Preserved Words

樫井

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第七話

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 部屋に入るとシアンは白い布を被せたチェストの一段目を開けた。取り出したのは小さな広口のガラス瓶。それを持って俺をベッドへ上がるよう促す。そして小瓶の口を開けると右の指でその中味を掬った。中に詰まった軟膏は半分近くまで減っている。
 ベッドに片膝を乗り上げたシアンが俺の肩を押し、マットレスの上に寝かされる。腹のあたりまで覆いかぶさってくる彼を見ていても目が合うことはなかった。浴室での態度と違い敢えて淡々とその行為を進めようとしている様子に、微かな違和感を覚える。情欲に駆られているのだと思っていた。誘ったのはシアンの方だ。自分から始めたはずなのに、例えば夜の街で出会う人々のようにそのひと時を楽しむ素振りは感じられない。
 視線を上げることなく、シアンが俺の下半身に顔を伏せる。萎えかけているそれに顔を近づけ、一瞬躊躇うように動きを止めてからそっと唇で触れた。開いた唇の間から白い前歯と赤い舌が覗く。敏感な部分にシアンの熱く潜められた息がかかり肌がぞくりと粟立った。亀頭を少し舐めた後、軟膏のついていない左手で髪を耳にかける。暖色の暗い明かりを反射した銀糸がさらりと流れ落ちる。少し身を起こし、その髪に触れてみた。するとシアンは伏せたままの瞳をそっと左に寄せた後、ゆっくりと俺の性器に舌を這わせた。

「……っ」

 左手で根元を支えながら裏筋を撫でるように何度も舐められ、そして先端を口に含まれる。やけに拙い仕草で口淫を続けながら、シアンが右手を自身の体の後ろへ回す。一度舌の動きが途絶え、白い背中が震えた。陰茎に沿うゆるゆるとした動きに合わせてマットレスが揺れる。横を見ると蓋が開いたままのガラス瓶が目にとまった。
 手を伸ばしてそれを掬い取る。シアンの頰に手を掛けて口淫をやめさせると彼は戸惑ったように見上げてきた。長い睫毛が影を落とし、瞳は水の膜を張ったように潤んでいた。口元は唾液と先走りで濡れ、半開きになった下唇にはそれらが零れ落ちそうに溜まっている。
 首の後ろに手を添えて上体を起こさせると、その体を横側に押し倒す。シアンが僅かに抵抗しようとしたのを肩を押さえて制すると、目尻を赤くした彼はそっと視線を外して口元を腕で覆った。
 立てた状態でぴたりと閉じられている膝頭に両手を掛ける。すると少し強張って力が入るのを無視して足を左右に開かせた。

「……ふ、」

 シアンが深呼吸のようにひとつ大きな息を落とした。開かせた中心は勃ち上がった陰茎が聳え、持ち上がった陰嚢の下にはたった今までシアン自身によって解されていた窪みがある。更に足を持ち上げるように開かせると、ランプの明かりに晒されたそこは油薬によっててらてらと光り、窄まった襞がひくりと小さく動いた。
 すぐにでも突き入れたい衝動を抑え、軟膏の付いた指を伸ばす。体温に溶けて透明になるそれはぬるぬるとよく滑った。孔の周りに塗りつけるように二本の指で割れ目の間を往復する。上を見るとシアンが顔を隠したままはくはくと口で呼吸をしていた。
 窄まりの中心へ中指を突き立てる。はじめに抵抗があり、少し力を込めると軟膏の滑りを借りてそれは根元までぬるりと入った。

「あ……」

 シアンの膝がびくんと揺れ、シーツを掴むように足の指が動く。しかし両腕を重ねるように顔を覆っておりその表情は見えない。シアンが解していたせいなのか、あまりに簡単に俺の指を受け入れたそこに驚いた。
 まだ余裕のあるそこに二本目の指を差し入れる。引き抜いて押し込むと、シアンが肩で息をしながら何かから逃れるように身を捩らせた。

「はっ、あ……」

 その反応を見て、ゆっくりと抜き差ししていた指の速度を上げる。

「あ、あぁ」

 シアンの体がびくびくと仰け反る。腰が僅かに浮き上がり、呼吸をする度に上下する胸の動きが抽送につられるように早くなっていく。

「やぁ、あっ、あ……っん」

 そんな声は聞いたことがなかった。普段より少し高い音で、鼻にかかった甘い響きはまるで媚びているようだ。学院の優等生であるシアンがだらしなくひらいた唇から零す、嬌声。男のくせに、色事になんて興味が無いような顔をしていたのに、こんなところを嬲られていとも簡単に陥落してしまった。初めて会った男が相手なのに、聞くに耐えないようないやらしい声を出して性器でもないそこをひくつかせている。
 動きを止めて指を引き抜いた。シアンが腕の間からこちらを窺う。淫欲に満ちた幼馴染の顔を見返して、見せつけるように勃起した自身を後孔に押し当てた。

「はぁ……待っ、」

 息をする合間にシアンが言いかけた言葉を無視して肉棒を一息に押し込む。

「んっ、あぁっ……」

 まだ少年の体とは言え、早熟だった俺のそれは勃起すればそれなりのサイズはある。指より余程太さのあるそれをシアンはすんなりと飲み込んでしまった。
 シアンの両の膝裏を手で押すようにして体を前に倒した。見下ろしたシアンは眉根を寄せ、泣きそうな顔で俺を見上げている。

「ぁん……っは、」

 少し腰を動かしてみると、彼は身をくねらせて震えた。その肉欲を隠そうともしない淫らな身体と、目の淵に涙を溜めた哀れっぽい表情。吐息と共に吐き出される浅ましい喘ぎ声に、堪らなく興奮した。

