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5 湖のほとり①
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「わあ、とってもきれいねアンネリース!」
「はい…! これは絶景…こんな湖を見るのは初めてでして…!」
その湖を前に二人は感嘆の声を上げた。
ここはカールセリア自治領の東端、バージンレイク。街道の外れの森を抜け5分も歩けば、急に視界が開ける不思議な感覚を誰もが味わうことになるだろう。地平線と水平線が交わり、ぼんやりと見える向こうに岸は自治領と某国の境界線がある。しんと静まり返った空気の中、湖面が陽の光をキラキラと反射していた。
「なんて開放感なのかしら…街に住んでるだけじゃ絶対に味わえないわね、こんな感覚」
湖のほとりの草地をサクサクと踏み歩きながらリリアは笑みを浮かべる。
ザーラから半日をかけ、ゆっくり行こうと途中に宿をとってのんびり移動した結果、リリアたちがバージンレイクに到着したのは屋敷を出た翌日の正午あたりのことだった。
湖のまわりに人影は見当たらない。どうやら近くに人里はないようだ。
「時間はかかったけど、来た甲斐あったわね!」
人影がない分、その美しさをじっくり味わうことができるのだから幸せだ…それにアンネリースの楽しそうな顔を見られたし…とリリアがメイド姿の彼女に振り返ると、その表情は見慣れた冷静さを取り戻し、カバンをガサゴソと整理していた。
「もう…もっとはしゃいでいいのよアンネリース?」
「恐れ入ります。勤めを忘れ、胸に湧いたワクワク感を抑えることができませんでした。申し訳ありません」
「だからいいって言ってるのに」
「まずはお嬢様、こちらを。今朝、宿を出るとき主人にわけていただいたお茶でございます」
「あら、ありがとう」
ワクワク感とはまたかわいい言い回しね、とは口に出さずお茶と一緒に流し込むことにする。鼻に抜ける香りが心地良い。
街の喧騒や人との煩雑な会話から離れ、ゆっくりと呼吸をして景色を眺める。過ぎゆく時間を楽しむ観光としては最高だ。
「ま、でも私はここで生活するために来たんだし。やることはやんないとね」
リリアはふっと小さくため息を吐き、もう一度湖のまわりを見渡した。とりあえず左に進もうと決め、動き出すことにした。
どこ。どこにある。きっとまだ残っているはずだ。過去、父と母に連れられ歩いた記憶を懸命に思い出しながら、岸部に沿うように早足で進む。
「お嬢様、どちらへ行かれるのですか」
「探し物よ探し物。きっとまだ残ってるわ。野草を見た感じ、誰の手も入っていないもの」
後を追ってきたアンネリースとともに、森を背にして草原をかきわけ歩いていくと、小さな小屋が見えてきた。
「小屋でございますか。なるほど、あちらであれば雨風を凌げますね」
「ええ、それも大事なんだけど…」
記憶の中に比べるとずいぶんと薄汚れた外観ではあるが、父とともにあの小屋に立ち寄ったことを覚えている。そして、リリアの目的のものは小屋の向こうに広がっていたということも。
アンネリースの言葉を借りるなら、湧き上がるワクワク感をぐっと胸の内に抱いて、リリアは少々大股で小屋のそばに進んだ。
その小屋は故郷の屋敷に比べるべくもない小さな規模だが、長い時間を経た木材ならではの灰色がかったその姿は、長年ここで湖を見守ってきたであろう貫録を感じさせた。
リリアは小屋の壁をなぞるように指を走らせ、ザラザラとした質感を確かめる。そして小屋の裏手を覗き込むように顔をだすと。
「あった!!」
「どうされましたか、お嬢様」
アンネリースもリリアに続いて小屋の裏手を覗き込んだ。するとそこに広がっていたのは、実りを迎えた麦が辺り一面に自生している様だった。
「なるほど、麦ですか。これを目当てにバージンレイクを目指してこられたのですね」
