43 / 166
第2章 交易都市トナミカ
今夜の宿は温泉宿だそうです
しおりを挟む
「ん。ほんと?」
口に肉を詰め込んだまま、フーシェがローガンへと質問する。
頬を少しハムスターの様に膨らませているのは、小動物の様で可愛らしいのだけれども、テーブルマナー的にはNGだ。
そしてローガンは、視線をステータス画面が映し出す情報に落としたまま返答する。
「ほんとも何も、その第一次遠征に私は参加していたのです」
ローガンはそう言うと、ゆっくりと水を一口飲んだ。
「愚かなことを考えるものです。特にレーベンはこの大陸とも交流があり、必ずしも敵対的ではない。そこを魔王討伐の足がかりにしようなどとは」
「『勇者』の最終的な目的は?」
僕の質問にローガンは嘆息する。
「魔大陸全ての『魔王』の討伐。それをもって、人族の安寧を築くと共に、グリドール帝国時期国王の座を確固たるものにしたいのでしょう」
「え?『勇者』とはグリドール帝国の王子なのですか?」
僕が驚きをもって質問すると、ローガンは眉を潜めながら頷いた。
「左様でございます。側室の子ではございますが、ジェイク様はれっきとしたグリドール国王の子。私は、彼の家庭教師件パーティーの指導役を務めておりました。もう15年もお供をさせて頂いておりました」
その口調には、遠い過去を懐かしむような声色が含まれる。
それだけ長い年月を過ごして来たというのに、『レベルリバース』を起こしただけで簡単にその繋がりは切れてしまうものなのだろうか?
決して、パーティーを抜ける時が良い別れでなかったことは、追い出されたという表現で分かっていた。
「そういえば⋯⋯失礼ですが、貴方達が魔大陸へ渡る理由をお聞かせ願えますか?」
ローガンは、思い出したというふうに僕にたずねて来た。
僕は、かいつまんでフーシェのことと魔大陸でフーシェの手がかりを見つけるために海を渡りたいことを説明した。
一通り、話を聞き終えたローガンは、何やら考えていたがやがて意を決したように口を開いた。
「不躾なお願いで大変恐縮ではありますが、私をその旅のお供に加えてはいけないでしょうか?無論、レベルが足りないことは分かっております。ですが、やはりもう一度、私はジェイク様とお会いしなければならないのです」
その瞳は、何かを決心したかのように確固とした意思を宿していた。
ここで、ローガンと共に行動をするということは、『勇者』にまつわるローガンとジェイクの問題の渦中に飛び込むことになる。
そういったトラブルは避けたい所だが、魔大陸に渡ったことがあるローガンの情報はきっと役立つはずだ。
「ん。ユズキの好きにすればいい」
大盛りゼリーを頬張りながらフーシェは頷く。
「ユズキさんは、答えを出しているんですよね?私もローガンさんが一緒に来てくれると心強いです!」
イスカもローガンが共に来ることには賛成のようだ。
ローガンは緊張した面持ちで僕の言葉を待った。
「分かりました。ローガンさん、一緒に行きましょう。その知見、頼りにしています」
僕が右手を差し出すと、ローガンは少し目を潤ませつつも強い力で僕の右手を握り返してくれるのだった。
『対象、ローガンの友好度が友情度に変化しました。レベル譲渡可能レベルは残り19です。尚、譲渡されたレベルはスキルによって固定され、『レベルリバース』の影響を受けることはありません』
脳内に響くセラ様AIの声。
譲渡できるレベルが一度に20あるのは、元々ローガンのレベルが高いためだろうか?
