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第二話
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試験が終わったら後は今日一日自由時間だ。
いつものように四棟あるうちの一番奥の温室へ行き、着ていた上着をアイアンラックに引っ掛けた。シャツの腕を捲り中央の花壇の前にしゃがむと、一角に植えられた植物の斑らに白くなった葉に触れる。朝見つけたそれは放っておくと他の植物に広がってしまう病気で、すぐに取り除かなければいけなかった。
鋏で変色した部分を切り落とそうとして、やめた。根元から茎を掴み、力を入れてゆっくりと引き抜く。少しずつ対処するよりも、根こそぎ絶ってしまった方がいい。
バケツの中へ引き抜いた株を入れながら、気付くとさっきの試験の失敗を思い出していた。月に一度行われる全学一斉の魔法試験。前回も失敗した。前々回は完成させられたものの、評価は散々だった。
葉をあまり揺らさないように作業を続けていると、入り口から物音が聞こえた。続いて足音と、背後で止まる気配。
「どうして真面目にやらないんだ」
すぐ後ろで佇む存在に振り返らずにいると、痺れを切らしたのかシアンがそう聞いてきた。そうか、あれは不真面目に映っているのか。
「俺はお前と違って天才じゃないから」
最後の株をバケツに移し、その上で軽く両手をはたいて土を落とす。振り返ると眉根を寄せた碧玉がこちらを見つめていた。
「違う。お前は真面目に修練を積めば出来るのに怠けているだけだ」
「買いかぶりだよ」
笑いながら一蹴するとシアンはきっ、と表情をきつくする。
「それより、ラウンジに行かなくていいのか? 試験日は全員で集まってるんだろう?」
真面目な幼なじみの説教が始まる前に、そう言って背を向けた。手押しの井戸で手についた土を洗い流していると、シアンがすぐ目の前に来て石造りの水槽にもたれ掛かる。
ラウンジとは、各学年の成績優秀者のみが出入り出来る寮内の一室、及びその一員となっている者達のことだ。それは生徒のみで管理されており、上級生メンバーの誘いがあって初めて立ち入ることが出来る。ラウンジに加わるには実力はもちろん、家柄や人格も備えて尚且つ彼らに気に入られる必要がある。
学院の生徒なら誰もが加わりたいと望むそれにシアンが誘われたのは三年前、十四歳の頃のことだ。現在ではラウンジの実質的なリーダーになっている一つ上のアウルムに声を掛けられたその日、シアンは俺の部屋へ来た。ちょうど彼との関係が一番ぎこちなくなっていた時期で、それは良かった、おめでとう、とだけ伝えて部屋に招き入れることもなくドアを閉めた。あの頃のことを思い出すと、かろうじてながら今でも友情が続いていることが驚きだ。
「……夜に、顔だけ出す」
ぽつりと答えたシアンをそっと窺う。つま先を微かに動かすのは、何か言いたいことがある時の昔からの癖だ。恐らく本人は気付いていないだろうが。
「でも、今日はお前が主役なんだし……みんなで祝ってくれるんだろう?」
シアンの意図に気付いてなお、そう言って知らないふりをする自分は子供じみている。
「僕は別に……わかった。じゃあもう出ていくから……その前に、いつものやつ……」
「…………」
別に煙たがったわけじゃない。でも、俺の態度は彼をここから追い払おうとしている以外の何物でもない。今更謝罪にもならないけど、井戸の水を止めて手についた水滴を振り落とす。シアンに向かい合うと指先を軽く重ねて意識を集中させる。
「何がいい?」
――なんでも。ジニアが選んで。
いつもの言葉が返ってくるのを知っていながら、今年も同じことを聞く。本当は贈る花はとっくに決めてある。毎年そうだ。例外は初めて花を渡した時とゼラニウムの花束を渡したあの時だけ。シアンと出会ったあの誕生日からずっと。
「赤い薔薇がいい」
指先から生じていた金色が途切れる。今年贈ろうと決めていた花をイメージしてそれを具現化させようとした瞬間、想定と違う答えが返ってきて思わず魔力を散らせてしまった。言われたことを頭で反芻してから顔を上げると、シアンは僅かに目蓋を伏せたまま唇を引き結んでいた。
「なんで?」
「薔薇は……綺麗だし定番だし、まだもらったことがないから」
