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第二章 友情なんて簡単な言葉じゃ説明できない

十三、別に憎んでいるわけじゃないので

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「はぁ、せっかくの昼寝を邪魔された」

 ブライトルが億劫そうにぼやく。
 よく言う。こんな所で寝てる方が悪い。

「人に責任を押し付けるのが上手だな」
「責任は必要なときしかとらないんだ。いつもの取り巻きはどうした?」
「彼らは彼らの役割を全うしてる」
「はは! お前のせいか。迷惑な話だな」
「何だって?」
「追いかけまわされているんだろ?」

 理由を言い当てられて咄嗟に口を閉じた。嫌いなくせによく知ってるな。
 いや、僕だって学園の有名人だ。単純に噂になっているんだろう。

「理由を教えてあげてもいいけど?」
「隙とやらがあるから、だろ? 余計なお世話だ」
「でも、具体的には分かっていない、そうだろ? 箱入り息子のエドマンド」

 本当に気を抜けない。早速ジャブからの右ストレート。でも僕だってノーガードじゃない。なまじっか間違っていないのが腹立たしいと思ってしまった時点で、軽くダメージを負っているけど。

「あいにくと、お爺様に大事に、大事に育てられたからな」
「くっ、ははははは! お前にしては気の利いた冗談だな! いいね! 面白い!」

 祖父の教育方針が決して褒められたものじゃないことを、ブライトルも分かっていて笑っているのだ。そもそもあの人は、育てたと言えるほどのことをしていない。

「あんたと違って、他国で好き勝手に暗躍するような教育は受けていないからな」
「人聞きが悪いな。俺のやり方はほとんどが正攻法だよ。ああ、説得の仕方を知らないなら違いが分からないか?」
「圧力を掛けることを正攻法と呼ぶんなら、大体のことが正攻法だな」

 ブライトルがどんな方法で情報を集めているのかは知らないけど、王族の権力を使っていないはずはないと踏んで言い切った。

「俺はお願いしかしていないさ。相手が勝手に申し出てくれるんだから人徳だな」
「自分で人徳者だなんて、僕なら恥ずかしくて言えないな。その厚顔さが人徳とやらなのか?」

 僕らは柵を一枚隔てて、背中合わせで皮肉を言い合った。正にああ言えばこう言う状態だ。
 とにかく頭をフル回転させて、緊張を切らさないように目の前のテーブルを睨みつける。今にも両腕を組んでしまいたいのを我慢する。相変わらず腹立たしいし、負けるつもりはない。ただ、嫌な気分じゃなかった。掛け合いのテンポが意外に心地よく、相手が彼じゃなければ感心していたかもしれない。

「多少の厚顔さは駆け引きには必要さ。――そもそも、お前はそれがないから狙らわれるんだ」
「な、んだよ、いきなり」
「久しぶりに思い切り笑わせてもらったからな。一つ教えてあげるよ」
「余計なお世話だと言ったはずだ」
「まあ、聞けよ。お前は自分を過小評価し過ぎている。だから、到底釣り合うはずもない人間から声をかけられるんだ」
「過小評価?」
「ん? 聞く気になったか?」
「あんたが聞かせたがった話だろ」

 意図せず拗ねたような声が出た。また背後からクツクツと笑い声が上がる。

「何がそんなに楽しいんだ」
「楽しいさ。お前のことは嫌いだけど、敵じゃない。それがはっきりしているからな」

 王族ともなると、あからさまな敵じゃなく、いつ敵になるかも分からない難しい相手も多いだろうから簡単に白黒は付けられないだろう。
 そういう意味では、確かに僕は黒ではない。彼を敵に回すメリットがないからだ。でも、世の中に絶対はないはずだ。
 あと、言い切られると反論したくなってしまう。

「僕が敵じゃないと何で分かるんだ? いつ敵になるか分からないだろ」
「お前、それ本気で言っているのか? だから押しに弱いと思われるんだからな?」

 心底呆れたような声だ。何だ。僕はおかしいことは言ってない。国が違う以上、そんな可能性だって――。

「お前は敵にはなれないよ。立場上そうなったとしても、それはお前が選んだものじゃない」
「あんたを利用することはないって言い切れると?」
「言い切れるね。お前は利用される側だ」

 僕は姿勢よく座っていた背中を背もたれに預けて両腕を組む。

「利用することしか考えてない人間の発想だな」
「エドマンド。過小評価していると言ったけど、逆に言えばお前は相手を尊重し過ぎているんだ。もっと見下せ。自分よりも上の人間を見極めて、それ以下の感情をくみ取るな」

 つらつらとそこまで話すと、妙な間の後、ブライトルは立ち上がってショールを掴み上げた。

「おい……」
「……なんてな。優しいブライトル様からのありがたい言葉だ。覚えておくことだな」

 何でいきなりこんなアドバイスのようなことをしてくれたのか分からない。しかも言っていることは的を射ているような気がする。
 こちらを見もせずにさっさと歩き出した後ろ姿に声をかけた。

「あんた、おい! おいっ! ……ブライトル!」

 名前を呼んで、やっと足が止まる。振り返る気配のない背中に声を張った。

「僕はあんたが嫌いだ!」

 ちょっとだけ顔がこちらを向く。
 僕はブライトルが嫌いだ。でも、今の彼の言葉には嘘がない気がした。だから――。

「助かった!」

 そこまで言うと驚いたような顔をしてこちらを振り返った。何となく勝った気がして嬉しくなる。
 何か言おうと開かれた口が閉じては、開き、また閉じた。珍しい。あの恐ろしく口の回るブライトルが言葉を見つけられないようだ。

「授業、遅れるなよ!」

 結局、それだけを言って彼は行ってしまった。
 妙な達成感と満足感がある。
 時計を見ればもう午後の授業が始まる頃合いだ。友人たちが迎えにきたので、僕も教室へ足を向けた。
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