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会いの流れ
しおりを挟む流珠倉洞に程近い山中、林の斜面に積もった枯れた杉枝に足をとられる事もなく疾走する大きな影。
琥珀の鎧を纏った虎のような大型獣は、先程までエシュタガが居た場所の匂いを嗅ぎ、クルルル···と唸った。
琥珀の虎の胸元には赤い装飾の中心に、昼の木漏れ日を照り返して黄色い琥珀が輝いている。
その時彼の耳に、遠くで枯れ木が連続して割れ砕ける音がかすかに響く。
次の瞬間には音が聞こえた方向に脱兎の如く駆け出し、既に数百メートルは進んでいた琥珀の虎。
三角パタパタの主機はエシュタガを乗せて三角形の体を粘土のように変形させると赤い一つ目の大蛇のような姿になって、潜伏していた廃墟の作業場の裏の斜面を尾根に向かって体をくねらせ木々を器用に避けながら猛スピードで這い進む。
しかし後方には琥珀の虎が既に迫っていた。琥珀の虎がオレンジ色に光る牙で、逃げる蛇の尾の先端に噛みつこうとした時だった。
スピードの乗ったアクプタンは尾根から放り出され、空中で瞬時に三角形の飛行形態に戻ると飛び立ち、向かいの山合まで降下しながら低空飛行で逃げて行った。
ギリギリ間に合わず尾根で急停止した琥珀の虎はそれを黙って見ていたが、やがて琥珀の鎧の変身を解除した。
真剣な眼差しでアクプタンの去った方向を見つめる巨大猫、アッカはやがてもと来た道を引き返して行った。
軸泉市、護ノ森諸店本店
頼一郎達の滞在するログハウスで一通り話終えた宇留は、護森の会社である護ノ森諸店に一人案内されていた。
少し大きめのゴルフカートをわんちィが運転し、護森と共に二~三分で本店営業所に辿り着いた事から、この辺り一帯がそこそこ広大な護森の会社の敷地内だったという事が分かった。
護ノ森諸店は周囲を公園にあるような木々に囲まれ、二十台程が入る駐車場とシンプルかつ斬新な外見に、刺し色としてさりげなくオレンジ色が使われた白い建物、その中にオフィス、リゾートのショールーム、売店と社食も兼ねた一般人も利用出来る食堂が入っていた。
明るく木目のある床の食堂で昼食に今日のランチA、具沢山コク出汁塩焼きそばを出された宇留は、自分だけこんなに···と心配したが、護森にログハウスにも全員分出前すると言われ安心していた。
食堂の隅の席では今日のランチC、ニボラー&半ホーレン丼を食べながら、私服の国防隊の高官と護衛の隊員が二人づつ、そして椎山の五人が宇留達の様子を窺っていた。
「···あの少年が太陽由来1を······?」
「まずは顔合わせだな?焦らず迅速に話を···」
その時、女性職員が護森の元へやって来た。
「社長、昨日の見学会の男性のお客様がいらしてまして·····」
わんちィがガタッと席を立つ。そして護森に目配せすると、護森はゆっくりと頷く。
「ねぇ!食堂の休憩室の見学しようか?」
「ぇ、ぇえ!?」
わんちィは宇留の食器を持って宇留を奥に促した。
「どうした?!」
椎山は席から立ち上がりわんちィの前に立ちはだかる。
「シャー!」
食器のプレートを持ちながら、猫の威嚇のような声を出して椎山をどかし宇留を奥に連れて行くわんちィ。すれ違い様に椎山と宇留の目が合う。
椎山は合点がいったようだ。
「イマドキ アポナシ、こっちへ!」
振り返りSPと高官に椎山が告げると全員が空気を読んだらしく、わんちィと宇留に続いて休憩室に入る。
わんちィは宇留を座らせ、高官達と椎山を確認して指示をする。
「私が出ていったら鍵を閉めて、皆さんは脱出を、少年くんは私がここで匿います」
「分かった!」
椎山が答えるとわんちィは休憩室を出て護森の元へ向かう。休憩室の鍵が閉まった。
「···車を裏に回します」
「バレないようにな!」
SP達が動く中、状況がよく掴めていない宇留と大人達の微妙な時間が過ぎる。
「何故敵性を即排除しない?」
「待て、叩こうにも本当に敵なのか今は証拠は薄い、もし間違えてみろ?こっちが卑屈になってでもリスクは避けつつ、だ。かつてアノ帝国関連で疑われた冤罪被害者は今でも······」
