くのこは奇妙現象集

芋多可 石行

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デュロロン水路

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 深目ノ内さん(仮名)が小学生の頃、地元の子供達の間で、街の七不思議が話題に上がる事があったそうです。
 彼は今回、当時の同級生達からデュロロン水路と呼ばれていた奇妙な場所で起こったという、不思議な出来事を語ってくれました。


 深目ノ内さんの地元は、住宅街と商店、企業の建物や田畑で構成されたよくある地方の平凡な街。

 その件の水路は、深目ノ内さんがかつて通っていた小学校の通学路を少し逸れた所にある、鉄道の線路沿いにあったそうです。
 単線の線路の下をくぐる細い暗渠あんきょを、線路脇両サイドの水集枡しゅうすいますで結んだだけの単純な作りの水路。その水路は周辺の田畑への水供給を行う目的で整備されたものでもあったようです。


「一度、一人遊びの一環といいますか?ナントカ調査隊とか気取って水路を辿った事があるんです。神社のある小山の脇を通っている小さな沢から来て途中から人工のU字溝になって、近くのスーパーの裏を流れて、前の県道の下をくぐって、空き地のど真ん中を突っ切り線路脇の診療所の横のある別の水路と合流してから線路の下へ至るっていうようなコースです。結構覚えているものですね?」

 問題の暗渠があるのは線路脇の集水枡、その片側。
 深目ノ内さんはそこで、奇妙な音を耳にしたそうです。


「まぁそこで起こっていた事はほんの些細な事だったんですが、何しろ子供の頃の時分なもので、どうも大袈裟な捉え方をしていたと言いますか···」

 ある日、下校していた深目ノ内さんは、何やらソワソワしている友人に誘われるまま、寄り道をする事にしたそうです。
 その友人に付いて行くと、線路沿いの水田に沿う農業用道路、例の蓋の無い集水枡がある付近には、既に様々な学年の子供達が数人たむろしていました。


「あそこでねぇ?面白い事が起こってるんだ···」
「?」

 ···と友人は、今回深目ノ内さんを誘った理由を語ったそうです。
 深目ノ内さんと友人が子供達に近付いて行くと、友人と顔馴染みらしい大柄な先輩が笑顔で挨拶をしてきたそうです。
 深目ノ内さんは“新人„という事で、皆に誘われるまま、集水枡の近くまで連れて行かれました。


「この辺の七不思議の一つだよ!覗いてみて?」

「いきなり怖そうな事を言われたので正直動揺しましたね?まぁ、その先輩のお店には今でも時々飲みに行く仲なんですけど···動揺してランドセル背負ったまま覗こうとして、中身落ちる落ちるー!とか慌てたりして··」


 紆余曲折を経ながらも、深さ一メートルも無い集水枡を恐る恐る覗き込む深目ノ内さん。目の前には、集水枡に流れ込んできた比較的綺麗な水が、キョロキョロと沢のような音を立てて流れています。
 その音に混ざるように、深目ノ内さんは、耳障りな音が暗渠の内部から聴こえてくる事に気付きました。
 

「···確かにですね?中からドュロロン···ドュロロン···っていう不気味な音が常時聴こえるんですよ?なんというか、ヘドロが渦を巻いて一ヶ所にとどこおってるような?そんなイメージの音でした」


 その日は、本当に聴こえる!とだけ盛り上がって解散した深目ノ内さんと友人達。
 そしてその日を境に、他の生徒達の例に漏れず、深目ノ内さんと友人達は時折ドュロロン水路周辺に寄り道するようになったそうです。


「水路に寄り道するのはまだ明るい内が多かったですからねぇ?どんどん怖さは無くなっていって、慣れちゃったんで安心してたんでしょうね?」


 そんなある日、深目ノ内さんは勇気を出して、今度は水路の中を直接覗き込んでみると友人達に宣言しました。
 乗り気になった友人達は、深目ノ内さんの体を支えてくれる事になったそうです。


「集水枡の上から体をサカサマにして、上半身を降ろすので友達に両脇から腰とか服とか掴んで押さえてもらって、暗渠の四角い出口は水かさのせいで水面から上が六割くらい空いてるので、そこから中の様子を見ようと思いました。その時も相変わらず変な音はしてたんですよ」


 ついに暗渠内を目にした深目ノ内さん。しかし、奇妙な音以外は予想に反し、特に変わった所は無かったといいます。


「暗渠はあまり長い距離ではありません。反対側の集水枡から届く向こう側の明かりで中が見えたんですね?でもまぁ···その頃は雨も少なかったのか水の流れも穏やかで、途中に石とか、引っ掛かった木みたいな目に見える障害物とかも無くて、そういうのに水がぶつかって変な音が出てる?とか予想してたんですけど、そんな事も無さそうで···」


 見ただけでは特に何も無い。
 という結論に至り、その時は謎が解けなかった深目ノ内さん達。
 友人達がしらけムードになる事を危惧した深目ノ内さんは、反対側からも様子を見る。と友人達に提言しました。


