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デートの彼女 上
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あの後、彼女と何度か話して、映画を観にいく日…初デートの日にちを決めた。
話をしている間、彼女の笑顔は終始キラキラと輝いていた。きっとデートに対してではなく、映画に対して期待を抱いているのだろうけど、今は別にそれでもよかった。僕は知らなかった彼女の姿が少しずつ見えてくるのが嬉しくて仕方ないのだ。
だから、今でなくとも良い。何も知らない状態からのスタートで、いつからは彼女にも期待してもらえるようなら男になりたいと思っている。
今僕の手元にあるのは、あの「セブン・クラウン・アーティスト」の上巻。少しでも彼女との会話を弾ませる為に、予習がてら原作を読むことにした。
これを買う為に書店に寄っていくと告げた時の海斗の顔はニヤニヤと気色悪い顔をしていたのを思い出す。
実際、普段読書とあまり縁のない僕だ。彼女に少しでも近づく為に、ゲームや動画を見るなどの趣味の時間を全てこの本に費やした。
内容はざっくり言うと、恋愛小説の短編集みたいなものだった。計三組の様々な個性を持つカップルがそれぞれの恋愛を繰り広げるものだ。女性目線で進んでいき、自分たちの理想の彼氏を作り上げる、というものだった。
川宮アマネのあとがきによると、下巻では後四組のカップルの話を書き計七組の話として完成させるという。
読んで映画になる理由がわかった。それはただ散りばめられた恋愛短編集などではなく、必ず誰かと誰かが繋がっているのだ。読み終わった後でも、懐かしいとまではいかないが、話が終わったはずの人物が出てきてどことなく嬉しいと思うのだ。そしてその章のカップルの為に意外な役割をしていたりと、読んでいて楽しい。
この話をどう映画で見られるかが楽しみになった。そして、彼女がどのような感想を持つのかも気になった。
デート当日。
今日は土曜日。天気は晴れ。冬の厳しい寒さがなければ満点のデート日和である。
瀬田さんと約束した時間は午後二時半、この駅前にて待ち合わしたが、張り切って早めに家を出てしまったので二十分も早く待ち合わせ場についてしまった。もちろん、瀬田さんの姿は見当たらない。
僕は近くにあったベンチに座り、持ってきたバッグの中から、例の本を取り出して読むことにした。
「…前里くん。前里くーん?」
「うわっ!…って、瀬田さん!?」
気づけば、隣に瀬田さんが座っていた。
慌ててスマホの時計を見れば既に約束の二時半を過ぎていた、
「ごめん、驚かせちゃったね。凄い集中してたけど、何読んでたの?」
興味津々に僕の手元にある本を見てくる。
一気に距離が縮まり、簡単にも僕の心は騒ぎ出してしまう。肩が触れ、顔が近くに寄せられる。こんなに近くで瀬田さんを見るのは初めてだ。
「え、えっと、セブン・クラウン・アーティスト…今日見る映画の原作だよ」
「前里くん、原作読んでくれたんだ。嬉しい…!」
「瀬田さんが好きな本だから、ちょっと気になってーー」
「ストップ」
彼女の人差し指が唇に当てられ、言葉を制される。そのいきなりの思い切った行動に、またもや僕の心臓は高鳴る。
「せっかくだから、瀬田さんじゃなくて…その…下の名前で読んで欲しいな…」
「え…」
「ダメ…?」
こうくるとは思わなかった。確かに付き合っている僕らが下の名前で呼び合うのは自然なことだ。別に変なことではない。問題はそこではない。本当の問題は彼女は関係が許された相手には常に積極的と言う新しい部分において、前の彼女の姿とのギャップを感じ、ときめきざるを得ない状態に陥ったことだ。
こんなあざとい生き物が、同じクラスの隅っこにいたなんて、信じられない。
可愛い。
「いやいやいや!瀬田さんさえ良ければ…呼んでも…いいよ。でもその代わり」
彼女ばかりに道を引っ張られては男が廃る。
思い切って僕は言う。
「僕のことも、誠って呼んで欲しい」
彼女は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにパッと笑顔を戻した。
「うん、勿論だよ。…って、あ!もうすぐ映画始まる…!」
「本当だ!急ごう!」
僕は彼女の手を取り、映画館へと駆け出した。
映画館内はとても暖かかった。
瀬田さん…いや、愛花は来ていたコートを脱ぐと自分の席に座ってそれを膝の上にかけた。
…考えてみれば、愛花の私服は初めて見る。
いつも結ばれている髪は下ろされ、白いセーターの下は少し暗めの赤いスカート。黒タイツ、ブーツの組み合わせ。愛花のことだから、もっとシンプルなものを好むのかと思っていたので、ここでも想像との違いが現れて楽しい。
「楽しみだなぁ~。映画なんて久しぶりだよー」
「そうなの?」
「うん。前までお兄ちゃんと一緒に映画見に行ってたんだけど、仕事が忙しいみたいで」
そう言う愛花は少し寂しそうに見えた。
「愛花、お兄さんいるの?」
「あ、兄と言っても従兄弟だよ?一つ上と五つ上がいるよ。いつも一緒に行ってたのは五つ上の方」
「優しい人なんだね」
「うん。誠には兄弟とかいるの?」
「僕は一人っ子だよ。従兄弟も地方に住んでるからなかなか会いに行けなくて」
地方には僕の父の家系の大家族が住んでいる。家は散っているが、地区的に見れば一箇所に集中している。父が上京した際に母と出会って家を建てたので、僕の家族だけこうして東京に住んでいるのだ。
「一人っ子かぁ…」
「よく、一人っ子だから寂しくない?とか聞かれるけど、学校に行けば友達に会えるし、不自由してるとは思えないんだよね」
「そういえば誠、谷原くんと仲良いよね」
「よく知ってるね」
「…ずっと、見てたから」
「え」
なんと僕の知らないところで彼女は僕のことを見ていてくれたという。とうとう恥ずかしくなって来た。どうしよう、変なところ見られてないかな…?
