Preserved Words

樫井

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第八話

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「なんで……あっ」

 口に出してから、しまった、と思った。ここで反応したら不自然だ。俺の正体がわかってしまう。
 思わず口を押さえてしまった手のひらをそのままに、ゆっくりとシアンの方を見る。

「…………」

 するとあからさまに不機嫌な表情をしたシアンが俺の手首をぎゅっと掴んだ。掴まれたところが一気に熱くなる。やばいと思った時にはもう遅く、触れた肌から直接魔力が流れ込んでくる。

「待っ、シアン! やめ……っ」

 油断していたところへ最適な流量で術を崩す魔力を注ぎ込まれ、体がふわりと解き放たれる。変容している間は常に纏っている全身の違和感が消え、一瞬身体中から空気が抜けるような感覚に包まれる。目の前に黄金色の光の粒が溢れた。

「あっ、や、あ、あああっ」
「……くっ、う」

 体が元に戻り、同時にシアンが身体を仰け反らせて悶える。当然だ、繋がったまま元の体に戻ったんだから。俺も下半身を襲う強い圧迫感と痛みに、シアンの上で背中を丸めて耐える。

「……っは」
「はぁ、はぁ……」
「ば、馬鹿かお前! 状況考えろよ!」

 お互いなんとか痛みをやり過ごし、息を整えたところで目の前に横たわるシアンに文句を言った。すると先ほどよりも表情を険しくしたシアンが肘で軽く身体を起こしながら睨み上げてくる。

「そっちこそ勝手なことばっかり言って! 慣れてるとか誰とでもするとかさっき言ったこと全部撤回してよ!」
「……っ、それは、その……」

 正体が晒された今、語気も荒く言い募ってくるシアンにばつが悪くなりつい口ごもってしまう。

「そもそも、気付いて知らない振りしてたのもどうなんだよ……」

 素直に謝るにも、まだいくつか引っかかりを覚えた状態のままで到底頭の整理も追いつかない。逆に責めるように言うと更にきつく睨まれた。

「……気付かれないと思う方が馬鹿だと思うけど」

 仰向けのままそう言って顔を僅か横向ける。

「廊下でジニアの光が見えた時から普通にわかってたし」

 そして続けられたシアンの言葉に思わず絶句する。つまり最初から、地下水路で顔を合わせる前から既に気付かれていたということだ。驚くと同時に疑問と微かな期待が湧く。

「だったら、なんでこんなことして……」
「それは……」

 一瞬またこちらを見たシアンが恥ずかしそうに顔を逸らし、口元に手を当てる。その瞬間赤い鬱血の散った白い首筋と裸の胸が目に入り、今の自分達の状態を思い出す。しかし繋がったまま萎えかけてきているそれをそっと抜こうとした瞬間、気付いたシアンが阻むように両脚を俺の腿に絡めてきた。

「おい、」
「そっちこそなんでこんなことしたの」
「俺は……」
「誰とでも寝るのはジニアの方だろ。遊んでるの知ってるから」

 態度とは裏腹に鋭く言い放たれた言葉に口を閉じた。すると俺の反応を見たシアンが不機嫌そうに目を細める。

「……ジニアは誰が好きなの?」

 鋭く見上げてくる表情は、しかしどこか傷付いているようにも見えた。そう思って見返した瞳は不安に揺れているかのようだ。

「……お前は、男だし、婚約者もいるだろ。だから、」

 碧い瞳を見つめ返しながら、一言ずつ言葉を紡ぎ出す。するとシアンはそっと顔を横向け、彼を囲うようについたままの俺の腕を見る。

「婚約は去年破談になった」
「……は? なんで?」
「僕が断ったから」
「断ったって……どうして」

 相手の家のことは知っていた。婚約者本人もパーティーで見かけたことがある。シアンと彼女の家は古くから繋がりがある名家で、本人同士も幼少時からの知り合いで仲も良さそうだった。その縁談を断ったと、シアンは言った。

「……好きな人がいるから」

 小さな声で答えたシアンの手がシーツの上を滑り、彼の横に立てた俺の手指に触れる。ベッドに沈み込んだ手をそっとなぞるその指先を、絡め取るように握った。低くなった上体を更に伏せ、顔をゆっくりとシアンに近付ける。頰を赤く染めた白皙の顔に影が落ち、間近に覗き込む藍色の瞳に覆いかぶさる自分の輪郭が映る。呼吸がかかるほどの距離に近付き、顔を僅かに傾けると長い睫毛が小さく震えた。
 目を閉じて触れた唇はしっとりとして肌に馴染むように温かかった。一度離れ目蓋を開けると、シアンもゆっくりと視線を上げる。再び引き寄せ合うように静かに口付ける。触れ合ったまま唇を少し開き、また押し付けた。シアンのそれを食むように挟んでから、少し離して自分の唇を舌で湿らせもう一度押しあてる。
 ゆっくりと互いの唇を合わせ、感触を確かめるように密着させては角度を変えてまた重ねあう。そんな行為をしばらく続けた後、薄目にシアンの顔を眺めながらそっと唇の合わせ目に舌先で触れてみた。シアンの口が僅かに開き、その隙間に舌を差し込む。握っている手にぎゅっと力が入り、ぴったりと合わさった胸から一瞬呼吸が止まるのを感じた。

