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11話、三つ巴の戦い

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「そんなに警戒しないでくれ」

 礼儀正しい口調。
 落ち着いた声音。

 それに紳士的な態度だ。

 同い年の女の子と思えない。
 まるで四歳も五歳も年上の男の子と話しているような気持ちになった。

 そう言えばアーネストは女の子達から王子様って呼ばれていた。
 アーネストのファンの子もいるらしい。

 その気持ち、分からなくもない。
 ただ、私はファンになる気は無いけど。

「ちょっと話があるんだ。生徒室までの間、一緒に歩いても良いかい?」

 その位は構わないが.......。

 ただ、聖堂騎士団のアーネストが私に話しかけるだなんて、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。

 アーネストと並んで、壁に埋め込まれた魔光石が照らす廊下を歩いた。

 最初こそたくさんの生徒が居たけど、一年生の生徒室へ近づくにつれて、だんだん人が少なくなっていく。

 ついには私とアーネストだけになった。

 靴音は赤い絨毯に吸われて、鈍く微かに響く。

 その間、アーネストは喋らなかった。

 私は、なんの用なのかと聞く。

 黙ってたって仕方ない。
 むしろ、隣で黙っていられる方が、何を考えているのか分からなくて怖いんだ。

 と、思ってたら、「平然としてるね。聖堂騎士団の私が怖くないのかい?」と聞いてきた。

 最近、リエルが私の表情に気付くから忘れてたけど、他の人から見たら私は無表情だった。

 一見したらいつもの眠そうな半目で平然としているんだろう。

 でも、怖くないわけが無い。
 だって、聖堂騎士団は魔族を見たら殺せと思っているんだ。

 アーネストが苦笑した。

「そんな訳ないだろ? .......と言いたいところだけどね」

 アーネストは否定しきれない。

 世間一般における聖堂騎士団というものは人魔大戦が発生するまでは過激な思考の宗教家という認識だったそうだ。
 人魔大戦で、教えに則って魔族を率先して倒した結果、人間族で高い地位を得た。
 だから、どうしても魔族を迫害するような考えが抜けないらしい。

