弱肉強食 ー君臨する龍、異形の蟲ー

世の中退屈マン

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山波の山羊龍編

山羊龍vs朱の蟻

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「まさかあいつら……人間の次は龍でも殺そうってのか……」

 山羊龍の身体にまとわりつく朱色の蟻たちを見ながらセンが口を開いた直後だった。

 ーーゴギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 鼓膜が破れそうなほどの山羊龍の咆哮ほうこうが祭儀広場を越え、森全体へ響き渡った。
 咆哮が止むとほんの一瞬、世界が一気に静まり返ったような静寂に包まれた。
 そしてそれは山羊龍が臨戦態勢りんせんたいせいに入ったことを意味していた。

 ーーボゴォッ、ボゴボゴホゴッ、ブァアン!

 土埃を巻き上げながら山羊龍の後方三ヶ所から噴水のように朱色の蟻たちが噴き出し、山羊龍を強襲する。
 ヲチやカンコン、その他の村長や付き人たちも再度思考が停止してしまう。これから何が起きるのか頭が理解するのを拒否しているようだった。

「……い!……おい!ヲチ!」

 センの呼び掛けでヲチは我に返る。

「セン……」

「ここにいたら巻き添えになるぞ!」

「でも……この状況じゃ……倒木が邪魔でヤギ村へはかなり迂回しないと行けないみたいだし何より立つことすらままならないのに……」

「ジジイ!ここはもう駄目だ!這ってでもここから逃げるしかない!」

 少し離れたカンコンたちに声をかけるが返答がなく、よく聞くと何か揉めてる様子だった。

「どうして……こんなことに……」

「駄目だ!もう終わりだ!」

「なぜじゃ!カンコン!なぜあんな化け物がこの地に巣くうておるのじゃ!」

「くそっ!……ちくしょうっ!」

 地面からは次々と蟻の大群が噴水のように噴き出し、山羊龍を狙って降り注ぐ。
 山羊龍はそれらを縦横無尽じゅうおうむじんに動き回りながら華麗に避けていくが、両者の攻防で森の地形はどんどん破壊されていく。
 それを見た村長や付き人たちほとんどの者の心が折れかかっていた。

「全員聞けえ!」

 カンコンの怒声に騒いでいた者たちの声が止む。

「よいか。たしかに状況はより悪くなった……これ以上ないくらいにの。じゃが、儂らのやることは変わらん!」

「しかし……ヤギ村への道のりは閉ざされてしまいました。これではもう……」

「ヤギ村が駄目なら別の村へ向かうのだ!北のアコ村へ通じる道を使う!」

「駄目です!ヤギ村同様に倒木で道を塞がれています!」

「南のナホ村からの搬入路はんにゅうろはどうじゃ!」

「ナホ村からの搬入路は他の二つに比べれば倒木はかなり少ないように見えます!」

「ならば儂らは今から森を抜けナホ村へ向かう!這ってでも進むのじゃ!セン!ヲチ殿!ここはもう駄目じゃ!二人も共に森を抜けるのだ!」

 二人は顔を見合わせうなずくと村長たちに合流する。
 揺れは収まる気配を見せず、地面に張りつきながらでなければ動くこともできない。

「無茶だ……そんなの……」

 ハモ村から付き人として来た男は泣きじゃくりながらカンコンを否定する。

「忘れたのか!?森の中にはあいつらが潜んでいて襲って来るんだぞ!?もたもた地面を這ってなんかいたら恰好かっこうの的なんだよ!」

「ここにいても同じじゃ。戦闘に巻き込まれれば命はない」

「山羊龍様が!山羊龍様が我らを守ってくださる!我らは長年山羊龍様のため心血注いで尽くしてきたのだから!」

 直後、少し離れた場所から地中を抉るような音と共に噴水の如く蟻の大群が飛び出し、天高く伸びていった。

 数万の蟻たちが一体となり一つの現象となる様は圧巻で噴水の如く勢いよく溢れ出るそれらは彼ら自身の体色のせいか血飛沫ちしぶきのようにも見えた。

 ヲチが刹那的にそんな感想を抱いたのも束の間、空から太い炎の線が降り注ぎ空を舞う蟻たちを焼き尽くした。
 龍種特有の吐息ブレス攻撃だ。
 炎の吐息はそのまま地面を抉り地中に潜む蟻たちを巻き込みながら森の中を貫いた。

 吐息を直で浴びた蟻たちは跡形もなく消え去り、地中を移動していた蟻たちも光沢のある朱色の体色が黒焦げピクリとも動かない。
 あと少し吐息がずれていたらカンコンたちに直撃したであろう距離の出来事で皆の顔が真っ青になる。

 特にカンコンに反対していた付き人の男は虚空を見つめながら言葉にならない声を発していた。

カプリコーンあいつにそんなこと期待しても無駄だ。目の前の敵を殺すことしか考えてないだろうからな」

 センの言葉がとどめとなり男は声を上げながら泣き出した。

「泣いとる場合か!時間がないのじゃぞ!」

「あぁあぁ……あぁ……」

 キレレキが男の胸ぐらを掴み叱責するが男は泣きじゃくるだけだった。

「馬鹿げとるわ……這って森を抜けるなど……」

 マヤ村の村長であるヤキグチやその付き人たちも完全に諦めたようで生気が抜けたようにぐったりとしていた。
 ヤキグチたちだけではない。他の者たちも皆口には出さないが下を向いて押し黙っている。

 未来に希望が見出せず絶望感だけが蔓延まんえんしていた。
 そんな暗い雰囲気の中、センはヲチがさっきから山羊龍と朱色の蟻たちとの戦闘をじっと観察していることに気付いた。

