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第二章 友情なんて簡単な言葉じゃ説明できない

十、主人公『イアン・ブロンテ』

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 帰りのエレベーターの中では見事にお互い無言だった。登ってきたときの距離感はどこへやら、ギリギリまで離れてパーソナルスペースを確保した。
 SPたちは一体何を思っていただろうか。少し気になる。

 時計塔を降りると、形ばかりのおざなりな礼をして帰宅した。ブライトルはきっと僕を見てもいなかったと思う。こちらからも目を逸らしていたので知らないけど。

 夕食――今日は中華風だった――を終えて自室で待って一時間弱。侍従が夕方の土煙に関する調書と、数日前から依頼していたイアンの素行調査を一緒に持って来た。

「やっぱりか……」

 いくつか重要な部分は隠されているようだけど、ほとんど僕が知っている通りの事件が起こっていた。

 漫画の最初のページが蘇る。
 ガラガラと回る馬車の車輪が描かれて、すぐにドレスを着た少女の足元が映る。
 必死に逃げ惑う少女はヒロインであるニュドニア国第三王女。彼女の乗った馬車が襲われ、見慣れない市街地を追手から逃げ回っているシーンだ。そして偶然居合わせた主人公が彼女を助けることから物語は始まる。

 調書には許可なく、しかも街中でモクトスタを起動した少年の名前が書かれている。
 イアン・ブロンテ。
 僕と同じ年で、正義感が強く、一本気で、素直な性格。主人公らしい主人公だ。
 学校の成績や、将来は父親の仕事である教師になることを目標としていることまで調べられている。家族構成は両親と二つ下の妹が一人。
 出会いのシーンで明らかに勝てない相手から王女と逃げようとしたのも、彼女が妹と重なったからだ、と後に語っている。
 向こうは大人が三人。追い付かれて終わるだろうと思われたところを、たまたま王女が持っていたグロリアスの一つに触れたことで歴史が大きく動くのだ。

 調書にはグロリアスのこと、王女のことは書かれていない。
 当然だろう。今頃王城はちょっとした騒ぎになっているはずだ。
 王女の誘拐未遂に、モカト発見以降初のグロリアスの使い手が現れたこと、さらに、それがまだ十三歳の少年だということに。

 先回りして色々と傍観させてもらおうと思っていたのに、完全に出遅れた。作中では制服の上にセーターを着ている描写があったから、もう少し先だと思い込んでいたんだ。
 今の季節は秋本番くらいの気温だ。人によっては肌寒いと感じてもおかしくないのかもしれない。
 王や祖父が集まって彼の処遇を決めるための会議や、入園の準備、学業や基礎体力の向上の時間を取ったとしても、早くければ来月にはやってくるだろう。
 主人公【イアン・ブロンテ】が。


 翌日、僕はいつもの日常を過ごすことにした。
 未来を知っているからと言って、今の僕にできることは少ない。

 あちらこちらで昨日の土煙の話が耳に入る。街中でのモクトスタの起動はそれだけあり得ない事態なんだ。

「エドマンド様! おはようございます!」
「ああ」
「昨日のモクトスタ騒動はご存じですか?」
「ああ」
「流石、情報が早いですね!」
「その件で、実は父から聞いた話なのですが……」

 いつものように友人A、B、Cと連れ立って廊下を歩いていると、友人Bが急に声を潜めて真剣な顔をした。彼の父は警察のトップ、日本で言うところの警察庁長官だ。
 いずれ分かる情報かもしれないし、息子が可愛いだけなのかもしれない。だとしても、そんな簡単に捜査情報を漏らしていいのか? 困惑を瞬き一つで追い払って、友人Bの顔を見る。

「なんだよ、改まって」
 友人Aが言う。

「お前、ズルいぞ、自分ばっかり!」
 友人Cが食って掛かった。

「続けろ」
 埒が明かないので、話を促す。

「はい。昨日の起動は完全に事故だったようなのですが、問題はそのモクトスタがですね」
 友人Bは一度言葉を切った。残りの二人が同時に顔を寄せる。

「――どうやら、グロリアスだったらしいのです」

 おいおいおい。言っていいのか、それ。こいつ、実は見た目以上に興奮してるな。

「なっ!」
「そんなバカな!」

 友人AとCに衝撃が走っている。
 そりゃあそうだろう。グロリアスを起動するのは、全ての少年少女の夢のようなものだ。この二人もそう言う意味では普通の少年だったようだ。

「場所を選べ」

 どこで誰が聞いているか分からない。

「それは重大ニュースだね。そんなことが起こっていたんだ……」
「え……」
「うわっ!」
「ブライトル様……!」

 ほら、こんな風に。聞かれてしまうことがある。今後気をつけろよ。心の中で諭した。
 ブライトルが申し訳なさそうな顔をしている。

「ごめんね? エドマンドに声をかけようとしただけなのだけど」

 平然とよく言う。
 この人くらいの地位だったらきっと情報を得ているだろうし、どうせ僕らがコソコソしてたから覗きにきたんだ。

「おはようございます」

 三人の声が揃う。

「ああ、おはよう」
「おはようございます、ブライトル殿下」
「おはよう、エドマンド」
「それでは、我々はここで失礼します」

 良家の子息としての礼を取って、すぐに三人は先に行った。的確に場の空気を読める辺り、やっぱり彼らは優秀だ。それを目で追ってから、ブライトルに向き直って頭を下げる。

「昨日は同行させていただき、大変光栄でした。ありがとうございます」
「楽しかったね。また行こう」
「身に余るお言葉です」
「ところで、今日の就業後の予定は?」
「いいえ、何も」
「じゃあ、開けておいて」
「承知しました」

 三文芝居だ。
 僕は慇懃無礼だし、ブライトルの演技は少しやりすぎだ。

「聞きたいことがある」

 強く言われたことで、厄介なことになったようだと察した。
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