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【第二部】三章 激動なのか、激情なのか
二十九、水色の瞳が睨んでくる
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「エドマンド、またお前か」
「ギルバート殿下。またお会いしましたね。ご機嫌麗しいようでなによりです」
「今の私の何を見てそう言っているんだ、偉そうに。私はまだお前を認めていないからな!」
「そうなのですね。では、今後も精進いたします」
嬉しい人が来た。前髪の短い銀髪から見える眉間には見事な皺が寄っている。その下の瞳は水色で、今にも睨み殺してやりたいと言っているようだ。この人はブライトルの三つ下の弟だ。つまり僕とは一つしか違わない、将来の義弟となる。
彼からすれば、僕はどこぞの馬の骨というやつらしい。最初に会ったときからあからさまに敵意をむき出しにしてきていたので逆に付き合いやすい人だ。何せ考えていることが分かりやすい。基本的には兄二人と同じで文武両道で優秀な方なのに、兄弟の中では一番感情的になりやすいようだ。
兄の婚約者にここまで牙をむくってことは、この世界にない単語で言うなら、ブラコンぎみなところがあるということなのだろうか。
淡々と受け答えすれば、腹立たしそうにつり目を大きく開いている。ギルバート殿下はどちらかと言えば国王様似だから、パッと見た印象は上の二人よりもキツイ印象を持つ。それから、背は僕より少し高いのに、成長途中だからか幅が薄い。
「……はぁ、いるなら仕方ない。今日も付き合え」
「承知いたしました。よろしくお願いします」
そして、強い。モクトスタの装備許可が下りてからまだ日も浅いのに、あっという間にマスターになったそうだ。この人の強さなら、インディゴランクへの昇格もすぐだろう。
正直、この訓練場で僕より強い人は少ない。当然トーカシア国にも高ランクマスターは多数在籍している。ただ、ほとんどのマスターたちは王族の身辺警護や広大な港の警備に当たっていて、個人練習はしてもここに来ることは少ないそうだ。情報として知ってはいても、現実を見てどうしても残念に思っていたので、ギルバート殿下の存在は本当にありがたい。
未来の国王であるウィンストン殿下、王弟として支えていくブライトル。優秀過ぎる二人の兄を見て、腐ることなく、憧れと反骨精神に昇華させているギルバート殿下。この人は軍部総司令官になることを目標にしているのだ、と少し打ち解けた兵士から聞いた。
あのブライトルの弟なのに、ずいぶん真っすぐと育ったのだなと驚いたくらいだ。
殿下がしっかりと柔軟するのを待つ間、他の兵士に交ざって基礎訓練を行う。柔軟はもちろん、筋力トレーニングや持久力、瞬発力、状況判断など、常に磨き続ける要素はたくさんある。モクトスタの威力は大きい。装備するだけで強大な力を持つことができる。でも、それを活かせるかどうかはこういった地道な積み重ねが必要だ。
そういう意味でも、手を抜かないギルバート殿下の姿勢は好ましいと思う。
「――本気で来い」
「承知いたしました」
対峙したときの緊張感に、呼吸がいくらか速くなる。もう何度か対戦したけれど、そうか。僕は高揚しているのだな、と微かに口角が上がった。
連続で五戦して、全て僕が勝ち越した。イレギュラーな昇格などがあったとは言っても、モカトの原産国でエースの名前をもらっていたんだ。そう簡単に負けるわけにはいかない。
ギルバート殿下は荒い息を吐きながら、壁に寄りかかって座り込んでいる。ゼェゼェと少し離れた僕まで音が届いてくる。側近がタオルやドリンクを差し出して心配そうだ。横目で見ていると、気付かれて睨まれた。
そこへ、音もなく一人の士官らしい人が来た。しっかりと撫でつけられた白髪の多い金髪は老齢に見えるけれど、立ち居振る舞いに隙が無い。
ゴク。小さく喉が鳴った。
「ギルバート様、対戦ご苦労様でした。五戦連続でよく頑張られました。――ですが、初動が遅いですね。最初から押し負けると反撃に出るのは容易じゃありませんよ。しかも相手は格上です。しかし……、見切る目は悪くありません。今後も精進なさってください」
「……はぁ、つまり、まだまだだと言うことだな」
「はは! 相変わらず努力家でいらっしゃる。素晴らしい試合でしたよ」
「ああ、ありがとう」
「さて」
見るともなしに見ていると、その方は僕をジッと見て真っすぐと歩いてきた。近づいてみると、背はそこまで高くない。僕やギルバート殿下と変わらないくらいだ。なのに、威圧感がすごい。さっきの殿下への態度とは打って変わって鋭い目で睨まれて、元から無表情の顔にさらに力を入れた。
「エドマンド様」
「は、い……」
「無駄のないお手本通りのいい動きです。フェイントも悪くない。しかし、見る者が見れば実戦経験が少ないことにすぐ気付く。もう少し相手を翻弄する戦い方を覚えた方がいいでしょう」
「え……?」
「どうされました?」
「いえ……、私にまでご指導くださるとは思っていなかったもので」
訓練場へ通うようになってまだ数日。その間にこの人が来たことはなかったはずだ。それが、一目見てここまで分かるのか。呆気に取られていると、士官の白の多い眉毛がひょい、と上がる。
「この場では誰もが平等です。必要なければ以後、控えますがね」
「失礼しました。ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします」
慌てて姿勢を正して、トーカシア国の礼を取る。鋭い金色の目が細められるだけで、何も言わずにその人は去って行った。
「名前、聞きそびれたな……」
