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1章・戦火繚乱編
46、死が二人を別つとも
かつて、モンタアナの人々は善良であった。
悪意のある人は居なかった。
それぞれの人々が、魔物の潜む森を切り拓く為に手を取り合い、思い遣りを持っていたものだ。
ところが今はどうだろう。
流入する人々、肥大化する人口。
確かに裕福にはなったけれど、悪意を持った人々はモンタアナにやって来ていた。
かつてモンタアナに居たゴズもそうだったように。
そんな悪意は灰の下で燻(くすぶ)る火種のようにモンタアナで息を潜めていたのだ。
ラドウィンはそんな悪意に気付くよしも無く、モンタアナへと戻ったのである。
馬を飛ばして息せき切って屋敷に戻ると、ミルランスは医者や近所の婦人達に囲まれて容態を診られている所であった。
彼女のお腹はぽっこりと膨らんでいる。
妊娠にしては大きくなるのが早かった。
これは赤子では無く、腹水によるものだ。
顔は土気色で、苦痛からか冷や汗を流して苦しそうに喘いでいた。
腕を見ると、既に黒いカサブタのようなものが浮かび上がっている。
黒血症の症状と一致するものだ。
婦人の一人がミルランスに、ラドウィンが帰ってきたと耳打ちすると、ミルランスは苦しそうに瞼を開けた。
「あなた.......」
声を出すのも苦しそうだ。
だが、声を出せるだけでも幸せかもしれない。
なにせ昨夜は酷く吐血し、声を出す所の話では無かったのである。
むしろ今は良くなっているくらいだ。
「ああ、きっと幻よね? あなたがここにいるわけないもの」
ミルランスは戦地に出たはずのラドウィンがいるわけないと思っている。
ラドウィンはそんなミルランスの手を握った。
ここに居るよと、幻じゃないよと、「僕が傍に居るんだから安心してくれ。お腹に僕達の子が居るんだから、ここが踏ん張りどころだよ」と励ますのだ。
ミルランスは安堵したのかポロポロと泣き出して、「夢じゃないの? 本当にそこにいるの?」とラドウィンの顔に手を伸ばして頬を撫でた。
「いつもね.......いつもあなたがここに立っているのに、目が覚めるとどこにも居なくて.......。一人は怖いよ.......」
重病の中、死を感じながらベッドに一人で横たわる気持ちとはいかほどあろうや。
絶望と恐怖にいつ心が折れてもおかしくなかった。
「もう大丈夫」
ラドウィンはミルランスの手を強く握る。
「どこにも行かない。君が目覚めたら、僕はいつでもここに居るよ」
ミルランスはその言葉を聞くとホッと安堵して目を閉じると深い眠りに落ちた。
丸い眼鏡を掛けている医者はミルランスの胸を打診していたが、「昏睡ですね」と言うと、ラドウィンを連れて部屋を出る。
「容態は悪いですよ。領主様」
医者は疲れた様子で廊下の壁にもたれると、眼鏡をハンカチで拭いた。
彼が言うにはもって一ヶ月ほどか。
いや、一ヶ月も持てばむしろ良い方だろうと言うのだ。
「なんとかなりませんか?」
ラドウィンが聞くも医者は首を左右に振る。
「黒血病は原因すら不明なのです。治す手立てはありませんな」
黒血症は突如発症するが、その経路は不明であった。
食事が悪いとか、生活環境が悪いとか言われたり、中には魔物が運んでくるとか、信仰が足りないからだなんてまで言われていた。
罹患すればすなわち致死の恐るべき病。
死神の鎌である。
ラドウィンは蒼白な顔でミルランスの元へと戻ると、椅子をベッドの横に置いて指を組んだ。
静かに目を閉じて、悔しさに歯を噛み締めた。
またか.......また僕から幸せを奪うのかい?
