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序章・帝国崩壊編
8、計画と陰謀
ミルランスとハルアーダは城の中が不穏な空気に溢れていた事に気付いていた。
そんな時に、冬を越えるために帝都で駐留していた指揮官クラスの兵達が大臣達を襲おうとしたのでミルランスは驚いた。
幸い、その計画はオルモード自身からの密告で事前に露呈した為に、ミルランスが皇帝直下騎士団と近衛騎士団を動かす事で鎮圧したが。
しかし、とにかく城で何かが起こっている事は分かった。
だが、ミルランスがどれだけカルシオスや大臣達に何が起こっているのか聞いても、彼らは「何もありませんよ」と答えるだけだ。
ハルアーダもオルモードに何が起こっているのか聞いても「さあ? 何かありましたかな?」と答えるだけなのだ。
誰が本当の事を言えようか?
ティタラを擁立しようとしているとか、ミルランスを傀儡にしようとしているとか、そんな事は口が裂けても言えなかった。
そんなある日、ミルランスはこの城の不穏な空気を怖がってティタラと一緒に寝る事にする。
本来、皇帝は身内でさえ疑わねばならない為に部屋の中に必ず皇帝騎士を置いて、他には伴侶としか同室で寝てはいけない決まりだった。
だが、ミルランス自身、皇帝としてのストレスも相まってどうしてもティタラと一緒に居たかったのである。
ハルアーダとしても、ミルランスとティタラの両者を護れるからその方が好都合だった。
ミルランスはティタラと寝られるとニコニコして幸せそうにベッドへもぐり込む。
ティタラはそんな幸せそうな姉を見てクスクス笑いながら姉の隣に横になった。
二人は幸せそうに頬を擦り合わせてハルアーダに明かりを消すように言う。
「おやすみなさいませ。お嬢様」
うやうやしく頭を下げて、ハルアーダは消火用のカップを燭台の火に被せた。
ミルランスとティタラが幸せそうだとハルアーダも嬉しい。
ミルランスにとってティタラが何よりの心の支えなのだろうとハルアーダは思った。
部屋の明かりが消えると、二人のクスクス笑いとお喋りが聞こえてくる。
その声を聞きながらハルアーダはいつものように壁にもたれて目をつぶった。
静かな部屋なのでミルランスとティタラの話が嫌でもハルアーダの耳に入ってくる。
「なんだか最近おかしいよ」
ミルランスとティタラはこの城の皆がどんどんおかしくなっていると話していた。
「カルシオス達は何かやってるみたいなのに私には何にも教えてくれない」
ミルランスが宰相カルシオス達の事を話すと、ティタラは大将軍オルモードが最近やたらと話し掛けてくる事を言う。
「オルモード様って今まで話した事も無いのに、最近は話し掛けてくるんだよ。なんだか、皇帝についてどう思うかって」
そのように二人で話していると聡明なティタラはふと何かに気付いた様子で口をつぐんだ。
ティタラは、この一連の事件が自分達の地位に関する争いだと気付いた。
つまり、ティタラを皇帝にしようとしている動きとミルランスを皇帝のままにしようとする動きだ。
しかし、ミルランスを皇帝のままにしたいなら、直接、ティタラを皇帝にしようとする不届き者が居ると伝えれば良い事。
なぜそれを言わずに密かに争っているのか?
