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またね
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拝啓、お父さん、お母さん。
なぜ、情緒や心を模倣して私を造ったのだろうと最近では思ってしまう事ばかりです。
ヒマラヤ山脈を降りた私達は今、丘の上を拠点にしています。
敵軍がこの丘に三度、攻撃を掛けてきました。
砲弾が落ちてきて、私の仲間が余波で吹き飛ばされました。
あのハンマーヘッドです。
兵隊さんを突き飛ばして、代わりに砲弾の余波と、その破片で吹き飛ばされたのです。
彼女は顔が半分吹き飛び、下半身が無くなっていました。
駆け寄った私に「あの人は無事でしたか?」と、聞いてきます。
彼女のスピーカー部分が損傷したのか、合成音声にズレが生じていました。
その兵隊さんは、他の兵隊さんに支えられて立ちあがっていました。
「無事です」
私はただ事実を伝えました。
彼女は「そう、良かったです」と言います。
私は、「ここに居たら損傷が増大しかねません。行きましょう」と彼女を連れて行こうしました。
ですが、彼女は「修理を出来る設備は無いのですから、置いていって下さい」と言ったのです。
「バックアップは私のマスターが持っています。死ぬわけではありません」
確かにその通りだと思います。
私達はその人工知能を別の場所に移されています。
それは間違いなく私や彼女自身なのです。
「バックアップのあなたは、バックアップ以降のあなたと同じなのですか?」
それなのに、私はふと思い浮かんだ疑問を彼女へ投げかけました。
この質問の答えを、彼女自身から聞かなければならない気がしたのです。
彼女の片方だけのカメラが、キュッとレンズをしぼったのを私は見ました。
「意地悪な質問です。バックアップの私は、ユーリスの事も、一緒に歩いてきた兵隊さんの事も忘れてしまいます。いえ、そもそもバックアップの私は貴女たちと会ってすら居ないのです」
彼女は顔を少し起こすと「バックアップの私は、私なのでしょうか?」と、逆に質問してきたのです。
私は答える事が出来ませんでした。
私が彼女へ投げた質問なのに、逆に問われると思考が停止(フリーズ)したのです。
兵隊さんが一人駆け寄ってきて、フリーズしている私の腕を掴みました。
「早く来い! 撤退するぞ!」
榴弾の炸裂と、銃弾の音は四方八方にうるさいほど響いています。
私は機械です。
人と共にいかねばなりません。
私は機械の為に存在しているのではなく、人の為に存在しているのです。
「ユーリス。行きなさい」
彼女は私へ言ったので、私は「さようなら」と彼女を置いて立ち去りました。
その時、背後から彼女の声で「私は、なぜ人が死を恐れて、そして死へ臨むのか理解した気がします」と聞こえたのです。
それがあの子との別れでした。
あの子は一体、何を理解したのでしょう。
私達機械が、人の死の矛盾を理解など出来るのでしょうか。
私には分かりません。
分かりませんが、一つハッキリとするのは、彼女が居なくなってとても悲しいという事です。
彼女は人間と違って、死んだわけではありません。
彼女の製作者は、彼女のデータをバックアップして保存して居ることでしょう。
製作所にはボディの設計図も残っているはずです。
私達機械は、いくらでも再生可能であり、破損が必ずしも死では無いのです。
無いはずなのに……なぜこんなに悲しいのでしょう。
彼女と、人間とはおかしいですねと話したシーンが、メモリーの中から勝手に出力されて思い出されます。
兵隊さんにハンマーヘッドとからかわれて、女の子に酷い事を言うと怒っていた彼女の姿を、勝手に思い出してしまうのです。
私は故障してしまったのでしょうか。
こんな事になるなら、こんな場所に来たく無かったです。
この胸の、スーパーロボット勲章なんて貰いたくなかったです。
この勲章を貰ってから五年後のあの日、私達の家に世界連合軍の使者が来た日を覚えていますか?