「ありがとうございます。この老いぼれ、微力ではございますが誠心誠意を込めて、お三方のお役に立つことを約束致しましょう。──ところで、ユズキ様?今晩のお宿はお決まりですか?」
握っていた右手を離すと、ローガンが微笑む。
そうだった、宿泊をする『水海月亭』に行かなければ。夕方になって宿が取れないと心配だ。
僕達がトナミカに着いたのは早朝。陽は少し傾いており、店内に差し込む光は暖かさを増している。
僕が、まだ宿を取っていないことを聞くと、ローガンは嬉しそうに笑った。
「良かったです。それでは、不肖このローガンが仲間に入れて頂きましたお礼と、本日の数々の御無礼のお詫びを兼ねて、本日の宿を取らせて頂きます」
「?」
僕達3人はお互いの顔を見合わせる。
ローガンは笑うと、僕達に優しく微笑み嬉しそうに笑った。
「温泉宿ですよ、ユズキ様。トナミカで一番の温泉宿、そちらを是非堪能して下さい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほへぇ、本当に温泉宿だよ」
僕は、少し呆けた声を出して眼前に広がる光景に圧倒された。
うん、温泉宿。これはどこをどう見ても温泉宿だ。
決してヨーロッパにあるようなスパではない。建物の壁はトナミカらしく白く塗られているが屋根は瓦でできており、その色は日本でもよく見る灰色だ。
「この建物は、ムラクモという土地の建物をモチーフとしているのですよ。ユズキ様」
隣に立つローガンが僕に、建物の造りの由来を教えてくれる。
──って、え?この建物はムラクモの造りなの?
「これは、覚えておいた方が良いことですね、ユズキさん」
少し意地悪な笑みを浮かべながら、イスカが僕に耳打ちをする。
そうなのだ。女神のセラ様から頂いた僕の身分証には、僕の出身地は『ムラクモ』ということになっている。
しかし、肝心の僕はムラクモに行ったことは勿論ないし、ムラクモの文化体系もほとんど分からない。
え、これってボロが出たら、僕は詐欺罪で捕まってしまうんじゃないか?
ダラダラと嫌な汗が流れつつも、僕はローガンに促されるままに宿の門をくぐる。
うん、のれんが出ている所は如何にも日本らしさに溢れている。
「ようこそおいでくださいました!」
──日本!!
まず、従業員さんが作務衣を着ている辺りが日本。
そして、パチパチとホールに設置された囲炉裏で茶を沸かしている所も、何故だろう。異世界なのに高級な温泉宿にでも来たような雰囲気だ。
僕の他にも転生者がいて、その文化を持ち込んだ……ということがあってもおかしくないくらい日本味に溢れている。
ただ、よく見ると少し日本では見られないような装飾が施されていたりと、細部の違いはあるようだ。
「ここは、トナミカでも最高級の宿として20年以上前からやっているのです。オーナーはムラクモ出身の方で、この交易都市で宿を開きたいとわざわざ船で資材をムラクモから運んだようですよ」
うわぁ。これは、絶対オーナーには会いたくないな。
僕はそう思いつつ、受付の手続きを済ませたローガンから部屋の鍵を受け取る。
「はい、これで明日の昼まで泊まることができますよ」
「あれ?ローガンさんは?」
僕が質問すると、ローガンは苦笑した。
「さすがに、ここの宿は連泊なんてできませんよ。町中に宿を取っています。明日の昼には参りますので、ゆっくりと旅の疲れを癒してください」
そう言うと、僕たちに一礼するとローガンは宿を出て行ってしまった。
うーん、本当に高級そうな宿だけど堪能してしまってもいいのだろうか?
僕が、荷物を従業員の女性に預けて2人に振り返ると、そこには調度品に興味津々なイスカと、ちゃっかりお茶を頂いているフーシェがいた。
「凄いです!この装飾、全然煌びやかさはないのにすごく精巧に作られていて、本当に未知の文化って感じがします」
「ん。ユズキ、このお茶はなんか薬草のような味がする」
確かに、ここだけ見れば西洋に日本を持ちこんだような場所だ。2人の反応も当然といえるだろう。
「2人とも、一回部屋に行ってみよう」
僕が2人に声をかけると、男性従業員がやってきた。
「それでは、ユズキ様御一行様。お部屋に案内させて頂きますね」
うーん、ホスピタリティも十分だ。
僕たちは男性従業員の誘導により廊下を進む。本館の廊下を進んでいたが、男性従業員は通路の先の扉を開けると、今度は屋外の渡り廊下に僕たちを案内した。
「それでは、ここから先が離れとなっております。少し段差がございますので足元には十分お気をつけて下さいませ」
ん?離れ?