「父様と母様に連れられて旅行に訪れたときに、この麦の穂を見たの。日の光に照らされてまるで黄金色に輝いているように見えたのをよく覚えてる。あたりに民家もないし、誰かの畑ってわけじゃなさそうだわ。まずはこの麦を頼りに生活しましょう!」
「はい…! これは絶景…こんな湖を見るのは初めてでして…!」
その湖を前に二人は感嘆の声を上げた。
ここはカールセリア自治領の東端、バージンレイク。街道の外れの森を抜け5分も歩けば、急に視界が開ける不思議な感覚を誰もが味わうことになるだろう。地平線と水平線が交わり、ぼんやりと見える向こうに岸は自治領と某国の境界線がある。しんと静まり返った空気の中、湖面が陽の光をキラキラと反射していた。
「なんて開放感なのかしら…街に住んでるだけじゃ絶対に味わえないわね、こんな感覚」
湖のほとりの草地をサクサクと踏み歩きながらリリアは笑みを浮かべる。
ザーラから半日をかけ、ゆっくり行こうと途中に宿をとってのんびり移動した結果、リリアたちがバージンレイクに到着したのは屋敷を出た翌日の正午あたりのことだった。
湖のまわりに人影は見当たらない。どうやら近くに人里はないようだ。
「時間はかかったけど、来た甲斐あったわね!」
人影がない分、その美しさをじっくり味わうことができるのだから幸せだ…それにアンネリースの楽しそうな顔を見られたし…とリリアがメイド姿の彼女に振り返ると、その表情は見慣れた冷静さを取り戻し、カバンをガサゴソと整理していた。
「もう…もっとはしゃいでいいのよアンネリース?」
「恐れ入ります。勤めを忘れ、胸に湧いたワクワク感を抑えることができませんでした。申し訳ありません」
「だからいいって言ってるのに」
「まずはお嬢様、こちらを。今朝、宿を出るとき主人にわけていただいたお茶でございます」
「あら、ありがとう」
ワクワク感とはまたかわいい言い回しね、とは口に出さずお茶と一緒に流し込むことにする。鼻に抜ける香りが心地良い。
街の喧騒や人との煩雑な会話から離れ、ゆっくりと呼吸をして景色を眺める。過ぎゆく時間を楽しむ観光としては最高だ。
「ま、でも私はここで生活するために来たんだし。やることはやんないとね」
リリアはふっと小さくため息を吐き、もう一度湖のまわりを見渡した。とりあえず左に進もうと決め、動き出すことにした。
どこ。どこにある。きっとまだ残っているはずだ。過去、父と母に連れられ歩いた記憶を懸命に思い出しながら、岸部に沿うように早足で進む。
「お嬢様、どちらへ行かれるのですか」
「探し物よ探し物。きっとまだ残ってるわ。野草を見た感じ、誰の手も入っていないもの」
後を追ってきたアンネリースとともに、森を背にして草原をかきわけ歩いていくと、小さな小屋が見えてきた。
「小屋でございますか。なるほど、あちらであれば雨風を凌げますね」
「ええ、それも大事なんだけど…」
記憶の中に比べるとずいぶんと薄汚れた外観ではあるが、父とともにあの小屋に立ち寄ったことを覚えている。そして、リリアの目的のものは小屋の向こうに広がっていたということも。
アンネリースの言葉を借りるなら、湧き上がるワクワク感をぐっと胸の内に抱いて、リリアは少々大股で小屋のそばに進んだ。
その小屋は故郷の屋敷に比べるべくもない小さな規模だが、長い時間を経た木材ならではの灰色がかったその姿は、長年ここで湖を見守ってきたであろう貫録を感じさせた。
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「あった!!」
「どうされましたか、お嬢様」
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「父様と母様に連れられて旅行に訪れたときに、この麦の穂を見たの。日の光に照らされてまるで黄金色に輝いているように見えたのをよく覚えてる。あたりに民家もないし、誰かの畑ってわけじゃなさそうだわ。まずはこの麦を頼りに生活しましょう!」
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