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弐:注文の多いお化け屋敷
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ゴンドラからなんとか生還した僕を、ベガは力の限り抱きしめてくれた。嬉しいは嬉しいものの、ごりっと下半身に当たったそれに固まってしまった。……そういえば勃ってたな。それに、抜いてないのか。
けれど、わざと押し付けて擦り付けてくるのはどうかと思う。
「……おい、ベガ」
「仕方ねぇだろ!目の前であんなエロい姿見せられて我慢できっかよ……!」
「あれは不可抗力だ!……くそ、さっさと次に行くぞ。……あ、あとでちゃんと、抜いてやる、から」
「……その言葉、忘れんなよ?」
人前で達してしまって若干吹っ切れた僕は、ベガと連れ立って次のアトラクションに向かった。
こんなものはもう、躊躇せずにさっさと終わらせてしまえばいいんだ。
──そうして辿り着いたのは、お化け屋敷……もとい絶頂女装ちかん屋敷。
外装はお化け屋敷というより……なんというか、あっち系のホテルに近い。そして入口の所には大きなクローゼットと更衣室があった。女装と銘打ってあるのだから、女物の服に着替えろ、ということだろうか。
「……さっきよりはマシ、か?」
「まあ、女装くらいならなんとかなるだろう。……痴漢というフレーズが気になるがな」
「…………いざという時は守ってやるよ」
「っ、……た、頼りにしているぞ」
む……、不意打ちでそんなことを言われると困ってしまう。これ以上僕を惚れさせてどうしようというのだ、全く。……というか、言った当人が照れてどうする。こっちまで伝染するじゃないか……!
「んじゃ、行くか」
「あ、ああ」
ぎゅっと手を繋ぎあって入口に近付いていくと、またあの声が聞こえてきた。
『絶頂女装ちかん屋敷にようこそ!ルールを説明するよ!まずはくじを引いてそこに書いてある衣装に着替えてね!中には至る所に悪漢が潜んでいるから痴漢されないよう上手く躱してゴールを目指してね!』
「…………だとよ」
「ふむ、つまり頑張れば回避可能ということか。くじというのは……これだな」
カウンターの上の、手作り感溢れる箱を軽く叩く。丸く空いた穴から中を覗いてみると、折り畳まれた紙が沢山入っていた。……一体どれだけ種類があるんだ?
「その前にさ、シリウス」
「む、何だ?」
「歩いてだいぶ収まったけどまだムラムラすんだよ。さっき抜いてやるって言ってたよな?」
「っ……!」
「こんな状態で女装すんのもあれだし、中途半端にしか力出ないし?……ああ、手でも口でもどっちでもいいぜ」
「…………仕方ない、な。いざという時動けなかったら困るからな」
──そして。
場所を少し移動してベガのちんこを慰めた後、僕達は改めてくじへと手を伸ばした。……詳しいことは省くが、ベガのそれは相変わらず大きくて、顎が疲れたとだけ言っておく。
「うわ、セーラー服かよ。しかも下着まで女物とか……完璧変態じゃねぇか」
引いたくじを眺めて眉を顰めたベガに続いて、僕も箱から紙を取り出す。
なるべく無難な物がきてほしいと思いながら、小さな紙を広げると。
「し……、しーするーべびーどーる……?」
「は?何だその呪文」
「僕にも分からな……ああ、数字が書かれているから、これと同じ番号の服をクローゼットの中から探せばいいんだな」
ガチャ、と試しに開けてみたクローゼットの中には、予想通りハンガーの所に番号札が貼られていた。そして、色とりどりな服がずらりと並んでいる。
クローゼットは三つあって、その内の一つを開けたベガはすぐにセーラー服を見つけたようだ。ご丁寧に着方を書いた紙や下着もセットになっている。
「先に着替えてっから。……丈長くてほっとしたぜ」
「ああ。僕もすぐに行く」
紙に書いてある番号は44番。しーするーべびーどーるとは一体何なのだろうと思いながら番号を追っていた僕は、ようやくお目当ての物を見つけて、瞠目した。
「こっ……、これを…………着ろというのか……!?」
『ちなみに変更は出来ないから気をつけてね!10分以内に着替えないとルールに反したと見なして悪漢達に襲ってもらうからね!』
「う……、うう…………」
呆気なく逃げ場を奪われ、残された……というか強制的に選ばされる選択肢は一つしかない。
無駄に肌触りがいいそれを握りしめ、僕は泣く泣く更衣室へと入っていった。
