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33、襲撃

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 ゼスティ・ラーズを殺す。

 レデネアの言葉にゼスティは眉をひそめた。

 ゼスティがレデネアの先祖レタナウと共にいたのは百年近く前の話だ。

 ゼスティは確かに歳を取らないが、普通ならもう生きて居ない昔の話だ。

 だが、そのゼスティを殺そうと言うのだ。

 普通に考えたらありえない話である。

「その……ゼスティという人は何をやったんだ?」

 そうゼスティは腹を探った。

 レデネアは肩を竦め、「家訓っていうのかなあ」と言うのだ。

 シュレイ家では先祖のレタナウから言い伝えられた掟がある。

『ゼスティ・ラーズという魔人を必ず殺せ』

 シュレイ家ではその教えが受け継がれていた。

 そう言えば、レタナウはゼスティが魔人の仲間で、寿命が長いと思っている。
 彼の一族がゼスティの存命を信じていてもおかしくなかった。

「そのゼスティって魔人が御先祖様の相棒を殺したらしくてね。我が家が代々その名前を調べていたら……このゼスティって人は本当に実在する」

 レデネアは木箱に腰掛けて、太ももに肘をつく。

 シュレイ家ではゼスティの動向を調査していたらしい。

 すると、その名前はしばしば聞こえてきた。

 主に傭兵としてだ。
 定期的に優れた傭兵として「ゼスティ」の名前があった。

 だが、さらに調べてみれば、驚くべき事が分かる。

 魔術学校の開祖、シュリーア。
 その弟の名前がゼスティと判明したのだ。

 そして、シュリーアはサフィール王家の血縁者で、シェーアン王国王女の娘だった。

 シェーアン王国。
 それは始祖レタナウが居た国だ。

 レタナウはシェーアン王国からラハーリッシュ王国へ寝返った経緯を持つ。

 シュレイ家はこのような情報を数世代に渡り集め、ゼスティの動向を追ったのだ。

 そしてとうとう、救世主イーナの旅に同行している戦士がゼスティ・ラーズだと突き止めたのである。

 レデネアはシュレイ家の長女。
 そして剣の才覚があった。

 そこでシュレイ家の家訓に従い、ゼスティを仇討ちする為に旅立ったのだ。

「ただ、道中に色々とトラブルがあってね。そうこうしてる間に戦いは終わっちゃったみたいだね」

 レデネアは溜息をつく。

 彼女は問題事に首を突っ込んでしまうタイプだ。

 道中の村で何か問題があるとその問題を解決しようとしてしまうのである。

 その性質が無ければ、本当なら暗黒の地でゼスティの元へ辿り着いていただろう。

「だけど悪いことばかりじゃないよ」

 レデネアは、旅の途中で魔人を乗せた馬車を魔物から助けた事がある。

 馬車の御者台に座っていた奴隷商人は感謝を示して馬車に乗せてくれたのだ。

 馬車には鉄格子があって、鉄格子の中で奴隷の魔人が椅子に座っていた。

 囚われていた魔人の女性も魔物から助けてくれた事に感謝を示した。

 レデネアは、他の人々と同様に魔人へ偏見を抱いていた。
 だが、その女性がいたく気品と礼に溢れていたから驚く。

 背筋を伸ばし、指を揃え、顎を少し引いて、芯の強い真っ直ぐな目でレデネアを見返していた。

 貴族の娘であるレデネアは礼節に精通している。
 だから、彼女の美しい所作に目を奪われたのだ。

 それで、その女性と話をしたところ、彼女はゼスティの事を知っていると言ったのである。

 その女性はゼスティのことをよく知っていて、レデネアは色々とゼスティのことを聞いた。

「見た目は高身長、髭が無くて鋭い目つき。髪の毛は黒くて油で後ろに撫で付けているってさ」

 その見た目はゼスティのものと全く違う。

 彼は十五歳の若い顔つきで、少しでも歳を取っているように見させるため髭を生やしていた。
 ただの無精髭にしか見えないが。

 目つきはどちらかといえば柔和。

 髪の毛は栗色で短く切られた爽やかな見た目の髪だ。

 身長は成長期のまま止まっていて、そう高くは無い。

 話の印象とは真反対だ。

 そう、意図的なほど真反対なのだ。

 ゼスティは彼女の話に違和感があると感じた。

「なあ、その女性の名は聞いたか?」

 レデネアは眉をひそめる。

 なぜそんなことを気にするのか分からなかったからだ。

「えっと……魔人の名前は長くて覚えづらんだけど……ジュー……ルカレアって言ったかな?」

 その言葉にゼスティの胸の奥が跳ねた。

 体が重力から解放され、浮遊するような感覚に見舞われる。

 この感覚は喜びだろうか? いや、驚きだろうか?

 ジュールカレアは生きている!

