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第二章 魔王様、小学校六年生をお過ごしになる

72 魔王様達は、夏休みのマトメを為さる。

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慌ただしかった夏休みも今日で終わり。
僧侶と武闘家は、昼には迎えのリムジンが到着し帰ることになった。


「長らくお世話になりましたわ」
「楽しい時間であったぞい」
「それは何よりです」
「まぁ、婿に出来なかったのは残念じゃ……とても、とても残念じゃ」
「聖女様がお相手でしたら、わたくし達は身を引くしかありませんものね」
「僕の事も諦めてくれて助かったよ」
「魔法使いはまだ狙えるだけの位置にいるとは思うんじゃがのう」
「逃げられる気がしますわ」
「うん、全力で逃げさせてもらうよ」


そんなやり取りをしながらも、勇者は少しだけ幸せに浸っている。
アキラとの想いが通じ合ったのが大きいようだが、僧侶と武闘家はそんな勇者を見て微笑んだ。


「しかし、勇者も良かったのう。良き相手に恵まれて」
「本当に」
「お? あ! うん! とても良かったと思ってるぞ!」
「わたくし達も精進せねばなりませんわね。そう……料理が美味くて雄々しく強い男性と結婚する為に」
「その通りじゃな」
「二人とも頑張ってくれ!!」


理想が相変わらず高い。
――と思ったのは我だけではなかったようで、魔法使いと共に遠い目をした。
次にやってくるのは何時になるか分からないが、二人が息災に過ごせばいいと思い、リムジンに乗る二人を、手を振って見送った。


ある意味、今年の夏休みは怒涛の夏休みではあったが、明日から新学期、もう卒業まではそう遠くない。
先日、アキラと魔法使いと各親達とで、中学生の制服を注文しに行った。
それぞれ大きくなることを考え、少し緩い服装にはなったが、男の子は一度や二度は買い替えるものだと聞かされ少しだけホッとする。
それだけ背丈も伸び、また一つ大人に近づくと言う事だろう。
寺の手伝いも終わり、何時もの通り金突き堂にて他愛のない会話をするのだが、魔法使いは中学生になったらどうするかと言う問題に色々考えているようだ。
此処にアキラが居れば中学時代をどう過ごすのか色々聞けそうだが、まずは魔法使いの話をジックリ聞くことにした。


「魔王もアキラも中学に上がったらどうするんだ?」
「そうですねぇ……大まかな内容は聞き及んではいますが」
「そうなんだよね。この異世界と違って、オル・ディールの世界じゃ12歳って言ったら冒険者の仲間入りを果たして、働いてる年齢だもんね。それにこの異世界じゃヘタすると25,6歳まで勉強の為に学校に行くだろう? 信じられないよ」
「まぁ、確かにあちらの世界での25.6歳と言うのは、結婚して家庭を持っていても不思議はありませんね。まぁ、人間ならば……が付きますが」
「魔王たち魔族はどうだったのさ」
「魔族の25,6歳なんて若造ですよ。言うなれば小学校低学年、下手すれば幼稚園児ですね。私だって当時では若い部類でした。何せ200歳いってませんでしたからね」
「うわぁ。人間でいう200歳とか骨だよ骨」
「そうですね、200年の歳月があれば国の一つや二つ、名前が変わってますよね」


あちらとこちらの世界の違いは面白い。
年齢の違いも面白いが、魔族と人間の違いと言うのはとても大きいのだ。
人間で言えば既に成人と言われる年齢であっても、魔族にしてみればまだまだ子供。
見た目的な差はあまりないし、個体差はあるが、よく勇者たちにちょっかいを出して倒されていた魔族と言うのは、大抵子供だったのだ。
大人は基本的に勇者たちに興味がない。
だが、難癖吹っ掛けてくる為、払いのけねばならない。
なまじ、魔族を倒せるだけの力があるが故に厄介な者たちだったと記憶している。