ティタラは聡い。
自問自答を即座に繰り返して、宰相カルシオス達がミルランスを傀儡にしようとしているのだと分かった。
「ねえ、姉様。もしかして……だけど、カルシオス達は」
ティタラがそう口にした時、部屋の天井の隅からカタリと小さく何か硬い音がしたのである。
その音はあまりに小さく。
ティタラの声にかき消されていた。
だが、ハルアーダはその音に気付いて、その瞬間、ベッドへと一足長で駆けながら腰の剣を抜く。
ハルアーダが近づいてくるのに二人が気付いた直後、彼は二人のベッドの上で剣を薙いだ。
真っ暗に近い暗い部屋の中。
二人の頬にぴちゃと生ぬるい液体が付着した。
「な、なに? なに? ハルアーダ、何なの? 何が起こっているの!?」
ミルランスは混乱して絶叫にも近い声で騒いだ。
暗くて何も分からない。
しかし、何か良くない事が起こったのだけは分かったのだ。
「お静かに」
ハルアーダは棚の上に置かれている杯に入れられている火種を取り出すと燭台に火を付けた。
そして、怯えたミルランスがティタラに抱き着いているベッドを照らすと、ベッドの隣に真っ赤な血が帯状に飛び散っていて、ベッドの頭の方と壁の間に黒装束の人の体が落ちていたのである。
ミルランス達の位置からはベッドの柵があってその死体はハッキリと見えないが、力無く両足だけが柵に乗っていたので、ハルアーダが斬った人の死体だと即座に理解出来た。
ミルランスはその飛び散った血と人の死体に驚いて悲鳴を挙げたのである。
これに多くの騎士や大臣達が飛んできた。
皇帝の寝室に何者かが侵入して皇帝騎士に殺害されるという大事件に、深夜でありながら城の中は昼間のように騒ぎとなったのである。
「ハルアーダ殿、何があったのですか?」
警備の皇帝直下騎士がハルアーダに聞くので、ハルアーダは「皇帝陛下が暗殺されかけた」と答えた。
ミルランスの寝室の前には五名の騎士が立ち、心配げに駆けつけた大臣達を室内へ入れまいと阻止していたのであるが、ハルアーダの声が聞こえたようで大臣達はたちまち騒ぎになる。
「侵入場所はあそこか」
そのような騒ぎを無視するハルアーダは冷静に部屋の隅の天井を指さした。
天井の一部が外されている。
そして、侵入者の手には暗殺者が用いる丁字型の短刀。
「暗殺者……なの?」
部屋の隅でティタラに抱き着いて怯えたまま震えているミルランスが聞く。
ハルアーダが静かに頷くので、ミルランスは命を狙われたという事実にますます怯えた。
「誰がこんな事をやったのよ!」
元々精神的に追い詰められていたミルランスは自分の命を狙うなんて不届き者に癇癪じみた怒りを感じるのだ。
なぜ自分がこんな目に遭わなくてはいけないのだと、あの優しい心は憤怒に燃やされた。
「落ち着いてください」とハルアーダがなだめようとするが、ミルランスはヒステリックに怒って「落ち着けるわけないでしょ!」と泣き出すのだ。
そんな時に、死体検めをしていた騎士が暗殺者の懐から一切れの羊皮紙を見つけたので、ミルランスは見せるように命じた。
赤い紐で丸く束ねられた羊皮紙を受け取り、ミルランスは泣いて怒りながら広げると、そこに何が書かれているのかを読んだ。
それはすぐに指示書だと分かる。
つまり、あの暗殺者にミルランスを殺そうと依頼するための紙だ。
どこかに指示した者の名は無いかと目を素早く左右に動かしながら、ミルランスは血眼になって読む。
しかし、読み進めるその顔から段々と怒りの様相が無くなっていき、最後の方になるとすっかり顔が青ざめてしまうのだ。
「姉様。そこにはなんて?」
呆然ととしているミルランスにティタラが聞くと、ミルランスはハッと意識を取り戻して、それと同時にティタラを突き飛ばしたのである。
ティタラはいきなり姉から突き飛ばされて尻餅をついた。
「何をするの? 姉様?」
いきなり突き飛ばされたティタラは意味が分からずに目を白黒させるのだが、ミルランスは何も言わずにハルアーダへ羊皮紙を渡すのだ。
ハルアーダはミルランスが明らかに動揺して混乱しており、その原因はこの羊皮紙にあると思って中を読む。
『ミルランス皇帝は先代皇帝アロハンドに比べて明らかに暗愚であり、傾国の元となる事は間違いない。そのため、国を思うからこそミルランスを暗殺せねばならないのだ。この任務はアーランドラ帝国を救う為の重要な任務である。妹帝ティタラの名において、必ずや成し遂げる事』
――妹帝ティタラ――
ハルアーダは目を見張った。
しかし、ティタラがこのような命令を出す訳が無いし、そもそも暗殺者が支持者の名前の書いてある指令書を持っているわけがないのだ。
明らかな偽書。
それもティタラを貶める卑劣な罠である。
しかし、ミルランスは動揺し、恐怖し、混乱していて正常な思考判断が出来なかった。
近くに居た騎士に、今すぐティタラを捕まえて牢屋に入れるよう指示したのである。
ティタラは手紙の内容を知らないから、いきなり捕まえるように言われて心臓が飛び出そうなくらいに驚いた。
「な、なんで? お姉様」
「うるさい! 信じてたのに! 裏切り者! 裏切り者! 裏切り者!」
ミルランスは叫びながら何度も同じ言葉を繰り返す。
そのような皇帝の異常な態度を見た騎士達は、これ以上ミルランスを刺激しないためにもティタラを連れて行こうとするのだ。
