します~

音喜多子平

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 ◇

「なるほど…質流れした万年筆を取り戻したくて追ってきたと、そういう訳か…」
「そうなんです」
「うーん。困りましたねぇ」
「タイル。聞こえていただろ? どうする?」

 弓矢の人はそんな声を馬車に向かって飛ばした。

 万年筆を買った女性はタイルと言う名前らしい。

 名を呼ばれたタイルさんは馬車の影からゆったりと現れて顔を見せてくれた。正確な年齢は分からないけれど、アタシよりは年下、見た目は最年長のチカちゃんよりは上に見える。とどのつまり二十歳前後といったくらいかな。

 タイルさんは一言で言い表すのであれば、陰のある美人と言えばいいのだろうか。

 長い髪をクラウンブレイドに編み、何となく高貴なイメージを抱いた。しかしそのイメージとは対照的に本人からは何とも言い難い負のオーラが出ている。顔は伏せ、隈があるかのように瞳には陰が差している。世の中の全てに絶望をしているかようだった。

 タイルさんはその雰囲気と違わず、自信のなさそうなか細い声で喋り始めた。

「あの…そこまで大切な物でしたら、お返しします」
「いいのですか? お返しになる必要はないのですよ」
「でも…」
「買値に多少は色を付けさせてもらいますよ~。こっちに落ち目があるんですから」
「こっちとしても金に拘っている訳じゃないだ。気にしているのは時間の方でね」
「どういうことでしょうか?」

 どうやら訳アリのようだ。ところがアタシがその理由を尋ねようとした時に、思わぬ横やりが入ってきた。

「おーい! その者ら!」

 少し遠くから松明を持った一団がアタシ達に向かって声を掛けてきたのだ。全員が話に夢中になっていて、その集団に気が付くのが遅れてしまっていた。

 のそのそと草木を掻き分けて、三人の騎士が屈強な鎧を松明の火に照らしながらやってきた。しかもその鎧は…エオイル城の騎士の装備だ。

 アタシはギクリと背中を動かし、身体を強張らせた。

「こんな夜の森で何をしておる?」

 騎士として当然、こちらの動向を伺う。何をどう考えたところで怪しさしかないのだから当たり前の質疑だ。

 とは言え、彼らも大体の見当付けている様子だ。相応に立派な馬車、子供連れの女、武器を持った四人組などなど実際の事情は捨て置かれ、私見と想像が蔓延るには十分すぎる状況証拠がありすぎた。

「物取りか…?」
「ち、違います!」
「安心めされい。我らは見ての通り、エオイル城の騎士……ん? あ、あなたは、架純様ではございませぬか!?」
「え?」

 先頭に立っていた騎士は兜の面甲を上げ、素顔を晒した。そこには見たことのある顔があった。お城にいる間、救護の仕事をしているときに何度か話をした事があった。確か名前は…。

「トニタ…さん?」
「おお! やはりそうでしたか。何故このような所にいるかは存じませぬが、私が来たからにはもう安心ですぞ」
「エオイル城のお偉いさんなのか?」

 弓矢の人は驚き、警戒心を取り戻したような表情で誰に言うでもなく呟いた。それに対してトニタさんは誇ったように返事をする。

「その通り! エオイルが召喚せし吸血鬼を打ち滅ぼさんとする伝説の聖女様だ。この方に狙いをつけたまではいいが、任務帰りのトニタ・ハッティーナに出くわしたのが運の尽きよ、物取りどもめ!」

 と、張り切るトニタさんを見てフィフスドル君は呆れた様な声を出す。

「何なんだコイツは?」
「…人の話を聞かない人」
「なるほど、言い得て妙じゃ」

 このままじゃまとまる話もまとまらなくなってしまう。アタシは何とか彼を制止しようとしたのだが、その前に動きがあった。

「ヴァーユ。こうなったらもう仕方ないんじゃないか」
「…そうだな。エオリル城の関係者と接触したんじゃ、もうどうしようもない。それにこの状況も厄介だ」
「ですねぇ」
「おい、何をブツブツと言っている。武器を捨て、大人しくするなら手荒な事は…」

 そう言って不用意に近づいたトニタさんに向かって、弓矢の人はすぐさま矢を放った。甲冑に弾かれ、矢は通らなかったがそれでも三人の騎士を怯ませる事は叶った。そうしてできた隙に槍の人が素早く距離を詰め、騎士の一人を背負い投げで倒してしまう。

 ところが、動いたのは彼らだけではなかった。傍らにいたもう一人はいつ動いたのかも分からないノリンさんが掌底で突き飛ばし、傍にあった木に叩き付けて身動きを封じてしまった。

「え?」

 瞬く間に仲間を失ったトニタさんは腰の剣を抜くこともできない程に狼狽していた。それを見逃すはずもなく、今度は弓矢の人とフィフスドル君が圧倒的な手さばきで彼の体勢を崩し地面に押し倒して気絶させていた。

 まさか助力があるとは思っていなかったタァイルさん達は今度こそ驚きの表情を露わにしている。尤も驚いているのはそれだけではなく、フィフスドル君とノリンさんの実力に対しての意味もあったかもしれない。

「エオイル城の関係者なんじゃないのか? 話を聞く限り、そっちのお姉さんは巷で噂の癒しの聖女みたいじゃないか」
「訳あって、儂らも城の者からは追われる立場でな」
「それなのに物取りって訳じゃないって? 複雑だねぇ」

 如何にも興味深そうな顔をする男二人を他所に、タァイルさんを守っていたもう一人の女性が鋭い声を出した。

「いずれにしても関わり合いにならない方がいいでしょう。お互いにね」
「お互い、とはどういう意味だ? やはり貴様らも脛に傷があるという事か?」
「子供。口の利き方には気をつけなさい。貴方たちの事を慮って言っているの」
「おいおい、ユエ。子供相手にムキになるなよ」

 ユエと呼ばれた女性はその言葉を無視して、気絶している騎士の一人の上半身を起こすと慣れた手つきで鎧と兜を外した。まさか甲冑を盗んだりするつもりかなどと思った次の瞬間、彼女は騎士の首筋に思い切り噛みついたのだった。

「!?」

 ジュルジュルと血を吸う音が耳に届く。口を離すと、タイミング良く叢雲が晴れて月の光が差しこんできた。

 月光は彼女の口にべっとりとついた鮮血をさも幻想的に照らし出している。ユエと呼ばれた女性はわざとらしく牙を舐めた。恐らく正体を明かして、アタシ達が恐怖で逃げ出すことを期待してこの行動に及んだのだろうと思った。

 前までなら悲鳴を上げて逃げ出していたかもしれないが、今は違う。アタシはその光景に宗教画を見ているかのような不思議な陶酔感を感じていた。

 それを放心しているとでも捉えたのか、わざわざ口に出して恐怖を助長させてくる。

「分かったでしょう? 私達は吸血鬼。今なら命だけは見逃してあげる。さっさと町に帰りなさい」

 しかし、それでもアタシ達は動かない。逃げ出す理由になっていないからだ。

 むしろここまでやって逃げ出すそぶりも見せないアタシ達に対してタァイルさん達の方が怖さを覚えていたかもしれない。

 するとノリンさんが、同じように自分が気絶させた騎士の鎧を外すとユエさんと同じように、騎士の首筋に噛みついたのだ。

 四人はまさかの事態に目を丸くして驚いていた。

 ノリンさんは唇を軽く拭ってから言う。

「万年筆以外にも話の種が増えたのう」
「…そのようだね」

 四人は武装と警戒を緩め、さっきよりも話を聞くための体勢を整えてくれた。
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