*****
「──シリウス、まだか?」
「…………き、着替えは終わった……んだが、……っだ、だめだ!恥ずかしすぎる……!」
「はぁ?終わってんなら出てこいっての。開けんぞ」
「わああ!開けるなばか!まだ心の準備がっ……!!」
止めたにも関わらず、無情にも引かれた更衣室のカーテン。ベガとばっちり目が合う。ベガが丈の長いセーラー服を着ると不良娘のようだな、と冷静に思考出来たのは一瞬で、すぐに自分の格好を思い出してしゃがみ込んだ。
だめなんだ、これは。アウトすぎるし、そもそもこんなの服じゃない。
「シリウス…………」
「……ばか、見るなぁ……っ!」
「やべ、マジでエロい…………」
シースルーベビードール。
着方が書いてあった紙には女性用の下着という注釈がついていた。確かに女装かもしれないが、これは下着であって服じゃない。それに何より……透けているのだ。本来なら隠すべき大事な所が、透けて見えているのだ。
素肌に直接着るタイプらしい、フリルがついたワンピースのような物は全体的に透けていて、生地を少し押し上げる乳首が丸見えだ。一応長さは股下数センチまであるが、これもまた透けているから意味がない。
その下にパンツを穿いているものの、Tバックな上に面積も狭く、おまけにこれも少し透けているから性器の色形がくっきりと分かってしまう。
布を纏っているはずなのに、ほぼ裸の感覚だ。こんな格好で歩き回らなければいけないのかと思うと、恥ずかしすぎて死にたくなってくる。
「……シリウス」
「うう……、ベガぁ…………」
「どっちにしろ行かなきゃなんねぇんだ。無理矢理抱きかかえられて連れて行かれんのと、自分の足で歩くの、どっちにする?」
「……………………じ、自分で、歩く。ベガに迷惑はかけたくない」
「おら、だったら早く立てって。さっさと終わらせて元の格好に戻ろうぜ」
「…………ああ、そうだな」
のろのろと立ち上がって、ベガが差し伸べてきた手を握る。薄い布越しに風を感じるだけで、思わずぞくりとしてしまう。
……落ち着け、僕。こんな姿で勃起してしまったら大惨事だ。
僕は一つ大きく深呼吸をして、ベガと共に二つ目のアトラクションに足を踏み入れた。
*****
外観もだったが、内装もピンクを基調としたどぎついものだった。壁には大きなハートマークが乱舞していて、どこまで続いているか分からない道は紫とピンクが混じったようなライトで照らされている。一言で言うなら、あからさまにアレな雰囲気だ。目がチカチカする。
「…………こんなとこを歩かなきゃいけねぇのかよ」
「嫌な予感しかしないな……」
「シリウス、絶対手ェ離すんじゃねぇぞ。危なくなったら走るからな」
「わ、分かった」
頼もしいベガの言葉にきゅんとしながら、僕より少し大きい手を握り直す。……こんな状況でなければ、デートだと浮かれることが出来たんだがな。
ほぼ一本道の通路を警戒しながら進んでいくと、紫色のカーテンで仕切られている部屋に辿り着いた。他に道はなかったから、ここを開けて進むしかないのだろう。
「あからさまに何か来そうな雰囲気だな……」
「ビビってても仕方ねぇだろ。……行くぞ」
「…………ああ」
ベガの手がカーテンへと伸びる。ごくりと唾を飲み込んで、その手の先を注視する。何が来るか予想もつかない。すぐ走れるよう足に力を込めた僕の目の前から、カーテンがシャッと引かれた。
そうしてすぐ飛び込んできた光景に、僕は思わず拍子抜けしてしまった。
「…………テーブル……が、あるだけ?」
カーテンの先はちょっとした小部屋になっていて、右の方に同じようなカーテンが下がっていた。どうやらそこから先にいけるらしいが、これ見よがしに置いてあるテーブルがどうも気になる。
「……何か乗ってんな」
「あ、ベガ、無闇に近付くと危ないぞ」
「触りはしねぇよ。……何だ、これ。ボトルと……紙?」
「……何て書いてあるんだ?」
「あー……、『この美容水を身体に塗ってください』って書いてあんな」
「……怪しすぎる」
「あぁ。つーかこれ美容水とか書いてあっけどローションじゃね?」
「ロ、ローション!?」
「そんなニオイがすんだよ。まぁ、勘だけど」
「…………何にせよ、無視した方がよさそうだな」
僕達は怪しいボトルを無視して先に進むことにした。
警戒しながら開けたカーテンの先はまた同じような道が続いていて、辺りに注意しながら歩いていく。
と。
バリィッ!!
