ボク地方領主。将来の夢ニート!

アイアイ式パイルドライバー

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序章・帝国崩壊編

28、誘ってくる人妻

――ミルランス様とティタラ様の父であるハルアーダ様にね――

 カーンは得ていたハルアーダの話をする。

 今からおよそ十四年前……ハルアーダ十五歳の時の頃だ。

 彼は近衛騎士として城へやって来た。

 元々はアーランドラ帝国の騎士団員として各地の賊討伐に出向いていたが、エルフの血を引いていると言われる程の美貌と高い背は近くに立たせるだけで箔が付くと騎士団長から評判であった。

 そんなある日、当時のハルアーダの騎士団長は皇帝の隣に立つのが相応しい勇姿だと彼を評して皇帝へ引き合わせたのだ。

 そして、皇帝に気に入られたハルアーダは“忠義の騎士”とあだ名され、近衛騎士に任命されたのである。

 しかし、近衛騎士といえども普通の近衛騎士としてでは無く、将来には皇帝騎士としてなるべく扱われた。
 皇帝騎士と近衛騎士の中間のような立場であった。

 ハルアーダもその期待へ応えるように、年に二度開かれる武芸大会で優勝したし、賊討伐を任命されれば多大な活躍を見せたのである。

 一見すれば順調であった。

 だけど、そんなハルアーダは二回の過ちを犯す事になる。

 切っ掛けは皇帝アロハンドが西方のカセイ国を視察に行くと気まぐれを起こした事である。
 当時の皇帝騎士はアロハンドに従いカセイ国へと向かう事になったから、ハルアーダはアロハンドの正妻や側室達の住まう後宮を護るように言われたのだ。

 後宮とはいえ、城に隣接して建てられた正妻や側室用の建物で、別段男人禁制では無かったから一般兵や使用人の男も必要なら出入りしていた。
 ハルアーダはその後宮を護るのである。

 そんなある日、ハルアーダはその後宮に面した庭で、時々小さな男の子が遊んでいるのを見て、一体どこの子かと訝しんだ。
 その子は幼き頃のラドウィンであった。

 ラドウィンとその父サーバードはその存在が秘匿であったからハルアーダが知らぬのも無理は無い。
 だから、その子がよもや後宮に住んでいるなどと知らなくて、どこから来るのだろうかと調べようと庭の茂みに隠れたのである。

 そんなハルアーダの背を誰かが軽く叩いた。
 彼が驚いて振り向くと、真後ろにあのリアトが立っていたのである。

 アロハンドの側室であったリアトは当時二十手前の若い娘だ。
 十五歳でアロハンドの側室として入ったリアトはそのつまらない人生を呪っていた。

 なんで若い娘の自分が、皇帝とはいえ男盛の過ぎた中年の相手をせねばならないのだ。
 そんな退屈な人生に、ハルアーダという若くて美しい男が現れたのだから、彼女は若き女の心を燃やさずに居られなかったのである。

 だから彼女は女としての情欲を燃やし、そして生の輝きの為にハルアーダを誘った。

「日暮れにどうか、私の部屋へ」

 ハルアーダはもちろんそれを断った。
 毅然と、自分は皇帝陛下に仕える騎士なのだと。

 しかし、そんなハルアーダの耳元へ吐息をかけながら「そう、ところでエルフの森ってどこにあるのかしら?」と言う。

 ハルアーダが眉をひそめていると「皇帝陛下に、森を焼くよう言っても良いのよ? あなたの故郷はどこか分からないけどエルフの噂がある森は幾つかあるものね」とリアトは妖しく笑った。

