異世界転生カンパニー

チベ アキラ

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??? 編

旅をする生命 その2

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 人の人生とは、価値観とは、ひとつキッカケがあれば大きく塗り替わる。黒が白になり、白が赤になり、赤が青になる。その変化は大抵、突然だ。
私は彼女に出会ったことで人生が変わり、価値観が変わり、運命が変わった。
今、名も世界も変え続けている。しかし、それでも何故か揺るがない心残りがひとつ。
私は、彼女にもう一度会いたい。

「こんにちは。今日も、来たんだね。」
木漏れ日を浴びていた私の視界に映り込むように、彼女は顔を覗かせた。白いブラウスに影が模様を作る。長い黒髪は結んでいたものをおろしたのか、すこしクセのついたなびき方をしていた。
綺麗だ。抱いた印象はとてもシンプルだが、口に出すのは難しかった。淡い光を背に受けて笑う姿は、まるで絵画の景色のようだった。
「あはは、いつもここに来てるから声かけちゃった。綺麗だよね、ここの景色。上を見たら木漏れ日が見えて、足下にも桜の木がいっぱいに広がってて。今はまだ咲いてないけれど。」
「・・・うん。」
恥ずかしいことに、そのとき私は大人ぶっていた。元からそういう年頃だったのか、そうでなければ彼女に釣り合わないとでも思ったのか、はたまた突然のことでうまく声が出なかったのか。私はぶっきらぼうに返事したことだけはよく覚えている。
「君も桜を見に来たの?」
「・・・うん。」
「そっか。仲間だね。」
春風が首筋を撫ぜ、葉が音を立てて揺れる。彼女は私の隣に座り、同じように空を仰いだ。
麗らかな陽気、というのだろうか。隣の女性に声をかけようと言葉を探しても、微睡みすら帯びた温もりに徐ろに溶かされる。
「ふふっ、なんだか変な感じ。なんで全く花の咲いてない桜を見に来ているんだろうね、私たちって。」
温かく静かな声をした人だった。聞いていて、落ち着くような声。もっと聞きたいと、感じるような声。
会話すれば、まだ聞けるのだろうか。そんな当然で、おかしなことを考えた。
「・・・ホントに桜を見に来たのかな。」
「ほう。と、言いますと?」
「人に会いに来たのかも。だって今、話す必要無いし。」
人恋しさに、人から離れる。矛盾した行動だった。だが実際に私は孤独の寂しさから逃げてきたのだ。ここは、そういう場所だった。
大人から怒られた者が、友達のいない者が、温もりに飢えた者が、逃げ込むための場所。
この女性もきっとそうだと、私は勝手にそう思っていた。
女性は目を丸くしたが、クスッと笑い頷いた。
「・・・確かに。私も君も、誰かに会いたかったのかもね。話しかけたかったのかも。ここなら、変に周りの顔色とか気にせずに声を出せるから。」
んんー、と伸びをして、パタリと寝転がる。こちら側に寝返りをうっていたずらっぽい笑みを浮かべた。
「君のおかげで気づけたわ。ありがとう。」
初めて、ありがとうと言われた気がした。
実際には何度か耳にしたことはあるだろう。だが、その言葉に意味を込めて、気持ちを込めて言われたのはおそらくこれが初めてだった。
人から受け取る言葉とは、かくも美しいものか。
その頃はただ、嬉しいという言葉以外には知らなかった。
「・・・俺の方こそ。ありがとう。初めて、人と話して楽しいって思った。」
「あはは、大げさだなぁ。まあ、でも。どういたしまして。」
そう言って笑う彼女は、やはり綺麗だった。
「よし、こうなったらとことんお話しよう。お互い桜に一方的に投げるつもりだった話が沢山あるはずだからね。積もった雪も溶ける季節なんだからさ。」
使う言葉が、紡ぐ声が、魅せる笑顔が、春のような麗らかな人。何度も、何度も、魅了される。
きっとこれが初恋だった。一目惚れというものかも知れない。しかし愚かな私は、恋というものが恥ずかしい事だと信じて疑わず、頭の中で否定しながら彼女と話していた。

「はあ、楽しかった・・・。ねぇ、またここでお話しましょう?」
「うん。わかった。」
「ふふっ、約束ね。」
いつなのか、何時なのか、それを決めることなど考えてもいなかった。
何故か、またここに来れば会えるだろうと根拠のない信頼をもとに、そう約束した。

彼女との出会いに、私は強く感謝した。そして深く後悔した。そして、重く心に遺した。
そうなることを、この頃の私は知る由もなかった。
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