しかしティタラも身に覚えの無い事で連れてかれたくないから泣き叫んだ。
賢くとも聡いとも、十歳の少女でしかないティタラはいつもの落ち着きも無く、「なんで!? なんで!? やだ! 離して!」と暴れた。
だけど十歳の小さな体がどれだけ暴れた所で屈強な騎士達に適う訳も無い。
ティタラは連れていかれる最後にハルアーダに縋るような目を向けた。
ハルアーダならばきっと助けてくれるだろうという最後の希望を託したのだ。
だが、ハルアーダは静かに頭を左右に振って「ティタラ様を牢獄へ」と言ったのだ。
その時のティタラの目は絶望に染まった事だろう。
暴れる事もやめて、糸の切れたあやつり人形のようにぐったりと騎士の腕の中で呆然としていたのだ。
しかし、ハルアーダとてティタラと事を見捨てた訳では無い。
だが、ハルアーダも大将軍オルモードと宰相カルシオスの戦いに気付き、また、彼一人でミルランスとティタラを護る事は出来ないほど、この争いは過激になりつつあったのだとハルアーダは思った。
だから、ティタラはむしろ牢獄に居た方が安心だと思う。
ハルアーダは彼と同期で肩を並べた事もあるもっとも信頼できる近衛騎士にティタラを見張るふりをして護って欲しいと、さりげなく耳打ちした。
彼はハルアーダにそう言われて、何らかの策謀にティタラが巻き込まれたのだと気付いたので、静かに小さく頷くと「任せろ」と呟いて皇帝の寝室から出ていくのだ。
その後、死体の処理と状況の検査を行う為にミルランスは別の部屋へと案内されて、そこで寝る事となる。
ミルランスは愛する妹に命を狙われたと思っているから神経質になっていて、ハルアーダでさえ部屋から追い出そうとした。
一人にして欲しいと言われたが、ハルアーダはそれを拒否。
「皇帝命令! 出ていって!」
「いいえ。できせん」
ハルアーダは決してミルランスの部屋から出ていかない。
あのような事件があってミルランスを一人になど出来るわけが無かった。
ミルランスはどれだけ怒鳴ろうがなじろうがハルアーダが出ていかないので、ついには不貞腐れた様子でベッドへ横になる。
ミルランスはあまりにも精神的に追い詰められていた。
ハルアーダはそれが分かっていたが、どうしようも無い。
この一人の少女を助けられない自分にやきもきする事しか出来なかった。
そんな時に、冬を越えるために帝都で駐留していた指揮官クラスの兵達が大臣達を襲おうとしたのでミルランスは驚いた。
幸い、その計画はオルモード自身からの密告で事前に露呈した為に、ミルランスが皇帝直下騎士団と近衛騎士団を動かす事で鎮圧したが。
しかし、とにかく城で何かが起こっている事は分かった。
だが、ミルランスがどれだけカルシオスや大臣達に何が起こっているのか聞いても、彼らは「何もありませんよ」と答えるだけだ。
ハルアーダもオルモードに何が起こっているのか聞いても「さあ? 何かありましたかな?」と答えるだけなのだ。
誰が本当の事を言えようか?
ティタラを擁立しようとしているとか、ミルランスを傀儡にしようとしているとか、そんな事は口が裂けても言えなかった。
そんなある日、ミルランスはこの城の不穏な空気を怖がってティタラと一緒に寝る事にする。
本来、皇帝は身内でさえ疑わねばならない為に部屋の中に必ず皇帝騎士を置いて、他には伴侶としか同室で寝てはいけない決まりだった。
だが、ミルランス自身、皇帝としてのストレスも相まってどうしてもティタラと一緒に居たかったのである。
ハルアーダとしても、ミルランスとティタラの両者を護れるからその方が好都合だった。
ミルランスはティタラと寝られるとニコニコして幸せそうにベッドへもぐり込む。
ティタラはそんな幸せそうな姉を見てクスクス笑いながら姉の隣に横になった。
二人は幸せそうに頬を擦り合わせてハルアーダに明かりを消すように言う。
「おやすみなさいませ。お嬢様」
うやうやしく頭を下げて、ハルアーダは消火用のカップを燭台の火に被せた。
ミルランスとティタラが幸せそうだとハルアーダも嬉しい。
ミルランスにとってティタラが何よりの心の支えなのだろうとハルアーダは思った。
部屋の明かりが消えると、二人のクスクス笑いとお喋りが聞こえてくる。
その声を聞きながらハルアーダはいつものように壁にもたれて目をつぶった。
静かな部屋なのでミルランスとティタラの話が嫌でもハルアーダの耳に入ってくる。
「なんだか最近おかしいよ」
ミルランスとティタラはこの城の皆がどんどんおかしくなっていると話していた。
「カルシオス達は何かやってるみたいなのに私には何にも教えてくれない」
ミルランスが宰相カルシオス達の事を話すと、ティタラは大将軍オルモードが最近やたらと話し掛けてくる事を言う。
「オルモード様って今まで話した事も無いのに、最近は話し掛けてくるんだよ。なんだか、皇帝についてどう思うかって」
そのように二人で話していると聡明なティタラはふと何かに気付いた様子で口をつぐんだ。
ティタラは、この一連の事件が自分達の地位に関する争いだと気付いた。
つまり、ティタラを皇帝にしようとしている動きとミルランスを皇帝のままにしようとする動きだ。
しかし、ミルランスを皇帝のままにしたいなら、直接、ティタラを皇帝にしようとする不届き者が居ると伝えれば良い事。
なぜそれを言わずに密かに争っているのか?