尖った高官達の会話を聞いた椎山は、困った顔をする宇留をフォローすべく話しかけた。
「やぁ、俺たちは国防隊の人間だ。今日は君と話をしに来たんだが···」
「昨日はありがとう。君とあの琥珀の旦那が居なかったらもっと被害が出ていたかもな」
「昨日の···!」
宇留は重拳から聞こえた声を思い出し一瞬の高揚感に包まれる。一時でも過酷な状況を協力して共に歩んだ男同士の再会は根源的な情動を宇留に与えていた。
「まぁ、あれは俺の相棒の方の声なんだが、旦那の力には恐れ染みたぜ?」
「来た!」
休憩室と厨房を挟むもうひとつの扉の隙間越しに食堂の様子を窺っていたSPが警告して扉をゆっくり閉めた。
同時に外への通用口が開き、車を回し終えたSPが戻って来た。
SPに連れ出される高官達の後ろを護りながら椎山は小声で宇留に言う。
「いいか、ここに居るんだぞ。今君は狙われている。気をつけて!」
椎山がそう言って閉めた通用口の扉を宇留は施錠してテーブルの脇に隠れてしゃがんだ。
「あぁ!ど~も~。すいません、先に注文しちゃいますね?」
女性スタッフに連れられて来たリキュストは和やかに護森に話しかける。
「縞雨さんでしたよね?どうぞゆっくりで···」
護森は平静を装い笑顔で返した。
券売機で杏仁豆腐の食券を購入しカウンターに持っていくリキュストの背中越しに厨房スタッフの動きを確認するわんちィ。
どうやらこういう状況への対応は研修が生きているらしく、スタッフも平静を保っている。数名の他の客も料理のクオリティに夢中で、奥に引っ込んだ人間の事はあまり気に止めていないようだった。
一分もしない内に杏仁豆腐を持って護森の向かい側、先程まで宇留が居た席に座ったリキュストが口を開いた。
「すいませんいきなり、近くまで来たものですから、あぁ、昨日は取材ありがとうございました。もしご都合よろしければ昨日の件につきまして、スタッフの方と出来れば参加者の方からも追加でお話でもと思いまして···」
「そう···ですか、分かりました。ではちょっと手の空いてる者に声をかけてみましょうか?」
そう言うと護森は中座してオフィスへ向かった。すかさず隣に居たわんちィが護森の席に座り直して事務トークを展開する。
「やむを得ないとはいえ、昨日は中止に至り誠に申し訳ございませんでした。避難所の方でこちらのスタッフから口頭で説明と、ウェブでの告知の通りに交通費は三万円までお返し出来るよう手続き中なのと、再開時期を見てご優待を····」
「あ!いえ、そういうのとかは特に構いませんのでぇ···」
話はつつがなく進んでいるようではあるが、ここまで見学客の再訪に警戒するという事は護森達にも何か思い当たる所があるのだろうと宇留は思っていた時だった。
···パススススッー
食堂と休憩室を挟むドアの下の隙間から、A5サイズの紙よりひと回り小さいくらいのカードが数枚差し込まれて来た。
カードは三回、四回と数もまばらに放り込まれて止まった。表面には食堂の床の模様とそっくりな木目があったが、静かに純白に変わったのを見て宇留は座ったまま壁に後ずさる。
やがてカードの群れは浮かび上がり、白いカード人間とも言えるような姿に組上がった。
小型のアクプタン。アンバーニオンで戦った角や辺で合体している均整のとれていた固体とは違い、ゴチャゴチャと混ぜ合わせている途中のように人型を保っている。
カード人間はアクプタン人型モードと相変わらず、ペラペラであるにも関わらず、滑らかな動きで素早く手の部分で宇留の口を塞ぎ、服の胸ぐらを掴み、静かに、しかし強く壁に押さえつけた。突然の事で宇留は動けない。
頭部の中心にあるカードの赤いマークが、ジッと捻りあげた宇留の服首元を見据える。
ロルトノクの琥珀の鎖が無い。宇留はここにヒメナを連れて来ていなかった。
ー···琥珀の姫はドコだ?ー
囁くような、紙を擦り合わせるような妙なトーンの声がした。
カチャン······
通用口のノブが回る。と同時にカード人間はバラけて吸い込まれるように、入って来た食堂の扉の隙間下から逃げていった。