「あの~、ここって一泊おいくらになるのですか?」
さすがにイスカも、ここが尋常じゃない程の高級宿であることに気づいたらしい。
フーシェの方は、いまだ口に残るお茶の味が気になるのか、渋い顔をしている。
男性は、イスカの質問に困ったように笑うと答えを教えてくれた。
「ローガン様からのご紹介ですよね。えーっと、そうですね。ローガン様の顔がありますから、詳しくは言えませんが、一泊金貨1枚では足りないくらいございます」
「ひっ!」
額を聞いてイスカが卒倒しそうになる。
僕だって値段を聞いてびっくりだ。
日本円に換算すると一泊、最低100万円以上。
どうひっくり帰っても、転生前の僕では縁のない世界の宿だ。
さすが元S級パーティーというべきなのか……。
ワイバーンとドラゴンの討伐で、大分懐事情は良くなった僕たちだが、こんな宿は長居するには落ち着かない。
旅の旅館がとても素晴らしいと感じるのは、日常の中に非日常が挟まれることに胸を打つものがあるからなのだろう。
「さぁ、着きましたよ。ここが本日のお部屋、『夕凪』でございます」
離れの造りは、本館と比べても一段とその格式の高さが伝わってくる。
広々とした離れにわずか数室しかない部屋は、その一部屋だけで本館の数室の部屋を収めてしまうくらいの広さがあるのだろう。
男性従業員が静かに、そして洗練された客をもてなす所作で襖を開く。
「凄い⋯⋯!」
襖を開けると、そこは一面のオーシャンビューだ。
夕焼けを描こうとする橙色の空が、白波を立てる海を淡く染め上げている。海には大小様々な形の帆船が白い帆をあげて、風を掴んでいるのが見えた。
海原へとスピードを上げて駆けていく船。帆を下ろし、速度を落として入港しようとする船。それぞれの旅路が、僕の眼前に広がる光景に収まっていた。
「ユズキさん、何だか私も別世界に迷い込んだようです」
「ん。この部屋だけで『星屑亭』の部屋が軽く10室は入るから驚異的」
女性陣も驚きを隠せないようだ。
かくいう僕も、どう見てもこの部屋のようにスイートルームクラスの宿に泊まったことはない。
幼い頃、両親に最大4人くらいが泊まれる和室に宿泊したのが関の山だ。
勿論、その経験でさえ、僕の心に印象深く残っており旅の楽しさを思い出させてくれるのだから、こんな宿に泊まれるということは、もしかしたら、もう一度転生しても覚えているかもしれない。
「今日はゆっくりと過ごしたいですね。トナミカはご飯も美味しいので楽しみです!」
「ん。麺料理も有名と聞いた。食べてみたい」
果たして、あれほど昼食を食べたのに、まだ足りないというのだろうか。
食事を楽しみに嬉しそうに笑い合う二人を見て、僕は背筋が少し寒くなる思いがするけどまぁいいか。
──久しぶりの宿だ。ゆっくりしよう。
心の底からそう思ったのだが、そういうことは大体フ・ラ・グ・とやらになることに、今の僕はまだ気づいてはいないのだった。
口に肉を詰め込んだまま、フーシェがローガンへと質問する。
頬を少しハムスターの様に膨らませているのは、小動物の様で可愛らしいのだけれども、テーブルマナー的にはNGだ。
そしてローガンは、視線をステータス画面が映し出す情報に落としたまま返答する。
「ほんとも何も、その第一次遠征に私は参加していたのです」
ローガンはそう言うと、ゆっくりと水を一口飲んだ。
「愚かなことを考えるものです。特にレーベンはこの大陸とも交流があり、必ずしも敵対的ではない。そこを魔王討伐の足がかりにしようなどとは」
「『勇者』の最終的な目的は?」
僕の質問にローガンは嘆息する。
「魔大陸全ての『魔王』の討伐。それをもって、人族の安寧を築くと共に、グリドール帝国時期国王の座を確固たるものにしたいのでしょう」
「え?『勇者』とはグリドール帝国の王子なのですか?」
僕が驚きをもって質問すると、ローガンは眉を潜めながら頷いた。
「左様でございます。側室の子ではございますが、ジェイク様はれっきとしたグリドール国王の子。私は、彼の家庭教師件パーティーの指導役を務めておりました。もう15年もお供をさせて頂いておりました」
その口調には、遠い過去を懐かしむような声色が含まれる。
それだけ長い年月を過ごして来たというのに、『レベルリバース』を起こしただけで簡単にその繋がりは切れてしまうものなのだろうか?
