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【第二部】二章 そうそう平穏ではいられない
十五、人の口に戸は立てられぬ
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トーカシア国に来て今日で七日が経った。各所への挨拶や手続きを終えて、僕に至っては養父母であるオルティアガ家への挨拶や移動もあって慌ただしい毎日だった。やっと落ち着いたのが、なんと昨日の昼だ。
一足早く落ち着いたイアンは、フルーリア王女と共にトーカシア国の文化や風習などを学んでいるらしい。王女にとっては復習になるけれど、イアンと二人で机を並べられることが嬉しいようなので、積極的に授業を受けているそうだ。
今日はそんな僕等にとっての一番最初の楽しみと言えるだろう。やっと国内の観光許可が出たのだ。何度も言うけれど、何せ要人の集まりだ。そう簡単には実現しない。
それに、例え許可が出てもそこからがまた大変だ。全員が目立つのだ。僕やイアンはまだしも、フルーリア王女は控えめに見ても他国のご令嬢だし、ブライトルに至っては顔が知られている。
「まあ、何かあるよりはいいけどな……」
「俺、こういうの初めてだ。すごいね、これ」
「二人ともよく似合っているじゃないか」
そこで提案されたのが本格的な変装だ。全員がウィッグで髪の長さや色を変えて、イアンは厚底で背格好を誤魔化した。この世界にはコンタクトレンズがないので、目の色はそのままだけれど、ブライトルは眼鏡をかけている。
「見慣れないな」
「そうかい? 私はこの格好で何度か市井へ出たことがあるよ」
ブライトルは見事な銀髪を隠してダークレッドの短髪になっている。前髪が短くて何だか落ち着かない。
「エドマンドは可愛いね。ピンクってフルーリア王女みたいだ」
「遺憾だ」
「うん、そうだよね……」
緑のウィッグを被っただけのイアンと違って、なんと僕は女性の服を着ている。ピンク色の肩までのストレートの髪は、確かに幼少期のフルーリア王女の姉上を思い出させる。目元を隠すレースの付いた帽子、女性用のワンピースに装飾品、靴。骨格や立ち居振る舞いの面でも適役が僕なのは分かるし、木を隠すなら森の中の要領で、どうせバレるなら要人の中でシャッフルしてしまおうと言う発想も分かる。ただ――。
「遺憾だ」
「今日は思い切りエスコートできるな」
楽しそうな顔しやがって。悔しかったので思い切り顔を歪めたら、化粧係の侍女に睨まれてしまった。
金の短髪になったフルーリア王女がはにかみながら「イアンのようですね」と言った姿に、当の本人がやたら照れていたのを見て、何もかもどうでもよくはなったけれど。
「やっと……」
出会いから三年経って、やっと二人の間にフラグが立ったらしいことに地味に感動した。つい声に出したら、横にいたブライトルが首を傾げていた。
街中はとても面白かった。聞いたことすらない食べ物や工芸品、生地や鉱石などが当然のように店に並んでいた。行きかう人々の服装は独特なものも多くて、ブライトルが言うには常に新しい文化を取り入れるから、たまに奇妙な流行が出来たりするとのことだった。
港は切れ目が見えないほど広く、常に様々な船が入港と出港を繰り返している。本でしか見たことがないような大型船もあれば、この間乗ったボートすら勝てそうな小舟もあった。
「ブライトル殿下、あれは何ですか?」
「あれは、貝類のスープですね。ご希望でしたらこの後、店で出させましょう」
「まあ、楽しみです。ありがとうございます」
「すごい真っ赤だよ、エドマンド。辛くないのかな……?」
「いや、多分トマトじゃないか?」
ニュドニアでは見かけない真っ赤なスープを見て、フルーリア王女が興味深そうにブライトルへ尋ねている横で、僕はイアンへ冷静に言葉を返した。黒くて長い貝は見覚えがあるし、魚介が入っている辺り、前世ではヨーロッパ方面で食べられていたスープに似ている。
残念ながら市井に並ぶ屋台料理を直接堪能するわけにはいかないので、僕等は気になった料理や食品を逐一ブライトルへ伝えている。今頃、彼の側近経由で色々な人が動いていることだろう。ニュドニアの第三王女殿下と英雄を接待しているのだから、このくらいの贅沢は許して欲しい。
イアンとフルーリア王女が何かの果物に興味を引かれているのを遠目から見るともなしに見る。ブライトルはその間に立って会話のサポートに回っている。ニュドニアの共通言語はセイダル語だ。どんなに流暢にトーカシア語を話せても、どうしても名残りがあるらしい。