「ひっ!?」
「っ、シリウス!」
唐突に、何の前触れもなく、人間の手が壁を突き破ってきた。避ける暇もなく、僕が着ているベビードールの裾が掴まれてしまう。
どうしてこんなのだけお化け屋敷風にしてくるんだと罵りながら、手を外そうと躍起になるも、ちっとも緩んでくれない。
それどころか、じわじわと壁の方に引っ張られてしまう。
「あっ、ベガっ、助け……!」
「くそっ!何だよこれ少しも離れねェ……!」
「ど、どどどうすれば……っ」
「チッ、……シリウス!そのひらひらしたやつ脱げ!」
「ぬっ……!?」
脱げ、と叫ばれて思わず固まってしまった僕を一瞥して、ベガはベビードールの肩紐を掴んで一息にバッと引き下ろした。
……迷っている場合じゃない。下に溜まった布の塊から足を引き抜くと、ベビードールだけ握りしめた手はそのままヒュッと引っ込んでいった。
「……はぁ……、助かった……。まさかこんな形で襲ってくるとは……」
「足掴まれてたら終わりだった……な………………」
「……ベガ?どうしたんだ、そんな真っ赤な顔をし……、っ……!?」
……ベガの視線を辿って、僕は今の自分の格好がどれだけ酷いのか自覚する羽目になってしまった。
ベビードールも恥ずかしかったが、透けているとはいえ一応布地だったわけで。ほんの少しは隠す用途を発揮してくれていた。……けれど、それを脱いでしまった今、僕が身につけているのは白い下着一枚だけだ。後ろは紐が通っているだけだから尻が丸見えだし、前に至っては……玉が少しはみ出してしまっている。
誰がどう見ても変態としか思えないような格好に、羞恥で全身が熱くなってしまう。
「……あ、ベガ……、その、見ないでくれ……っ」
「お、……おう。…………ここで盛る訳にはいかねぇしな。ほら、これ着ろよ」
「わぷっ」
無造作に投げつけられたのは、ベガが着ていたセーラー服の上着だった。ブラウス姿になったベガはがしがしと頭を掻きながら早く着るようにと急かしてくる。
「あ、ありがとう、ベガ」
いそいそと袖に手を通して頭から被る。下まで隠れるほど長くはなかったけれど、服を着ているという感覚に安堵する。それがどれだけ情けない格好だとしても、だ。
「……だいぶ時間喰っちまったな。少し急ぐか」
「ああ」
──そうして。
時々壁から現れる手に驚きながらもベガの野生の勘で上手く躱しつつ、僕達は着々と先に進んでいった。
道中、最初と似たような小部屋に何回か行き着いてその度にテーブルが置いてあったのだが。
『この香水を身体にふりかけてください』の時は見るからに媚薬のようなパッケージの小瓶が置かれていたし、『この指輪を嵌めてください』の時は指輪にしてはごつめでご丁寧にペニス用なんて書いてあったし、『このアクセサリーを付けてください』の時はアクセサリーなんて可愛い物じゃなくてどう見てもアナルプラグだった。
この他にも、指示文とは裏腹の怪しい物ばかりが置かれていた。
勿論、最初同様全て無視してやったがな。
「こんな見え見えの罠に俺等が引っかかるとでも思ってんのか……?」
「……昔、書庫で読んだ注文の多い話を思い出すな。あれはここまであからさまではなかったが……」
「あ?何だ、その話」
「知らないのか?有名だぞ。確か最後は……」
最後は。
屋敷の奥で待ち構えていたのは。
ぴたりと思考が停止した僕の前で、何度目か分からないカーテンが引かれた。
走れ、と脳内で警鐘が鳴ると同時に、僕はベガを引きずるようにして走り出していた。
「っ、シリウス!?」
「いいから走れ!嫌な予感がする……っ」
そう言ったと同時に、後ろからバリバリバリッと盛大に壁が突き破られる音がした。そして、野太い機械のような声と、いくつもの大きな足音が間髪入れずに迫ってくる。
「うげぇ!?何だあいつら気持ち悪ぃ!」