思ったよりもはっきりした声で返ってきた理由を聞きながら、一瞬温室の隅に並べられた鉢植えに視線を遣る。暫し決断を変えるべきか考え、そして。
「駄目」
「どうして?」
結局、再び魔力を集中させながら、短くそう答えた。シアンが顔を上げる気配を無視して手の中の空間にひとすじ光の線を流す。そこから細い葉が伸び、蕾がふくらむ。金色の粒子の中からやわらかい紫がゆっくりとひらいていく。茎をそっと手に取ると、根元から花びらの先までひと際明るい光が走り抜けた。
美しく咲いた一輪のクロッカスをシアンに差し出す。紫色のそれは魔力を込めたことで金色の光の粒を零している。
「どうぞ」
要望と違う花を渡され、シアンはほんの一瞬不満げに躊躇う仕草を見せたものの、白い指先を伸ばしてそれを受け取る。
「……どうしていつも切り花なんだ? 長持ちしない」
壊れ物のようにそっとした動作で手に取ったクロッカスを眺めながら、そう聞いてくる。
「切り花なら枯れたらそのまま捨てられるだろ。世話もいらないし、手間がかからない」
「…………」
顔を上げるシアンが口を開く前に、急いで言葉を重ねる。
「それに、俺の花なんかに期待しなくてもアウルム先輩がもっと良いものをくれるだろ」
何か言い掛けていたシアンが軽く目を見開いて口を閉じる。それから視線を右下に逃がし、小さく息を吐く。
「そういうことじゃなくて……」
独り言のように呟くと、体重を預けていた水槽から身を起こし、俺の脇を通り抜ける。そのまま温室をあとにする後ろ姿を見送りながら、遣り場の無い感情をそっと押し殺した。
そうやって暫くシアンが去って行った方を眺め、ひとつ溜息を零して足を動かす。先ほど手入れをしていた花壇を回り込み、温室の隅の方へ行く。並べられたいくつかの背の高い鉢植えを退かし、一番奥の鉢を取り上げた。
陶製の小ぶりの鉢に植えられたその赤い花はまだ蕾だった。日当たりのいい場所へ運び、ブリキの如雨露に水を汲みに行く。数年前から大切に育てているそれは、温室の中でもなぜかこの時期には咲いてくれない。どうせ渡すことはないのだからそれで構わないけれど。
如雨露で水をやると、蕾や葉に落ちた水滴が陽の光をきらきらと反射させた。
毎年、俺はシアンの誕生日に花を贈る。
いつものように四棟あるうちの一番奥の温室へ行き、着ていた上着をアイアンラックに引っ掛けた。シャツの腕を捲り中央の花壇の前にしゃがむと、一角に植えられた植物の斑らに白くなった葉に触れる。朝見つけたそれは放っておくと他の植物に広がってしまう病気で、すぐに取り除かなければいけなかった。
鋏で変色した部分を切り落とそうとして、やめた。根元から茎を掴み、力を入れてゆっくりと引き抜く。少しずつ対処するよりも、根こそぎ絶ってしまった方がいい。
バケツの中へ引き抜いた株を入れながら、気付くとさっきの試験の失敗を思い出していた。月に一度行われる全学一斉の魔法試験。前回も失敗した。前々回は完成させられたものの、評価は散々だった。
葉をあまり揺らさないように作業を続けていると、入り口から物音が聞こえた。続いて足音と、背後で止まる気配。
「どうして真面目にやらないんだ」
すぐ後ろで佇む存在に振り返らずにいると、痺れを切らしたのかシアンがそう聞いてきた。そうか、あれは不真面目に映っているのか。
「俺はお前と違って天才じゃないから」
最後の株をバケツに移し、その上で軽く両手をはたいて土を落とす。振り返ると眉根を寄せた碧玉がこちらを見つめていた。
「違う。お前は真面目に修練を積めば出来るのに怠けているだけだ」
「買いかぶりだよ」
笑いながら一蹴するとシアンはきっ、と表情をきつくする。
「それより、ラウンジに行かなくていいのか? 試験日は全員で集まってるんだろう?」
真面目な幼なじみの説教が始まる前に、そう言って背を向けた。手押しの井戸で手についた土を洗い流していると、シアンがすぐ目の前に来て石造りの水槽にもたれ掛かる。
ラウンジとは、各学年の成績優秀者のみが出入り出来る寮内の一室、及びその一員となっている者達のことだ。それは生徒のみで管理されており、上級生メンバーの誘いがあって初めて立ち入ることが出来る。ラウンジに加わるには実力はもちろん、家柄や人格も備えて尚且つ彼らに気に入られる必要がある。