「……ん……」

 深くなった口付けの合間にシアンの吐息が漏れる。堪らず密着させた舌を撫で、唾液を絡めて咥内をなぞる。腹も胸も手のひらも肌と肌がぴったりと重なり、呼吸まで混ざっているかのような感覚になる。
 するとシアンが手のひらをぎゅっと強く握り締め、俺の腰に沿うように当てられていた足をびくんと震わせた。唇を軽く吸ってから顔を離し、力の抜けている目を覗き込みながらその髪を撫でる。

「どした?」

 自分でも照れてしまうほど甘い声音だった。緩やかに呼吸を乱していたシアンが深い瞬きをする。

「またおっきくなってきた」
「…………」

 言われて初めて気付く。キスに夢中になっていて自覚がなかったが、我ながら当然の反応だった。しかしその指摘には照れ臭い気持ちと同時にあるひとつの疑問が浮かぶ。このまま甘い雰囲気に浸っていたいのはやまやまだが、その発言でひとつどうしても気になっていることが再び頭を掠めてしまった。

「ごめん……蒸し返したくないんだけど、ひとついいか?」
「なに?」
「その……まず初めに俺はお前の言う通り遊んでた。ごめん」
「……別に、仕方ないし。いいよ」

 明らかにいいよ、とは思っていない表情で返されてしまい、後悔と罪悪感の入り混じった感情が襲う。今更どうしようもないこととは言え気持ちを立て直すのに少し時間をかけてしまった。数秒苦悶してから再び顔を上げてシアンを見る。

「で、お前さっきこれが初めてみたいなこと言ってたよね?」
「ん? うん……」

 すると今度はシアンが露骨に表情を変えて気まずそうに目を逸らしてしまった。その反応に思わず疑念の視線を向けてしまったがシアンは俺の顔を見ようとしない。もちろんその言葉を信じてはいるが何かを隠しているのは明白だ。

「初めてで普通こんなんなる?」
「ちょっ、ん……っ」

 腰を動かし軽く揺さぶると、やはりシアンは苦痛ではなく悦びの反応を見せた。

「ぁ……っ、あっ」
「ここも普通はいきなり感じないと思うんだけど」
「あ、はぁ……」

 ゆっくりとシアンの身体を揺らしながら片方の乳首をかり、と爪で引っ掻く。

「そ、れは……っ」

 切なげに目を細めたシアンが何か言おうとしたところで動きを止めてやる。繋がった箇所を密着させたまま上体を起こして座り、シアンの両側に手をつく。

「それは……その、人とするのは初めてだけど……ひとりで……してたから」

 そう告白して見上げてきた双眸は少し濡れていた。真っ赤な顔で唇を引き結ぶ顔を可愛く思いながら、その言葉を反芻する。

「ひとり……」

 呟くとはぁ、と息を吐き出したシアンが観念したように続きを話し始めた。

「好きな相手が男だって話したらアウルム先輩が色々教えてくれたんだよ。どういうものを揃えたらいいかとか、なんか図解とかをわざわざ作ってアドバイスしてくれて。アウルム先輩、ベイリー先輩と付き合ってるから詳しくて」
「……は?」

 アウルム、という名前に先日の深夜のことを思い出し、嫉妬してしまいそうになった。しかしその直後に知らされた情報が予想外でつい間の抜けた声を漏らしてしまう。

「アウルムとベイリー? 嘘だろ?」

 話に出てきた二人を詳しく知っているわけではないが、一般生徒の認識としてのその二人は家同士も本人同士も犬猿の仲だった。共にラウンジに在籍してはいるが、喧嘩する時以外会話はおろか視線すら合わせないという話だったはずだ。

「本当だよ。っていうか反応するのそこ?」

 不服そうにシーツの上で顔を傾げたシアンに向かってだって仕方ないだろ、と零すと確かに意外ではあるけど、と一応同意をされる。思わぬ事実に脱線させられたが、自分が勝手な早とちりから嫉妬を燻らせていたことがわかり情けない気持ちになる。

「……とりあえず事情はわかった。……あと一つだけ確認するけど、アウルムには直接教わった……わけじゃないんだよな?」
「直接?」

 一瞬何を聞かれているかわからなかったらしいシアンが、少し遅れて意味を理解し眉を寄せる。

「そんなわけないでしょ。それ先輩が浮気になるし」
「いや、もうその二人の話はいいから……」
「あと先輩達のこと、秘密だから誰にも言わないでね」
「言わねえよ。ていうか知りたくなかった」
「そっちが聞いてきたんじゃん。そこ言わないと説明出来ないし」
「そうだけど、それはまた別というか、」