ティタラは聡い。
自問自答を即座に繰り返して、宰相カルシオス達がミルランスを傀儡にしようとしているのだと分かった。
「ねえ、姉様。もしかして……だけど、カルシオス達は」
ティタラがそう口にした時、部屋の天井の隅からカタリと小さく何か硬い音がしたのである。
その音はあまりに小さく。
ティタラの声にかき消されていた。
だが、ハルアーダはその音に気付いて、その瞬間、ベッドへと一足長で駆けながら腰の剣を抜く。
ハルアーダが近づいてくるのに二人が気付いた直後、彼は二人のベッドの上で剣を薙いだ。
真っ暗に近い暗い部屋の中。
二人の頬にぴちゃと生ぬるい液体が付着した。
「な、なに? なに? ハルアーダ、何なの? 何が起こっているの!?」
ミルランスは混乱して絶叫にも近い声で騒いだ。
暗くて何も分からない。
しかし、何か良くない事が起こったのだけは分かったのだ。
「お静かに」
ハルアーダは棚の上に置かれている杯に入れられている火種を取り出すと燭台に火を付けた。
そして、怯えたミルランスがティタラに抱き着いているベッドを照らすと、ベッドの隣に真っ赤な血が帯状に飛び散っていて、ベッドの頭の方と壁の間に黒装束の人の体が落ちていたのである。
ミルランス達の位置からはベッドの柵があってその死体はハッキリと見えないが、力無く両足だけが柵に乗っていたので、ハルアーダが斬った人の死体だと即座に理解出来た。
ミルランスはその飛び散った血と人の死体に驚いて悲鳴を挙げたのである。
これに多くの騎士や大臣達が飛んできた。
皇帝の寝室に何者かが侵入して皇帝騎士に殺害されるという大事件に、深夜でありながら城の中は昼間のように騒ぎとなったのである。
「ハルアーダ殿、何があったのですか?」
警備の皇帝直下騎士がハルアーダに聞くので、ハルアーダは「皇帝陛下が暗殺されかけた」と答えた。
ミルランスの寝室の前には五名の騎士が立ち、心配げに駆けつけた大臣達を室内へ入れまいと阻止していたのであるが、ハルアーダの声が聞こえたようで大臣達はたちまち騒ぎになる。
「侵入場所はあそこか」
そのような騒ぎを無視するハルアーダは冷静に部屋の隅の天井を指さした。
天井の一部が外されている。
そして、侵入者の手には暗殺者が用いる丁字型の短刀。
「暗殺者……なの?」
部屋の隅でティタラに抱き着いて怯えたまま震えているミルランスが聞く。
ハルアーダが静かに頷くので、ミルランスは命を狙われたという事実にますます怯えた。
「誰がこんな事をやったのよ!」
元々精神的に追い詰められていたミルランスは自分の命を狙うなんて不届き者に癇癪じみた怒りを感じるのだ。
なぜ自分がこんな目に遭わなくてはいけないのだと、あの優しい心は憤怒に燃やされた。
「落ち着いてください」とハルアーダがなだめようとするが、ミルランスはヒステリックに怒って「落ち着けるわけないでしょ!」と泣き出すのだ。
そんな時に、死体検めをしていた騎士が暗殺者の懐から一切れの羊皮紙を見つけたので、ミルランスは見せるように命じた。
赤い紐で丸く束ねられた羊皮紙を受け取り、ミルランスは泣いて怒りながら広げると、そこに何が書かれているのかを読んだ。
それはすぐに指示書だと分かる。
つまり、あの暗殺者にミルランスを殺そうと依頼するための紙だ。
どこかに指示した者の名は無いかと目を素早く左右に動かしながら、ミルランスは血眼になって読む。
しかし、読み進めるその顔から段々と怒りの様相が無くなっていき、最後の方になるとすっかり顔が青ざめてしまうのだ。
「姉様。そこにはなんて?」
呆然ととしているミルランスにティタラが聞くと、ミルランスはハッと意識を取り戻して、それと同時にティタラを突き飛ばしたのである。
ティタラはいきなり姉から突き飛ばされて尻餅をついた。
