覚さんは今日も料理をしています

朝雨

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第2話 半妖の姉弟と親子丼を食べました 前編

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「…飯屋だ」

その少年が少女とともに大衆食堂かがみの藍色の暖簾をくぐったのは、私こと高木由良が今日も食堂かがみで夕飯のおそばをいただいていた時のこと。時刻は午後8時を少し過ぎたころだった。

「うおおスッゲー! ここが噂の飯屋かー!」

引き戸をスパァーンと開け放っての第一声がそれでいいのか、どちらの入り口にも食堂かがみの看板がかかってるはず…などと私はツッコミを入れたかったのだけど、ここは覚さんのお店。私はただの客。お客さん同士のトラブルなんてお店にとって迷惑行為でしかない。
そんな私の思考など一切関係なく、少年は目を輝かせながら店内に進んだ。

「いらっしゃいませ。食堂かがみへようこそ」

戸惑う私の思考とは対照的に、いつもどおりの覚さんの柔和な笑顔を伴ったあいさつが、カウンターに座る私の頭の上を通り越していく。

「あの! 俺たち、妖怪、なんだけど…!」
「はい。カウンターのお席へどうぞ。もうお一人いらっしゃいますか?」

少年の自己紹介にも笑顔を崩すことなく、覚さんは席を案内する。
ここは大衆食堂かがみ。人間も妖怪も温かいご飯を求めてやってくるお店。
少年は、まだ小学生くらいだろうか。見ればずいぶんと痛んだ衣服を着ていて、上は作務衣に下はジーンズという珍しい組み合わせだ。作務衣が白いせいで余計に汚れが目立つ。髪は目に入るくらい長くてボサボサだ。
少年は覚さんの接客ににっこりと笑顔を返して、

「姉ちゃん、ここがあの飯屋だよ! 間違ってなかった!」
「スミヤ、あまり大きな声を出してはお店にご迷惑よ…」

少年に手招きされ入ってきた少女。少年に比べれば年上だとわかるが、せいぜい高校生ぐらいではないだろうか。少年と同じ服装で、長い髪を後ろで一つに束ねただけの、やはり地味な雰囲気の子だけど、黒髪とアンバランスなほど澄んだ水色の瞳、透き通るような白い肌が、確かに人間離れした雰囲気を醸し出していた。
「俺たち妖怪なんだけど」。その言葉の通りなのだろう。
少女はおずおずと店内に入ってくると、

「ああ…本当ね、おいしそうなにおいがする…」

そう言って小さく微笑み、次の瞬間、ふらふらとその場に座り込んでしまった。

「姉ちゃん!」
「大丈夫!?」

私は慌てて立ち上がり、少女のそばに駆け寄る。
身体を支えようとその細い腕に触れると、氷のように冷え切っていることがわかった。

「え、もしかしてこの格好のまま歩いてきたの!? 上着は!?」

こんな真冬にこんな薄着で、こんな時間に子ども二人で…。異常事態であることがだんだんとわかってきた。

「どうしよう、とりあえず暖かくしないと」
「あなた、人間ですか…? ダメ、今触れられると…」
「え?」

彼女を起こそうと力を込めたところで、ぐらりと視界が揺れた。後頭部に引きずられるような重たい不快感が走り、そのまま両腕、そして両足に力が入らない。

あ、あれ?
少女を支えようとしたはずなのに、私までその場に座り込んでしまった。そのまま前のめりに突っ伏しそうになる。

「由良さん、大丈夫ですか!」
「すいません、急に、力が…」

覚さんも駆け寄ってきてくれた。ああ、私までお世話になってしまっては情けない。

「ご、ごめんなさい! あなた、人間なのね!?」
「へ…?」

腕の中の少女がすっと立ち上がり、申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。冷たかったはずの手に温もりが戻り、さきほどとは顔色も違って明るく見える。

「由良さん!」

ああ、覚さんがとても心配そうな眼差しで私を見てくれている。ちょっと幸せだな、ふふふふふ。

「しっかりしてください由良さん!」
「ああ、覚さん、私いま…とっても…」
「はい…!」
「お、お腹が空きました…」

ぐううううぅぅぅ。

私がそう呟くと同時、私のお腹が鳴る音が店に響き渡った。
続いて現れる沈黙。
何これ、めっちゃ恥ずかしい…!


「貴方達は、もしかして雪女ですか?」
「はい。あの、正確には一種の半妖と言ったらいいのかな。私たちの父は人間、母は雪女です」
「俺たち、山から降りてきたんだ!」

改めてカウンターに座り直した私たちに、覚さんは熱いお茶を出してくれた。それを一口飲んでから、私はへにゃへにゃとテーブルに突っ伏した。
そんな私の様子を見た女の子が、心配そうに私の顔を覗き込む。

「本当にごめんなさい。私、トキと言います。このお店は妖怪の食堂だって聞いてて、人間のお客さんなんていないって勝手に思い込んでいたから…」
「ええっと、うん、ダイジョーブ…お腹空いただけだから…。私、ユラです。高木由良…よろしくぅ…」
「俺は弟のスミヤ! よろしくなユラ姉ちゃん!」
「ちょっとスミヤ…!」

屈託のない笑顔のスミヤくんの様子をトキちゃんは苦笑いで諌めようとする。
私はへへへと弱々しく笑い返すしかできなかった。

「私たち雪女は、名前の通り冬の山や雪がたくさん降るところで生まれた妖怪で、私たちのご先祖妖怪は出会った人間の生気を奪うことで存在し続けてきたの。それで、母にも私にもその力が残っているんだけど、年々制御するのが難しくなっていて。だから、人に触れるだけで相手の生気を奪ってしまうの」
「そ、そうなんだ…。じゃあ、私が今ぐったりしてるのって、要するに元気を持っていかれたってことなのね」
「そうなんだよ! おかげでウチの姉ちゃんが元気になれた! ありがとな姉ちゃん!」
「ああ、はい、どう致しまして…」

生気。元気。活気。活力。言葉の違いは厳密にはわからないけど、指してるものはきっと同じなのだろう。
なるほど、それで私は今めちゃくちゃお腹が空いているんだな。
エネルギーが、エネルギーが足りない…!

「覚さん、さっきおそばをいただいたばかりで申し訳ないんですけど、何かご飯を…」

これはダメだ、何か食べないと動けない。覚さんに何か作ってもらわなくては。ここが食堂で本当に良かった…。

「もちろんですよ、由良さん。そうですね…では、親子丼はいかがですか?」
「おぉぉ、素敵なご提案…親子丼食べたいですぅ」
「ははは、わかりました。今ご用意しますね。お二人はいかがしましょうか?」
「あ、えっと…」
「俺も親子丼食べたいなー!」
「あ、じゃあ、私たちも同じものを」
「はい、では少々お待ちくださいね」

そう言って覚さんは鍋を取り出し、迷いなく調味料を並べていく。
続いて野菜置き場から玉ねぎを取り、皮を丁寧に剥いていった。
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