 互いの顔を見合わせ、沈黙が落ちる。それが何年かぶりの二人の自然な会話であることに気付いた。まるでこの数年がなかったかのように話せている事実に、胸が温かさと少しの痛みを覚える。

「ごめん」

 項垂れて一言謝ると、シアンがまた首を傾げる。

「勝手に誤解して嫉妬してた」
「別にいいって」
「あとずっと避けてて……ごめん」
「……いいよ」

 シアンが俺に向かって手を伸ばす。優しく頰を撫でたそれは頭の後ろに添えられ、そしてそっと力をこめられる。引き寄せられるままシアンの肩口に顔を埋めた。

「こうやってここに戻ってきてくれたから、いいよ」

 表情は見えなかったが、とても静かな、穏やかな声だった。思わず甘えるように首元へ鼻を擦り付けると優しく髪を撫でられる。シアンの匂いは昔と少しも変わっていなかった。肺を満たすとそれは幸福感へと変わる。
 ちゅ、と音を立てて柔らかい首筋に唇を当てる。口付けながらラインに沿って上へ移動し、髪を梳きながら耳たぶを食むと頭に回された腕が色を持って絡みついてくる。
 耳たぶの曲線を舌先でなぞり、顔を上げるともう一度シアンと唇を重ねた。はじめから深くなるキスは互いの吐息を絡ませ、上がっていく体温を教え合うようだった。

「は……っ」

 舌を絡めながらシアンの太腿を撫で、その片方の内側から手を差し込み持ち上げる。弾力のある、日焼けをしていない白い腿裏に親指が食い込む。今度はシアンの中に埋まっている自身の中心が硬くなっていることをちゃんと自覚していた。

「んっ」

 片足を上げさせたことで挿入が深まりシアンが小さな声を漏らす。少し首筋を逸らした顎先に口付け、上半身を屈めて喉仏を舐める。そのまま肌を下へおりていき、赤く突き出た乳首に舌を這わせた。

「あっ……」

 腫れた突起を口に含んで吸い上げ舌先で扱く。右手は持ち上げたシアンの太腿の裏を撫でながら、更に深い交わりを望むように腰を押し付け続けた。その行為のどれに反応しているのか、シアンは短く喘ぎを漏らしながらびくびくと身体を震わせる。

「ここ、気持ちいい?」

 唾液で濡れた尖りを親指と人差し指で摘み、くりくりと両指の腹で転がす。片手の甲で口元を覆ったシアンが、目を閉じて恥ずかしそうに二度頷いた。

「ここも自分で弄ってた?」
「……っん、」
「……はっ」

 今度は大きく一度首を振る。興奮と共に一つ息を吐き出すと、シアンが目を開けてこちらを見る。

「いつの間にかやらしくなっちゃって」
「……だって、」

 上体を起こし、シアンの両の脚を掴んで開かせながら下半身を押し付ける。

「可愛いって言ってんの」

 一瞬不安そうな顔をしたシアンに口付けを落としながらそう言うと腰を強く打ち付けた。

「ん……っ、あっ、ジニア……っ」

 シアンが衝撃に耐えるように一度目を閉じ、眉根を寄せて俺を見る。名前を呼びながら伸ばされた手のひらを握り、指を絡ませてシーツに縫い止める。

「あ……っは、ぁっ」

 また腰を引いて、穿つ。少しずつ早くなる規則的な動きにシアンの身体が揺さぶられ、押されてシーツの上で徐々にずれてしまう。シアンと繋いでいる方と反対側の手でその身体が逃げないように肩を押さえる。

「や、まっ……あっ、あっ、あっ、」

 身体を動かないように押さえられると、今まで以上の激しい抽送にシアンの嬌声が大きく甲高くなった。室内には二人の荒い息遣いとシアンの喘ぎ声、そして肌と肌がぶつかり合う生々しい音が響いている。油薬で潤いよく滑るシアンの内壁は熱く絡みつき、すぐにでも果ててしまいそうだった。
 頰と目尻に朱を滲ませ、涙を溜めた瞳を快楽に歪ませるシアンと視線が絡む。堪らず上半身を倒し、身体を密着させる。快感にしなる背中と頭に両腕を回し閉じ込めるように抱きしめると、シアンの腕もまた俺の背中に回された。ひとつの肉の塊になろうとするように、強く抱きしめ合ったままぶつけるように唇を重ねる。

「あ……っだめ、もう……っ」

 口付けの合間にシアンが泣きそうな声で零す。

「ンっ、ンン……っあ、ああああっ」
「シアン……く……っう、……っ」

 二人の腹の間で擦れていたシアンの高ぶりが弾けた。その瞬間ぎゅっと強くしがみつかれ、腰に回った足にも力が込められる。同時に痙攣するような締め付けがあり、俺もまたシアンの中で熱を吐き出した。
 乱れた呼吸も速くなった鼓動もぴったりと重ねた肌越しに伝わり、どちらのものかさえ分からない。そうして繋がったまま、暫くの間何も言わずに抱き締め合った。
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