「でもみんなそれを渋りましてね。というのも、反対側の集水枡に行くには百メートル以上先にある踏み切りを迂回しなきゃいけなかったんですよ?まさか手っ取り早いからといってフェンスのある線路を跨ぐ訳にはいきませんから。でも俺だけ行ってくるとかなんとかみんなを説き伏せて、向こう側に着いたら声を掛けるから待ってて?返事してね?とかって···」


 踏み切りを越え、走って反対側を目指す深目ノ内さん。
 反対側の集水枡があるのは線路の盛土と診療所に挟まれた人気ひとけの無い歩行者用通路の一角。
 しかしいざ集水枡に近付いた深目ノ内さんに、逆の違和感がのし掛かります。


「···いざ意識して反対側の集水枡に注目してみると何かがおかしかったんですよ。そこは時々近くの大通りを走る車の音が届いてくるだけで、あとは耳鳴りが分かるくらい静かなんです。え!?っと思って更に枡に頭を突っ込んでみたんですけど、向こう側ではあんなに大きな音で響いていた変な音が、今の自分が居るこちらでは全く聴こえないんです!」


 向こう側とこちら側。
 決して長い距離の暗渠では無いにも関わらず、音源が特定出来ないという、その奇妙な差異に気付いてしまった深目ノ内さん。
 彼はすぐさま、この異変を友人達に伝えずにはいられなくなったそうです。


「すぐに向こうの友達におーい!と叫んだんです。そうしたら向こうから返事がありました。何故かっていうのも変ですが、自分の声は届くんですよ?でも変な音が聴こえるか訊ねると、聴こえる、と···。そこで初めて鳥肌が立ちました。そのままこちらの異変を伝え合ってもよかったんですが、診療所裏の曇り窓の向こうからなのかガサゴソパタパタと音がしたので、ヤバい!怒られる!と思って踏み切り前まで逃げたんです···」


 再び踏み切りを越え、友人達の元へと戻った深目ノ内さん。しかしその場に友人達の姿はありませんでした。


「···戻る途中で遠目に見て、みんなの姿が見えなかったので、帰ったのかな?と思って色々嫌な気持ちを押さえて溜まり場に戻りました。でもみんなで一ヶ所に纏めて置いていたランドセルがそのままだったので焦りました。どうしたんだろう?と慌てていると、友人グループの一人が予想していた説の一つを思い出したんです」

 あの音は、水路の途中にある異次元から聴こえてくる。

「もうその時はですね?みんなが暗渠の異次元に吸い込まれてしまったっていう妄想が頭を駆け巡っていました。結局、みんな、ただ普通にその場から逃げていただけだったんですけどね?」


 突然の友人達の失踪に慌てた深目ノ内さんは、気が付くと集水枡を覗き込んでいました。最初こそ友人達のサポート無しではそんな事は出来ませんでしたが、最近では慣れたもので、一人でも逆さまになって暗渠に頭を入れる事が出来るようになっていたそうです。そして······


「中に友達が居るか?向こうが見えるか?···だけだと思ってたんです。けど見えてしまったのは違うものでした」


 その時、深目ノ内さんが目にした存在。

 人間よりスケールの小さい、人のような影。
 それが向こう側の明かりをシルエットにして暗渠の中程に立っていたそうです。


「背は本当に暗渠の高さギリギリで、ガリガリのミイラのような体型でした。人形かなとも思ったんですけど、体が少し揺れていたので生きてるのか、オバケなのか?···で、明らかにそいつから声が聴こえたんですよ?近付いていたからなのか、いつもより大音量で、「デュロロン···」って!」


 友人達同様、脱兎の如く、その場を離れた深目ノ内さん。
 その日の夕方、ランドセルを回収するついでに、友人達と違う場所で合流した深目ノ内さんは、驚きの事実を知る事になりました。


「みんなが自分と暗渠を挟んで会話をしている最中、友人の一人が中を覗き込んでいたそうです。すると反対側、つまり自分の居る方の集水枡に、明らかに人間じゃないガリガリのミイラのような茶褐色の足が降りて来たのを確認した友人が、パニックを起こして逃げたというのがランドセル置き去りの真相でした。つまり、あの時自分のすぐ側に、あいつが居たって事ですかね?」


 深目ノ内さん達は、必然的にその集水枡周辺に寄り道する事は無くなったそうです。
 そして彼は更に、後日談までお話ししてくれました。


「高校生の時に一度だけ、あの集水枡に立ち寄った事があるんです。そうしたらなんか雰囲気が以前と違ってて、中を覗き込むまではしませんでしたが、何でなのか音はしなくなっていたのをその時確認しました。それで、これはつい最近の事なんですが···」


 深目ノ内さんが住んでいた街では区画整理が行われ、問題の集水枡は埋められたか撤去されたか、その周辺の道はすっかり様変わりしたそうです。
 そしてそれは、彼が久しぶりにその街の実家へ帰省した時に起こりました。


「実家が引っ越しをするというので、手伝いに行ったんです。慣れ親しんだ家に感慨深いものを感じながら台所を片付けていると、排水口の奥からゴボンと音がしました。それに続いて···あの【声】が聴こえてきたんです······」



 デュロロン···デュロロン···デュロロン······









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