走りながら後ろを振り返ったベガが心底嫌そうな声をあげる。それに釣られて僕もちらりと目をやって、……見なきゃよかったと後悔した。
汗ばんだ筋肉、褌、人間ではあり得ないくらいの大きさとテカりよう。……というか人間ではない気がする。
「とにかく逃げるぞ!」
「分かってるっつの!」
あいつらに捕まったら、ここまで進んできた意味がない。もし、これまで通ってきた部屋で馬鹿正直に指示に従っていたら……、きっと逃げることなんて無理だっただろう。
ひたすら足を動かして、走って、走って──。
…………どうにかこうにか振り切って外に出れた時には、僕もベガも息を切らしてその場にへたり込んでしまった。
「っは、はぁ……、はぁ……、たす、かった……か…………」
「マジ……、つかれ……た…………」
「も……、帰りたい…………」
……だが、帰るためにはあと三つのアトラクションに乗らなければいけない。
その事実が疲れた身体に重くのしかかる。
「……シリウス、立てっか?」
僕より早く息を整えたベガが立ち上がって手を伸ばしてくれる。……気を滅入らせている場合ではないな。ベガと一緒なのだから、きっとなんとかなるはずだ。いや、なんとかしてみせる。
そう決意しながら手を引かれて立ち上がった僕は、走っていた時には気付かなかったことに気付いてしまった。ベガの目線が、そこに向いてしまっていることにも、嫌でも気付いてしまう。
「……あ…………」
元々布面積が少なかった下着から……、僕のペニスが全てはみ出してしまっていた。しかも追い討ちをかけるかのように、……軽く勃起していた。
こんな格好で走った所為だからとは思っても、恥ずかしくてたまらない。
「みっ、見るな!!」
「っみ、見せたくないなら隠せ!!」
…………こうして。
一悶着ありながらもどうにかこうにか二つ目のアトラクションをクリアすることが出来たのであった。
けれど、わざと押し付けて擦り付けてくるのはどうかと思う。
「……おい、ベガ」
「仕方ねぇだろ!目の前であんなエロい姿見せられて我慢できっかよ……!」
「あれは不可抗力だ!……くそ、さっさと次に行くぞ。……あ、あとでちゃんと、抜いてやる、から」
「……その言葉、忘れんなよ?」
人前で達してしまって若干吹っ切れた僕は、ベガと連れ立って次のアトラクションに向かった。
こんなものはもう、躊躇せずにさっさと終わらせてしまえばいいんだ。
──そうして辿り着いたのは、お化け屋敷……もとい絶頂女装ちかん屋敷。
外装はお化け屋敷というより……なんというか、あっち系のホテルに近い。そして入口の所には大きなクローゼットと更衣室があった。女装と銘打ってあるのだから、女物の服に着替えろ、ということだろうか。
「……さっきよりはマシ、か?」
「まあ、女装くらいならなんとかなるだろう。……痴漢というフレーズが気になるがな」
「…………いざという時は守ってやるよ」
「っ、……た、頼りにしているぞ」
む……、不意打ちでそんなことを言われると困ってしまう。これ以上僕を惚れさせてどうしようというのだ、全く。……というか、言った当人が照れてどうする。こっちまで伝染するじゃないか……!
「んじゃ、行くか」
「あ、ああ」
ぎゅっと手を繋ぎあって入口に近付いていくと、またあの声が聞こえてきた。
『絶頂女装ちかん屋敷にようこそ!ルールを説明するよ!まずはくじを引いてそこに書いてある衣装に着替えてね!中には至る所に悪漢が潜んでいるから痴漢されないよう上手く躱してゴールを目指してね!』
「…………だとよ」
「ふむ、つまり頑張れば回避可能ということか。くじというのは……これだな」
カウンターの上の、手作り感溢れる箱を軽く叩く。丸く空いた穴から中を覗いてみると、折り畳まれた紙が沢山入っていた。……一体どれだけ種類があるんだ?