「何をするの? 姉様?」
いきなり突き飛ばされたティタラは意味が分からずに目を白黒させるのだが、ミルランスは何も言わずにハルアーダへ羊皮紙を渡すのだ。
ハルアーダはミルランスが明らかに動揺して混乱しており、その原因はこの羊皮紙にあると思って中を読む。
『ミルランス皇帝は先代皇帝アロハンドに比べて明らかに暗愚であり、傾国の元となる事は間違いない。そのため、国を思うからこそミルランスを暗殺せねばならないのだ。この任務はアーランドラ帝国を救う為の重要な任務である。妹帝ティタラの名において、必ずや成し遂げる事』
――妹帝ティタラ――
ハルアーダは目を見張った。
しかし、ティタラがこのような命令を出す訳が無いし、そもそも暗殺者が支持者の名前の書いてある指令書を持っているわけがないのだ。
明らかな偽書。
それもティタラを貶める卑劣な罠である。
しかし、ミルランスは動揺し、恐怖し、混乱していて正常な思考判断が出来なかった。
近くに居た騎士に、今すぐティタラを捕まえて牢屋に入れるよう指示したのである。
ティタラは手紙の内容を知らないから、いきなり捕まえるように言われて心臓が飛び出そうなくらいに驚いた。
「な、なんで? お姉様」
「うるさい! 信じてたのに! 裏切り者! 裏切り者! 裏切り者!」
ミルランスは叫びながら何度も同じ言葉を繰り返す。
そのような皇帝の異常な態度を見た騎士達は、これ以上ミルランスを刺激しないためにもティタラを連れて行こうとするのだ。
しかしティタラも身に覚えの無い事で連れてかれたくないから泣き叫んだ。
賢くとも聡いとも、十歳の少女でしかないティタラはいつもの落ち着きも無く、「なんで!? なんで!? やだ! 離して!」と暴れた。
だけど十歳の小さな体がどれだけ暴れた所で屈強な騎士達に適う訳も無い。
ティタラは連れていかれる最後にハルアーダに縋るような目を向けた。
ハルアーダならばきっと助けてくれるだろうという最後の希望を託したのだ。
だが、ハルアーダは静かに頭を左右に振って「ティタラ様を牢獄へ」と言ったのだ。
その時のティタラの目は絶望に染まった事だろう。
暴れる事もやめて、糸の切れたあやつり人形のようにぐったりと騎士の腕の中で呆然としていたのだ。
しかし、ハルアーダとてティタラと事を見捨てた訳では無い。
だが、ハルアーダも大将軍オルモードと宰相カルシオスの戦いに気付き、また、彼一人でミルランスとティタラを護る事は出来ないほど、この争いは過激になりつつあったのだとハルアーダは思った。
だから、ティタラはむしろ牢獄に居た方が安心だと思う。
ハルアーダは彼と同期で肩を並べた事もあるもっとも信頼できる近衛騎士にティタラを見張るふりをして護って欲しいと、さりげなく耳打ちした。
彼はハルアーダにそう言われて、何らかの策謀にティタラが巻き込まれたのだと気付いたので、静かに小さく頷くと「任せろ」と呟いて皇帝の寝室から出ていくのだ。
その後、死体の処理と状況の検査を行う為にミルランスは別の部屋へと案内されて、そこで寝る事となる。
ミルランスは愛する妹に命を狙われたと思っているから神経質になっていて、ハルアーダでさえ部屋から追い出そうとした。
一人にして欲しいと言われたが、ハルアーダはそれを拒否。
「皇帝命令! 出ていって!」
「いいえ。できせん」
ハルアーダは決してミルランスの部屋から出ていかない。
あのような事件があってミルランスを一人になど出来るわけが無かった。
ミルランスはどれだけ怒鳴ろうがなじろうがハルアーダが出ていかないので、ついには不貞腐れた様子でベッドへ横になる。
ミルランスはあまりにも精神的に追い詰められていた。
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