「ねぇ」
「…………?」

 話しかけると、顔を横向けシーツを手繰り寄せるように握りしめていたシアンが俺を見る。

「男とするの、慣れてるんだね」

 吐き捨てるように、賞賛するように言葉を投げる。シアンは一瞬何を言われたのか理解出来ない様子だった。

「は……?」

 そして軽く目を見開き、口を僅かにあけたままでそう聞き返してくる。

「彼氏いるでしょ?」
「……何言って」
「隠さなくていいよ」

 話しながらぐいっ、とシアンの中に埋め込んだ性器を動かす。

「……んっ」
「顔に似合わずセックス好きなんだね? 彼氏だけじゃ足りない?」
「は……っ、ちが、……あっ」

 少しずつ腰の動きを大きくしていく。言われた言葉が心外だったのだろう。シアンは俺を睨みながら、しかし奥を穿たれる度に目を閉じて快感に耐えている。全然、自制心なんてないじゃないか。煽られて言い返したくても、こうやって中を擦ってやれば何も言えなくなるなんて。

「待っ、そんな、いない……っ」
「は? 何?」
「だからっ、彼氏とか……いない、し……慣れてない……っ」

 シアンが俺の腕を掴み、首を振りながら途切れ途切れにそう伝えてくる。

「嘘。遊び慣れてるじゃん」
「ちがっ、……っあん」

 今の自分の体格がもどかしい。もっと無理矢理に、強い力でシアンをめちゃくちゃに抱き潰してしまいたいのに。こんなことなら、誰かのものになる前に強引にでも自分のものにしてしまえばよかった。嫌われても軽蔑されても、体だけでも、俺が手に入れてしまえばよかった。

「ねぇ、待って、おねが……っ」
「俺、何歳に見える?」
「え……っ?」
「自覚あるのか知らないけどさ、こんな初めて会った年下の相手まで連れ込むとか、結構ヤバイよ」

 最後は笑いながらそう言った。シアンは唇を噛み締め、しかし腰をぐるりと内壁の上部に当てるとあっ、と甘い声を出す。そしてまた俺を恨みがましそうに見上げる。

「……っ」

 足を掴み、角度を変えようとした時だった。シアンの足が腰に回り、俺の動きを阻むように絡みついてくる。体格差で上手く動けなくなり、体が前に倒れる。シアンの体の両横に手をつき、覆いかぶさる体勢になった。すかさず俺の両腕をシアンが捕まえる。

「っ……さっきから、何が言いたいの?」

 きつくした視線で見上げてくる瞳を見返し、俺も両の眉根を寄せる。そして無言で部屋の奥を指し示すと、シアンも顔を横向けて同じ方向を見た。指差したのは白い布の被せられたチェストだった。

「あれは何?」
「え? あ、あれは……」

 怒気を滲ませていたシアンが、突然焦ったように視線を彷徨わせて言い淀む。その反応に確信を持った。

「宝物なんでしょ? 彼氏からの贈り物? それとも私物とか?」
「あれは、そういうんじゃ……」
「じゃあ何?」
「だから、その……」

 何度か口を開こうとして、しかしその続きは聞こえてくることなくシアンは口を閉じてしまう。はっきり言えばいいのに、今更後ろめたいんだろうか。シアンの横顔を見下ろしながらため息をつく。

「酷いんじゃない? 相手がいるのに誰とでも寝るんだ?」

 横顔に向かって、そう言い放つ。すると俺の腕を掴んでいるシアンの手に力が入った。

「そんなことしない! 好きな相手としかこんなことしない!」

 突然大きな声を出されて面食らってしまった。目を丸くしてシアンを見返すと、なぜか泣きそうな顔をしている。必死な表情を浮かべるシアンに、俺はベッドについた手に体重を掛けて体勢を少し変える。

「この状況で何言ってんの? 今自分が何してるかわかってないの?」

 首を傾げてみせてから、ぐっと強く腰を押し付けた。未だシアンの中にある存在を思い出させるように腰をゆっくりと回してやる。

「あ、あ……まっ、んぅ……っ」

 シアンの表情がまた崩れる。慌てるように目を見開いた後、目蓋を震わせながら喘ぎ声を抑えようとする。

「酷い人だな。真面目そうな顔して」

 シアンがびくんと首を仰け反らせ、また唇を噛みながら俺を睨みつける。

「違う、あれは……っ」

 俺が動きを緩めた隙に、シアンがチェストへ向けて片手をかざした。瞬間、ひやりとした冷気が肌に掛かる。シアンの指先から小さな吹雪のような優しい風が吹き、チェストを覆っていた布がふわりと舞った。ゆっくりと落ちてくる白い布の向こうに、今まで隠されていたものが現れる。

「え……?」

 白いプリムラ、紫のクロッカス。赤いゼラニウムに、マーガレット、フリージア、リラ。
 一瞬、呼吸が止まった。どれも見覚えがありすぎるほどよく覚えている。その花々は一本一本がすべて金色の縁細工の施された円筒形のガラスケースの中で、今でも淡い金色の光を零しながら咲いていた。十年前に初めて贈った白いプリムラも、まるで今日咲いたかのように瑞々しく輝いている。
 凍結の魔法だ。対象のものを、その時の状態のままに保ち続ける術。しかしこの術は保存の対象となるものと自分とを繋ぎ、微量とはいえ常に魔力を注ぎ続けなければいけないはずだ。この量を何年間も保存し続けるには術者への相応の負担もあるはず。そんなことを、シアンは十年前から今までずっとしていたというのだろうか。
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