 ハルアーダは考えさせて欲しいと呟き、その場を離れる。

 そしてハルアーダはその日の夜、城と後宮を巡回している時にリアトの言葉を思い出してしまう。
 気付くとリアトの部屋の前に居たのである。

 世にエルフはおとぎ話の存在だと言われていたが、ハルアーダはエルフがこの世にたしかに存在しているのだと知っていた。
 なぜなら彼の母がエルフだったからだ。

 この扉を開けては不義理を働く事になるぞ。
 そう自分に言い聞かせても、自分の美しき母を思い出すとリアトの部屋へと入らねばならなかった。

 ハルアーダはしばらくその場で立ち止まっていたが、ついにノブを静かに回してしまった。

 扉を開けては引き返せないラインを越えてしまうと分かっていながら、ハルアーダは彼女の部屋へと入ってしまったのである。

 その時の事をハルアーダはよく覚えていた。

 彼女は肌が薄らと透ける下着を着ていて、艶やかで甘い笑顔が燭台で妖しく照らされていた。

 香が焚かれていて、ぷんと甘い匂いが鼻をついた。

 ハルアーダの心臓は既にドキドキとしている。
 不安と恐怖、それと若さゆえの興奮。

 ベッドへ近づくハルアーダの指を薄い絹のような指が絡まる。
 彼の首筋へ優しく腕が回った。
 掴めば折れてしまうような細腕に、吹けば飛ぶような彼女の軽い体重が掛かる。

 ハルアーダはその力に負けて、ゆっくりと顔を下げると唇を重ねた。

 柔らかかった。
 この世のどんな果物であろうと勝てない柔らかさと甘さ……。

 その甘美な感触にハルアーダは負けまいとした。

 だけど人の体は心に反して反応してしまう。

「ノリが悪いわ」
「お願いです。これ以上先は皇帝陛下を裏切ります」

 リアトがハルアーダにまたがっていた。
 だけどここから先は本当に進んではいけない道なのだ。

 ハルアーダは自分の男を……男の心と体を必死に理性で抑えようとした。

 だけどリアトはくすくす笑って「あなたがリードしてよ。じゃないと、あなたに襲われたって皇帝陛下に言っちゃおうかな」と言うとその体を静かにゆっくりと下げたのであった。

 それから数時間後、リアトの部屋からハルアーダは足早に出ていく。
 甘美の時間、禁断の果実を食べた代償は罪悪感であった。

 後暗い気持ち。
 自分に対する強烈な侮蔑感。

 それを感じたハルアーダは以降、リアトに関わろうとはしなかった。

 リアトは彼にとっての罪そのもの。
 時折、城や後宮を見回る時に出会う事はあっても、ハルアーダは決して目を合わせなかったし、リアトも妖しく笑うだけで決して関わる事は無かった。

 その後、アロハンドはすぐに西方から帰ってきて、数週間後、リアトの腹が大きくなり、皇帝騎士の子を懐妊したとなったのだ。

 時期的に見れば、皇帝アロハンドの子とも思えなくも無い。
 だが、ハルアーダは自分の抱いた日を考えると自分の子のような気がした。

 そしてそれはミルランスと名付けられた赤子が産まれた時に確証となった。

「見てみろハルアーダ。余の子だ!」

 アロハンドは自分の子が産まれて嬉しかったようで、腹心から使用人に至るまでとにかく我が子を自慢したのである。
 そして、その子を見させられたハルアーダは、確かにその子にエルフの面影があるので、心臓が止まるかのような気持ちとなった。

 半分だけエルフの血を引くハルアーダの子だとしたら、かなりエルフの血が薄まっているのでその特徴に気付く人はいないだろう。
 だけど、多分、産まれたその子はエルフの血を引いているのだ。

 忠義を誓った皇帝陛下の子が自分の不義の子など認めたく無かった。
 なのに、廊下でミルランスを抱くリアトとすれ違う時に「あなたの子よ」と、とても嬉しそうな笑顔で囁かれて、ハルアーダは地獄の底へ落ちるような気持ちを抱きながら自分の不義を認めなければならなかったのである。

 そんな彼にとって一つの幸運な事となったのが四年後、アロハンドが南方の領土へと巡察に向かう同行者としてハルアーダを指名した事だ。
 だが、それは同時に二つ目の過ちと不幸であった。

 あの日、エルグスティアがハルアーダの背中を叩いて出世の道だとやっかんで茶化したものである。
 そんな彼の茶化しにハルアーダが笑顔で「よしてくれよ」と言うものだから、あのハルアーダが笑っているとエルグスティアは驚いた。

 ハルアーダは一刻も早くリアトから離れたかったのである。
 とにかく彼女と顔を合わせたくないし、遠くからでも彼女の眼が愛おしそうに見つめてくるとハルアーダの不義を突きつけられてしまうようで耐えられなかったから、この四年間は本当に地獄そのものであったのだ。