「あー。それで、私の敵討ちに協力してもらえるかな?」

 レデネアがそう聞くと、ゼスティはガシッとその手を掴んだ。

「レデネア! その女の人を乗せた馬車はどこに向かったんだ?」

「えっと……ハイデロプルクだけど……」

 ジュールカレアを乗せた奴隷馬車はハイデロプルクという町に向かったらしい。

「それで、私の協力者に――」

「ありがとうレデネア! それじゃあ!」

 ゼスティはそう言って路地から出ていってしまう。

「ちょ! 待ってよ!」

 レデネアは急いでその後を追ったが、路地裏を出ると酷い人混みであった。

 すっかりレデネアはゼスティの姿を見失ってしまう。

 名前くらい聞いておけば良かった。

 レデネアはそう思いながら悔しさに歯噛みするのだった。

――

 ゼスティは旅の準備も忘れて草原の疎林へと向かった。

 急いでハイデロプルクに向かわねばジュールカレアの足跡を追う事が難しくなる。

 早く二人と合流し、ハイデロプルクに向かわねばならないと思った。

 林の中を駆け抜けて二人の待つ場所へ辿り着く。

 しかし――

 そこは荒らされ、誰もいなかった。

 激しく戦った跡が残っている。

「誰もいない」

 ゼスティはゆっくりと、深い傷のついた木の幹を指でなぞった。

 ギザギザとした刃物で斬られた跡。

 グェスタスのノコギリ刀の跡だ。

 それから血痕。

 地面と木に赤黒い血の跡が残っている。

 魔人のものでは無い。
 彼らは青い血だからだ。

「横に飛んでるな」

 木から横へ地面に点々と血の跡が付着している。

 ゼスティは歩きながら歩測で距離を測った。

――十歩。

 十歩ほどの距離まで飛んでいる。

 木に付着している高さ、横へ飛び散った距離から見て、首の動脈を斬られたようだ。

 凶器は鋭利な刃物。
 
 ギザギザとしたノコギリ刀では無い。
 おそらく魔王の剣。

「と、なると、こうか?」

 木の前に立って、どんな状況だったのかも再現してみる。

 グェスタスに襲われ、剣で受けた。
 直後、メィルエラーヴが魔王の剣を伸ばして首を切る。

「違うな」

 どう足掻いてもグェスタスの体が邪魔でメィルエラーヴは剣を使えない。

「と、なればこう?」

 今度は木に向かう。

 木を背にするのはグェスタスだ。

 おそらく、襲撃者が現れて、木にもたれていたグェスタスへ剣を抜いた。

 グェスタスは魔術を使う間も無く、ノコギリ刀を抜いて受けたのだろう。

 剣に圧されてノコギリ刀が木の幹を抉った。

 その窮地に襲撃者の背後からメィルエラーヴが魔王の剣を変形させて首を斬ったのだ。

 当然、襲撃者は死んだはず。

「しかし、死体は残っていない」

 死体を誰かが処理した。
 すなわち、襲撃者は複数いたという事だ。

「グェスタスは他の敵を見て逃げた……」

 彼ならそうするだろう。

 そしてメィルエラーヴは置いていくなと喚いただろう。
 だが、グェスタスはメィルエラーヴを助けなかった。

 メィルエラーヴならどうするか?

 魔王の剣を使って反撃を試みるだろう。

 ゼスティはそう考えながら、メィルエラーヴのいただろう場所を見た。

 焚き火の跡がある。

 その脇の地面に争ったような跡があった。

「掴まれて、地面に押さえつけられた?」

 メィルエラーヴはグェスタスの居た木の方を見ていただろう。

 そして、他の襲撃者が背後から迫ってきたのでは無いか?

 魔王の剣を振るう間も無く、地面に押し付けられた。

「青い血痕は無い。メィルエラーヴは傷付けられてない」

 メィルエラーヴの体は特異なものだが、傷つけば青い血が流れる。

 殺されたりしたなら青い血が地面に残るはずだ。

 しかし、そのような事はされていないらしい。

「ということは連れてかれた……。目的はだいたい察しがつくが……」

 メィルエラーヴの体は小さな手が鱗状に密集した不思議な体をしている。
 だが、傍目には間違いなく魔人であった。

 魔人は今や奴隷として人気の「商品」だ。

 奴隷目的でメィルエラーヴを捕まえたか。

「となれば、どこかに馬車があったはずだ」

 ゼスティは馬車があっただろう方向に目星をつける。

 メィルエラーヴがグェスタスの方向を見て、襲撃者がその背後から襲ったのなら、馬車はメィルエラーヴの後方にあったはずだ。

 ゼスティはそう考えて疎林から出た。

 疎林の脇、草原に轍(わだち)の跡と幾つかの足跡がある。

 轍と足跡は襲撃者のものだろう。
 地面が沈み、、絞り出された水気で湿っている。

 だが、足跡の一つだけはまだ新しい。
 地面から絞り出された水気が溢れて水溜まりになって、地面に染み戻る途中だった。

 誰かが出発した馬車を追いかけたらしい。

 その方向は北西。
 奇しくもハイデロプルクのある方面だった。
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