a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第二部】三章 激動なのか、激情なのか

三十、オレンジ色のあかりの前で

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 暖炉の火がパチパチと音を立てて、温かさを保ってくれている。お陰で外は今にも雪が降りそうな曇天なのに、薄着で過ごすことができる。王城の客室の一つで、僕らは少し夜更かしをしながらゆったりとお茶を楽しんでいる。

 イアンとフルーリア王女の帰国を明日に控えた今日。僕等は最後の晩餐ならぬ、最後のティーパーティーを開いている。夕方に差し掛かる頃から始まったパーティーは、外が暗くなっても話が尽きなかった。

 暖炉の前にラグを広げて、その上にはクッションを敷き詰める。周りにカウチソファーを三つ並べたら寛ぎスペースの完成だ。空いた場所に置かれた小さなテーブルには軽食や飲み物が並べられて、部屋に入った瞬間、フルーリア王女は「こんな贅沢いいのでしょうか!」と両手を組んで目を輝かせていた。

「このケーキ美味しい~!」
「おい、イアン、甘い物ばかり食べていたら肉が付くんじゃないか?」
「そう言うエドマンドは食べなさ過ぎだよ。ほら、美味しいから、一口くらい食べてみたら?」

 目の前にフォークに刺さったチョコレートがもったりとかかったケーキを突き出される。美味しい物は好きだけれど、ここまで甘そうだと逆に食べる気が失せてしまう。チラッと見上げた先では期待に満ちた赤い大きな瞳が僕を見つめている。
 あ、と思った。

「フルーリア王女。イアンが美味しいからぜひ一口食べて欲しいそうですよ」

 ラグに座り込んでいる僕等と違って、暖炉側のカウチソファーに座って侍女と楽しそうに話していた王女に声をかける。
 王女はパチリ、と丸っこい目を瞬かせると「えっ!」と声を上げて頬を染めた。僕は社交用の笑みを浮かべてその場を離れる。後ろからはイアンの声でも「えっ!?」と聞こえてきた。頑張ってくれ、イアン。フルーリア王女も。僕にできることは少ないけれど、きっかけ作りの一つくらいになれていたら嬉しい。

 立ち上がったついでに紅茶のお代わりをもらうことにした。侍女がお湯を持ってくるのを待っている間、暇つぶし用に並べられていた本へ手を伸ばす。軽食はさっきたくさん食べたから何か食べる気にならないし、侍女や侍従などを除いて六人しかいない室内で話す相手もいない。

 何せ、ブライトルはさっきからマイールズと話し込んでいるからだ。見ないようにしていたのに、考えるだけで眉に力が入る。僕とはいつでも会えるけれど、彼とはそう簡単にはいかないから、と言うのが理由だろうか。知ったことではない。

 じゃあせっかくだしこの前の手合わせの話でも、と顔を向けた残りの一人であるギルバート殿下は、僕と目が合った途端に見事に逃げていった。彼としてはイアンやブライトルと話がしたくてこのパーティーに参加したのに、イアンは僕が、ブライトルはマイールズが独占していたから中々入ってこられずにいたようだ。せっかく僕が離れても、今度はイアンはフルーリア王女と向き合っている。話しかける隙がないのだろう。

 その二人は固まって暖炉の光に照らされた頬を真っ赤にしている。ポツポツと話をしているようだけれど、お互いの顔を見れずにいるようだ。何だかその光景に心臓をぎゅぅっと絞られた気がして、強く目を瞑った。日本にはこういうのを言い合わらす言葉があったけれど、残念ながらもう思い出せない。ただ、ものすごく嬉しいのは確かだ。

「ふぅぅ」

 深呼吸をして、本のタイトルを目で追う。ほとんど娯楽用の内容のようだ。物語や、図鑑、トーカシア国とニュドニアの歴史といったところ。

 そう言えば、僕はこの国だけじゃなく、ニュドニアの童話や物語にすら疎い。他に知るべきことや覚えることが多くて、そこまで手が回らなかった。そういった本を読むことの多い幼少期ですらお爺様は僕に与えてくれなかったしな。

 ふよふよと迷った指先で選んだのは、今までまともに読んだこともないような童話集だ。そこには、トーカシア国の成り立ちが女神トゥクワの存在と共に、ワクワクするような冒険譚として書かれていた。セイダル国もそうだけれど、歴史の長い国にはこういった伝承のようなものがあるものらしい。
 ニュドニアは元を辿ればタタドニーサ国の末端から独立した新興国家なので、母国では目にする機会のなかった内容に、気付けば夢中になった。ペラ、ペラとページを捲る音が静かに僕を空中に浮かべてくれるようだった。

「――エドマンド」
「っ、ギルバート殿下っ。……どうかされましたか?」
「イアンがカードゲームをしようか、と話している。参加しろ」
「はい、勿論です」

 突然聞き慣れない声で名前を呼ばれて、焦って本を閉じる。横を見れば、湯気の消えかけたティーカップがテーブルに乗っている。思っていた以上に集中してしまっていたらしい。

「ギルバート殿下、呼びに来てくださってありがとうございます」
「黙れ。お前と親しくするつもりはない」

 初対面から約三ヶ月。相変わらず僕にだけ冷たい殿下の言動には慣れてきている。顔を暖炉側へ向ければイアンがやっぱり赤い顔をしてこちらに手を振っている。軽く振り返して足をラグへ進める。

「何をするつもりだ? ポーカーか?」
「せっかくだし、メモリーの方がいいかなって思ってるんだけど、どうかな?」
「そうだな。シンプルでいいかもしれない」

 ラグの上ではマイールズがフルーリア王女と楽しそうに話していたし、ギルバート殿下はさっさとイアンの隣に陣取った。僕は近場のカウチソファーに腰かけて辺りを見る。

「ブライトル殿下はどうしたんだ?」
「お前、気付いていなかったのか? 離席中だ。すぐに戻る」
「それは失礼しました。では、戻られたら始めましょうか」

 ギルバート殿下の言葉に微かに驚く。そこまであの本に集中していたつもりは無かったのだけれど、無意識にブライトルの気配を遮断していたのかもしれない。――見たくない、と。

「ん……?」
「エドマンド、どうかしましたか?」
「あ、いえ、大丈夫です。お気になさらずに」

 慌てて手を掲げてフルーリア王女に向かって首を振る。
 僕は何でそんなことをしたんだろう? 何でブライトルを見たくなかったのだろう? これはどんな感情なのだろう――――?


 その瞬間、ガチャ! と勢いよく扉が開いてブライトルが現れた。なんと、その後ろにはウィンストン殿下もいる。一瞬にして全員に緊張が走った。こちらが口を開く猶予を与えることなく、ウィンストン殿下が声を上げた。

「残念だが、パーティーは終わりだ。港で大規模火災が起こった!」
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