「ヲチ?」

「どうしてだろう?」

 ヲチの呟きに皆の視線が集まる。

「どうして僕たちは襲われてないんだろう?」

「え?」

「あれだけ大量にいるなら僕らはとっくに喰い殺されててもおかしくないのに」

「それは……たまたま奴らの意識が俺たちに向いてないからじゃ……」

「そう。僕たちのことは意識の外なんだろうね。でもたまたまじゃないと思うんだ。あくまで推測だけど山羊龍カプリコーンの存在が大きくて僕たちの存在がかすんでるんじゃないかな」

「仮に……もしそうなら今こそ森を抜ける好機ではないか……?」

 キレレキもヲチの言葉に乗っかり絶望的な空気をなんとかして変えようとする。

「たしかに……襲われていないのは不自然じゃないか……?」

「だが、確証もないだろう……」

「賭けてみる価値はあるやもしれん……」

「どっちにしろ死ぬなら……」

 意見は割れているようだが肯定的な考えの方がやや多いようだ。
 やがてタイミングを見計らったようにカンコンが口を開く。

「儂は……ここにいる誰もが諦めても、一人になっても足掻き続ける。それが村の長を……龍奉際を任された者の責務だからじゃ」

 今度は静かに諭すようゆっくりと語りかける。
 すると多くの者の瞳に微かな灯りが戻りようやくカンコンに賛同し始める者が出てきた。
 それでも泣きわめいている男やヤキグチたちは聞き入れようとしなかった。

「キレレキ殿、私たちはここに残りましょう。我らを置いて先へ行きなさい」

「モリクサ殿……」

「私にはこの森を這って抜けることなどできません。足手まといになるだけです」

「それで……本当に良いのですな?」

 カンコンは念をおして尋ねるがモリクサの決心は変わらなかった。

「私の村の者ですからね……見捨てることはできません。それにまだ私たちが死ぬと決まったわけでもありませんよ」

「そうか……すまぬ」

「何、気にすることはありません。それより、ハモ村のことも頼みましたよ……」

「むろん、我らは山羊龍連合。未来永劫一心同体じゃ」

 そうして、ハモ村とマヤ村の人たちを残して行くことになった。
 ハモ村の村長モリクサはカンコンたちの中でも最高齢で体力的にも精神的にもついていくのは難しく、マヤ村のヤキグチたちは大量の蟻たちやそれを焼き尽くす山羊龍の吐息を見て何もかも麻痺してしまったようだった。

 彼らの選択にとやかく言う者はいなかった。
 山羊龍と蟻たちの攻防は続いていて、地震も相変わらずだ。ナホ村への道もいつまで無事かはわからない。一刻の猶予もないことは誰もが理解していた。

「行くぞ……」

 カンコンとナホ村の者たちを先頭とした集団は、森の中へ踏みいった瞬間思わず顔を背そむけた。食糧運搬のため整えられた通路は想定以上に荒れていたのだ。
 倒木は通路の外側へ倒れているのがほとんどだが地割れや断層が多く、何より運搬役であろう人間たちの死体がそこらじゅうに横たわっていた。

 全員に緊張感が走る。現状、蟻たちが自分たちに無関心かどうかはまだ仮説でしかない。
 いつ襲われるか内心震えながら匍匐前進ほふくぜんしんで進んでいくが身体の筋肉は強ばり呼吸は荒くなる。
 その分思うように身体が動かず余計に疲労を感じてしまう。

 それでも何とか互いを励まし合い協力して障害を切り抜けながら祭儀広場からはかなり離れることができた。
 その間、蟻たちによる襲撃はなく、それが皆の中にうっすらとした希望を芽生えさせていた。

「どうやら……おぬしの推測は正しかったようじゃのう……」

 ヲチを横目で捉えながらキレレキは呟く。

「どうやらその様です。不合理なことだとは思いますが。でもまだ安心はできません」

「ああ……それにさっきのカプリコーンの吐息……あれで草木に引火した筈だ。この揺れも脅威だけどモタモタしてたら火に囲まれるぞ」

 センの言葉に誰かが大きなため息をつく。

「じゃが……まだ希望はある」

「希望?」

「山羊龍様じゃよ。あの方は必ずあの蟻たちを討ち滅ぼしてくださる。だから儂らは生きて帰るだけで良いのだ」

「ふっ……お前らしいなカンコン。じゃがその通りかもしれん」

「何が生きて帰るだけで良い、じゃ!それが一番容易ではないのじゃろうが!第一、山羊龍様が蟻ごときに手こずるなどある筈がない!」

 肯定的に受けとめるキレレキとは反対にホホクロには戯れ言だと一蹴されてしまう。

「お、おい!あれを見ろ!」

 誰かが指した方を見るとそこには飛行していた山羊龍が両翼をばたつかせながら不自然な体勢で落下していくところだった。



 山羊龍は凄まじい激震に捕食を中断し周囲を警戒するが、地中から噴き出してきたのは小さな者たちが重なり集まった集合体だった。
 予想外の相手に一瞬虚をつかれるが、自身の身体に付着した蟻たちには何の関心も示さなかった。

 だが、山羊龍にその気がなくても蟻たちの方は違う。付着する蟻たちは一斉にその強靭な顎を山羊龍の体皮に突きつけた。
 当然、人間の皮膚とは比較にならない強度をもつ龍の体皮は少々の傷がつく程度だ。
 それでも蟻たちの顎と龍の体皮がぶつかった際に生じる幾重にも重なった不協和音は山羊龍を大いに不快にさせた。

 さらに蟻たちは次から次へと地中より溢れだし山羊龍へと降り注ぐ。
 明確な敵意を受け取った山羊龍は開戦の合図として山を越えて響き渡るような咆哮をあげた。
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