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第1章 狼男が鳴く夜に
第22話 変わるもの、変わらないもの
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それは、不思議な感覚だった。
体を動かしていないのに、視界が動く。まるで顔にピッタリと張り付くゴーグルでも付けている気分だ。
今、ウチの視界は、赤城さんの視界に繋がっている。
視界だけかと思いきゃ、どうやら声を聞く事も出来るらしい。VRっていうの、やった事ないけど、多分こんな感じなんだろうな……。
『……フゥ……』
赤城さんは時折溜息を吐きながら、黙々と仕事をこなしている。その姿に、チクリと胸が痛んだ。
今日を最後に、赤城さんは、ここから離れなければいけない。好きな人がいる、この東京から。
そのきっかけを作ったのはウチで。誰もがウチは正しい事をしたと、そう言ってくれるけど。
どんなにそう言われても、この結末は、やっぱりウチには納得出来ないものだった。
『……こんなもんかな』
やがて清掃が終わり、赤城さんが片付けを始める。けれどその時、遠くからこっちに駆けてくる足音が聞こえた。
『清掃員さん!』
振り向いた赤城さんの視界に入ったのは、一人の女性。レンズの大きな眼鏡をかけて、長い黒髪を後ろで一つに纏めた、少し野暮ったい印象の女性だ。
『アンタ……』
『良かった……間に合って』
息を切らして駆けてきたその女性は、赤城さんの前に立つと嬉しそうに笑った。それを見て、ウチは察する。
彼女こそが、赤城さんの『想い人』なのだと。
『……どうして』
『他の清掃員さんに、あなたが今日で仕事を辞めるって聞いて……。それで、どうしても最後に話がしたくて』
戸惑う様子の赤城さんに、彼女は真っ直ぐな瞳でそう告げた。その言葉に赤城さんはますます動揺したように視界を揺らす。
『私、ずっと、あなたの事見てました』
彼女の、真摯な言葉は更に続く。
『私とそんなに変わらないのに真面目にお仕事頑張ってるなって、いつも勇気をもらってました。辛い残業が、ちょっとだけ楽しみになりました』
『……』
『一回だけ話をした時、本当は、あの時私、すごく勇気を出したんです。……きっと、あなたは覚えてないだろうけど』
覚えてるよ。ウチは思わず、心の中で叫んだ。
赤城さんも、あなたの事を見てた。一度だけ話をした事を、嬉しそうに語っていた。
そう伝えたい。伝えたいのに。
『……こんな事なら、あなたにもっと声をかけておくんだったな』
不意に、彼女の目元が光る。滲んだ涙に照明が反射したんだと、赤城さんは気付いただろうか。
『……ごめんなさい、お仕事の邪魔しちゃって! それじゃあ、どうかお元気で……』
『待って!』
背を向け、走り去っていこうとする彼女。その腕を、赤城さんの腕が咄嗟に掴んだ。
『え、っ』
『俺も……もっと、あなたと話がしたい』
『……!』
彼女の目が、驚きに見開かれる。力を更に込めるように、赤城さんの手が小さく揺れた。
『その……お互いの仕事が終わったら……一緒に食事でもしないか?』
『……いいん、ですか?』
『ああ。……あなたが、嫌じゃなければ、だけど』
今ウチの視界は赤城さんの視界だから、赤城さんがどんな顔をしているかは解らない。でもきっと、すごく緊張して、それでいて嬉しそうで……そんな顔を、しているんだと想う。
彼女は一瞬、呆けたように赤城さんを見て。それから、花が咲き誇るように笑った。
『……はい! 喜んで!』
その笑顔を強く胸に焼き付けて――ウチは事前に教わった通りに、視界の接続を切ったのだった。
体を動かしていないのに、視界が動く。まるで顔にピッタリと張り付くゴーグルでも付けている気分だ。
今、ウチの視界は、赤城さんの視界に繋がっている。
視界だけかと思いきゃ、どうやら声を聞く事も出来るらしい。VRっていうの、やった事ないけど、多分こんな感じなんだろうな……。
『……フゥ……』
赤城さんは時折溜息を吐きながら、黙々と仕事をこなしている。その姿に、チクリと胸が痛んだ。
今日を最後に、赤城さんは、ここから離れなければいけない。好きな人がいる、この東京から。
そのきっかけを作ったのはウチで。誰もがウチは正しい事をしたと、そう言ってくれるけど。
どんなにそう言われても、この結末は、やっぱりウチには納得出来ないものだった。
『……こんなもんかな』
やがて清掃が終わり、赤城さんが片付けを始める。けれどその時、遠くからこっちに駆けてくる足音が聞こえた。
『清掃員さん!』
振り向いた赤城さんの視界に入ったのは、一人の女性。レンズの大きな眼鏡をかけて、長い黒髪を後ろで一つに纏めた、少し野暮ったい印象の女性だ。
『アンタ……』
『良かった……間に合って』
息を切らして駆けてきたその女性は、赤城さんの前に立つと嬉しそうに笑った。それを見て、ウチは察する。
彼女こそが、赤城さんの『想い人』なのだと。
『……どうして』
『他の清掃員さんに、あなたが今日で仕事を辞めるって聞いて……。それで、どうしても最後に話がしたくて』
戸惑う様子の赤城さんに、彼女は真っ直ぐな瞳でそう告げた。その言葉に赤城さんはますます動揺したように視界を揺らす。
『私、ずっと、あなたの事見てました』
彼女の、真摯な言葉は更に続く。
『私とそんなに変わらないのに真面目にお仕事頑張ってるなって、いつも勇気をもらってました。辛い残業が、ちょっとだけ楽しみになりました』
『……』
『一回だけ話をした時、本当は、あの時私、すごく勇気を出したんです。……きっと、あなたは覚えてないだろうけど』
覚えてるよ。ウチは思わず、心の中で叫んだ。
赤城さんも、あなたの事を見てた。一度だけ話をした事を、嬉しそうに語っていた。
そう伝えたい。伝えたいのに。
『……こんな事なら、あなたにもっと声をかけておくんだったな』
不意に、彼女の目元が光る。滲んだ涙に照明が反射したんだと、赤城さんは気付いただろうか。
『……ごめんなさい、お仕事の邪魔しちゃって! それじゃあ、どうかお元気で……』
『待って!』
背を向け、走り去っていこうとする彼女。その腕を、赤城さんの腕が咄嗟に掴んだ。
『え、っ』
『俺も……もっと、あなたと話がしたい』
『……!』
彼女の目が、驚きに見開かれる。力を更に込めるように、赤城さんの手が小さく揺れた。
『その……お互いの仕事が終わったら……一緒に食事でもしないか?』
『……いいん、ですか?』
『ああ。……あなたが、嫌じゃなければ、だけど』
今ウチの視界は赤城さんの視界だから、赤城さんがどんな顔をしているかは解らない。でもきっと、すごく緊張して、それでいて嬉しそうで……そんな顔を、しているんだと想う。
彼女は一瞬、呆けたように赤城さんを見て。それから、花が咲き誇るように笑った。
『……はい! 喜んで!』
その笑顔を強く胸に焼き付けて――ウチは事前に教わった通りに、視界の接続を切ったのだった。
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