ラドウィンの父は魔物との戦いで怪我をし、そこから黒血症を発症し、死んだのである。
唯一の血縁者を殺し、また愛する者を奪おうというラドウィンにとって黒血症とは最も因縁深き病であったといえる。
そして、それゆえに、黒血症が助かることの無い死神の鎌なのだとよく分かっていた。
ミルランスはもう助からない。
そして、お腹の子も.......。
その日からラドウィンは、モンタアナの政(まつりごと)の一切を町長トゥートゥーと補佐に付けたキルム以下諸将に任せて日々をミルランスと過ごした。
ミルランスはその日中のほとんどを昏睡状態で過ごす。
時折、激しく咳き込んで血を吐いたり、目や鼻から黒い血を流す時に目を覚ますくらいであった。
あるいは、酷くうなされてはハッと目を覚ます事が一日に数度あって、そんな時にラドウィンの顔を見ると心から安堵する。
「この幸せが夢なんじゃないかって怖いんだ」
強く手を握るラドウィンにミルランスが言う。
「幸せ?」
ラドウィンはミルランスがこんなに苦しんでいるのに幸せなんて言うから、思わず聞き返した。
だけど、ミルランスはやつれた顔をニコリと笑わせて「城の中より、あなたと一緒に居られるこの時間の方がずっと幸せ」と答えたのである。
そうだ。あの城の中で、権力のお飾りとして祀られるだけの日々。
権力争いに利用され、罪無き人々を断罪する苦痛の日々。
それに比べたら、例えどんなに苦しくとも自分を愛してくれている人が共に居てくれる今の方がよほど幸せだったのである。
ラドウィンはミルランスの柔らかな髪が生える頭を撫でて、「僕も君と居られて幸せだよ」と答えた。
するとミルランスは嬉しそうに笑って昏睡する。
ラドウィンはミルランスの頭を撫でたまま、さめざめと泣いた。
ラドウィンが幸せだなんて嘘だ。やっと愛する者を見つけたのに、こんな仕打ちを受けて幸せな訳がない。
無気力で無意味だった日々の暮らしにミルランスがやって来た結果が絶望だと言うなら、最初から幸せなどというものに触れたく無かった。
ラドウィンは苦しくて、辛くて、さめざめと泣く。
部屋の中をラドウィンの嗚咽だけが静かに響くのであった。
そんな彼の元に一人の男が現れたのは、幾日か後の事である。
行商人の男で、南はルルム、西は国境を超えてラクエンジ王国にまで渡るという。
アーランドラ帝国より西にはオルブテナ王国、そしてマルダーク王国、さらにラクエンジ王国と続いているので、三つの国にまたがる行商がどれほど広いのか良く分かろう。
彼はラクエンジの秘薬を持っており、売る事が出来るとラドウィンに伝えた。
その秘薬ならば黒血病にも効くことが出来ると言うのだ。
ただし、相当高い。
ラドウィンの持っている財産では到底買えない。
ばかりか、モンタアナの貯蓄を半分ははたいてようやく買えるかどうかという値段であった。
ラドウィンがその秘薬を買おうと思えば、つまり、町の貯蓄を横領せねばならない。
ラドウィンは悩んだ。
ミルランスの為に町の金に手を付けるのもやぶさかでは無かったのである。
「時間はまだまだございますからね。ゆっくりとお悩みなさいな。私は町の酒場におりますよ」
そのように言って商人は町へ降りた。
ラドウィンはしばらく悩み続ける。
それで、ミルランスがふと目を覚ました時に彼の悩みを見抜くので、ラドウィンは彼女に相談した。
「僕は君の為ならなんだってするんだ。だけど、この町の人達は皆良い人達で、裏切りたくなくて.......」
ミルランスはニコリと笑って、「あなたらしくないわよ」と息も絶え絶えで言った。
「ラドウィンはいつだって不真面目なフリをして人の為に生きてきたでしょう? 私はそんなあなたが好きなのよ」
ミルランスは自分なんかの為にラドウィンの手が汚れて欲しくなかった。
その言葉にラドウィンは心を押された。
強くミルランスの手を握ると、一言謝り、「僕もいつか行くから。その子と一生に先に待っててくれ」と伝える。
「うん。いつまでも待つよ」
ラドウィンは秘薬を買わないことにした。
そして、あの世で再び結ばれる決心をする。
それはきっと深く後悔する選択だと分かっていたけど、ミルランスを悲しませるような真似だけはしたくなかった。
その日の暮れにラドウィンの屋敷へと行商人が再び訪ねると、ラドウィンは断る。
魅力的な相談だったけど、縁は無かった。
これに行商人はムッとした顔をして、「後悔なさりませるな」と言うとラドウィンに背を向けて歩き出す。
この行商人、実を言うと詐欺師であった。
秘薬などというのは嘘も嘘の嘘っぱちなのだ。
そのような彼には大金をせしめる計画があった。
それは、このモンタアナで反乱を起こすというものだ。
詐欺師らしい舌先三寸の持ち主である彼は、大金を奪い、嘘が発覚する前に反乱と混乱を起こして逃げるのが得意である。