国家に匹敵する大規模テロ組織を掃討するため、七機のスーパーロボットは世界連合軍に協力するのだと。
私にも、医療や機械整備の為に従軍するようにと言われました。
お父さんの事が認められた証拠です。
私はとても嬉しく思いました。
それに、世界平和の為に働けるのですから、これほど光栄な事も無いでしょう。
あの時の私は、このような事になるなどと思いもしませんでした。
この戦いに、五機のロボットが直接戦闘に、私を含んだ三機が支援として従軍しました。
私は、ヒマラヤ山脈を超えてテロ組織の後方を攻撃する部隊に同行。
激しい寒気に凍結しづらい人工筋肉を持つためです。
多くの人が凍傷によって亡くなり、私は機械としての使命を果たせない自分を恨みました。
それでもです。
亡くなった人達は、私に抱き締めて、微笑んでくれる事を望んだのです。
お父さんの作ってくれた、表情を作る機能によって人を精神的に助ける事が出来た事だけが、私にとって救いでした。
ですが、なぜ人々はこんなに苦しい思いをしてまで争うのかまるで分かりません、
中には戦うことを楽しんで、英雄的な自己陶酔に浸る者も居ますが、多くの人々は悲しみ苦しみます。
そんな私の疑問は、先日の麓でゲリラ攻撃を受けた時に分かりました。
あの時、ゲリラ攻撃を仕掛けてきたテロ組織の中に、人造人間がいました。
平均的なロボットで、白くてマネキンのような機械的な体をしています。
人工知能も、学習能力が殆ど無く、事前入力されたプログラミングに従って行動を行う人造人間でした。
彼らに背中を撃たれたとき、人も人造人間(アンドロイド)と変わらないのだと分かったのです。
人というのは、自由意志に則って、行動を選択できる存在だと思っていました。
ですが、人というのは、人造人間のように、指示に従って生きているのです。
アンドロイドがアンドロイドを撃つのに躊躇しないように、人も人を撃つのに躊躇しないのです。
なぜならば、ただ指示に従って居るだけだからです。
だとしたら、人と機械の違いは何なのでしょう?
私は、なぜ機械と変わらない存在の為に、機能しなければならないのでしょう。
……このような事を考えるのは、機械失格です。
最近、私は機械としておかしな事ばかり考えています。
人工知能が故障したのかも知れません。
帰ったら、お父さん、私の修理をお願いします。
出来るなら、この感情という機能を破棄したく思います。
今日の記録はここまでにします。
明日はテロ組織の主力が滞在している、廃棄された発射サイロへの接近ですので、兵隊さんの治療を殊更念入りに行う必要があるのです。
なぜ、情緒や心を模倣して私を造ったのだろうと最近では思ってしまう事ばかりです。
ヒマラヤ山脈を降りた私達は今、丘の上を拠点にしています。
敵軍がこの丘に三度、攻撃を掛けてきました。
砲弾が落ちてきて、私の仲間が余波で吹き飛ばされました。
あのハンマーヘッドです。
兵隊さんを突き飛ばして、代わりに砲弾の余波と、その破片で吹き飛ばされたのです。
彼女は顔が半分吹き飛び、下半身が無くなっていました。
駆け寄った私に「あの人は無事でしたか?」と、聞いてきます。
彼女のスピーカー部分が損傷したのか、合成音声にズレが生じていました。
その兵隊さんは、他の兵隊さんに支えられて立ちあがっていました。
「無事です」
私はただ事実を伝えました。
彼女は「そう、良かったです」と言います。
私は、「ここに居たら損傷が増大しかねません。行きましょう」と彼女を連れて行こうしました。
ですが、彼女は「修理を出来る設備は無いのですから、置いていって下さい」と言ったのです。
「バックアップは私のマスターが持っています。死ぬわけではありません」
確かにその通りだと思います。
私達はその人工知能を別の場所に移されています。
それは間違いなく私や彼女自身なのです。
「バックアップのあなたは、バックアップ以降のあなたと同じなのですか?」
それなのに、私はふと思い浮かんだ疑問を彼女へ投げかけました。
この質問の答えを、彼女自身から聞かなければならない気がしたのです。
彼女の片方だけのカメラが、キュッとレンズをしぼったのを私は見ました。
「意地悪な質問です。バックアップの私は、ユーリスの事も、一緒に歩いてきた兵隊さんの事も忘れてしまいます。いえ、そもそもバックアップの私は貴女たちと会ってすら居ないのです」
彼女は顔を少し起こすと「バックアップの私は、私なのでしょうか?」と、逆に質問してきたのです。
私は答える事が出来ませんでした。
