Preserved Words

樫井

文字の大きさ
9 / 9

第九話

しおりを挟む
 翌朝、シアンが目覚める前に静かに部屋を出た。
 まだ早朝の寮内には人影もなく、窓の外は薄暗い。食堂の前を通った時に調理器具の音が聞こえてきて、今の自分がちゃんと学院の日常と繋がっているのだと実感を持つ。


 向かった先は温室だった。
 外よりも気温と湿度の高いガラスの箱の奥の一角へ迷わず進む。背の高い鉢をいくつか動かし、そっとした手付きで目当ての物を取り上げる。
 数年の間大切に育ててきた赤薔薇は毎年シアンの誕生日には間に合わず、当日を幾らか過ぎた今頃になってようやく蕾を綻ばせ始める。

 後ろから物音が聞こえてゆっくりと振り返った。東の山から昇り始めた太陽の白く透き通った光に目を細める。温室の戸を開けて入ってきたのは、制服を身に着けたシアンだった。

「起きたら、いなくなってたから……」

 入口に佇んだまま、そう言って目にかかった髪を指先で払う。肌寒さからか心許なさからか、自分を抱きしめるように腕を組み不安そうな表情を隠そうと視線を伏せるシアンに、鉢植えを持ったまま近づいていく。

「ごめん、まだ起きないかと思って」

 自然と穏やかな声が出て、シアンがゆっくりと顔を上げる。その目の前へ赤薔薇の鉢を差し出すと、彼は目を丸くし、数度ぱちぱちと瞬きをしてから俺を見た。

「いつも、誕生日には間に合わないんだ。温室で育ててるのに」

 鉢植えを受け取ったシアンが暫し呆然とその赤い花を見つめ、それから顔を上げる。

「ジニア……」
「何年も、ちゃんと言えなくてごめん」

 小ぶりの鉢を支えるシアンの手に、下から手を重ねた。

「誕生日、おめでとう」

 シアンが、花が咲くように笑う。
 春の終わりのやわらかな朝陽の中、赤い薔薇の上でキスをした。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

【カントボーイ】生き残りの元勇者

猫丸
BL
かつて魔王と戦い、パーティのメンバーをすべて失った元勇者。命からがら生還したものの、魔王との戦いで精神的、身体的ダメージを負っていた。魔王城で保護した子供を育て、若手冒険者の指導などをし、若くして隠居生活のような日々を過ごす。そんな元勇者が育てた子供が成長し、囲い込まれるお話。 全5話、最終回まで毎日23時公開です。 ※「カントボーイ」というリクエストに応えて書いた作品です。地雷のある方はご注意ください。

【完結済】王子を嵌めて国中に醜聞晒してやったので殺されると思ってたら溺愛された。

うらひと
BL
学園内で依頼をこなしていた魔術師のクリスは大物の公爵の娘からの依頼が入る……依頼内容は婚約者である王子からの婚約破棄!! 高い報酬に目が眩んで依頼を受けてしまうが……18Rには※がついています。 ムーン様にも投稿してます。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う

hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。 それはビッチングによるものだった。 幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。 国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。 ※不定期更新になります。

処理中です...