その隣の露店では、店主が馴染みの客らしき人と世間話をしている。流通や漁獲量、奥さんの愚痴らしき物に交ざって『セイダル』と言う単語が耳に飛び込んで来た。僕はそっと三人が果実を見ている露店の側に寄り、耳を澄ませる。ブライトルがチラッと視線を寄越したのには気付いていたけれど、言うまでもなく感づいてくれたようだ。二人への会話を引き延ばしてくれている。
「……そうなんだよ、またコーパスに人を募集してるらしい」
「やっぱり、トイメトアを奪還されたのがデカかったか」
「間違いねぇだろ。俺ぁ、てっきりすぐに攻めると思ってたけどなぁ」
「英雄様のお陰で、かなりのセレブリが捕らえられたって話じゃねぇか。早くて来年だろーよ」
「トーカシアはニュドニアに付いたからなぁ。どうなるんかねぇ」
「俺はセイダルよかマシだと思ってるけどな」
「それはそうだな。どんなに強くてもあの国の下はなぁ」
「ああ、」
「商売にならねぇ」
二人は同時に同じ言葉を口にして頷き合うと、すぐに違う話をし始めた。僕はブライトルへ視線を向けて、用は済んだことを伝える。市井から得られる情報もあるので注意して聞いてみたけれど、彼らがセイダルよりはニュドニアを好ましく思っていることくらしか分からなかった。商人は色々と敏感な人が多いそうだ。こんな大通りで聞かれてマズイような話はしないか。ふぅ、と息を付いて慣れない靴で歩き始めた三人に続く。
セイダルは大きく分けて戦力を三つの部隊に分けている。要人を守る近衛兵たちの『コル』、実力重視の戦闘兵たちの『コーパス』、そして頭脳プレーを得意とする兵による『セレブリ』だ。
基本的に指揮官と呼ばれる者たちはみんな『セレブリ』に所属しているけれど、実際の力関係では『コーパス』の方が強い。ただ、コーパスの者たちはみんな勝つことに貪欲だ。そのためにセレブリの知恵が必要であれば、頭を下げるくらいどうでもいいらしいと聞いたことがある。
不意にアーチー・カメルの姿が浮かぶ。彼は直属の上司の関係で、ああ見えてセレブリの所属だ。
胸に圧迫感があるような気がして、大きく呼吸した。この名前を思い浮かべる日には来て欲しくなかった。
フィリップ・ベン・ジラール。
若くしてサピエンスのトップである将軍になった、現セイダル国王の甥。そして、ブレスタのラスボスと噂されていた男。
もし彼と出会うようなことがあるならば、全て地続きであり、折れたはずのフラグから逃げることはできないと言われているようで気が重くなった。
一足早く落ち着いたイアンは、フルーリア王女と共にトーカシア国の文化や風習などを学んでいるらしい。王女にとっては復習になるけれど、イアンと二人で机を並べられることが嬉しいようなので、積極的に授業を受けているそうだ。
今日はそんな僕等にとっての一番最初の楽しみと言えるだろう。やっと国内の観光許可が出たのだ。何度も言うけれど、何せ要人の集まりだ。そう簡単には実現しない。
それに、例え許可が出てもそこからがまた大変だ。全員が目立つのだ。僕やイアンはまだしも、フルーリア王女は控えめに見ても他国のご令嬢だし、ブライトルに至っては顔が知られている。
「まあ、何かあるよりはいいけどな……」
「俺、こういうの初めてだ。すごいね、これ」
「二人ともよく似合っているじゃないか」
そこで提案されたのが本格的な変装だ。全員がウィッグで髪の長さや色を変えて、イアンは厚底で背格好を誤魔化した。この世界にはコンタクトレンズがないので、目の色はそのままだけれど、ブライトルは眼鏡をかけている。
「見慣れないな」
「そうかい? 私はこの格好で何度か市井へ出たことがあるよ」
ブライトルは見事な銀髪を隠してダークレッドの短髪になっている。前髪が短くて何だか落ち着かない。
「エドマンドは可愛いね。ピンクってフルーリア王女みたいだ」
「遺憾だ」
「うん、そうだよね……」
緑のウィッグを被っただけのイアンと違って、なんと僕は女性の服を着ている。ピンク色の肩までのストレートの髪は、確かに幼少期のフルーリア王女の姉上を思い出させる。目元を隠すレースの付いた帽子、女性用のワンピースに装飾品、靴。骨格や立ち居振る舞いの面でも適役が僕なのは分かるし、木を隠すなら森の中の要領で、どうせバレるなら要人の中でシャッフルしてしまおうと言う発想も分かる。ただ――。
「遺憾だ」
「今日は思い切りエスコートできるな」
楽しそうな顔しやがって。悔しかったので思い切り顔を歪めたら、化粧係の侍女に睨まれてしまった。