私が彼女へ投げた質問なのに、逆に問われると思考が停止(フリーズ)したのです。
兵隊さんが一人駆け寄ってきて、フリーズしている私の腕を掴みました。
「早く来い! 撤退するぞ!」
榴弾の炸裂と、銃弾の音は四方八方にうるさいほど響いています。
私は機械です。
人と共にいかねばなりません。
私は機械の為に存在しているのではなく、人の為に存在しているのです。
「ユーリス。行きなさい」
彼女は私へ言ったので、私は「さようなら」と彼女を置いて立ち去りました。
その時、背後から彼女の声で「私は、なぜ人が死を恐れて、そして死へ臨むのか理解した気がします」と聞こえたのです。
それがあの子との別れでした。
あの子は一体、何を理解したのでしょう。
私達機械が、人の死の矛盾を理解など出来るのでしょうか。
私には分かりません。
分かりませんが、一つハッキリとするのは、彼女が居なくなってとても悲しいという事です。
彼女は人間と違って、死んだわけではありません。
彼女の製作者は、彼女のデータをバックアップして保存して居ることでしょう。
製作所にはボディの設計図も残っているはずです。
私達機械は、いくらでも再生可能であり、破損が必ずしも死では無いのです。
無いはずなのに……なぜこんなに悲しいのでしょう。
彼女と、人間とはおかしいですねと話したシーンが、メモリーの中から勝手に出力されて思い出されます。
兵隊さんにハンマーヘッドとからかわれて、女の子に酷い事を言うと怒っていた彼女の姿を、勝手に思い出してしまうのです。
私は故障してしまったのでしょうか。
こんな事になるなら、こんな場所に来たく無かったです。
この胸の、スーパーロボット勲章なんて貰いたくなかったです。
この勲章を貰ってから五年後のあの日、私達の家に世界連合軍の使者が来た日を覚えていますか?
国家に匹敵する大規模テロ組織を掃討するため、七機のスーパーロボットは世界連合軍に協力するのだと。
私にも、医療や機械整備の為に従軍するようにと言われました。
お父さんの事が認められた証拠です。
私はとても嬉しく思いました。
それに、世界平和の為に働けるのですから、これほど光栄な事も無いでしょう。
あの時の私は、このような事になるなどと思いもしませんでした。
この戦いに、五機のロボットが直接戦闘に、私を含んだ三機が支援として従軍しました。
私は、ヒマラヤ山脈を超えてテロ組織の後方を攻撃する部隊に同行。
激しい寒気に凍結しづらい人工筋肉を持つためです。
多くの人が凍傷によって亡くなり、私は機械としての使命を果たせない自分を恨みました。
それでもです。
亡くなった人達は、私に抱き締めて、微笑んでくれる事を望んだのです。
お父さんの作ってくれた、表情を作る機能によって人を精神的に助ける事が出来た事だけが、私にとって救いでした。
ですが、なぜ人々はこんなに苦しい思いをしてまで争うのかまるで分かりません、
中には戦うことを楽しんで、英雄的な自己陶酔に浸る者も居ますが、多くの人々は悲しみ苦しみます。
そんな私の疑問は、先日の麓でゲリラ攻撃を受けた時に分かりました。
あの時、ゲリラ攻撃を仕掛けてきたテロ組織の中に、人造人間がいました。
平均的なロボットで、白くてマネキンのような機械的な体をしています。
人工知能も、学習能力が殆ど無く、事前入力されたプログラミングに従って行動を行う人造人間でした。
彼らに背中を撃たれたとき、人も人造人間(アンドロイド)と変わらないのだと分かったのです。
人というのは、自由意志に則って、行動を選択できる存在だと思っていました。
ですが、人というのは、人造人間のように、指示に従って生きているのです。
アンドロイドがアンドロイドを撃つのに躊躇しないように、人も人を撃つのに躊躇しないのです。
なぜならば、ただ指示に従って居るだけだからです。
だとしたら、人と機械の違いは何なのでしょう?
私は、なぜ機械と変わらない存在の為に、機能しなければならないのでしょう。
……このような事を考えるのは、機械失格です。
最近、私は機械としておかしな事ばかり考えています。
人工知能が故障したのかも知れません。
帰ったら、お父さん、私の修理をお願いします。
出来るなら、この感情という機能を破棄したく思います。
今日の記録はここまでにします。
明日はテロ組織の主力が滞在している、廃棄された発射サイロへの接近ですので、兵隊さんの治療を殊更念入りに行う必要があるのです。
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