特にモンタアナは急激に膨れた人口から、噂に流されやすい人も多かった。
中にはラドウィンに悪意を持つ者も居たのである。
この行商人を騙る詐欺師は、既にその計画を進めていた。
かつて、まだ小さな集落だったモンタアナなら、どんな噂があろうと決してラドウィンを疑うような真似はしなかったのだが、今は違う。
モンタアナに燻る火種は詐欺師によって燃え上がろうとしていた。
モンタアナでは既に、ラドウィンが黒血病の秘薬を、町の貯蓄から横領した金で買ったなどと噂されていたのである。
やがて人々が二つに分かれるのに、二日と時間を有さなかった。
ラドウィンがそんな事をする訳ないという人々と、火のない所に煙は立たないという人々だ。
もちろん、昔からモンタアナに住まう人々はラドウィンを信じていたが。
だが、それ故に、ラドウィンを酷く侮辱する人々を彼らは許せなかった。
殴り合いの喧嘩なんてまだ優しいものだ。
あまりにもラドウィンに酷く言う人を、カッと頭に血が上った衛兵が斬ってしまった事件まで起こった。
この事件が不味かった。
噂が噂を呼び、ラドウィンは衛兵を完全に私物化して支配的な政治を敷いているのだと反ラドウィン派の人々は口にする。
六月初頭。
暑い空気と涼しい風。
日が暮れ、月がまどろむ夜。
人々は松明を掲げ、モンタアナ町長トゥートゥーの屋敷へと詰めかけた。
この時にはもうとうに、例の詐欺師はモンタアナから出て行っていたが、彼の残した火種は一人手に大きく燃え上がっている。
トゥートゥーはベッドから跳ね起きて、事態は分からないなりに屋敷から脱出しようとしたが、既に裏口にまで松明を掲げた人々が包囲していたのである。
人々は言う「町長はラドウィンの味方か!」と。
トゥートゥーは跪き、両手を合わせて「神に誓って、私はラドウィンの行いを知りませぬ。この老体は平穏無事な日々を願うばかり。なぜ彼の不正に協力しましょうか」と、ラドウィンとの協力関係を否定した。
すると人々は、ラドウィンの味方でないなら、彼を糾弾する手伝いをせよと命ずるので、命の危険を感じたトゥートゥーは嫌々ながら、ラドウィンを糾弾する手紙を書く。
短い文書で「モンタアナ辺境伯ラドウィンは横領をしている」という程度のものだ。
人々はその手紙を即座にトゥートゥーからひったくると、ラドウィンの屋敷へ向けて歩きながら「ラドウィンは我らの金を横領している。トゥートゥーが証人だ!」と叫びながら、その文面を大きな声で読んだ。
このような騒ぎに、真っ先に動いたのはタッガルである。
彼は騒ぎと、そして煌々と燃える松明の列を見るやいなや、鎧と槍を手に衛兵達を連れてその行く手を遮った。
彼らは衛兵を指さす。
「見ろ! 民を守る為の衛兵がもはやラドウィンの手先だ」
タッガルは口ひげから白い歯を見せて「何を馬鹿げた事を言うか!」と怒った。
もはや一触即発の状態で、いつ衛兵と暴動が衝突するのか分かったものではない。
さてその頃、ラドウィンの屋敷では、屋敷の扉を勢いよく開けて中へと飛び込んだのが三人居た。
一人はラドウィンの参謀であるキルム。
もう二人は、カルチュアとガッツォンである。
故郷からモンタアナへと亡命していたカルチュアは、一体全体どういう事態なのかとキルムに詰め寄った。
彼女はモンタアナで毎日、お茶とお菓子を食べる優雅な暮らしを続けていたが、よもやこのような事態に遭遇するだなんて思わなかったのだ。
絶対に安全だと思っていたのに暴動だなんて文句の一つでも言いたい。
そんなカルチュアにガッツォンまで加わって「姫を危険な目に遭わせたらただでは済まさないぞ」と喚くので、キルムは面倒臭そうに「今は黙ってて下さい!」とラドウィンが居るだろう部屋へと向かった。
ラドウィンは相変わらず、ミルランスの隣に座って彼女の顔を見ている。
ミルランスの頬には真っ黒なカサブタじみた痣が広がっていた。
咳き込んで喀血(かっけつ)するミルランスの体を横にして、口を拭ってあげている。
彼女はもう長くは無いだろう。
「やあキルム。それにカルチュア様も、よくおいで下さいました」
悠長な態度だ。
キルムは外が大変なのだとラドウィンに詰め寄るのだが、ラドウィンは小さく笑って「分かっているよ」と言うだけだ。
もう昔の頃の、やる気も気力もないラドウィンに戻っていた。
「ラドウィン様。ミルランス様を連れて逃げて下さい。アーモが護衛で馬車を操ります」
キルムは既にアーモと馬車を用意している。
アーモはラドウィンへの忠誠心厚い男であるし、剛力の彼は護衛にうってつけだ。
だが、ラドウィンは、今逃げたら暴動が取り返しのつかない事になるだろうと考え、逃げないと答えた。
「全部の責任は僕が被るよ」
「ですがラドウィン様。民衆は興奮していて危険です。なにをされるか分からないじゃないですか!」
「仕方ないさ。このままじゃ民衆が二つに分かれて衝突するだろう。その混乱はやがて、僕の領内を二分割にする争いとなるだろう」
同じ領内で血を流す戦いになるくらいなら、全ての罪を被って罰を受けようとラドウィンは思う。
その意思があまりに固くて、キルムが閉口した時だ。
カツカツと絨毯をハイヒールの踵が突く鈍い音が響いた。
その足音にラドウィンが目を向けた直後、その頬が派手に叩かれる。
パシンとはたかれたラドウィンは頬を赤くしながら、驚いた顔でその人を見た。
カルチュアだ。
不機嫌にツンと唇を尖らせている。
「馬鹿な事を言わないでよ.......。この子の気持ちはどうなるの。あんたと一緒に居たいって願ってるんでしょ! あなたのその考えは自己陶酔じゃないの!」
カルチュアは怒って、ラドウィンのやる事がただ自分に酔っているだけだと詰(なじ)ったのである。
ラドウィンは痛い所を突かれたような気がしたが「だけど、僕が居なくなった時に誰が彼らを纏められるんだ?」と反論した。
ラドウィンが居なくなれば、民衆は振り上げた拳の落とし所が無くなる。
そうなった時に、対立した人々で拳を振り下ろす事となるだろう。
彼らをコントロールするには、余程のカリスマが必要になる。
そして、そのような人は居なかった。
せめて、正統な領主としての資格を持つ、貴族の血筋があれば良かったが、そのような人が思い当たらない。
なので、ラドウィンが犠牲になるしかなかった。
そう思っていた所で、「まあ! 酷い侮辱ですわ!」とカルチュアが驚く。
「貴族の血筋なら、私が居るじゃあないの!」
これにハッと驚くのはガッツォン。
なぜなら、この混乱に巻き込まれる前に逃げようと考えていたガッツォンは、ラドウィンらの乗る馬車に便乗するつもりだった。
ところが、カルチュアは、このような混乱を鎮めて見せようというのだから堪らない。
「お嬢様、お待ちください」
ガッツォンが異を唱えたが、カルチュアは聞かなかった。
そもそも、カルチュアは自らの血筋を高貴な血だと信じていたので、領土の一つも持っていないのが不服だった。
まあ片田舎とはいえ、ラドウィンの持っていた広い領土を貰えるなら我慢してやろうかという気持ちだったのである。
これにラドウィンは苦笑したが、しかし、確かにカルチュアの父トルノットはカルバーラ地方のサスパランドを治めていた貴族。
その血を引くカルチュアならば、新領主として身を置く正統性も立とう。
ラドウィンとキルムは互いに顔を見合わせて、そして、すぐに筋書きが出来上がった。
「キルム。君は僕を弾劾するのだ」
「ええ、ええ、分かっております。そしてすぐにでもカルチュアに争いを止めさせましょう」
ラドウィンの右腕であるキルムに、ラドウィン自身を弾劾させよう。
そうしてからカルチュアを新領主として、その貴族としての血を正統として立てる。
そうして、居なくなったラドウィンに全ての罪を着せつつ、争いを納めようじゃないかと考えた。
「危険だ!」と口を挟むのはガッツォン。
所詮そんなのは机上の空論。
失敗したら、その矛先がカルチュアに向くのだから、彼が賛成出来るわけがない。
だけど、カルチュア自身、「お父様の娘が私なの」と自身たっぷりであった。
当時の気質として、血の正統性というものが重視されていたからである。
親が偉大なら子も偉大。
親が有能ならば子も有能に違いないという風潮があったのだ。
カルチュアは貴族らしい貴族だったので、父がサスパランドを治められたのだから自分だってモンタアナを治められるに決まっていると信じていた。
ラドウィンはそんな彼女の無根拠な自身を見ると苦笑し、キルムに、カルチュアをよく補佐するよう耳打ちする。
そしてまたキルムも肝に銘じたのである。
こうしてラドウィンはミルランスを抱えて屋敷の裏口へと出た。
馬車があって、御者台に座る男が黒い布を全身に巻いた大きな体を小さく縮こませている。
一目でアーモだと分かるが、彼なりに正体を隠す努力をしているようだ。
毛布にくるんだミルランスを馬車の座席に横たわらせると、アーモが馬を進める。
「あとは任せました」
ゆっくりと進み始めた馬車からラドウィンがカルチュアに言う。
彼女はくいと顎を上げて「心配いらないわ」と不敵に微笑んだ。
全く根拠のない自信であるが、こうも自信満々であればむしろ心強い。
ラドウィンも、何だか理由は無いけど彼女なら大丈夫な気がしてきた。
彼女の隣に立つキルムを見て、互いに何も言わずに頷き合うと、ラドウィン達は森の闇へと姿を消すのである。
それからカルチュアとキルムは町へと足を運んだ。
さて、この二人、実を言うと全く相性が悪い。
カルチュアは血筋を尊重し、自信に満ちているが、手段や方法を全く考えていなかった。
一方のキルムは一般的な農家の出で、理由や経緯を深く考えるが、血筋などという理由無いものを尊重する気がなかったのである。
暴動と衛兵達が睨み合う場所へと向かいながら、早速二人は激しく口論する事となった。
カルチュアは自分が新領主だと名乗り上げればそれで全てが解決するだろうなどと言うので、キルムが呆れ果てた事が発端だ。
とにかくキルムはカルチュアをどこか小馬鹿にしていたし、カルチュアはそんなキルムの態度に腹を立てた。
しかしながら、この二人の相性が悪かったものの、それは当人だけの問題ではあった。
二人が暴動の前に現れ、キルムがまず全ての責任をラドウィンに押し付けた所でカルチュアが新領主になるのだと名乗りあげた所、たちまち暴動がおさまったのである。
驚く程に予想以上にすんなりとおさまったのだ。
キルムの弁舌は理論的に人を納得させる事が出来たのだが、そこにカルチュアの自信満々な態度と血の正統性が合わさったため、人を感情的な部分で納得させることが出来たのである。
つまり、人としてまっこと正反対な二人であるがゆえに、互いの欠点を補えたとも言えた。
もちろん、カルチュアは計画性や統治に関する展望が全く無かったので、彼女の補佐をするキルムの苦労たるや想像に難くなかった。
暴動を沈静化できて、ガッツォンから褒められているカルチュア。
彼女は得意げに笑っているのだが、そんなカルチュアを見るキルムは、ラドウィンを信じていた人達への対応の苦慮を考えながらゲンナリとするのであった。
悪意のある人は居なかった。
それぞれの人々が、魔物の潜む森を切り拓く為に手を取り合い、思い遣りを持っていたものだ。
ところが今はどうだろう。
流入する人々、肥大化する人口。
確かに裕福にはなったけれど、悪意を持った人々はモンタアナにやって来ていた。
かつてモンタアナに居たゴズもそうだったように。
そんな悪意は灰の下で燻(くすぶ)る火種のようにモンタアナで息を潜めていたのだ。
ラドウィンはそんな悪意に気付くよしも無く、モンタアナへと戻ったのである。
馬を飛ばして息せき切って屋敷に戻ると、ミルランスは医者や近所の婦人達に囲まれて容態を診られている所であった。
彼女のお腹はぽっこりと膨らんでいる。
妊娠にしては大きくなるのが早かった。
これは赤子では無く、腹水によるものだ。
顔は土気色で、苦痛からか冷や汗を流して苦しそうに喘いでいた。
腕を見ると、既に黒いカサブタのようなものが浮かび上がっている。
黒血症の症状と一致するものだ。
婦人の一人がミルランスに、ラドウィンが帰ってきたと耳打ちすると、ミルランスは苦しそうに瞼を開けた。
「あなた.......」
声を出すのも苦しそうだ。
だが、声を出せるだけでも幸せかもしれない。
なにせ昨夜は酷く吐血し、声を出す所の話では無かったのである。
むしろ今は良くなっているくらいだ。
「ああ、きっと幻よね? あなたがここにいるわけないもの」
ミルランスは戦地に出たはずのラドウィンがいるわけないと思っている。
ラドウィンはそんなミルランスの手を握った。
ここに居るよと、幻じゃないよと、「僕が傍に居るんだから安心してくれ。お腹に僕達の子が居るんだから、ここが踏ん張りどころだよ」と励ますのだ。
ミルランスは安堵したのかポロポロと泣き出して、「夢じゃないの? 本当にそこにいるの?」とラドウィンの顔に手を伸ばして頬を撫でた。
「いつもね.......いつもあなたがここに立っているのに、目が覚めるとどこにも居なくて.......。一人は怖いよ.......」
重病の中、死を感じながらベッドに一人で横たわる気持ちとはいかほどあろうや。
絶望と恐怖にいつ心が折れてもおかしくなかった。
「もう大丈夫」
ラドウィンはミルランスの手を強く握る。
「どこにも行かない。君が目覚めたら、僕はいつでもここに居るよ」
ミルランスはその言葉を聞くとホッと安堵して目を閉じると深い眠りに落ちた。
丸い眼鏡を掛けている医者はミルランスの胸を打診していたが、「昏睡ですね」と言うと、ラドウィンを連れて部屋を出る。
「容態は悪いですよ。領主様」
医者は疲れた様子で廊下の壁にもたれると、眼鏡をハンカチで拭いた。
彼が言うにはもって一ヶ月ほどか。
いや、一ヶ月も持てばむしろ良い方だろうと言うのだ。
「なんとかなりませんか?」
ラドウィンが聞くも医者は首を左右に振る。
「黒血病は原因すら不明なのです。治す手立てはありませんな」
黒血症は突如発症するが、その経路は不明であった。
食事が悪いとか、生活環境が悪いとか言われたり、中には魔物が運んでくるとか、信仰が足りないからだなんてまで言われていた。
罹患すればすなわち致死の恐るべき病。
死神の鎌である。
ラドウィンは蒼白な顔でミルランスの元へと戻ると、椅子をベッドの横に置いて指を組んだ。
静かに目を閉じて、悔しさに歯を噛み締めた。
またか.......また僕から幸せを奪うのかい?
ラドウィンの父は魔物との戦いで怪我をし、そこから黒血症を発症し、死んだのである。
唯一の血縁者を殺し、また愛する者を奪おうというラドウィンにとって黒血症とは最も因縁深き病であったといえる。
そして、それゆえに、黒血症が助かることの無い死神の鎌なのだとよく分かっていた。
ミルランスはもう助からない。
そして、お腹の子も.......。
その日からラドウィンは、モンタアナの政(まつりごと)の一切を町長トゥートゥーと補佐に付けたキルム以下諸将に任せて日々をミルランスと過ごした。
ミルランスはその日中のほとんどを昏睡状態で過ごす。
時折、激しく咳き込んで血を吐いたり、目や鼻から黒い血を流す時に目を覚ますくらいであった。
あるいは、酷くうなされてはハッと目を覚ます事が一日に数度あって、そんな時にラドウィンの顔を見ると心から安堵する。
「この幸せが夢なんじゃないかって怖いんだ」
強く手を握るラドウィンにミルランスが言う。
「幸せ?」
ラドウィンはミルランスがこんなに苦しんでいるのに幸せなんて言うから、思わず聞き返した。
だけど、ミルランスはやつれた顔をニコリと笑わせて「城の中より、あなたと一緒に居られるこの時間の方がずっと幸せ」と答えたのである。
そうだ。あの城の中で、権力のお飾りとして祀られるだけの日々。
権力争いに利用され、罪無き人々を断罪する苦痛の日々。
それに比べたら、例えどんなに苦しくとも自分を愛してくれている人が共に居てくれる今の方がよほど幸せだったのである。
ラドウィンはミルランスの柔らかな髪が生える頭を撫でて、「僕も君と居られて幸せだよ」と答えた。
するとミルランスは嬉しそうに笑って昏睡する。
ラドウィンはミルランスの頭を撫でたまま、さめざめと泣いた。
ラドウィンが幸せだなんて嘘だ。やっと愛する者を見つけたのに、こんな仕打ちを受けて幸せな訳がない。
無気力で無意味だった日々の暮らしにミルランスがやって来た結果が絶望だと言うなら、最初から幸せなどというものに触れたく無かった。
ラドウィンは苦しくて、辛くて、さめざめと泣く。
部屋の中をラドウィンの嗚咽だけが静かに響くのであった。
そんな彼の元に一人の男が現れたのは、幾日か後の事である。
行商人の男で、南はルルム、西は国境を超えてラクエンジ王国にまで渡るという。
アーランドラ帝国より西にはオルブテナ王国、そしてマルダーク王国、さらにラクエンジ王国と続いているので、三つの国にまたがる行商がどれほど広いのか良く分かろう。
彼はラクエンジの秘薬を持っており、売る事が出来るとラドウィンに伝えた。
その秘薬ならば黒血病にも効くことが出来ると言うのだ。
ただし、相当高い。
ラドウィンの持っている財産では到底買えない。
ばかりか、モンタアナの貯蓄を半分ははたいてようやく買えるかどうかという値段であった。
ラドウィンがその秘薬を買おうと思えば、つまり、町の貯蓄を横領せねばならない。
ラドウィンは悩んだ。
ミルランスの為に町の金に手を付けるのもやぶさかでは無かったのである。
「時間はまだまだございますからね。ゆっくりとお悩みなさいな。私は町の酒場におりますよ」
そのように言って商人は町へ降りた。
ラドウィンはしばらく悩み続ける。
それで、ミルランスがふと目を覚ました時に彼の悩みを見抜くので、ラドウィンは彼女に相談した。
「僕は君の為ならなんだってするんだ。だけど、この町の人達は皆良い人達で、裏切りたくなくて.......」
ミルランスはニコリと笑って、「あなたらしくないわよ」と息も絶え絶えで言った。
「ラドウィンはいつだって不真面目なフリをして人の為に生きてきたでしょう? 私はそんなあなたが好きなのよ」
ミルランスは自分なんかの為にラドウィンの手が汚れて欲しくなかった。
その言葉にラドウィンは心を押された。
強くミルランスの手を握ると、一言謝り、「僕もいつか行くから。その子と一生に先に待っててくれ」と伝える。
「うん。いつまでも待つよ」
ラドウィンは秘薬を買わないことにした。
そして、あの世で再び結ばれる決心をする。
それはきっと深く後悔する選択だと分かっていたけど、ミルランスを悲しませるような真似だけはしたくなかった。
その日の暮れにラドウィンの屋敷へと行商人が再び訪ねると、ラドウィンは断る。
魅力的な相談だったけど、縁は無かった。
これに行商人はムッとした顔をして、「後悔なさりませるな」と言うとラドウィンに背を向けて歩き出す。
この行商人、実を言うと詐欺師であった。
秘薬などというのは嘘も嘘の嘘っぱちなのだ。
そのような彼には大金をせしめる計画があった。
それは、このモンタアナで反乱を起こすというものだ。
詐欺師らしい舌先三寸の持ち主である彼は、大金を奪い、嘘が発覚する前に反乱と混乱を起こして逃げるのが得意である。
特にモンタアナは急激に膨れた人口から、噂に流されやすい人も多かった。
中にはラドウィンに悪意を持つ者も居たのである。
この行商人を騙る詐欺師は、既にその計画を進めていた。
かつて、まだ小さな集落だったモンタアナなら、どんな噂があろうと決してラドウィンを疑うような真似はしなかったのだが、今は違う。
モンタアナに燻る火種は詐欺師によって燃え上がろうとしていた。
モンタアナでは既に、ラドウィンが黒血病の秘薬を、町の貯蓄から横領した金で買ったなどと噂されていたのである。
やがて人々が二つに分かれるのに、二日と時間を有さなかった。
ラドウィンがそんな事をする訳ないという人々と、火のない所に煙は立たないという人々だ。
もちろん、昔からモンタアナに住まう人々はラドウィンを信じていたが。
だが、それ故に、ラドウィンを酷く侮辱する人々を彼らは許せなかった。
殴り合いの喧嘩なんてまだ優しいものだ。
あまりにもラドウィンに酷く言う人を、カッと頭に血が上った衛兵が斬ってしまった事件まで起こった。
この事件が不味かった。
噂が噂を呼び、ラドウィンは衛兵を完全に私物化して支配的な政治を敷いているのだと反ラドウィン派の人々は口にする。
六月初頭。
暑い空気と涼しい風。
日が暮れ、月がまどろむ夜。
人々は松明を掲げ、モンタアナ町長トゥートゥーの屋敷へと詰めかけた。
この時にはもうとうに、例の詐欺師はモンタアナから出て行っていたが、彼の残した火種は一人手に大きく燃え上がっている。
トゥートゥーはベッドから跳ね起きて、事態は分からないなりに屋敷から脱出しようとしたが、既に裏口にまで松明を掲げた人々が包囲していたのである。
人々は言う「町長はラドウィンの味方か!」と。
トゥートゥーは跪き、両手を合わせて「神に誓って、私はラドウィンの行いを知りませぬ。この老体は平穏無事な日々を願うばかり。なぜ彼の不正に協力しましょうか」と、ラドウィンとの協力関係を否定した。
すると人々は、ラドウィンの味方でないなら、彼を糾弾する手伝いをせよと命ずるので、命の危険を感じたトゥートゥーは嫌々ながら、ラドウィンを糾弾する手紙を書く。
短い文書で「モンタアナ辺境伯ラドウィンは横領をしている」という程度のものだ。
人々はその手紙を即座にトゥートゥーからひったくると、ラドウィンの屋敷へ向けて歩きながら「ラドウィンは我らの金を横領している。トゥートゥーが証人だ!」と叫びながら、その文面を大きな声で読んだ。
このような騒ぎに、真っ先に動いたのはタッガルである。
彼は騒ぎと、そして煌々と燃える松明の列を見るやいなや、鎧と槍を手に衛兵達を連れてその行く手を遮った。
彼らは衛兵を指さす。
「見ろ! 民を守る為の衛兵がもはやラドウィンの手先だ」
タッガルは口ひげから白い歯を見せて「何を馬鹿げた事を言うか!」と怒った。
もはや一触即発の状態で、いつ衛兵と暴動が衝突するのか分かったものではない。
さてその頃、ラドウィンの屋敷では、屋敷の扉を勢いよく開けて中へと飛び込んだのが三人居た。
一人はラドウィンの参謀であるキルム。
もう二人は、カルチュアとガッツォンである。
故郷からモンタアナへと亡命していたカルチュアは、一体全体どういう事態なのかとキルムに詰め寄った。
彼女はモンタアナで毎日、お茶とお菓子を食べる優雅な暮らしを続けていたが、よもやこのような事態に遭遇するだなんて思わなかったのだ。
絶対に安全だと思っていたのに暴動だなんて文句の一つでも言いたい。
そんなカルチュアにガッツォンまで加わって「姫を危険な目に遭わせたらただでは済まさないぞ」と喚くので、キルムは面倒臭そうに「今は黙ってて下さい!」とラドウィンが居るだろう部屋へと向かった。
ラドウィンは相変わらず、ミルランスの隣に座って彼女の顔を見ている。
ミルランスの頬には真っ黒なカサブタじみた痣が広がっていた。
咳き込んで喀血(かっけつ)するミルランスの体を横にして、口を拭ってあげている。
彼女はもう長くは無いだろう。
「やあキルム。それにカルチュア様も、よくおいで下さいました」
悠長な態度だ。
キルムは外が大変なのだとラドウィンに詰め寄るのだが、ラドウィンは小さく笑って「分かっているよ」と言うだけだ。
もう昔の頃の、やる気も気力もないラドウィンに戻っていた。
「ラドウィン様。ミルランス様を連れて逃げて下さい。アーモが護衛で馬車を操ります」
キルムは既にアーモと馬車を用意している。
アーモはラドウィンへの忠誠心厚い男であるし、剛力の彼は護衛にうってつけだ。
だが、ラドウィンは、今逃げたら暴動が取り返しのつかない事になるだろうと考え、逃げないと答えた。
「全部の責任は僕が被るよ」
「ですがラドウィン様。民衆は興奮していて危険です。なにをされるか分からないじゃないですか!」
「仕方ないさ。このままじゃ民衆が二つに分かれて衝突するだろう。その混乱はやがて、僕の領内を二分割にする争いとなるだろう」
同じ領内で血を流す戦いになるくらいなら、全ての罪を被って罰を受けようとラドウィンは思う。
その意思があまりに固くて、キルムが閉口した時だ。
カツカツと絨毯をハイヒールの踵が突く鈍い音が響いた。
その足音にラドウィンが目を向けた直後、その頬が派手に叩かれる。
パシンとはたかれたラドウィンは頬を赤くしながら、驚いた顔でその人を見た。
カルチュアだ。
不機嫌にツンと唇を尖らせている。
「馬鹿な事を言わないでよ.......。この子の気持ちはどうなるの。あんたと一緒に居たいって願ってるんでしょ! あなたのその考えは自己陶酔じゃないの!」
カルチュアは怒って、ラドウィンのやる事がただ自分に酔っているだけだと詰(なじ)ったのである。
ラドウィンは痛い所を突かれたような気がしたが「だけど、僕が居なくなった時に誰が彼らを纏められるんだ?」と反論した。
ラドウィンが居なくなれば、民衆は振り上げた拳の落とし所が無くなる。
そうなった時に、対立した人々で拳を振り下ろす事となるだろう。
彼らをコントロールするには、余程のカリスマが必要になる。
そして、そのような人は居なかった。
せめて、正統な領主としての資格を持つ、貴族の血筋があれば良かったが、そのような人が思い当たらない。
なので、ラドウィンが犠牲になるしかなかった。
そう思っていた所で、「まあ! 酷い侮辱ですわ!」とカルチュアが驚く。
「貴族の血筋なら、私が居るじゃあないの!」
これにハッと驚くのはガッツォン。
なぜなら、この混乱に巻き込まれる前に逃げようと考えていたガッツォンは、ラドウィンらの乗る馬車に便乗するつもりだった。
ところが、カルチュアは、このような混乱を鎮めて見せようというのだから堪らない。
「お嬢様、お待ちください」
ガッツォンが異を唱えたが、カルチュアは聞かなかった。
そもそも、カルチュアは自らの血筋を高貴な血だと信じていたので、領土の一つも持っていないのが不服だった。
まあ片田舎とはいえ、ラドウィンの持っていた広い領土を貰えるなら我慢してやろうかという気持ちだったのである。
これにラドウィンは苦笑したが、しかし、確かにカルチュアの父トルノットはカルバーラ地方のサスパランドを治めていた貴族。
その血を引くカルチュアならば、新領主として身を置く正統性も立とう。
ラドウィンとキルムは互いに顔を見合わせて、そして、すぐに筋書きが出来上がった。
「キルム。君は僕を弾劾するのだ」
「ええ、ええ、分かっております。そしてすぐにでもカルチュアに争いを止めさせましょう」
ラドウィンの右腕であるキルムに、ラドウィン自身を弾劾させよう。
そうしてからカルチュアを新領主として、その貴族としての血を正統として立てる。
そうして、居なくなったラドウィンに全ての罪を着せつつ、争いを納めようじゃないかと考えた。
「危険だ!」と口を挟むのはガッツォン。
所詮そんなのは机上の空論。
失敗したら、その矛先がカルチュアに向くのだから、彼が賛成出来るわけがない。
だけど、カルチュア自身、「お父様の娘が私なの」と自身たっぷりであった。
当時の気質として、血の正統性というものが重視されていたからである。
親が偉大なら子も偉大。
親が有能ならば子も有能に違いないという風潮があったのだ。
カルチュアは貴族らしい貴族だったので、父がサスパランドを治められたのだから自分だってモンタアナを治められるに決まっていると信じていた。
ラドウィンはそんな彼女の無根拠な自身を見ると苦笑し、キルムに、カルチュアをよく補佐するよう耳打ちする。
そしてまたキルムも肝に銘じたのである。
こうしてラドウィンはミルランスを抱えて屋敷の裏口へと出た。
馬車があって、御者台に座る男が黒い布を全身に巻いた大きな体を小さく縮こませている。
一目でアーモだと分かるが、彼なりに正体を隠す努力をしているようだ。
毛布にくるんだミルランスを馬車の座席に横たわらせると、アーモが馬を進める。
「あとは任せました」
ゆっくりと進み始めた馬車からラドウィンがカルチュアに言う。
彼女はくいと顎を上げて「心配いらないわ」と不敵に微笑んだ。
全く根拠のない自信であるが、こうも自信満々であればむしろ心強い。
ラドウィンも、何だか理由は無いけど彼女なら大丈夫な気がしてきた。
彼女の隣に立つキルムを見て、互いに何も言わずに頷き合うと、ラドウィン達は森の闇へと姿を消すのである。
それからカルチュアとキルムは町へと足を運んだ。
さて、この二人、実を言うと全く相性が悪い。
カルチュアは血筋を尊重し、自信に満ちているが、手段や方法を全く考えていなかった。
一方のキルムは一般的な農家の出で、理由や経緯を深く考えるが、血筋などという理由無いものを尊重する気がなかったのである。
暴動と衛兵達が睨み合う場所へと向かいながら、早速二人は激しく口論する事となった。
カルチュアは自分が新領主だと名乗り上げればそれで全てが解決するだろうなどと言うので、キルムが呆れ果てた事が発端だ。
とにかくキルムはカルチュアをどこか小馬鹿にしていたし、カルチュアはそんなキルムの態度に腹を立てた。
しかしながら、この二人の相性が悪かったものの、それは当人だけの問題ではあった。
二人が暴動の前に現れ、キルムがまず全ての責任をラドウィンに押し付けた所でカルチュアが新領主になるのだと名乗りあげた所、たちまち暴動がおさまったのである。
驚く程に予想以上にすんなりとおさまったのだ。
キルムの弁舌は理論的に人を納得させる事が出来たのだが、そこにカルチュアの自信満々な態度と血の正統性が合わさったため、人を感情的な部分で納得させることが出来たのである。
つまり、人としてまっこと正反対な二人であるがゆえに、互いの欠点を補えたとも言えた。
もちろん、カルチュアは計画性や統治に関する展望が全く無かったので、彼女の補佐をするキルムの苦労たるや想像に難くなかった。
暴動を沈静化できて、ガッツォンから褒められているカルチュア。
彼女は得意げに笑っているのだが、そんなカルチュアを見るキルムは、ラドウィンを信じていた人達への対応の苦慮を考えながらゲンナリとするのであった。
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