a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第二部】三章 激動なのか、激情なのか

三十一、長くて短い夜の始まり

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 一瞬、辺りが静まり返った。

「――状況をお願いいたします」

 僕は気付いたらそう声を出していた。体をウィンストン殿下へ向けて、特に曲げていたつもりもない背筋を正す。そっと胸元のモクトスタに触れて、一歩足を踏み出した。

「詳しくは対策本部で伝える。エドマンド、イアン。せっかくの時間に申し訳ないが、マスターとして出動依頼を出す可能性がある。付いてきて欲しい。フルーリア王女殿下は自室へお下がりください。マイールズは」
「承知しております。至急、父の元へ向かいます。御前を失礼いたします」
「ああ。……これから対策本部へ向かう。ギルバート。お前ももうマスターだ。参加を許可する。着いて来い」
「っはい!」

 迷いのない指示に従って、僕等はフルーリア王女を残した部屋を後にした。
 ウィンストン殿下は移動中に簡単な経緯を教えてくれた。珍しく大股で進むのに早足で着いて行く。

「きっかけは小さな火災だったそうだが、運悪く積み荷が発火性の高い物質だった。あっという間に火の手が広がり、今や北部の港は火の海だ。人的被害はまだ不明だが、少なくとも百人近くと連絡が取れていない。ついさきほど第一、第二部隊に続いて、第七部隊を残した全てを消火へ向かわせたところだ」
「北部……」
「ギルバート殿下……?」
「エドマンド、北部の港の多くはセイダル国専用の港になっている」

 苦々しい声を出したギルバート殿下の顔を見る。答えはブライトルがくれた。僕は「え……」と小さく呟くしかできない。

「えと、セイダル国だと何か問題があるんですか?」

 さっき以上に空気が張り詰めたのを感じて、イアンがそっとブライトルへ顔を向ける。

「出火の原因や、その後の対応によってはセイダル国との間で大きな問題になるかもしれない、ということだ。物損だけならまだしも、あちらの人的被害が出た場合、簡単な賠償問題だけでは済まなくなる可能性がある」

 イアンがハッとしたような顔をした。トーカシア国の危うい立ち位置を思い出したのだろう。極端な話、ニュドニアより先に攻め入られる可能性すらゼロじゃない、ということに。
 状況の悪さに瞳を揺らすイアンの肩をウィンストン殿下が叩く。

「なに、そうならないように全力を尽くすために君たちを呼んだんだ。唯一の飛行機体のマスター、イアン・ブロンテ。期待させてくれるか?」
「っはい!」
「頼もしい返事をありがとう。さあ、急ごう」


 対策本部は想像以上に騒然としていた。あちらこちらで声が飛び交い、前後の扉から新しい人が入っては違う人が出て行く。通信担当のモクトスタを装備した何人かが次から次へと報告を上げる。国王陛下さえ厳しい顔で座って、たまに側近の話に指示を出している。
 僕とイアンとギルバート殿下は、最新の情報を含めて、側近の一人に被害地区の地図を見せられる。

「現在、火の手はすでに倉庫街の辺りまで広がり、その後ろの市場への被害は止められないでしょう。まだ居住区までは距離がありますが、今日は風も強く、火の勢いは未だ衰えていないため時間の問題です。現在の風向きは北西です」
「住民の避難はどうなっている」
「はい。近隣住民及び、労働者は出来る限り避難させましたが、詳細までは不明です。また、他国の被害については、いまだほとんどの状況が分かっておりません」

 ギルバート殿下が「そうか……」と苦しそうに口を閉じる。
 僕はジッと地図を見下ろす。トーカシア国は国境に当たる部分の約三分の一が沿岸で、そのほとんどを港として利用している。火災はその内の二割に当たり、さらに広がっている。
 風も内地側へ吹いているため、火の手が海へ逃げることがない。
 しかも船の中には、他国の王侯貴族の物もあるらしい。これ以上被害を広げるわけにはいかない。

「空から水を撒くのじゃダメなのかな?」
「量があれば効果的ではあるが、どうやって水を引き上げるかの問題がある」

 イアンの提案にギルバート殿下が現実的な意見を出す。水……。僕はふと気になって口を開いた。

「発火性の積み荷があったと聞いていますが、一体どのような?」
「基本は木材です。越冬用ですね。それから、高度数のアルコール類や食用油が確認されています」
「では、水は……」
「はい……。悪化する可能性があるため、現在は主に高ランクマスターによる砂の散布と土嚢を積み上げる作戦に切り替わりました」

 ほとんど開きっぱなしの扉からまた新しい兵が入ってきて、一際大きな声で叫んだ。

「第一段階成功しました! 火の手は現在土嚢付近でせき止められています!」
「よくやった! 引き続き土嚢の積み上げと散布を続けろ!」

「ウィンストン殿下! 全兵士招集完了しました! 警備以外の全てを現場へ向かわせますか!」
「各部隊長からの指示を待つよう伝えろ。いや、まて! 下男以下も何人か土嚢の準備に回すように伝えろ! また数が足りなくなるかもしれない。――侍女長はまだか!」
「はい、ここに! お待たせいたしました!」

「各方面より人を集め、競技場を解放する。城内からも最低限の者を残して連れて行き、避難民の世話ができるように取り仕切れ。お前とお前、彼女の指示通りに警護や誘導を任せる。第三部隊の残りの兵を連れて行って構わない。物資は後ほど届けさせる」
「かしこまりました」

 ウィンストン殿下が迷いなく指示を飛ばす。目まぐるしく動く状況や人を彼は完全に把握しているように見えた。勿論、その時々で側近や将校たちと相談していたり、提案を受けたりしているのは分かる。でも、これが、たった五つしか違わない人間の能力なのか。微かに熱い息が口から落ちる。

 すると、将校らしき人たちの内、柔らかい雰囲気の女性が真っすぐに僕等の元へやって来た。

「ギルバート殿下、イアン様、エドマンド様、たった今第二段階以降の作戦も本筋が決まりました。今からご説明してもよろしいでしょうか?」
「ああ」
「よろしくお願いいたします」

 真っすぐに彼女を見ると、やはりゆったりと微笑まれる。何だろう。これだけの喧騒の中で、随分と余裕を感じる。

「殿下たちにお願いするのは、王城の警備です」
「え……?」

 声を上げたのはイアンだった。てっきり消火活動に参加するものだと思っていたのだろう。僕は目を細めて彼女を見て、続いてギルバート殿下を見る。彼はさっき以上に真剣な目をしていた。

「説明を」
「はい、ギルバート殿下。今回の大規模火災ですが、人為的なものである可能性を否定できません」
「やはりか……」
「さすがギルバート殿下。ご慧眼恐れ入ります。詳細は割愛いたしますが、そのため、火災自体が何かの偽装であるという懸念がございます」

 将校に褒められて、ギルバート殿下は満更でも無い様子だ。チラッとこちらを見る辺り、やっぱりかなりライバル視されているみたいだ。せっつかれているような気がして、僕は仕方なく口を開く。

「それで、警備に残るマスターの人数は何人ですか?」
「はい。殿下方三名にブライトル殿下、他五名の計九名のみとなります」
「それは……」

「火災に戦力を割き過ぎだと言いたいのか?」
「そういう、わけでは……」
「分かっているのだろう? 今がどれだけ重要な局面なのか」
「そう、ですね……」

 他の兵士が通常通りの王城警備をすると言っても、万が一何か起こったときは実質九名でこの広大な王城を守り切らなければならない。――今晩は、長くなるかもしれないと覚悟した。
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