 とはいえ、私が見たところ、アーネストは魔族を迫害するつもりはないように見えた。

 じゃあなんの用だろう。

「ああ、ごめんね。呼び止めたのに用事を言わなくて」

 アーネストは周囲をキョロキョロと見て、廊下に私達しか居ないのを確認した。

 何か話しづらい事を言うようだ。

 それも、他の人に聞かれたくない事を。

 いや、聖堂騎士が魔族とお喋りする姿でさえ、人に見られたくないのかも知れない。

 そんな事を私が考えていると、「切磋琢磨なさい.......か」とアーネストがイーリアスの言葉を呟く。

「聞いたよ。ラシュリーさんとテストの成績を競ってるんだって?」

 アーネストが私を見た。
 爽やかな笑顔だ。

「私も参加したいんだ」

 アーネストは私と試験の結果を競いたいようだ。

 別に私はラシュリーとも競うつもりなんてない。
 なぜだか分からないけど、ラシュリーがライバル視してくるし、周りの皆が煽ってくるだけだ。

 私は普通に学校生活が出来たらそれで良い。

 だけど、アーネストは苦笑して「君にとっても悪い提案じゃないよ。イーリアス様も『切磋琢磨』って言ってたしね」と言う。

 お互いが競い合う事でより上達するという意味の人間族の言葉か。
 つまりアーネストは、魔族の私と競い合う事でもっと実力を付けたいという事だ。

「頼むよ。自信家なつもりはないけど、私と腕を競えるのは君くらいなものだろうからさ」

 なんと自信家な発言だろう。
 だけど、私を買い被りすぎ。

 確かに魔族は生活に魔法が染み込んでいる。
 だけど、それは魔族の角のお陰だ。
 この魔力を貯蔵する角がない人間族の魔法は、魔族の魔法と違う。

 つまり、試験は試験って事。
 日頃から魔法を使ってるからって試験が出来るとは限らない。

 ふと気付くと、もう私の生徒室の前だった。

 アーネストは、「君がどう思おうと、私は君と戦うよ」と相変わらずの優しい微笑みを浮かべる。

「謙遜してるけど、君はきっと魔法が上手い。なぜなら、あんな簡単に箒に乗れたのだからね」

 アーネストは手を振って別れた。

 箒か.......。
 そういえば初めて箒に乗った時、空を飛べたのはラシュリーと私だけだ。
 アーネストは飛べてなかった。

 自信家な事を言うのに、ラシュリーが出来てた箒で飛べないのか.......。

 と、思ったけど、実はそうじゃないかも知れない。

 部屋に入ると、リエルが一足先に試験の準備をしていたのだけど、リエルにアーネストの事を話すと「多分、お姫様の顔を立てたのかも」と言われた。

 どうやら、騎士というものは高貴な人を立てる傾向があるらしい。
 もしかしたら、ラシュリーの為にわざと飛べないフリをしたのかも知れない。

「でしょ? でもやっぱり我慢したくなくて、エメリーと対決ってことにして全力を出すのかも」

 リエルがベッドの下の旅行カバンから教科書を出すと肩掛けバックに詰めながら言った。

 なるほど。
 聖堂騎士として、王族のラシュリーに勝つわけにはいかないけど、魔族を倒すとなれば話は別なのだろう。

 アーネストはたくさん努力をしてきたけど、その力を発揮する機会を奪われた。
 そこで、魔族の私に勝つ為に全力を出したとあれば、一緒にラシュリーを打ち負かしても言い訳ができるというわけか。

 私は、リエルと同じようにベッドの下から旅行カバンを引っ張り出すと、肩掛けバックに教科書を詰め込みながら、そんなに自分の力を発揮したいものだろうかと思う。

 私はどちらかと言うと目立ちたいとは思わないし、もっと実力を付けたいとも思わない。

 こうやって毎日をリエルと一緒にお喋りしながら勉強できればそれで良い。
 ラシュリーといい、アーネストといい、なぜ私を放ってくれないんだ。

 私の愚痴を聞いてリエルが笑っている。

 もう、他人事だと思って.......。

「ごめんごめん。でもエメリー、気を付けた方が良いと思うよ」

 何をだろう?

 私が疑問に思っていると、リエルが顔を寄せて小さな声で「アーネストさん、もしかしたら勝負をしたくてエメリーに近付いたんじゃないのかも」と言った。

「だって、アーネストさんは聖堂騎士団でしょ? エメリーは魔族で、聖堂騎士団は魔族が嫌い。だから、エメリーに酷いことをする為に近付いたのかも」

 まさか。
 確かに聖堂騎士団は魔族が大嫌いだろうけど、アーネストは違うと言っていた。

 話してた雰囲気じゃ、魔族の事を毛嫌いしていたようには見えなかったよ。

 リエルは顔を横に振った。
 そして、「アイリスみたいに露骨な態度を出すより、笑顔で近付いてきて『グサーって!』される方が怖いんだ」と、ナイフで私を刺すかのような動作をする。

 いきなり大声を出されて私は驚いた。

「驚いた?」

 リエルはくすくす笑う。

 意地が悪いよ。

「不貞腐れないで。エメリー。お詫びにもう一つ警告をしてあげるから」

 もう一つ警告?