「その前にさ、シリウス」
「む、何だ?」
「歩いてだいぶ収まったけどまだムラムラすんだよ。さっき抜いてやるって言ってたよな?」
「っ……!」
「こんな状態で女装すんのもあれだし、中途半端にしか力出ないし?……ああ、手でも口でもどっちでもいいぜ」
「…………仕方ない、な。いざという時動けなかったら困るからな」
──そして。
場所を少し移動してベガのちんこを慰めた後、僕達は改めてくじへと手を伸ばした。……詳しいことは省くが、ベガのそれは相変わらず大きくて、顎が疲れたとだけ言っておく。
「うわ、セーラー服かよ。しかも下着まで女物とか……完璧変態じゃねぇか」
引いたくじを眺めて眉を顰めたベガに続いて、僕も箱から紙を取り出す。
なるべく無難な物がきてほしいと思いながら、小さな紙を広げると。
「し……、しーするーべびーどーる……?」
「は?何だその呪文」
「僕にも分からな……ああ、数字が書かれているから、これと同じ番号の服をクローゼットの中から探せばいいんだな」
ガチャ、と試しに開けてみたクローゼットの中には、予想通りハンガーの所に番号札が貼られていた。そして、色とりどりな服がずらりと並んでいる。
クローゼットは三つあって、その内の一つを開けたベガはすぐにセーラー服を見つけたようだ。ご丁寧に着方を書いた紙や下着もセットになっている。
「先に着替えてっから。……丈長くてほっとしたぜ」
「ああ。僕もすぐに行く」
紙に書いてある番号は44番。しーするーべびーどーるとは一体何なのだろうと思いながら番号を追っていた僕は、ようやくお目当ての物を見つけて、瞠目した。
「こっ……、これを…………着ろというのか……!?」
『ちなみに変更は出来ないから気をつけてね!10分以内に着替えないとルールに反したと見なして悪漢達に襲ってもらうからね!』
「う……、うう…………」
呆気なく逃げ場を奪われ、残された……というか強制的に選ばされる選択肢は一つしかない。
無駄に肌触りがいいそれを握りしめ、僕は泣く泣く更衣室へと入っていった。
*****
「──シリウス、まだか?」
「…………き、着替えは終わった……んだが、……っだ、だめだ!恥ずかしすぎる……!」
「はぁ?終わってんなら出てこいっての。開けんぞ」
「わああ!開けるなばか!まだ心の準備がっ……!!」
止めたにも関わらず、無情にも引かれた更衣室のカーテン。ベガとばっちり目が合う。ベガが丈の長いセーラー服を着ると不良娘のようだな、と冷静に思考出来たのは一瞬で、すぐに自分の格好を思い出してしゃがみ込んだ。
だめなんだ、これは。アウトすぎるし、そもそもこんなの服じゃない。
「シリウス…………」
「……ばか、見るなぁ……っ!」
「やべ、マジでエロい…………」
シースルーベビードール。
着方が書いてあった紙には女性用の下着という注釈がついていた。確かに女装かもしれないが、これは下着であって服じゃない。それに何より……透けているのだ。本来なら隠すべき大事な所が、透けて見えているのだ。
素肌に直接着るタイプらしい、フリルがついたワンピースのような物は全体的に透けていて、生地を少し押し上げる乳首が丸見えだ。一応長さは股下数センチまであるが、これもまた透けているから意味がない。
その下にパンツを穿いているものの、Tバックな上に面積も狭く、おまけにこれも少し透けているから性器の色形がくっきりと分かってしまう。
布を纏っているはずなのに、ほぼ裸の感覚だ。こんな格好で歩き回らなければいけないのかと思うと、恥ずかしすぎて死にたくなってくる。
「……シリウス」
「うう……、ベガぁ…………」
「どっちにしろ行かなきゃなんねぇんだ。無理矢理抱きかかえられて連れて行かれんのと、自分の足で歩くの、どっちにする?」
「……………………じ、自分で、歩く。ベガに迷惑はかけたくない」
「おら、だったら早く立てって。さっさと終わらせて元の格好に戻ろうぜ」
「…………ああ、そうだな」
のろのろと立ち上がって、ベガが差し伸べてきた手を握る。薄い布越しに風を感じるだけで、思わずぞくりとしてしまう。
……落ち着け、僕。こんな姿で勃起してしまったら大惨事だ。
僕は一つ大きく深呼吸をして、ベガと共に二つ目のアトラクションに足を踏み入れた。
