a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第一部】一章 したいこともできないこんな世の中じゃ

三、目下の強敵現れる

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 静謐な空気の中、素振りの音が響く。まだ外は薄暗く、朝靄の中に無言で佇む侍従たちの陰が揺らめく。

 エドマンドの一日は剣のトレーニングから始まる。
 時間は朝の五時過ぎ。まだ十三歳なのに睡眠時間はたったの六時間程度だ。
 道理で原作の彼の身長がそんなに高くなかったはずだ。作者がそこまで考えていたかは知らないけど。

 トレーニングには日本の現代知識を元にしたスポーツ科学が導入されているらしく、普通に肩甲骨や脚を回す動きを行っている。体が資本の仕事だったから、この部分に関してはあんまり前と今で違和感はない。

 剣の方は殺陣の経験が少ないし、そもそもエドマンドが行っているのは完全に軍人が行うような訓練なので、こちらは慣れるまでにもう少し時間が必要そうだった。

 みっちり一時間半ほど体を動かし、朝食後に登園だ。
 学園での記憶もあるし、クラスメイトとの付き合い方も分かってる。
 それでも家で過ごすのと、不特定多数がいる学園で過ごすのはかなりの違いがある。

 馬車の窓とカーテンの隙間から学舎が見えてくる。さあ、ここから先は誰が僕を見ているか分からない。気を引き締めた。


「おはようございます! エドマンド様」
「ご機嫌いかがですか、エドマンド様」
「本日の一時間目は第二言語ですね、エドマンド様」

 エドマンド様、エドマンド様、エドマンド様。
 どこに行っても、どこを歩いても必ず誰かに声をかけられる。

 対する僕の返答は、ほぼ無視だ。
 ある程度距離の近いクラスメイトと言う名の将来の部下とは話すものの、それ以外に返事を返すことはない。
 そのクラスメイト達との会話も、うるさくない程度を心得た彼らの絶妙な会話術に、適度な返事を返すのみという質疑応答のようなものだ。

 気構えすぎたか……?
 初日の感想だ。
 人付き合いは最低限だし、勉強に関しては何も言うことのない状態だ。

 僕の頭は本当に優秀で、昨夜確認したときから思ってたけど授業を受ける必要性が謎になる。

 まあ、それは様式美というものだと分かってはいる。
 何故なら、この学園には数ヶ月後に主人公のイアンが入園してくる。エドマンドには学園にいてもらわないといけない。

 ブレスタ――ブレイブ・オブ・モクトスタの略称だ――の本編が始まるのはイアンがヒロインと出会ってから。
 ヒロインを助けたことや、他にも色々な事情が噛み合ってイアンはやってくるのだけど、これが学生たちにとってかなりセンセーションな事態となる。

 この学園は本来、有力者や資産家などでないと入園できない、セレブリティのための場所だ。編入の時点であり得ないのに、庶民のイアンが入るのだ。当然だけど、イジメや嫌がらせが始まって――とストーリーは展開していく。

 彼がやってくるのは進級してから三か月が経ったころだったはず。あと一ヶ月弱と言ったところ。
 それまでは予行演習を兼ねて毎日を過ごしていこう。
 今日はかなり緊張して過ごしたけど、明日以降は出力を五十パーセントくらいには落としていいかもしれない。

 そう考えていた。

「やあ、エドマンド。調子はどうだい?」

 この男が現れるまでは。

「ブライトル殿下」

 すっかり忘れてた。こんなキャラクターもいたな。
 ブライトル・ モルダー・ヴァルマ。
 この国の東側に位置する友好国の第二王子だ。留学生の名の元、今年からこの学園に通っている。
 グレーの髪と、この国には珍しい深いブルーの瞳を持っている。
 どの角度から見ても完璧なイケメンぶりと、爽やかな笑顔、軽快な会話で僕とは違った方向で学園の人気者だ。

 彼はよく僕に話しかけてくる。将来のための地盤作りだと分かってはいるけど、それでも頻度は多い。
 王族を無下にするわけにもいかず、それ相応の対応を迫られる相手だった。
 日本で言うなら会社の取引先の偉い人ってところだ。

「お気遣いありがとうございます。変わりありません。殿下はご機嫌麗しいようで何よりです」

 窓から話しかけてきてくれたお陰で、僕の目線が高くなってしまっている。せめてもの礼儀として席を立って腰を折った。

「はは! 相変わらずお堅いなぁ。もう少し砕けた話し方でいいんだよ。僕と君の仲だろう?」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて失礼します、殿下。ところで今日はどういった御用ですか?」
「特に何もないよ?」
「そうですか」
「うん、顔を見に来たんだ」
「そうですか」
「ああ。そうだ、せっかくこんなに天気がいいのだから、一緒にお茶でもどうだい?」

 冗談じゃない。その時間を色々と他に充てたい。

「はい、喜んで」

 まあ、そんなこと言うはずもなく。口角を小さく上げるだけの微かな笑みを浮かべて頭を下げる。

「じゃあ、また後でね」
「承知しました」

 それだけを話すと、殿下は颯爽と一年の教室を後にする。教室の女生徒から控えめな黄色い声が上がった。
 彼は二つ年上のセカンダリ三年生だ。
 何をしても優秀で、例えば――名目上は――モクトスタを装備して日が浅いのに、もうマスター昇格試験を受けられるのではとすら噂されている。

 ブレスタではその優秀さと気さくさからイアンのよき相談相手の一人となる相手だ。
 東の友好国の王子という立場も都合がいいのか、出番も多かった。

 でも、エドマンドと仲がいい描写はあまり記憶にない。
 立場上の繋がりや関係性があるのは理解できるけど、二人でお茶に行くような関係だったことが記憶にあって不思議に思う。

 まあ、彼はコミュニケーション能力がカンストしているキャラクターだったから、誰に対しても同じような感じなのかもしれない。
 友好国とは言え気を抜くことはできない相手だ。ここまで距離が近いのなら、出力は七十くらいでしばらく様子を見なきゃいけないと気を取り直した。
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