 だけど、その地獄は一時的であれ終わるのである。

 ハルアーダの心は晴れやかであった。
 誰だって自分の罪とは向かい合いたくないものだ。
 それが贖(あがな)う事の出来ない罪ともなればなおさらであろう。

 しかし、そんなハルアーダが城の廊下を歩いていると向かいからリアトがやって来たのだ。
 皇帝と子を成したと思われているリアトは正室として迎え入れられ、一人で出歩く事なんて有り得ないというのに、彼女は一人で泰然とした様子で歩いてくるのである。
 ハルアーダは目を合わせないようしながら、伏し目がちにすれ違おうとした。

――今夜、月が頭上を照らす刻(こく)に――

 その言葉の意味をハルアーダはすぐに察する。
 彼だって木石(ぼくせき)にあらず。それが男女の誘いだと簡単に分かった。

「お互い秘密のある関係なのだから来てくれるわよね? 私はこれを伝える為にこうして部屋を抜け出したのだから」

 妖しく笑うリアトの顔は、『来なければあなたの罪をばらすわよ?』と言っている。

 そして、その日の夜、皇帝アロハンドとの夜枷を終えたリアトは、疲れたから一人で寝たいと夫婦の寝室では無く自室へと向かった。
 もちろん護衛はハルアーダだ。

 部屋の前を警護させるとしたが、もちろんそれだけではなかった。

 当時ハルアーダは十九歳。
 十五の時と違って不愉快さと自己嫌悪の気持ちしか無かった。
 吐き気すら感じた。

「本当に……これっきりにして下さい……」
「もちろんよ。私だってこれ以上危ない事は出来ないもの。でも、最後だからこそ楽しみましょ?」

 その晩、四度もリアトを抱かされた。
 彼女は随分と楽しんだようだが、ハルアーダはその時の事が随分とトラウマとなったようである。
 なにせその後、彼は女性と付き合う事も無く、女を抱くことも無かったからだ。

 そのようなハルアーダが皇帝との巡察を終えたのは翌年。
 城に戻って来て驚いた。

 リアトの召使いが抱きかかえていた赤子。
 ティタラと名付けられた子供を見て、ハルアーダは戦慄した。

 またしても罪を重ねたのだと思ったハルアーダは、これ以上皇帝とリアトの近くに居ておられず、近衛騎士でありながら諸侯の元へと援軍に駆けつける近衛騎士団遊撃隊へと志願したのである。

 だが、一つ解せないのはハルアーダが皇帝騎士として帝都へ戻って来た事だろう。
 しかし、カーンはその予想をたてていた。

「皇帝騎士として帝都に舞い戻ったのは、我が娘が予想以上に愛おしくなったからですかね」

 カーンが無感情に見返しながらハルアーダへとそう話す。

 なぜハルアーダの秘密をカーンが知っているのかなど今さら疑問に思う必要も無い。
 彼は帝都の情報一切を支配するカルシオスの右腕なのだ。

 だが、カーンはミルランスとティタラの秘密をカルシオスに伝えていなかった。
 それは、いつか来るこの瞬間に備えていたのである。

「我々は所詮傭兵集団。騎士のあなた達と違って主に命を預けておりません。そして、私は私の傭兵団を守らねばなりません」

 カーンはカルシオスが近いうちに敗北すると考えた。
 カルシオスが強者であるのは、帝都やオルモードといった安全圏に引きこもっているからだ。
 だが、オルモードを切り離した今、カルシオスの滅亡は近い。

 だから傭兵のカーンは次の就職先を決めねばなら無かった。

「それが私か」
「そうです。ハルアーダ様」

 カーンは傭兵団長として部下を食わせる義務がある。
 しかも、カーンの傭兵団は古くから同じ氏族で成り立っていたから、同胞兄弟姉妹の情で強く強く繋がっていた。

 いわば傭兵団一つで巨大な家族。
 その家族を食いぱぐる訳にはいかなかった。

「娘を守りたいハルアーダ様と同じです。私もまた、家族を助けたいのです」

 カーンの言葉は嘘か真か。
 あまりにも感情の無い眼と口だったから真偽の程は分からなかったが、そんな事はハルアーダにとってどうでも良かった。

「そうか。分かった。ならば一つ、お前を試させて欲しい」
「試す……ですか。何をすれば?」
「簡単な事だ。殺して欲しい人が一人いる」

 カーンがハルアーダの目を見て、殺して欲しい人ですかと聞き返すと、ハルアーダは静かに頷く。

 ハルアーダのその顔はカーンに負けず劣らずに感情の無い顔であったが、どこか苦悶に満ちるものであった。
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