学院の生徒なら誰もが加わりたいと望むそれにシアンが誘われたのは三年前、十四歳の頃のことだ。現在ではラウンジの実質的なリーダーになっている一つ上のアウルムに声を掛けられたその日、シアンは俺の部屋へ来た。ちょうど彼との関係が一番ぎこちなくなっていた時期で、それは良かった、おめでとう、とだけ伝えて部屋に招き入れることもなくドアを閉めた。あの頃のことを思い出すと、かろうじてながら今でも友情が続いていることが驚きだ。
「……夜に、顔だけ出す」
ぽつりと答えたシアンをそっと窺う。つま先を微かに動かすのは、何か言いたいことがある時の昔からの癖だ。恐らく本人は気付いていないだろうが。
「でも、今日はお前が主役なんだし……みんなで祝ってくれるんだろう?」
シアンの意図に気付いてなお、そう言って知らないふりをする自分は子供じみている。
「僕は別に……わかった。じゃあもう出ていくから……その前に、いつものやつ……」
「…………」
別に煙たがったわけじゃない。でも、俺の態度は彼をここから追い払おうとしている以外の何物でもない。今更謝罪にもならないけど、井戸の水を止めて手についた水滴を振り落とす。シアンに向かい合うと指先を軽く重ねて意識を集中させる。
「何がいい?」
――なんでも。ジニアが選んで。
いつもの言葉が返ってくるのを知っていながら、今年も同じことを聞く。本当は贈る花はとっくに決めてある。毎年そうだ。例外は初めて花を渡した時とゼラニウムの花束を渡したあの時だけ。シアンと出会ったあの誕生日からずっと。
「赤い薔薇がいい」
指先から生じていた金色が途切れる。今年贈ろうと決めていた花をイメージしてそれを具現化させようとした瞬間、想定と違う答えが返ってきて思わず魔力を散らせてしまった。言われたことを頭で反芻してから顔を上げると、シアンは僅かに目蓋を伏せたまま唇を引き結んでいた。
「なんで?」
「薔薇は……綺麗だし定番だし、まだもらったことがないから」
思ったよりもはっきりした声で返ってきた理由を聞きながら、一瞬温室の隅に並べられた鉢植えに視線を遣る。暫し決断を変えるべきか考え、そして。
「駄目」
「どうして?」
結局、再び魔力を集中させながら、短くそう答えた。シアンが顔を上げる気配を無視して手の中の空間にひとすじ光の線を流す。そこから細い葉が伸び、蕾がふくらむ。金色の粒子の中からやわらかい紫がゆっくりとひらいていく。茎をそっと手に取ると、根元から花びらの先までひと際明るい光が走り抜けた。
美しく咲いた一輪のクロッカスをシアンに差し出す。紫色のそれは魔力を込めたことで金色の光の粒を零している。
「どうぞ」
要望と違う花を渡され、シアンはほんの一瞬不満げに躊躇う仕草を見せたものの、白い指先を伸ばしてそれを受け取る。
「……どうしていつも切り花なんだ? 長持ちしない」
壊れ物のようにそっとした動作で手に取ったクロッカスを眺めながら、そう聞いてくる。
「切り花なら枯れたらそのまま捨てられるだろ。世話もいらないし、手間がかからない」
「…………」
顔を上げるシアンが口を開く前に、急いで言葉を重ねる。
「それに、俺の花なんかに期待しなくてもアウルム先輩がもっと良いものをくれるだろ」
何か言い掛けていたシアンが軽く目を見開いて口を閉じる。それから視線を右下に逃がし、小さく息を吐く。
「そういうことじゃなくて……」
独り言のように呟くと、体重を預けていた水槽から身を起こし、俺の脇を通り抜ける。そのまま温室をあとにする後ろ姿を見送りながら、遣り場の無い感情をそっと押し殺した。
そうやって暫くシアンが去って行った方を眺め、ひとつ溜息を零して足を動かす。先ほど手入れをしていた花壇を回り込み、温室の隅の方へ行く。並べられたいくつかの背の高い鉢植えを退かし、一番奥の鉢を取り上げた。
陶製の小ぶりの鉢に植えられたその赤い花はまだ蕾だった。日当たりのいい場所へ運び、ブリキの如雨露に水を汲みに行く。数年前から大切に育てているそれは、温室の中でもなぜかこの時期には咲いてくれない。どうせ渡すことはないのだからそれで構わないけれど。
如雨露で水をやると、蕾や葉に落ちた水滴が陽の光をきらきらと反射させた。
毎年、俺はシアンの誕生日に花を贈る。
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