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外観もだったが、内装もピンクを基調としたどぎついものだった。壁には大きなハートマークが乱舞していて、どこまで続いているか分からない道は紫とピンクが混じったようなライトで照らされている。一言で言うなら、あからさまにアレな雰囲気だ。目がチカチカする。
「…………こんなとこを歩かなきゃいけねぇのかよ」
「嫌な予感しかしないな……」
「シリウス、絶対手ェ離すんじゃねぇぞ。危なくなったら走るからな」
「わ、分かった」
頼もしいベガの言葉にきゅんとしながら、僕より少し大きい手を握り直す。……こんな状況でなければ、デートだと浮かれることが出来たんだがな。
ほぼ一本道の通路を警戒しながら進んでいくと、紫色のカーテンで仕切られている部屋に辿り着いた。他に道はなかったから、ここを開けて進むしかないのだろう。
「あからさまに何か来そうな雰囲気だな……」
「ビビってても仕方ねぇだろ。……行くぞ」
「…………ああ」
ベガの手がカーテンへと伸びる。ごくりと唾を飲み込んで、その手の先を注視する。何が来るか予想もつかない。すぐ走れるよう足に力を込めた僕の目の前から、カーテンがシャッと引かれた。
そうしてすぐ飛び込んできた光景に、僕は思わず拍子抜けしてしまった。
「…………テーブル……が、あるだけ?」
カーテンの先はちょっとした小部屋になっていて、右の方に同じようなカーテンが下がっていた。どうやらそこから先にいけるらしいが、これ見よがしに置いてあるテーブルがどうも気になる。
「……何か乗ってんな」
「あ、ベガ、無闇に近付くと危ないぞ」
「触りはしねぇよ。……何だ、これ。ボトルと……紙?」
「……何て書いてあるんだ?」
「あー……、『この美容水を身体に塗ってください』って書いてあんな」
「……怪しすぎる」
「あぁ。つーかこれ美容水とか書いてあっけどローションじゃね?」
「ロ、ローション!?」
「そんなニオイがすんだよ。まぁ、勘だけど」
「…………何にせよ、無視した方がよさそうだな」
僕達は怪しいボトルを無視して先に進むことにした。
警戒しながら開けたカーテンの先はまた同じような道が続いていて、辺りに注意しながら歩いていく。
と。
バリィッ!!
「ひっ!?」
「っ、シリウス!」
唐突に、何の前触れもなく、人間の手が壁を突き破ってきた。避ける暇もなく、僕が着ているベビードールの裾が掴まれてしまう。
どうしてこんなのだけお化け屋敷風にしてくるんだと罵りながら、手を外そうと躍起になるも、ちっとも緩んでくれない。
それどころか、じわじわと壁の方に引っ張られてしまう。
「あっ、ベガっ、助け……!」
「くそっ!何だよこれ少しも離れねェ……!」
「ど、どどどうすれば……っ」
「チッ、……シリウス!そのひらひらしたやつ脱げ!」
「ぬっ……!?」
脱げ、と叫ばれて思わず固まってしまった僕を一瞥して、ベガはベビードールの肩紐を掴んで一息にバッと引き下ろした。
……迷っている場合じゃない。下に溜まった布の塊から足を引き抜くと、ベビードールだけ握りしめた手はそのままヒュッと引っ込んでいった。
「……はぁ……、助かった……。まさかこんな形で襲ってくるとは……」
「足掴まれてたら終わりだった……な………………」
「……ベガ?どうしたんだ、そんな真っ赤な顔をし……、っ……!?」
……ベガの視線を辿って、僕は今の自分の格好がどれだけ酷いのか自覚する羽目になってしまった。
ベビードールも恥ずかしかったが、透けているとはいえ一応布地だったわけで。ほんの少しは隠す用途を発揮してくれていた。……けれど、それを脱いでしまった今、僕が身につけているのは白い下着一枚だけだ。後ろは紐が通っているだけだから尻が丸見えだし、前に至っては……玉が少しはみ出してしまっている。
誰がどう見ても変態としか思えないような格好に、羞恥で全身が熱くなってしまう。
「……あ、ベガ……、その、見ないでくれ……っ」
「お、……おう。…………ここで盛る訳にはいかねぇしな。ほら、これ着ろよ」
「わぷっ」
