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悪役令嬢は押しかけ女房なんです!

第9話 結婚式の前に、商会運営を再スタートさせますわよ!

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 結婚式までもう少しと言った初夏への入り口。
 シトシトと降り続く雨は眠くなりやすいものの、アホ王太子がやらかした婚約者への贈り物リストを纏め上げ、公爵家にも確認を取り、最早逃げ道を塞いだと言って過言ではないそんな頃――リコネルの商会で働く人員がこの辺境伯爵領へと入国しました。

 一度顔合わせをして欲しいと言う相談をリコネルから受け、店舗兼彼らの住まいとなる場所へ向かうと、5人の社員がお迎えしてくださいました。


「皆さん、お久しぶりですわね」
「お久しぶりです社長」
「王都での悪評なんてなんのそのだわ!」
「ここで新たな物語が始まるのね!!」


 そう言って盛り上がる女性3人、残る2人は男性で、慌てて私に気がつき、深々と頭を下げてきました。


「ジュリアス様、この度は店舗を用意して頂き、ありがとうございます!」
「安全面まで配慮して頂き、なんとお礼を申し上げて言いか!」


 その言葉にリコネルとお喋りをしていた3人も私に気がつき、慌てて礼をしてくださいました。
 聞けば、女性3人は、小説担当ナナリー、絵本担当ピカリー、挿絵担当ニナニーと言う三姉妹なのだとか。
 では男性はと言うと、3人を統括する兼、商会では命綱と言って良い経理や事務なのだとか。
 商売の販路は、小説や絵本なので、売り場さえあればこの辺境領地でも商売は間違いないでしょう。
 寧ろ、リコネルは小説や絵本以外に、子供達に文字を教えたり、数字を教えるカードゲームを作っていたりするので、そちらは王都でしか中々手に入らなかったので、今後この領地でも人気が出てくることでしょう。
 店舗の中に入ると、日差しを余り入れすぎない、けれど本も読めるカフェスペースも併設されており、カフェでは買った本を読みながら軽食が食べられるのだそうです。
 これはリコネルの発案で、王都では中々出来なかった一つなのだとか。

 確かに買った本は直ぐに読みたい……と言う気持ちは誰しもが同じのようで、この商売は必ず当たることでしょう。
 また、調理が出来る人材、本を整理する人材と、リコネルの商店だけで、どれだけの労働者が増えることか、そしてそれがどれだけ幸せなことかと思うと、彼女の経営能力に思わず関心しました。


「これはまだ序の口ですのよ?」
「序の口……ですか?」


 感心しきっていた私に耳打ちするように口にしたリコネルに聞き返すと、彼女は持っていた鞄から一枚の書類を見せてくださいました。
 そこには――孤児院への絵本の寄付、及び、カードゲーム大会を開く催しが書かれており、彼女の顔を見るとニッコリと微笑まれました。


「わたくしの商売は貴族、平民だけではありませんわ。一番の弱者である子供にこそ教育は必要と考えておりますの」
「……リコネル」
「文字を覚えること、数字を覚えることを幼い頃からやっていれば、将来少なくとも職に困る事はなくなりますもの。これを領地で広めて行きたいんですの。暫くは時間が掛かってしまいそうですけれど、丁度コンテストまで一年時間が御座いますでしょう?」
「ええ」


 確かに、この領地で新たに小説を書ける者、童話を書ける者、絵を描ける者を選出するにも一年後のコンテストまで待たねばなりません。
 つまりリコネルはその期間の間に、孤児院に赴き、寄付したカードゲームや絵本で文字を覚えたり数字を覚えたりと言う事をやろうとしているのだと解ります。


「許可は必要でして?」
「今此処で許可を出しましょう。ですが、行くのであれば私も一緒に向かいますし、出来れば結婚式まではお待ちくださいね?」
「勿論ですわ」


 そう言って満足そうに笑うリコネルに、私は彼女の更なる才能の見た気がしました。
 弱気者を気遣う優しさ、気配り。
 王妃に必要不可欠な尊き強さ。
 それを、あのアホ王太子は見ることもなく婚約破棄したのかと思うと、王都は確かに次の世代までは持たないだろうと判断してしまいます。