金の短髪になったフルーリア王女がはにかみながら「イアンのようですね」と言った姿に、当の本人がやたら照れていたのを見て、何もかもどうでもよくはなったけれど。
「やっと……」
出会いから三年経って、やっと二人の間にフラグが立ったらしいことに地味に感動した。つい声に出したら、横にいたブライトルが首を傾げていた。
街中はとても面白かった。聞いたことすらない食べ物や工芸品、生地や鉱石などが当然のように店に並んでいた。行きかう人々の服装は独特なものも多くて、ブライトルが言うには常に新しい文化を取り入れるから、たまに奇妙な流行が出来たりするとのことだった。
港は切れ目が見えないほど広く、常に様々な船が入港と出港を繰り返している。本でしか見たことがないような大型船もあれば、この間乗ったボートすら勝てそうな小舟もあった。
「ブライトル殿下、あれは何ですか?」
「あれは、貝類のスープですね。ご希望でしたらこの後、店で出させましょう」
「まあ、楽しみです。ありがとうございます」
「すごい真っ赤だよ、エドマンド。辛くないのかな……?」
「いや、多分トマトじゃないか?」
ニュドニアでは見かけない真っ赤なスープを見て、フルーリア王女が興味深そうにブライトルへ尋ねている横で、僕はイアンへ冷静に言葉を返した。黒くて長い貝は見覚えがあるし、魚介が入っている辺り、前世ではヨーロッパ方面で食べられていたスープに似ている。
残念ながら市井に並ぶ屋台料理を直接堪能するわけにはいかないので、僕等は気になった料理や食品を逐一ブライトルへ伝えている。今頃、彼の側近経由で色々な人が動いていることだろう。ニュドニアの第三王女殿下と英雄を接待しているのだから、このくらいの贅沢は許して欲しい。
イアンとフルーリア王女が何かの果物に興味を引かれているのを遠目から見るともなしに見る。ブライトルはその間に立って会話のサポートに回っている。ニュドニアの共通言語はセイダル語だ。どんなに流暢にトーカシア語を話せても、どうしても名残りがあるらしい。
その隣の露店では、店主が馴染みの客らしき人と世間話をしている。流通や漁獲量、奥さんの愚痴らしき物に交ざって『セイダル』と言う単語が耳に飛び込んで来た。僕はそっと三人が果実を見ている露店の側に寄り、耳を澄ませる。ブライトルがチラッと視線を寄越したのには気付いていたけれど、言うまでもなく感づいてくれたようだ。二人への会話を引き延ばしてくれている。
「……そうなんだよ、またコーパスに人を募集してるらしい」
「やっぱり、トイメトアを奪還されたのがデカかったか」
「間違いねぇだろ。俺ぁ、てっきりすぐに攻めると思ってたけどなぁ」
「英雄様のお陰で、かなりのセレブリが捕らえられたって話じゃねぇか。早くて来年だろーよ」
「トーカシアはニュドニアに付いたからなぁ。どうなるんかねぇ」
「俺はセイダルよかマシだと思ってるけどな」
「それはそうだな。どんなに強くてもあの国の下はなぁ」
「ああ、」
「商売にならねぇ」
二人は同時に同じ言葉を口にして頷き合うと、すぐに違う話をし始めた。僕はブライトルへ視線を向けて、用は済んだことを伝える。市井から得られる情報もあるので注意して聞いてみたけれど、彼らがセイダルよりはニュドニアを好ましく思っていることくらしか分からなかった。商人は色々と敏感な人が多いそうだ。こんな大通りで聞かれてマズイような話はしないか。ふぅ、と息を付いて慣れない靴で歩き始めた三人に続く。
セイダルは大きく分けて戦力を三つの部隊に分けている。要人を守る近衛兵たちの『コル』、実力重視の戦闘兵たちの『コーパス』、そして頭脳プレーを得意とする兵による『セレブリ』だ。
基本的に指揮官と呼ばれる者たちはみんな『セレブリ』に所属しているけれど、実際の力関係では『コーパス』の方が強い。ただ、コーパスの者たちはみんな勝つことに貪欲だ。そのためにセレブリの知恵が必要であれば、頭を下げるくらいどうでもいいらしいと聞いたことがある。
不意にアーチー・カメルの姿が浮かぶ。彼は直属の上司の関係で、ああ見えてセレブリの所属だ。
胸に圧迫感があるような気がして、大きく呼吸した。この名前を思い浮かべる日には来て欲しくなかった。
フィリップ・ベン・ジラール。
若くしてサピエンスのトップである将軍になった、現セイダル国王の甥。そして、ブレスタのラスボスと噂されていた男。
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