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【第一部】三章 運命なんて言葉じゃちょっと無理がある
二十五、無自覚と自覚の間
しおりを挟むブライトルがトーカシアに帰国することになった。当然だ。戦争中の国に一国の王子がいつまでもいる方がおかしい。
「むしろ、何でまだ滞在しているのかと思っていた」
「お前のことが心配だったからだと言ったら信じるか?」
「――イアンを渡すつもりはないからな」
「つれないな。まあいい加減、引き延ばすのも限界でね。首都はまだ安全だと言っても聞き入れてもらえないんだよ」
肩を竦めて「アハハ」なんて笑っているけど、トーカシア側は気が気じゃなかっただろうな。
訓練中にいきなり大事な話があると言ってきたかと思えば、内容がこれだった。
明日も休みなことだし、とわざわざ屋敷に招いたのに時間の無駄だったかもしれない。
自室のソファーに座って紅茶を飲む。ニュドニア産の紅茶は渋みが強い。嫌いだと言う人も多いけど、僕はそうでもない。
ブライトルも気にならないようで、中々満足そうな顔で飲んでいる。
彼は言うだけ言って口を閉じた。他に言うことないのか? 仕方なく続きを促した。
「……それで?」
「うん?」
「……いつ帰国するんだ」
「明日だよ」
「あし……おい、こんなところにいていいのか?」
「暫く会えなくなるからな。お前の顔を見ておきたかったんだ」
「そう、か……?」
一瞬嬉しい気持ちになったのに、すぐに我に返った。
暫く? 本当に暫くなのか? このまま、会えないまま僕は死ぬんじゃないのか? ドッド、ドッドと心音が早くなる。
原作で『トイメトアの驚喜』はいつ頃だった? 確か、セカンダリの三年に上がってそんなに経っていないころだったはず。
「エドマンド?」
もう雪も解けてきている。ここから先、セイダルは猛攻を仕掛けてくる。
あれから少しずつターシャリの生徒が軍隊入りしたせいで、課外授業の人数は随分と減った。初夏に入る頃には僕らも徴兵されることだろう。
「エドマンド」
そうだ。それから、その頃には国土の十パーセント程度が侵攻されている状態だったはずで――。
「……なんだ? ブライトル」
ふと思考が途切れた。横から遠慮のない視線を感じたからだ。
「やっとこっちを見たな? エドマンド?」
「やっと?」
「ずっと呼んでいたんだけど、気付かなかったか?」
「え、いや……。悪い。考え事をしていた」
「何を考えていたんだ? 俺のことなら嬉しいんだけど」
ブライトルがジッと僕を見る。ただ見られているだけなのに、明らかに何かが違うのが分かって胸がざわめく。目が逸らせない。これはなんなんだ。
「……お前は寂しくないか? 俺に会えなくなるよ?」
「え、あ……?」
頭の隅っこが偉そうに何を言っているんだ? なんて怒っているのに、表に出てこない。口から出る言葉は「あ」とか「う」とか意味のない母音ばかりだ。
「うん、まあ、今はこの辺かな」
その言葉と同時にさっきまであった強い圧のようなものが消えた。
何だったんだ……? 自分でも分かるくらい困惑した顔をしている。
「ブライトル……?」
「ん?」
「あんた……」
何がしたいんだ? 最近様子がおかしくないか? 簡単なはずの言葉は、結局音にならなかった。
暫く口を閉じていると、ブライトルが苦笑する。
「明日は見送りに来てくれ」
剣を握っているせいで少し荒い指先が僕の前髪を一房摘まんで、ゆっくりと撫で下ろす。また胸がざわめく。さっきから一体なんなんだ。
僕は顔を逸らして手を外させると、顎を反らした。
「命令か?」
「まさか。お願いだよ」
そうして翌日、僕は王城へ来た。
断ってもよかったのにどうしても断れなかった。
そのことに、負けた気がしてついつい祖父譲りの能面が出てしまう。
三列ほどに並んだ関係者の中に久しぶりに祖父を見つけたからかもしれない。
「ブライトル殿下、道中お気を付けて」
「ありがとうございます、フルーリア王女」
ブライトルとフルーリア王女が和やかに会話している。今はまだ青年と少女と言った組み合わせだけど、あの二人もお似合いだ。イアンがいなかったら結婚していたのかもしれない。
ブライトルが不意に王女に何かしら耳打ちした。王女が恥ずかしそうに頬を赤らめる。
おい、王女相手に何を言ったんだ。どうせ碌なことじゃないに違いない。
眉間が寄りそうになるのを静かに抑える。
フルーリア王女との別れの挨拶が終わると、見送りに来ていた数人に簡単な別れの挨拶をした。僕もその中の一人だ。
「エドマンド」
「はい、ブライトル殿下」
「またね」
「はい、お気を付けて」
所詮、表向きの言葉はこんな程度だ。どんなに普段からよく話をする相手だったとしても、彼は隣国の第二王子で、僕は一般市民に他ならない。
律儀に見送りに来た全員と言葉を交わすと、ブライトルは馬車に乗り込む。優雅に手を上げたと同時に出発した。
見えなくなるまで見送ると、さっさと踵を返す。何しに来たのか分からない。
王族同士や重鎮との会話がメインで僕が会話をする隙なんてあるわけがないのに。呼ばれなきゃ来られないとは言え、これじゃあ僕の方が彼を惜しんでいるようだ。
「エドマンド!」
「イアン?」
「もう帰るの?」
「そのつもりだが」
「せっかくだから、手合わせしていかない?」
予想外の誘いだったけど、何だか体を動かしたい気分だったので二つ返事で了承した。
修練場までの廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「エド! イアン! どこへ行くのですか?」
「フルーリア王女殿下。お久しぶりでございます」
「ええ、エド。元気そうですね」
「ありがとうございます。王女殿下もご機嫌麗しいようでなによりです」
「ありがとう。それで、二人でどこへ行かれるのですか?」
イアンと二人視線を交わして、どちらが説明するかを確認する。
「フルーリア王女、エドマンドと手合わせをしようと思っているんです」
「まあ、エドとイアンが? 見ていてもよろしいでしょうか?」
王女が両手の指を合わせて可憐に微笑む。横目でイアンを見た。彼は笑顔で頷いているけど、特に感情を動かされている様子は見られない。
頑張ってください、フルーリア王女。
心の中で呟いていると「そう言えば」と王女が朗らかな声で話し始めた。
「エドにブライトル殿下から伝言を預かっていました!」
「王女殿下に、ですか……?」
「フルーリア王女もですか? 俺もです。ブライトル殿下から」
「イアンもか?」
『あげたチェーンは、肌身離さず付けておいて欲しい』
「とのことでした」
「って言っていたよ」
将来の可愛い恋人同士が、どこか似たような笑顔でこちらを見ている。その表情に何か含みを感じるのは気のせいだろうか?
脳内に再びスペースキャットが現れた瞬間だった。
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