「そろそろ行かないとテストに間に合わないよ」
 
 しまった。
 長々とお喋りしすぎていた。

 私は一気に教科書をカバンに詰め込むと肩に掛けてリエルと一緒に生徒室を出る。

 ふと、天井の隅を見ると、石天井が滑らかに盛り上がって目が浮かんでいた。
 何か言いたげな視線だったが、私たちが部屋を出ようとすると瞼をとじて元の天井に戻る。

 先生が覗き見ていたのだろう。
 もしも私達がお喋りに夢中だったら注意するつもりだったに違いない。

 親切は嬉しいけど、天井に目や口が浮かび上がるのは不気味。

 天井から声がした日には、もう心の底から恐怖するくらい怖いんだ。

 リエルは天井の目に気付いていない様子だったから黙っておくことにした。
 無駄に怖がらせる必要もないだろう。

 ちなみに今、覗き見ていたのはリクィエット先生だったみたいで、私達が教室に入ると「ちょうど良い時間に部屋を出たわね」と言われた。

 急いだお陰で、ちょうど生徒達も続々と教室に入って来ている。
 なのに私とリエルにだけ言うのは、覗き見ていたのがレクィッサ先生ってことに間違いない。

 レクィッサ先生って大雑把そうの性格に見えて結構、心配性なのかも。
 だから私達一年生の担任なのだろう。

 それに、レクィッサ先生が部屋を覗き見してるなら、アイリスとかもあまり派手に私に嫌がらせはできないと思う。

 まあ、今は嫌がらせの事より試験の方が問題だが。

「皆さん、座りましたね? ほらそこ、席は一つ空けなさい。仲良いのは分かってるわ。はい、しゃーべーらーなーい」

 初めての試験という事もあり、ザワザワとしている教室。
 レクィッサ先生は試験の話をしたいのに黙らなくて四苦八苦していた。

 その時、スっと一人の生徒が立ち上がる。

 整えられた髪。
 端正な顔つき。

 アーネストだ。

「皆、静かに。先生が困ってらっしゃる」

 声が透き通るように教室をコダマし、皆の耳を打った。

 声は大きくないのに、この場のうるさい声を抑えてハッキリと聞こえる不思議な声音。

 これに皆、すっかり黙ると、アーネストはニコリと笑う。

「先生。静かになりました。どうぞ続けて下さい」
「あ、ああ。ありがとう。アーネスト」

 アーネストは静かに椅子へと腰掛けた。

 皆、アーネストの堂々とした姿に見とれている。
 レクィッサ先生ですら、その堂々とした姿に面食らってしまう程だ。

 私の二つ隣――リエルの隣――に座っていたラシュリーだけは「まあ目立ちたがり屋ですこと」なんて腕を組んで不満げだが。

 同族嫌悪ってものかな?

 聖堂騎士のアーネストがラシュリーよりも目立つのが気に入らないのだろうけど。

 なにせよ、アーネストのおかげでレクィッサ先生の説明が始まる。

 席を一つ開けて座る。
 答えを覗き見するカンニング行為は禁止。見つけたら即刻退学処分。

 気分が悪くなったり、トイレに行きたくなったら静かに手を挙げる。

 お喋りはカンニング行為と見なす……か。

 普通だ。
 普通に考えたらダメな行為が禁止されている。

 とはいえ、魔が差して隣の人の紙を見ないようにしないと退学処分だ。
 こればかりは気を付けないと。

「それじゃあ試験を開始するわ」

 レクィッサ先生が指を鳴らすと、私達の机の前に小さな手がガッと掴んだ。

 私達が驚くと、机の下からひょこっと小さな子供が現れた。

 小さいも小さい、私達の頭くらいの大きさの女の子達。
 上下の繋がった緑の服は裾の広いスカート。
 土気色の肌に緑の髪の毛は跳ね返っていたり、長いストレートだったり、短かったりする。

 大地の精霊、グノメだ。

 本来、精霊は目に見えないくらい小さな粒子状で大地や火炎の中に宿っていたり、空中を漂っているだけだ。
 だが、長い年月をかけて粒子同士がくっつき大きくなって行くと、こうして目に見えるくらい大きくなって、ある程度の知能も持つ。

 私達の前に現れたそれぞれの子が可愛らしく、「うんしょ」と机の上に登ってくると手に持っていた羊皮紙を私達の前に置く。

 可愛い。
 撫でても良いかな?

 チラリと横を見ると、リエルがグノメの頭を撫でて、グノメは嬉しそうなむず痒そうな顔で体を震わせていた。

 私も撫でてみようと思ったら、ぴょんと机から飛び降りてしまった。

 ……撫でたかった。

 机の下を見たけど、もう居ない。

「さ、試験を始めるわよ」

 そう言うなりレクィッサ先生は腕を組んで椅子に座った。

 大人用の椅子だから足がついていない。

「スタート!」という開始の合図と同時に目を閉じてしまった。

 寝るんだ……。

 他の子達も、レクィッサ先生が寝たらカンニングできるんじゃないかなんてざわめき出したと思った瞬間、天井や壁に凸凹が現れる。

 なんだろう?

 凸凹に切れ込みが入って……開いた。

 ギョロりとガラス玉みたいな瞳が現れて私達を見つめる。

 天井や壁一面にだ。
 これにはあんまりにも不気味で、皆して悲鳴が上がる。

「静かに! 試験は始まってるわよ! タイト、あなたはテキストをしまいなさい。膝の上に置いてあるそれよ!」

 レクィッサ先生がタイトという男の子を名指しにした。

 この目、レクィッサ先生の視界と繋がっているんだ。

 こうして私達はレクィッサ先生の見ている中、試験が始まった。
 私とラシュリーと、そしてアーネストの三つ巴の戦いが。
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