無造作に投げつけられたのは、ベガが着ていたセーラー服の上着だった。ブラウス姿になったベガはがしがしと頭を掻きながら早く着るようにと急かしてくる。
「あ、ありがとう、ベガ」
いそいそと袖に手を通して頭から被る。下まで隠れるほど長くはなかったけれど、服を着ているという感覚に安堵する。それがどれだけ情けない格好だとしても、だ。
「……だいぶ時間喰っちまったな。少し急ぐか」
「ああ」
──そうして。
時々壁から現れる手に驚きながらもベガの野生の勘で上手く躱しつつ、僕達は着々と先に進んでいった。
道中、最初と似たような小部屋に何回か行き着いてその度にテーブルが置いてあったのだが。
『この香水を身体にふりかけてください』の時は見るからに媚薬のようなパッケージの小瓶が置かれていたし、『この指輪を嵌めてください』の時は指輪にしてはごつめでご丁寧にペニス用なんて書いてあったし、『このアクセサリーを付けてください』の時はアクセサリーなんて可愛い物じゃなくてどう見てもアナルプラグだった。
この他にも、指示文とは裏腹の怪しい物ばかりが置かれていた。
勿論、最初同様全て無視してやったがな。
「こんな見え見えの罠に俺等が引っかかるとでも思ってんのか……?」
「……昔、書庫で読んだ注文の多い話を思い出すな。あれはここまであからさまではなかったが……」
「あ?何だ、その話」
「知らないのか?有名だぞ。確か最後は……」
最後は。
屋敷の奥で待ち構えていたのは。
ぴたりと思考が停止した僕の前で、何度目か分からないカーテンが引かれた。
走れ、と脳内で警鐘が鳴ると同時に、僕はベガを引きずるようにして走り出していた。
「っ、シリウス!?」
「いいから走れ!嫌な予感がする……っ」
そう言ったと同時に、後ろからバリバリバリッと盛大に壁が突き破られる音がした。そして、野太い機械のような声と、いくつもの大きな足音が間髪入れずに迫ってくる。
「うげぇ!?何だあいつら気持ち悪ぃ!」
走りながら後ろを振り返ったベガが心底嫌そうな声をあげる。それに釣られて僕もちらりと目をやって、……見なきゃよかったと後悔した。
汗ばんだ筋肉、褌、人間ではあり得ないくらいの大きさとテカりよう。……というか人間ではない気がする。
「とにかく逃げるぞ!」
「分かってるっつの!」
あいつらに捕まったら、ここまで進んできた意味がない。もし、これまで通ってきた部屋で馬鹿正直に指示に従っていたら……、きっと逃げることなんて無理だっただろう。
ひたすら足を動かして、走って、走って──。
…………どうにかこうにか振り切って外に出れた時には、僕もベガも息を切らしてその場にへたり込んでしまった。
「っは、はぁ……、はぁ……、たす、かった……か…………」
「マジ……、つかれ……た…………」
「も……、帰りたい…………」
……だが、帰るためにはあと三つのアトラクションに乗らなければいけない。
その事実が疲れた身体に重くのしかかる。
「……シリウス、立てっか?」
僕より早く息を整えたベガが立ち上がって手を伸ばしてくれる。……気を滅入らせている場合ではないな。ベガと一緒なのだから、きっとなんとかなるはずだ。いや、なんとかしてみせる。
そう決意しながら手を引かれて立ち上がった僕は、走っていた時には気付かなかったことに気付いてしまった。ベガの目線が、そこに向いてしまっていることにも、嫌でも気付いてしまう。
「……あ…………」
元々布面積が少なかった下着から……、僕のペニスが全てはみ出してしまっていた。しかも追い討ちをかけるかのように、……軽く勃起していた。
こんな格好で走った所為だからとは思っても、恥ずかしくてたまらない。
「みっ、見るな!!」
「っみ、見せたくないなら隠せ!!」
…………こうして。
一悶着ありながらもどうにかこうにか二つ目のアトラクションをクリアすることが出来たのであった。
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理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
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