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第一話
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「シアン・ウィスタリア」
「はい」
大広間に響く教官の声に答え、細身の男が進み出た。
白くしなやかな指先から零れるようにあふれ出すサファイア色の輝き。彼がそれを頭上へ撒くと何もない空間のなか一瞬にして巨大な氷のアーチが生み出された。その表面を朝陽が射すように広がっていく流線の彫刻模様は繊細で緻密。順番を待つ同級生や上級生のギャラリー、数名の試験官と立会人の教官達からも感嘆のため息が漏れた。
シアン・ウィスタリアは学院の優等生だ。彼の魔法は誰のものよりも強力で美しい。
そして俺は彼の幼馴染みで、今となっては彼と並ぶことも出来ない落ちこぼれだ。
「ジニア・ゴールド」
「……はい」
形を失くしたアーチから霧散してキラキラと降ってくる星屑のような粒子に包まれながら、今までシアンが立っていた場所へと進み出た。
目の前の空間に意識を向ける。夕暮れの太陽のような温度の金色の光が生まれる。その光の蔓が葉を茂らせながらゆっくりと空間の中へ広がっていく。
――黄昏の太陽みたい。
初めてそう言ってくれたのはシアンだった。
――ジニアの核は朝陽よりずっと暖かくて、昼間のそれよりも優しいから。
それと、なんだったかな。まだ今よりも高かったシアンの声を思い出す。
あれは確か、俺の実家のバルコニーで、何年か前の今日だった。そこで疑問が湧く。あの日はなんで俺の家にいたんだろう。記憶違いであるはずはない。だってあの日もシアンに渡したはずだ。
――でも、少しだけさびしいね。
記憶の中のシアンが呟いて、そして思い出した。そうだ、あの日は彼の家でパーティーがあったんだ。
名門貴族であるシアンの家は、色々なことが決まるのが普通より早い。まだ当の本人にも実感が湧かないことまで次々と決められて、飲み込むより前に多くの人々に知らされてしまう。
あの頃のシアンは今よりも頼りなげで、寂しがりやだった。パーティーが終わった後、主役だった彼は珍しく駄々をこねて俺の家に泊まりに来た。そして明かりを消した俺の部屋のバルコニーから庭を見下ろして、あの花が欲しいとまだ幼かった腕を伸ばして指をさした。
俺はいつもより口数の少ないシアンを元気付けようと、赤いゼラニウムを両手いっぱいの花束にして渡した。その時に花びらから零れ落ちる光を見て、シアンがそう言って。俺はもしかしたら今年が最後かもしれない、と。その時初めてそんな不安を抱いたんだ。
「……あ」
時間をかけて眼前の空間を埋め尽くすほどに成長していた蔦が鼓動のように揺らぎ、次の瞬間には砂が零れ落ちていくように崩れてしまった。
失敗した。ギャラリーからシアンの時とは正反対のため息が聞こえる。さらさらと消えていく弱い光の霧越しに、不機嫌そうな碧い瞳と目が合った。
「はい」
大広間に響く教官の声に答え、細身の男が進み出た。
白くしなやかな指先から零れるようにあふれ出すサファイア色の輝き。彼がそれを頭上へ撒くと何もない空間のなか一瞬にして巨大な氷のアーチが生み出された。その表面を朝陽が射すように広がっていく流線の彫刻模様は繊細で緻密。順番を待つ同級生や上級生のギャラリー、数名の試験官と立会人の教官達からも感嘆のため息が漏れた。
シアン・ウィスタリアは学院の優等生だ。彼の魔法は誰のものよりも強力で美しい。
そして俺は彼の幼馴染みで、今となっては彼と並ぶことも出来ない落ちこぼれだ。
「ジニア・ゴールド」
「……はい」
形を失くしたアーチから霧散してキラキラと降ってくる星屑のような粒子に包まれながら、今までシアンが立っていた場所へと進み出た。
目の前の空間に意識を向ける。夕暮れの太陽のような温度の金色の光が生まれる。その光の蔓が葉を茂らせながらゆっくりと空間の中へ広がっていく。
――黄昏の太陽みたい。
初めてそう言ってくれたのはシアンだった。
――ジニアの核は朝陽よりずっと暖かくて、昼間のそれよりも優しいから。
それと、なんだったかな。まだ今よりも高かったシアンの声を思い出す。
あれは確か、俺の実家のバルコニーで、何年か前の今日だった。そこで疑問が湧く。あの日はなんで俺の家にいたんだろう。記憶違いであるはずはない。だってあの日もシアンに渡したはずだ。
――でも、少しだけさびしいね。
記憶の中のシアンが呟いて、そして思い出した。そうだ、あの日は彼の家でパーティーがあったんだ。
名門貴族であるシアンの家は、色々なことが決まるのが普通より早い。まだ当の本人にも実感が湧かないことまで次々と決められて、飲み込むより前に多くの人々に知らされてしまう。
あの頃のシアンは今よりも頼りなげで、寂しがりやだった。パーティーが終わった後、主役だった彼は珍しく駄々をこねて俺の家に泊まりに来た。そして明かりを消した俺の部屋のバルコニーから庭を見下ろして、あの花が欲しいとまだ幼かった腕を伸ばして指をさした。
俺はいつもより口数の少ないシアンを元気付けようと、赤いゼラニウムを両手いっぱいの花束にして渡した。その時に花びらから零れ落ちる光を見て、シアンがそう言って。俺はもしかしたら今年が最後かもしれない、と。その時初めてそんな不安を抱いたんだ。
「……あ」
時間をかけて眼前の空間を埋め尽くすほどに成長していた蔦が鼓動のように揺らぎ、次の瞬間には砂が零れ落ちていくように崩れてしまった。
失敗した。ギャラリーからシアンの時とは正反対のため息が聞こえる。さらさらと消えていく弱い光の霧越しに、不機嫌そうな碧い瞳と目が合った。
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