「話は戻りますが、中学になったら私は勉学に勤しみ、高校は農業高校に行きたいんですよね」
「農業高校ってそんなに勉学必要だったっけ?」
「単純にこちらの世界の勉強が楽しいだけです。魔法がない代わりにこちらの世界には化学がある。あちらの世界に化学があればもっと豊かになっていたでしょうね」
「冒険者は少なくなるだろうけどね」
「命がけの戦闘をせずシッカリとした基盤で働けるのなら良いのでは?」


そんな話をしつつも、こちらの世界での勉学に勤しむのは本当に楽しい。
日本と言う国は言葉や文字だけで大量にある。他国とは随分と違うところがまた楽しかったし、覚えることが多いのは苦にはならない。


「結局、私は寺を継ぐことが決まっているのですから、高校までは好きな所に行って良いと言う許しを頂いていますので、好きにさせて頂きます」
「なるほどなぁ」
「魔法使いさんはどうなさいます?」
「僕は自分の魔法使いだった頃の特性を生かせる職業に就こうと思ってるんだ。やっぱり生まれ変わっても根本は変わらないよ」
「変わったのが二人いますけどね」
「アレは特殊。そうだなぁ……。僕は将来、学校の保険医か、児童相談所に勤めたいと思ってる」


魔法使いの思わぬ言葉に目を見開き彼の顔を見ると、何やら思う事があるのか真っ直ぐ前を向いていた。


「日本は豊かだ。勉強をする権利は誰にでも与えられている。けれど、人の尊厳は結構軽い」
「と言うと?」
「学校のあちらこちらでもみたでしょ? イジメに親に愛情を貰えていない様子の子供達。ずっと心に引っ掛かてるんだ。何とかできないもんかなって」
「……」
「調べたんだ。いじめ問題に関しても、ネグレクトの親を持つ子供たちも、助けに入る為の入り口は同じだった。ただ、児童相談所だって上手く機能していないところもある。良い場所に就職できればいいけど、こればかりは分からない」
「魔法使いさん」
「ま、イジメ探偵になるのも一つの手かな?どちらにしても法律は必須だろうから僕も勉強するけどね。高校は別々になりそうだ」


そう言って背伸びをする魔法使いに、我は「そうですか」とだけ伝え、同じように前を向いた。
中学までは一緒かも知れない。
だが、高校は分からない。
臨む道、選ぶ道、選んだ将来の為に分かれることは良くある話だ。
我は植物を育てる、作物を育てることが好きだからこそ農業高校へと進む。
それに、家の跡を継いでも、畑に手を加え続けることは出来るだろう。


「将来の分岐点がさ、中学まではそこまでないけど、高校ってなると一気にバラバラになるよね」
「そうですね、まぁ中学もクラスが違えばバラバラですが」
「僕と魔王は同じ家に住んでるから、たまに此処で会話できるじゃん」
「そうですね、アキラは色々大会にでるでしょうから、こちらにくるのは勇者とのデートくらいになりそうですね」
「薄情者め」
「ははは」
「それでも、少しでも昔から知ってるやつと繋がれるってのは、良い事なのかな」
「良い事にしましょう。人間の人生は短いですが、ある意味長いですから」
「元魔族が言うとなんか違う」
「享年200歳の魔王ですから」


こうして、明日から新学期に向けて早めに家に戻り、持って行く物の準備などを進める。
宿題も問題なく終わっているし、課題も終わっている。
問題は――……担任が校長たちと喧嘩しないかどうか。
多分無理だな、喧嘩するな。注意ですまないかもしれないな。

けれど、ああ言う破天荒な担任が最後の小学校の先生で良かったとも思える。
せめて明日から始まる新学期からは、平和な最後の小学校生活を送りたいものだ。
そう思いつつ晩御飯を作り、お風呂を沸かし、何時ものおさんどが終わると早々に風呂に入って眠りについた。
――忙しい夏休みが終わった瞬間だった。



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