何故か開いた通用口は、慣性でゆっくりと開いていく。
五秒後。開いた通用口から椎山が拳銃を構えて警戒しながら入って来た。休憩室に宇留しか居ない事を確認すると、拳銃を下ろし、そして宇留の変わった様子に気付いたようだ。
「どうした?何があった?」
「いや、ええと···」
「そこの扉のカギ閉めなかったのかい?」
「いいえ、閉めたんですけど···」
「おかしいな、ここに女性が入っていくのが見えたんだが···」
「変なの以外、誰も、ここには···」
「変なの?」
椎山は通用口の扉を閉めて再び警戒しながら宇留に聞いた。
「さっきのお偉いさんは避難させた。その人達に君の警護増援に入るよう指示されて戻って来た。変なのっていうのは?」
「ぇと、カード人間?としか例えようが···」
「そうか」
「え?」
「信じるよ。君も俺達もあんな戦闘してるんだ。結構、驚き慣れたろう?」
宇留は立ち上がってみた。震えたり体の動きが鈍いという事などは無く、椎山の言うように案外普通通りなのが逆に不思議だった。
「それでそのカード人間は?」
椎山が厨房の方の扉を覗きながら聞く。リキュストは、いまだ普通にわんちィと話している。
「バラバラになって隙間から逃げて行きました」
「三角パタパタみたいだな?」
そう言うと椎山は通用口を警戒しながら解放し、一歩外に出ると何処かに連絡をし始めた。
「·····」
「縞雨さん?どうされました?」
わんちィに急かされ、わざとらしく考え込む振りをしながらリキュストは黙る。そこへ丁度、護森が戻って来たのを見計らって、リキュストが切り出した。
「あの~やっぱり個人情報とかの観点から他のお客さんに問い合わせるってのも?って思って今さら~、皆さんも昨日の今日のでお忙しいですもんね?」
リキュストが急に要望の風呂敷を畳み始める。
「そーうデスねェ···そうして頂けると···」
「動画のシメを街の人の声とこちらのスイーツに変更しようかと思い付きまして、それはよろしいでしょうか?」
「それは、是非に!ありがとうございます」
リキュストは挨拶もそこそこに、最後まで一般人を装った風に護ノ森諸店を後にした。
「ふぅー!」
「おつかれさん」
ため息をついたわんちィを護森が労う。
わんちィはテーブルの下回りの様子を少し確認しながら護森に答えた。
「彼の動画···」
「?」
「自撮りの時、瞬きの回数やタイミングがおかしいんです。暗号とかじゃないかと思って···」
「なるほど···」
そこへ様子を見ながら宇留が戻って来る。ポロシャツの第一ボタンが無く、襟が少々乱れているのを見てわんちィは驚く。
「何かあった?!」
宇留は先程の事をかくかくしかじか二人に話した。
「そんなモノまで···使う?」
わんちィはテーブルに突っ伏して悔やんだ。
「ごめんなさい。甘かった。危ない目に合わせてしまった。少し気を引き締めないといけない」
そこへ椎山も戻って来た。護森は次の段取りを仰ぐ。
「まぁ、無事だったんだし、ヒ··おっと!“避難所„のみんなはどうしてるかな?“マーク„の件は私が所長に連絡しておくよ?」
「ありがとうございます」
わんちィはオフィスに戻る護森に礼を言いながら、柚雲と頼一郎達のガードをしているパニぃにそっちは無事か連絡をした。
護ノ森諸店を後にした落ち着かない様子のリキュストは、後ろを見ながら特に誰も居ない事を確認して歩道脇の電柱に背中を預けた。
リキュストの後を追っていた透明になったカード達が地面を滑り、リキュストの足を登って腰のカラビナに自ら引っ掛かり集っていく。たどり着いたモノから純白のカードに戻って行き、最後のカード。中心に赤いマークがあるカードが戻った時だった。
赤いマークのカードがクシャっと潰れて白い火花に変わり、虚空に消える。残ったカード達はバラバラと地面に散らばり、普通のカードになっていた。
「ここにはもう近づけんな···術か、仕掛けか······?」
リキュストは近くに倒して置いていた自転車で、街の方へ走って行った。
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