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第一章 したいこともできないこんな世の中じゃ

二、挫折はすぐにやってきた

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 両手で頭を抱えて部屋の中をうろつく。どこに座っても座り心地がよさそうで、以前の僕の部屋との違いに腰の落ちつけ先に悩んでしまう。

 いや、こんなことで悩んでる場合じゃないんだ。
 そっと手近にあったソファーに腰かけ、改めて頭を抱える。

 エドマンドはクールで、その分冷徹なモクトスタのマスターとなる人物だ。家庭環境のせいで孤独を抱えていて、主人公のイアンとの出会いで少しずつ軟化していく設定だ。

 問題は、彼には作中ですでに死亡フラグというか、あ、これ死んだ? 的な話が描かれていることだ。
 あれは確か、そう。第一期のクライマックス。

 敵国の一つである、西の大国セイダルに制圧された地方都市の奪還に向かったときだ。
 最終的にはイアンの活躍によって奪還に成功し、反撃の狼煙をあげるところで第一期が終わる。

 その少し前、強敵に中枢へ行くのを阻まれるイアン。
 そこへ現れ強敵の足止めを申し出るエドマンド。

 今の今までツンケンしていたエドマンドが、初めてイアンを助けるために身を挺して戦う作中屈指の名場面だ。

 善戦するエドマンドだけど、いくら優秀なマスターと言ってもまだ子供なんだ。
 大人相手に勝てるはずもなく、彼の体は爆発に飲まれて最後に残ったのはモクトスタの破片のみ。
 もう一度言う。
 爆発に飲まれて、残るのは破片のみなんだ。

 正直、作品の中で一位、二位を争うほど人気のあったキャラクターだったから、実は生きてましたとかはあり得ると思うし、ファンの間でもその説が有力視されていた。
 実際に死亡したとは明言されていないし、その辺は大人の都合とかあると思う。

 ただ僕は現在エドマンドとして生きているんだ。
 残念なことに大人の都合とか全く関わらないわけで。
 この世界で死んで、実は日本の僕は生きてましたー! って感じで元の世界に戻れる保証もなければ期待もしてない方がいいだろう。

 しっかり、がっつりこの世界で生きて行かなきゃならないようなのだ。

「今日は十三歳の誕生日」

 エドマンドが奪還作戦に参加するのは、セカンダリの最終学年である三年生のときだ。
 十三歳になった僕はつい先月セカンダリに進級したばかりで。

「え、と……?」

 つまり僕の余命は二年ということになる。

 呆然と天井を仰いだ。虚無感で体が溺れそうだ。
 無意識に「嘘だろ……?」なんて呟く。
 演技のために死ぬのはよくても、未来の友達のために死ぬのは想像が付かないというのが現実だ。
 前世だって別に死にたかったわけじゃない。ただ舞台で死ねるならいいかもしれない、と軽く思っていた程度だ。

「はぁぁ……」

 そして僕はもう一つの事実に気付いてソファーに倒れ込んだ。
 エドマンドだった僕が行儀の悪さに凍土の瞳で見ていて、自分の行動なのにどこかでイライラしてるんだけど、思い出したばかりで前の意識が強いのかそんなことに頭を使ってる余裕がない。

 エドマンドに両親はいない。唯一の肉親は元帥である祖父だけだ。家族構成は僕とよく似ているけど、余りに環境が違い過ぎる。
 祖父は一度のミスも許さないような性格だ。常にエドマンドに完璧を求める。家にも学園にも監視の目を光らせ、気を抜く暇はないのだ。
 それは勿論、今後の僕にも常に完璧が求められるということだ。

 幸いこれでも役者の端くれだ。エドマンドを演じるのはそんなに難しいことじゃないと思っている。彼は感情の機微が小さく、口数も少ない。
 大した演技力は求められないはずだ。
 けど。
 それは舞台に上がったときの話だ。

 これは日常、これは現実。
 毎日、ずっと降りることのできない舞台が続くということだ。
 一度でも対応を間違えたら、この家から追い出されかねない。

 そんなことをされてしまったら、主人公のイアンには出会えなくなるだろう。ブレイブ・オブ・モクトスタはどうなるんだろう。この国はどうなってしまうんだろう?
 もし自国が負けでもしたら、敗戦国の元帥の孫の僕なんてどうあがいてもいい未来なんかない。

 かと言って、いくら未来を知ってるからってエドマンド一人の能力で国をどうこうなんてできる気がしない。
 読んでいた小説では何かのチート能力があって成り上がっていけたけど、最初からチートや失えない立場を持っているのが当然の――しかも死んでまで国を助ける――人間に生まれ変わったときはどうすればいいんだろう。

 想像も付かない。ただの売れない役者だった僕が、一人の少年の道しるべになることも、作品の重要なキャラクターになることも、何より国を背負う人間になることも。

「はぁぁぁぁ」

 さっきより重いため息が落ちる。
 とにかく今まで通りに、いや今まで以上に努力して生きるしかない。この死亡フラグ、折れる気がしない。でも、折るしかない……。


 ***

 腹が減っては戦にならぬ。
 生きていたらお腹は空く。そして僕は美味しい料理を食べる権利を持った人間だ。
 だから、夜は実に見事な料理に舌鼓を打った。
 この手の話によくある食文化の違いも特になく、見事なイタリアン風コース料理が出された。

 食前酒代わりのノンアルコールワインにブルスケッタ、サラダにスープ、パスタ、肉、温野菜、チーズ、デザート。
 全部の名前を口にするだけでも大変な量の見事な食事だった。
 前の僕は記憶力がよかったけど、それ以上にこの体の脳の容量はすごいようだ。出された料理の複雑な名前なども秒で覚えた。

 僕としては、事前知識としてのブルスケッタを知っていただけでも褒めて欲しいくらいだったけど。
 イタリアン風だと分かったのもパスタが出たからと言う一点が理由だし、生前は本当に料理に縁がない人生だったから。
 だから、余りの美味しさに内なる僕が何度かお代わりを要求したのは許して欲しい。特に肉。肉だ。厚さもジューシーさも申し分のない見事なステーキだった。
 まあ、エドマンドはお代わりなんてはしたないことはしないので、一人淡々と職務のような真剣さで食事を終えたけど。

 シャワーを浴びて机に向かう。就寝前の点検に侍従がやってきた。

「エドマンド様、本日は何時にいたしますか」
「二十三時だ」

 振り返らずに伝える。就寝予定の時間だ。この後は勉強の時間を取るのがエドマンドの日常。

 実は勉強は得意だ。生前の僕の話だ。暗記科目に限るけど。
 今の僕は得意という段階を飛び越えているので、今からその片鱗を拝ませてもらうことにする。

「承知いたしました」

 邪魔にならない程度の音量で言って侍従が下がる。
 扉が閉まって気配が遠のいたのを確認して、昨日の続きである法律書に目を落とす。
 この優秀な頭が他の学生と同じ内容を勉強などするはずもなく、今学んでいるのはこの国の法律だ。日本でいる所の六法全書だ。

「授業なんて必要ないな」

 でも今日の所は法律のお勉強は勘弁してもらうことにして、全教科の教科書を引っ張り出す。
 まずは、今の僕でもちゃんと理解できているかの確認を始めた。
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