決して、パーティーを抜ける時が良い別れでなかったことは、追い出されたという表現で分かっていた。
「そういえば⋯⋯失礼ですが、貴方達が魔大陸へ渡る理由をお聞かせ願えますか?」
ローガンは、思い出したというふうに僕にたずねて来た。
僕は、かいつまんでフーシェのことと魔大陸でフーシェの手がかりを見つけるために海を渡りたいことを説明した。
一通り、話を聞き終えたローガンは、何やら考えていたがやがて意を決したように口を開いた。
「不躾なお願いで大変恐縮ではありますが、私をその旅のお供に加えてはいけないでしょうか?無論、レベルが足りないことは分かっております。ですが、やはりもう一度、私はジェイク様とお会いしなければならないのです」
その瞳は、何かを決心したかのように確固とした意思を宿していた。
ここで、ローガンと共に行動をするということは、『勇者』にまつわるローガンとジェイクの問題の渦中に飛び込むことになる。
そういったトラブルは避けたい所だが、魔大陸に渡ったことがあるローガンの情報はきっと役立つはずだ。
「ん。ユズキの好きにすればいい」
大盛りゼリーを頬張りながらフーシェは頷く。
「ユズキさんは、答えを出しているんですよね?私もローガンさんが一緒に来てくれると心強いです!」
イスカもローガンが共に来ることには賛成のようだ。
ローガンは緊張した面持ちで僕の言葉を待った。
「分かりました。ローガンさん、一緒に行きましょう。その知見、頼りにしています」
僕が右手を差し出すと、ローガンは少し目を潤ませつつも強い力で僕の右手を握り返してくれるのだった。
『対象、ローガンの友好度が友情度に変化しました。レベル譲渡可能レベルは残り19です。尚、譲渡されたレベルはスキルによって固定され、『レベルリバース』の影響を受けることはありません』
脳内に響くセラ様AIの声。
譲渡できるレベルが一度に20あるのは、元々ローガンのレベルが高いためだろうか?
「ありがとうございます。この老いぼれ、微力ではございますが誠心誠意を込めて、お三方のお役に立つことを約束致しましょう。──ところで、ユズキ様?今晩のお宿はお決まりですか?」
握っていた右手を離すと、ローガンが微笑む。
そうだった、宿泊をする『水海月亭』に行かなければ。夕方になって宿が取れないと心配だ。
僕達がトナミカに着いたのは早朝。陽は少し傾いており、店内に差し込む光は暖かさを増している。
僕が、まだ宿を取っていないことを聞くと、ローガンは嬉しそうに笑った。
「良かったです。それでは、不肖このローガンが仲間に入れて頂きましたお礼と、本日の数々の御無礼のお詫びを兼ねて、本日の宿を取らせて頂きます」
「?」
僕達3人はお互いの顔を見合わせる。
ローガンは笑うと、僕達に優しく微笑み嬉しそうに笑った。
「温泉宿ですよ、ユズキ様。トナミカで一番の温泉宿、そちらを是非堪能して下さい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ほへぇ、本当に温泉宿だよ」
僕は、少し呆けた声を出して眼前に広がる光景に圧倒された。
うん、温泉宿。これはどこをどう見ても温泉宿だ。
決してヨーロッパにあるようなスパではない。建物の壁はトナミカらしく白く塗られているが屋根は瓦でできており、その色は日本でもよく見る灰色だ。
「この建物は、ムラクモという土地の建物をモチーフとしているのですよ。ユズキ様」
隣に立つローガンが僕に、建物の造りの由来を教えてくれる。
──って、え?この建物はムラクモの造りなの?