 事実、王太子の言動には問題がありすぎて、次期国王には相応しくないと言う声が大きく上がっているのです。

『クリスタルに背いた行いをしたが故に王都が消える』

 そう囁かれているのもまた事実。
 実際、一ヶ月王都を放っておいたら、財政は破綻しかけ、進むはずの事業は進まず、無能な議員や無能な貴族達による議論ばかりが繰り広げられ、何一つ政策は進まず立ち往生しているのだとか。
 国民からは進むはずの国からの支援が滞り、不満が爆発寸前とも聞き及んでおります。
 私がたったの一ヶ月、王都での国王の代わりの執務をしなかっただけでこの状態。


 ――この状態なのに、結婚式へ参列すると言うのですから、多少なりの攻撃はあるでしょう。
 もしくは、赦しを乞いに来るか。後者ならどれほど気が楽かと思いながら店舗を案内して頂き、続いて隣にある工房へと足を踏み入れました。


 小説部門の部屋、絵本部門の部屋、そして挿絵部門の部屋には道具が取り扱われており、そこに【新商品】と書かれたクレヨンが置かれていました。


「おや、クレヨンに新商品などでたのですか?」
「ええ、この領地では養蜂も盛んでございましょう? 前々から目をつけていたんですけど、やっと出来上がりましたの。蜂蜜から採れる体に害の無い色鉛筆を作りましたわ。これで子供の口に入っても大丈夫ですのよ!」
「口に入れても大丈夫なクレヨンなど……夢のようですね」
「ふふっ 既にテストは済んでおりますわ。無論、このクレヨンを使ったコンクールも考えておりますし、何より子供、そして、その親が喜べる催しも考えておりますの」
「それは楽しみですね」
「ああ、もちろん孤児院にも寄付予定の品物ですわ。画用紙と一緒にね」


 そう言って私に画用紙と新商品のクレヨンを見せるリコネルに思わず微笑むと、ナナリーが嬉しそうに「本当に仲がよろしいのですね」と声を掛けてきました。
 確かに屋敷でもこの調子でリコネルと一緒にいると、サリラー執事は嬉しそうにしているし、メイド長のメルサは涙を浮かべて「ご主人様がついに奥様を得られて」と感涙することが多々あります。


 35歳独身、それは貴族の中では最早「結婚できぬ男」と言うレッテルと同じことです。
 影では「種無し」だのと陰口を叩かれる事もありましたが、それもなくなる事でしょう。
 まぁ、言い触らしている噂雀は、どうやら国王のようですが、今は国王の雀たちも静かなもので息を潜めているのが現状です。


 リコネルの溢れる才能を埋もれさせること無く、そして、悪役令嬢と言う名を利用するといったリコネルですが、出来れば悪役令嬢などと言う汚名を綺麗に流し、そして【流石ジュリアス様の奥方様】と言われる様になるのは何時になるか。
 それもまた、一つの楽しみでもあります。


「では皆さん、これからよろしくお願いしますわね! まずは本の販売からスタートさせて、カフェでの飲食も早めにしたいから……ディロン、王都にいた時のように、店舗で働く従業員の人選は貴方に任せるわ」
「解りました社長」
「給料の関しては此方の書類に目を通しておいて頂戴。この領地での平均的な収入を記載しているわ。できればそうね……男性よりも女性の方を優先的に」
「王都でのやり方と同じでよろしいのですか?」
「もちろんよ」
「解りました、直ぐに悪役令嬢や婚約解消などといった不名誉なレッテルを剥がして見せましょう」
「剥がさなくても宜しいのですけれどね……まぁ、貴方にお任せするわ」
「お任せくださいませ」


 そう言って一連の流れを確認した後、私達は屋敷へと戻りました。
 そういえばリコネルの商会では女性を多く雇っていたのを思い出します。
 一度経営の方法を聞いてみてもいいかも知れませんね……きっとこの領地に、新しい良き風を吹き込んでくれることでしょう。


「久々にお仕事モードは疲れましたわ! でも遣り甲斐はたまりませんわね!」
「フフ、余り無理を為さらないようにしてくださいね?」
「ええ、今日は少しリフレッシュしたら早めに寝ますわ!」


 そう言うとリコネルは私の頬にキスを落とすと、逃げるように部屋へと戻って行きました。
 むぅ、これでは私ばかりが嬉しいだけで、彼女を口説くことが出来ませんね……何時か私も頬にキスをしてみましょう。


「幸せとは、良いものですね」


 小さく呟き、私も自室へと戻ったその日の夜――。

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