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おおめぎあさま
しおりを挟む先日、かねてより参加を希望していた秘祭の運営様よりお誘いを頂き、とある地方の秘境村落へと伺いました。
秘祭とはいっても取材以外の参加制限は特に無く、メインイベント以外は地方特有の素朴な賑わいが沿道に溢れる、至って普通のお祭りのように見えます。
そう長くはない村道沿いに張られた縄には多くの御幣が飾られ、参道手前の広場には地元団体による屋台も並んでいます。ちなみに私は焼きそばを頂きました。
メインイベントは夕暮れ時、山の向こうに太陽が隠れてから。
カメラによる撮影は禁止ではないのですが、責任者の方によりますと撮影は無意味だとの事。
どうやらメインイベントの主役は、何故か肉眼以外に写らないといいます。その証拠かどうかは分かりませんが、周りを見ると、マスコミや動画クリエイターらしき姿は少ないように感じました。
日が大分傾いて来た頃、神社の境内では松明が焚かれ、その他の照明は最小限に調整されました。
鳥居を潜り、境内に至る石段を上った両脇には立派な御神木がそびえ立っているのですが、社殿から向かい合う御神木の合間に見える遠くの山の稜線、そこに【それ】は現れるというのです。
稜線といってもその山は、逆弓なり形にやや抉れた極めて平坦的な山嶺が続きます。夕暮れによりそのシルエットは、かなり濃い藍色に染まっていました。
やがて祭囃子が始まり、太鼓の音が響いて、地元の若者達による舞いが披露されます。
驚いたのはメインで舞う一人の女性が、最近の映画やCMで見ない日は無い程の某人気アイドルタレントさんだった事です。これは後から聞いた話なのですが、今回はテレビなどのお仕事ではなく、帰省を兼ねたプライベートでの参加だという事でした。この県出身だとは存じていましたが、まさかこの村の出身だったとは驚きです。
地元民ならではのリラックスした肩の力の抜け具合と華やかな衣装、神前化粧で花咲くプロの笑顔は、見物客の少年達の熱視線を集めています。
何ループ目かの若者達の舞いが熱を帯びてくる頃、誰かが「あっ!」と声を上げました。笛が甲高く響き、舞い手の動きが止まり、見物客も一斉に遠く向かい合う山に注目しました。
夕暮れの空気から暖色が引き、レモン色に満ちた雲の無い空をバックに、揺らめくように沸き上がっていく人影···
平たい山嶺の中央部分に現れた巨大な【それ】の影は二体。
男性的でスマートなシルエットの【おおめどさま】と、それに寄り添う小柄で女性的なシルエット、【おおめがさま】。
二柱揃って【おおめぎあさま】と仰るそうです。
見物客達からは、ワッ!と歓声が上がりました。
【おおめぎあさま】はまるで黒い山のシルエットから空へと滲み出た薄墨のように半透明で、尚且つ、たなびく旗のように下から上に向かって揺らめいていました。
神社の境内は石段に向かって若干傾いて、境内の何処に立っていても【おおめぎあさま】の姿が見えるようです。
そして更に歓声は続きます。
おおめどさまの右手が一瞬薄れたかと思うと、右手部分の手がフッと上がりました。全体像の揺らめきから、まるで手を振っているようです。秘祭の進行役である神主さんの解説によれば、これは珍しい事ではなく、今年の豊作を意味しているのだとか。
その後、【おおめぎあさま】の影は宵闇が空を支配するまで現れたままでした。そして時間が立つにつれ、顕現した時とはまるで真逆のように、夜空と同化してやがて見えなくなりました。
この後、臨時宿泊先の公民館で催されていた一席に飛び込んだ所、この秘祭を研究しているという先生のお話を頂戴いたしました。
【おおめぎあさま】の正体についてははっきりとはわかっておらず。これまで様々な説が取り沙汰されたそうです。
はじめに、【おおめぎあさま】が現れた場所の根元には大きな池があり、その中洲には立派な夫婦杉があるらしいのですが、池の近辺は獣道が縦横無尽に入り組んでいるかなりの難所であり到達は困難。それ故、池と夫婦杉を見た人が極端に少なく、過去には秘祭当日に調査団が遭難までしているという事で、衛星写真が発達するまでは幻の池とまで言われていたそうです。
確かに衛星写真を検索すると、中洲のある池らしきものが写っており、その中洲には巨木が生えている···ようにも見えなくありません。
他にはその池において定期的に昆虫や鳥獣類が集まり、繁殖行動を行っている説や、未知の磁気や気象条件によって池の水が竜巻となって巻き上げられている説等があったそうなのですが、もし【おおめぎあさま】が物理現象であるのならば、肉眼以外では見えないという理屈に当てはまりません。
やはり、そこには本当に「いらっしゃる」としか思えない。
と、その先生は語られていました。
その証拠と言うまでではありませんが、私もとある奇現象を祭事中に目撃しています。
他の見物客が【おおめぎあさま】に注目している間、私は一度だけ神社に何か変化は無いか様子を見る為、振り返り神社全体を見渡しました。
すると神社の屋根の上に、こちらに背を向けて立つ男女カップルの姿がありました。
髪型も服装も現代のものでしたが、それが逆に凄まじい違和感を沸き上がらせます。神社の屋根の傾斜は中々急な為、とても普通に立てる場所とは思えません。そんな場所に安全装備も無くシレッと立つ男女。
思わずそのお二人から目を背けてしまったのは多少の畏れもあったのですが、それよりも強く感じたのは、人としてお二人のお邪魔をしてはいけないという気遣いが、心に溢れたからに他ありません。
追記
舞い手を努めたアイドルタレントの彼女ですが、このお祭りの翌月、海外の高名な映画賞に主演映画がノミネートされるという快挙を成し遂げています。
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