「これは、覚えておいた方が良いことですね、ユズキさん」
少し意地悪な笑みを浮かべながら、イスカが僕に耳打ちをする。
そうなのだ。女神のセラ様から頂いた僕の身分証には、僕の出身地は『ムラクモ』ということになっている。
しかし、肝心の僕はムラクモに行ったことは勿論ないし、ムラクモの文化体系もほとんど分からない。
え、これってボロが出たら、僕は詐欺罪で捕まってしまうんじゃないか?
ダラダラと嫌な汗が流れつつも、僕はローガンに促されるままに宿の門をくぐる。
うん、のれんが出ている所は如何にも日本らしさに溢れている。
「ようこそおいでくださいました!」
──日本!!
まず、従業員さんが作務衣を着ている辺りが日本。
そして、パチパチとホールに設置された囲炉裏で茶を沸かしている所も、何故だろう。異世界なのに高級な温泉宿にでも来たような雰囲気だ。
僕の他にも転生者がいて、その文化を持ち込んだ……ということがあってもおかしくないくらい日本味に溢れている。
ただ、よく見ると少し日本では見られないような装飾が施されていたりと、細部の違いはあるようだ。
「ここは、トナミカでも最高級の宿として20年以上前からやっているのです。オーナーはムラクモ出身の方で、この交易都市で宿を開きたいとわざわざ船で資材をムラクモから運んだようですよ」
うわぁ。これは、絶対オーナーには会いたくないな。
僕はそう思いつつ、受付の手続きを済ませたローガンから部屋の鍵を受け取る。
「はい、これで明日の昼まで泊まることができますよ」
「あれ?ローガンさんは?」
僕が質問すると、ローガンは苦笑した。
「さすがに、ここの宿は連泊なんてできませんよ。町中に宿を取っています。明日の昼には参りますので、ゆっくりと旅の疲れを癒してください」
そう言うと、僕たちに一礼するとローガンは宿を出て行ってしまった。
うーん、本当に高級そうな宿だけど堪能してしまってもいいのだろうか?
僕が、荷物を従業員の女性に預けて2人に振り返ると、そこには調度品に興味津々なイスカと、ちゃっかりお茶を頂いているフーシェがいた。
「凄いです!この装飾、全然煌びやかさはないのにすごく精巧に作られていて、本当に未知の文化って感じがします」
「ん。ユズキ、このお茶はなんか薬草のような味がする」
確かに、ここだけ見れば西洋に日本を持ちこんだような場所だ。2人の反応も当然といえるだろう。
「2人とも、一回部屋に行ってみよう」
僕が2人に声をかけると、男性従業員がやってきた。
「それでは、ユズキ様御一行様。お部屋に案内させて頂きますね」
うーん、ホスピタリティも十分だ。
僕たちは男性従業員の誘導により廊下を進む。本館の廊下を進んでいたが、男性従業員は通路の先の扉を開けると、今度は屋外の渡り廊下に僕たちを案内した。
「それでは、ここから先が離れとなっております。少し段差がございますので足元には十分お気をつけて下さいませ」
ん?離れ?
