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6 湖のほとり②

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リリアとアンネリースがバージンレイクに到着した翌日。彼女たちの朝はとある来訪者の登場で始まった。

「うん? 誰かいる…って、うわあああっっ!?」

聞き覚えのない青年の叫び声と、ドタバタと床を暴れ回る足音によって、リリアは夢の中から強引に引き戻された。

「もう、何よー…」

湖のそばの小屋の中、リリアは寝床替わりに適当に敷いた布地で横になっていた。長年ふかふかのベッドで寝起きしてきた身ではあるが、その気になれば案外寝られるものだ…しかし目覚めの形としてはなかなかに不本意だった。ともあれ、何が起きているのかは確認するべきだろう。ぼんやりとした思考のまま体を起こし目を目を開くと、アンネリースが青年を取り押さえているところだった。

「えーと、何事?」
「おはようございますお嬢様」
「おはようアンネリース。で、その人は誰?」
「侵入者です」
「あ、そう」

アンネリースはリリアに振り向くこともなく、青年の腕をガッシリと掴みながら手首にロープを回していった。鮮やかな手際に感心しつつ、リリアを大きく背伸びをして小屋の窓から外を見やる。
しんと静まり返った湖畔で朝を迎えるとは、リリアにとって初めての体験だった。湖面は今朝も美しく、一切の波も立たずただそこにある。遠くの山間から朝日が半分以上を顔を出した中、小鳥たちが素早く横切っていくのが見えた。

「はあ…のどかねぇ」
「ちょ、ちょっと待って! 侵入者なんて人聞きの悪い…痛い痛いいたたたたっ!」
「黙りなさい。お嬢様の寝所を襲おうとするとはなんと不貞な」
「濡れ衣だ、そんなこと考えてないっ、て、このメイドさんの腕力強すぎいいい」
「あまり暴れては危険です、舌を噛みますよ」
「だったら離してくれよおお」

のどかな風景に浸るはずが、背後からのドタバタ音は一向に収まる気配を見せない。リリアは眉をひそめて軽く舌打ちすると、騒ぎの方に向き直った。
アンネリースによって後ろ手に縛られた青年は、戸惑いと怒りと悲しみが混ざったような表情を浮かべている。
少々長い黒髪はその濃い褐色の瞳に入ってしまいそうな長さで、リリアたちとは違う少々黄色味がかった肌。座り込んでいるのではっきりとはわからないが、なかなかの長身だ。チュニックにサスペンダーのついたダークブラウンのズボンといったラフな出立ちで、その見た目に反して少々幼さの残る声が印象的だった。とにかく、どうやら野盗の類ではなさそうだ。
青年は流石に逃げ回るのことを諦めたようで、すでにその動きは大人しい。
リリアは青年に近づき、その表情を見下ろすように腰に手を当てて仁王立ちで構えた。

「ふっふっふっ、ウチのアンネリースを見くびったわね。もともとは猟師の家の生まれで、大型の野生動物とも渡り合える技と度胸の持ち主よ。さて、この不届き者をどうしてくれようかしら」

青年の顔を覗き込むようにしてそのひきつった表情を確認するリリア。青年はますます困り顔になりながら、早口で自分は無害であると主張した。

「ま、待ってよお嬢さん! 僕はただ小屋に入っただけで、君たちをどうこうしようって気はさらさらないんだってば!」
「本当にぃ?」
「ホントホント! 湖には釣りをしによく来てて、この小屋を休憩場所に使っているんだ。ドアを開けたら女の人たちが寝てるんだもの、本当にびっくりしたよ!」
「へえ、釣り! いいじゃない! で、貴方がこの小屋の持ち主さんってこと?」
「ううん、小屋はずいぶん昔から建ってるみたいで、誰のものだなんてことは村でも聞いたことがないな。ずいぶん昔から建ってるみたいだけど」
「ふぅん」
「あ、あの、そろそろ解放してくれないかな? 僕が君たちに何か害を与えにきたわけじゃないってことはわかってもらえたよね?」
「うーん…ね、貴方お名前は?」
「僕はルーク。一緒に住んでるおじさんたちのために魚を食べさせてあげたくてさ、湖に釣りにきただけだよ」
「そう、じゃあルーク。私たちに釣りを教えてくれない? 約束してくれれば解放してあげる」
「釣りを? それくらいはお安い御用だけど…」
「本当? やったわ! これでまた一つ手段が増えるわね」
「手段?」
「そうよ。食糧確保の手段。私たち、つい先日から自給自足で生きてくことになったの」
「えぇ…?」

リリアの発言にルークは首を傾げた。小屋の床で寝ていたとはいえ、彼から見てもリリアのその身なりはただの村人でないことが十分に理解できていたからだ。

「メイドさん付きのお嬢様が、自給自足って…」
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