あれだけの雰囲気のある人だ。聞けば誰もが答えられるだろう。知っている前提で話しかけられたのか、それとも僕にはまだ名乗るつもりがないのか。
どちらにしても、強い。今戦ったとして、勝てるか分からないな、と真っすぐに伸びた背中を眺めた。
「ギルバート殿下。またお会いしましたね。ご機嫌麗しいようでなによりです」
「今の私の何を見てそう言っているんだ、偉そうに。私はまだお前を認めていないからな!」
「そうなのですね。では、今後も精進いたします」
嬉しい人が来た。前髪の短い銀髪から見える眉間には見事な皺が寄っている。その下の瞳は水色で、今にも睨み殺してやりたいと言っているようだ。この人はブライトルの三つ下の弟だ。つまり僕とは一つしか違わない、将来の義弟となる。
彼からすれば、僕はどこぞの馬の骨というやつらしい。最初に会ったときからあからさまに敵意をむき出しにしてきていたので逆に付き合いやすい人だ。何せ考えていることが分かりやすい。基本的には兄二人と同じで文武両道で優秀な方なのに、兄弟の中では一番感情的になりやすいようだ。
兄の婚約者にここまで牙をむくってことは、この世界にない単語で言うなら、ブラコンぎみなところがあるということなのだろうか。
淡々と受け答えすれば、腹立たしそうにつり目を大きく開いている。ギルバート殿下はどちらかと言えば国王様似だから、パッと見た印象は上の二人よりもキツイ印象を持つ。それから、背は僕より少し高いのに、成長途中だからか幅が薄い。
「……はぁ、いるなら仕方ない。今日も付き合え」
「承知いたしました。よろしくお願いします」
そして、強い。モクトスタの装備許可が下りてからまだ日も浅いのに、あっという間にマスターになったそうだ。この人の強さなら、インディゴランクへの昇格もすぐだろう。
正直、この訓練場で僕より強い人は少ない。当然トーカシア国にも高ランクマスターは多数在籍している。ただ、ほとんどのマスターたちは王族の身辺警護や広大な港の警備に当たっていて、個人練習はしてもここに来ることは少ないそうだ。情報として知ってはいても、現実を見てどうしても残念に思っていたので、ギルバート殿下の存在は本当にありがたい。
未来の国王であるウィンストン殿下、王弟として支えていくブライトル。優秀過ぎる二人の兄を見て、腐ることなく、憧れと反骨精神に昇華させているギルバート殿下。この人は軍部総司令官になることを目標にしているのだ、と少し打ち解けた兵士から聞いた。
あのブライトルの弟なのに、ずいぶん真っすぐと育ったのだなと驚いたくらいだ。
殿下がしっかりと柔軟するのを待つ間、他の兵士に交ざって基礎訓練を行う。柔軟はもちろん、筋力トレーニングや持久力、瞬発力、状況判断など、常に磨き続ける要素はたくさんある。モクトスタの威力は大きい。装備するだけで強大な力を持つことができる。でも、それを活かせるかどうかはこういった地道な積み重ねが必要だ。
そういう意味でも、手を抜かないギルバート殿下の姿勢は好ましいと思う。
「――本気で来い」
「承知いたしました」
対峙したときの緊張感に、呼吸がいくらか速くなる。もう何度か対戦したけれど、そうか。僕は高揚しているのだな、と微かに口角が上がった。
連続で五戦して、全て僕が勝ち越した。イレギュラーな昇格などがあったとは言っても、モカトの原産国でエースの名前をもらっていたんだ。そう簡単に負けるわけにはいかない。
ギルバート殿下は荒い息を吐きながら、壁に寄りかかって座り込んでいる。ゼェゼェと少し離れた僕まで音が届いてくる。側近がタオルやドリンクを差し出して心配そうだ。横目で見ていると、気付かれて睨まれた。
そこへ、音もなく一人の士官らしい人が来た。しっかりと撫でつけられた白髪の多い金髪は老齢に見えるけれど、立ち居振る舞いに隙が無い。
ゴク。小さく喉が鳴った。
「ギルバート様、対戦ご苦労様でした。五戦連続でよく頑張られました。――ですが、初動が遅いですね。最初から押し負けると反撃に出るのは容易じゃありませんよ。しかも相手は格上です。しかし……、見切る目は悪くありません。今後も精進なさってください」
「……はぁ、つまり、まだまだだと言うことだな」
「はは! 相変わらず努力家でいらっしゃる。素晴らしい試合でしたよ」
「ああ、ありがとう」
「さて」
見るともなしに見ていると、その方は僕をジッと見て真っすぐと歩いてきた。近づいてみると、背はそこまで高くない。僕やギルバート殿下と変わらないくらいだ。なのに、威圧感がすごい。さっきの殿下への態度とは打って変わって鋭い目で睨まれて、元から無表情の顔にさらに力を入れた。
「エドマンド様」
「は、い……」
「無駄のないお手本通りのいい動きです。フェイントも悪くない。しかし、見る者が見れば実戦経験が少ないことにすぐ気付く。もう少し相手を翻弄する戦い方を覚えた方がいいでしょう」
「え……?」
「どうされました?」
「いえ……、私にまでご指導くださるとは思っていなかったもので」
訓練場へ通うようになってまだ数日。その間にこの人が来たことはなかったはずだ。それが、一目見てここまで分かるのか。呆気に取られていると、士官の白の多い眉毛がひょい、と上がる。
「この場では誰もが平等です。必要なければ以後、控えますがね」
「失礼しました。ぜひ、今後ともよろしくお願いいたします」
慌てて姿勢を正して、トーカシア国の礼を取る。鋭い金色の目が細められるだけで、何も言わずにその人は去って行った。
「名前、聞きそびれたな……」
あれだけの雰囲気のある人だ。聞けば誰もが答えられるだろう。知っている前提で話しかけられたのか、それとも僕にはまだ名乗るつもりがないのか。
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