「あの~、ここって一泊おいくらになるのですか?」
さすがにイスカも、ここが尋常じゃない程の高級宿であることに気づいたらしい。
フーシェの方は、いまだ口に残るお茶の味が気になるのか、渋い顔をしている。
男性は、イスカの質問に困ったように笑うと答えを教えてくれた。
「ローガン様からのご紹介ですよね。えーっと、そうですね。ローガン様の顔がありますから、詳しくは言えませんが、一泊金貨1枚では足りないくらいございます」
「ひっ!」
額を聞いてイスカが卒倒しそうになる。
僕だって値段を聞いてびっくりだ。
日本円に換算すると一泊、最低100万円以上。
どうひっくり帰っても、転生前の僕では縁のない世界の宿だ。
さすが元S級パーティーというべきなのか……。
ワイバーンとドラゴンの討伐で、大分懐事情は良くなった僕たちだが、こんな宿は長居するには落ち着かない。
旅の旅館がとても素晴らしいと感じるのは、日常の中に非日常が挟まれることに胸を打つものがあるからなのだろう。
「さぁ、着きましたよ。ここが本日のお部屋、『夕凪』でございます」
離れの造りは、本館と比べても一段とその格式の高さが伝わってくる。
広々とした離れにわずか数室しかない部屋は、その一部屋だけで本館の数室の部屋を収めてしまうくらいの広さがあるのだろう。
男性従業員が静かに、そして洗練された客をもてなす所作で襖を開く。
「凄い⋯⋯!」
襖を開けると、そこは一面のオーシャンビューだ。
夕焼けを描こうとする橙色の空が、白波を立てる海を淡く染め上げている。海には大小様々な形の帆船が白い帆をあげて、風を掴んでいるのが見えた。
海原へとスピードを上げて駆けていく船。帆を下ろし、速度を落として入港しようとする船。それぞれの旅路が、僕の眼前に広がる光景に収まっていた。
「ユズキさん、何だか私も別世界に迷い込んだようです」
「ん。この部屋だけで『星屑亭』の部屋が軽く10室は入るから驚異的」
女性陣も驚きを隠せないようだ。
かくいう僕も、どう見てもこの部屋のようにスイートルームクラスの宿に泊まったことはない。
幼い頃、両親に最大4人くらいが泊まれる和室に宿泊したのが関の山だ。
勿論、その経験でさえ、僕の心に印象深く残っており旅の楽しさを思い出させてくれるのだから、こんな宿に泊まれるということは、もしかしたら、もう一度転生しても覚えているかもしれない。
「今日はゆっくりと過ごしたいですね。トナミカはご飯も美味しいので楽しみです!」
「ん。麺料理も有名と聞いた。食べてみたい」
果たして、あれほど昼食を食べたのに、まだ足りないというのだろうか。
食事を楽しみに嬉しそうに笑い合う二人を見て、僕は背筋が少し寒くなる思いがするけどまぁいいか。
──久しぶりの宿だ。ゆっくりしよう。
心の底からそう思ったのだが、そういうことは大体フ・ラ・グ・とやらになることに、今の僕はまだ気づいてはいないのだった。
37
あなたにおすすめの小説
Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜
橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?
世界一簡単にレベルアップ ~魔物を倒すだけでレベルが上がる能力を得た俺は、弱小の魔物を倒しまくって異世界でハーレム作る事にしました~
きよらかなこころ
ファンタジー
シンゴはある日、事故で死んだ。
どうやら、神の手違いで間違って死んでしまったシンゴは異世界に転生することになる。
転生する際にオマケに『魔物を倒すだけでレベルが上がる』能力を貰ったシンゴ。
弱小の魔物を倒してレベルを上げ、異世界でハーレムを作る事を企むのだった。
異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?
よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ!
こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ!
これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・
どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。
周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ?
俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ?
それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ!
よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・
え?俺様チート持ちだって?チートって何だ?
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。
神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。
外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~
海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。
地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。
俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。
だけど悔しくはない。
何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。
そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。
ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。
アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。
フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。
※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!
魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで
ひーにゃん
ファンタジー
誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。
運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……
与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。
だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。
これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。
冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。
よろしくお願いします。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる