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??? 編
旅をする生命 その1
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一期一会。生涯に一度のみの機会であることを意味し、人生においてひとつひとつを貴重な一度限りの機会と意識して専念する信条。
それは私の座右の銘だ。一人ひとりの出会いを大切にして、一食を噛み締め、一分一秒に感謝した。
彼女と出会ってから、私はそうなった。
「そう言えば鎌田さんって何で死んじゃったんですか?」
「・・・電車で、色々ありまして。」
「あっ、じゃあ交通事故仲間ですね。」
「妙な括りですね。」
聞き慣れた声の世間話が聞こえてくる。自分たち以外の姿は何も見えない黒い世界。死後の世界。
私という男は元々生きている人間だ。しかし、この世界が私の住む世界なのではないかと感じてしまうほどには、私はここに何度も来ていた。
「どうも、鎌田さん、巡谷さん。」
「あっ、どうも。人生、如何でしたか?」
気さくに挨拶を交わしてくれる。もし彼女たちに顔馴染みや常連という概念があるのだとすれば、私はそれに該当するのだろう。
「今回もとても充実した人生でした。多くの人の病を癒し、最期は沢山の人に感謝を受けながら看取られた。
ですが・・・やはり、彼女は居ませんでした。」
「そう、ですか。申し訳ありません。いつもお力になれず。」
「いえ、私が無理を言っているだけですので。」
転生カンパニーの転生サポートにも限度がある。その世界で富や力を得ることは出来ても、流石に全能ではない。
私はその、謂わば『対処できない事例』だった。
2人はどこから取り出したのか、膨大な資料の海を掻き分けるように書類に目を通している。ここまで迷惑をかけると申し訳なく思うが、どうしても、これだけはこの生命をもって譲れなかった。
彼女に、たった1人のある女性に会いたい。
私は、その名も知らぬ女性を探して転生を繰り返していた。すでに何度死んだか覚えていない。
「やっぱり名前も分からない人を探すとなると、かなり難しいですね。」
「一般的に世界の人口は60億から80億人。そんな人数を内包した世界がまた何百何千とあるんです。その中からたった1人の人間を探すのですから、それは至難でしょう。」
また、私が会った時には女性だったが、次も女性とは限らない。そうなればいよいよ特定など出来ない。元々無謀な旅だった。
私はどうしてここまで彼女に固執しているのか。度々忘れそうになる。
それはもうだいぶ昔の記憶。9回前の人生の記憶。
私にとってその人生がどんなものだったか、実はよく覚えていない。
ただ、子どもながらに孤独だった。原因はどうあれ人と話すのが苦手で、女々しく情けない奴だと親からも同級の友からも言われていた気がする。
友と表したが、仲の良い者がいたわけではなかった。
だからこそ、かも知れない。あの頃家の近くにある山に咲いていた、枝垂れ桜がとても印象に残っている。
孤独に耐えきれなくなったとき、私はよくその山を登った。しかし子どもの体力だ。山に行くにも限界があり、中腹の桜の木の下までが精一杯だった。
「・・・今日も、来たよ。」
桜だけが友達だった、などと言ってはおかしなものだと思うだろう。しかし、事実私の声に応えるのは蕾をつけた3月の桜だけだった。
もうすぐ花開き始めるであろう蕾が風に揺れる。
「何やってんだろ、俺・・・」
木にもたれて木漏れ日を浴びる。春の微睡みにゆっくりと身を落とす。私にとって、その時間だけが安らぎと呼べるものだった。
投げる声も帰らない、静かな空間。
その静寂を纏って、彼女は私に笑いかけた。
「こんにちは。今日も、来たんだね。」
それは私の座右の銘だ。一人ひとりの出会いを大切にして、一食を噛み締め、一分一秒に感謝した。
彼女と出会ってから、私はそうなった。
「そう言えば鎌田さんって何で死んじゃったんですか?」
「・・・電車で、色々ありまして。」
「あっ、じゃあ交通事故仲間ですね。」
「妙な括りですね。」
聞き慣れた声の世間話が聞こえてくる。自分たち以外の姿は何も見えない黒い世界。死後の世界。
私という男は元々生きている人間だ。しかし、この世界が私の住む世界なのではないかと感じてしまうほどには、私はここに何度も来ていた。
「どうも、鎌田さん、巡谷さん。」
「あっ、どうも。人生、如何でしたか?」
気さくに挨拶を交わしてくれる。もし彼女たちに顔馴染みや常連という概念があるのだとすれば、私はそれに該当するのだろう。
「今回もとても充実した人生でした。多くの人の病を癒し、最期は沢山の人に感謝を受けながら看取られた。
ですが・・・やはり、彼女は居ませんでした。」
「そう、ですか。申し訳ありません。いつもお力になれず。」
「いえ、私が無理を言っているだけですので。」
転生カンパニーの転生サポートにも限度がある。その世界で富や力を得ることは出来ても、流石に全能ではない。
私はその、謂わば『対処できない事例』だった。
2人はどこから取り出したのか、膨大な資料の海を掻き分けるように書類に目を通している。ここまで迷惑をかけると申し訳なく思うが、どうしても、これだけはこの生命をもって譲れなかった。
彼女に、たった1人のある女性に会いたい。
私は、その名も知らぬ女性を探して転生を繰り返していた。すでに何度死んだか覚えていない。
「やっぱり名前も分からない人を探すとなると、かなり難しいですね。」
「一般的に世界の人口は60億から80億人。そんな人数を内包した世界がまた何百何千とあるんです。その中からたった1人の人間を探すのですから、それは至難でしょう。」
また、私が会った時には女性だったが、次も女性とは限らない。そうなればいよいよ特定など出来ない。元々無謀な旅だった。
私はどうしてここまで彼女に固執しているのか。度々忘れそうになる。
それはもうだいぶ昔の記憶。9回前の人生の記憶。
私にとってその人生がどんなものだったか、実はよく覚えていない。
ただ、子どもながらに孤独だった。原因はどうあれ人と話すのが苦手で、女々しく情けない奴だと親からも同級の友からも言われていた気がする。
友と表したが、仲の良い者がいたわけではなかった。
だからこそ、かも知れない。あの頃家の近くにある山に咲いていた、枝垂れ桜がとても印象に残っている。
孤独に耐えきれなくなったとき、私はよくその山を登った。しかし子どもの体力だ。山に行くにも限界があり、中腹の桜の木の下までが精一杯だった。
「・・・今日も、来たよ。」
桜だけが友達だった、などと言ってはおかしなものだと思うだろう。しかし、事実私の声に応えるのは蕾をつけた3月の桜だけだった。
もうすぐ花開き始めるであろう蕾が風に揺れる。
「何やってんだろ、俺・・・」
木にもたれて木漏れ日を浴びる。春の微睡みにゆっくりと身を落とす。私にとって、その時間だけが安らぎと呼べるものだった。
投げる声も帰らない、静かな空間。
その静寂を纏って、彼女は私に笑いかけた。
「こんにちは。今日も、来たんだね。」
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