そんな風に焦っていると、愛花はふふっと微笑んだ。
「ほら、照明暗くなって来た。始まるよ」
話をしている間、彼女の笑顔は終始キラキラと輝いていた。きっとデートに対してではなく、映画に対して期待を抱いているのだろうけど、今は別にそれでもよかった。僕は知らなかった彼女の姿が少しずつ見えてくるのが嬉しくて仕方ないのだ。
だから、今でなくとも良い。何も知らない状態からのスタートで、いつからは彼女にも期待してもらえるようなら男になりたいと思っている。
今僕の手元にあるのは、あの「セブン・クラウン・アーティスト」の上巻。少しでも彼女との会話を弾ませる為に、予習がてら原作を読むことにした。
これを買う為に書店に寄っていくと告げた時の海斗の顔はニヤニヤと気色悪い顔をしていたのを思い出す。
実際、普段読書とあまり縁のない僕だ。彼女に少しでも近づく為に、ゲームや動画を見るなどの趣味の時間を全てこの本に費やした。
内容はざっくり言うと、恋愛小説の短編集みたいなものだった。計三組の様々な個性を持つカップルがそれぞれの恋愛を繰り広げるものだ。女性目線で進んでいき、自分たちの理想の彼氏を作り上げる、というものだった。
川宮アマネのあとがきによると、下巻では後四組のカップルの話を書き計七組の話として完成させるという。
読んで映画になる理由がわかった。それはただ散りばめられた恋愛短編集などではなく、必ず誰かと誰かが繋がっているのだ。読み終わった後でも、懐かしいとまではいかないが、話が終わったはずの人物が出てきてどことなく嬉しいと思うのだ。そしてその章のカップルの為に意外な役割をしていたりと、読んでいて楽しい。
この話をどう映画で見られるかが楽しみになった。そして、彼女がどのような感想を持つのかも気になった。
デート当日。
今日は土曜日。天気は晴れ。冬の厳しい寒さがなければ満点のデート日和である。
瀬田さんと約束した時間は午後二時半、この駅前にて待ち合わしたが、張り切って早めに家を出てしまったので二十分も早く待ち合わせ場についてしまった。もちろん、瀬田さんの姿は見当たらない。
僕は近くにあったベンチに座り、持ってきたバッグの中から、例の本を取り出して読むことにした。
「…前里くん。前里くーん?」
「うわっ!…って、瀬田さん!?」
気づけば、隣に瀬田さんが座っていた。
慌ててスマホの時計を見れば既に約束の二時半を過ぎていた、
「ごめん、驚かせちゃったね。凄い集中してたけど、何読んでたの?」
興味津々に僕の手元にある本を見てくる。
一気に距離が縮まり、簡単にも僕の心は騒ぎ出してしまう。肩が触れ、顔が近くに寄せられる。こんなに近くで瀬田さんを見るのは初めてだ。
「え、えっと、セブン・クラウン・アーティスト…今日見る映画の原作だよ」
「前里くん、原作読んでくれたんだ。嬉しい…!」
「瀬田さんが好きな本だから、ちょっと気になってーー」
「ストップ」
彼女の人差し指が唇に当てられ、言葉を制される。そのいきなりの思い切った行動に、またもや僕の心臓は高鳴る。
「せっかくだから、瀬田さんじゃなくて…その…下の名前で読んで欲しいな…」
「え…」
「ダメ…?」
こうくるとは思わなかった。確かに付き合っている僕らが下の名前で呼び合うのは自然なことだ。別に変なことではない。問題はそこではない。本当の問題は彼女は関係が許された相手には常に積極的と言う新しい部分において、前の彼女の姿とのギャップを感じ、ときめきざるを得ない状態に陥ったことだ。
こんなあざとい生き物が、同じクラスの隅っこにいたなんて、信じられない。
可愛い。
「いやいやいや!瀬田さんさえ良ければ…呼んでも…いいよ。でもその代わり」
彼女ばかりに道を引っ張られては男が廃る。
思い切って僕は言う。
「僕のことも、誠って呼んで欲しい」
彼女は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにパッと笑顔を戻した。
「うん、勿論だよ。…って、あ!もうすぐ映画始まる…!」
「本当だ!急ごう!」
僕は彼女の手を取り、映画館へと駆け出した。
映画館内はとても暖かかった。
瀬田さん…いや、愛花は来ていたコートを脱ぐと自分の席に座ってそれを膝の上にかけた。
…考えてみれば、愛花の私服は初めて見る。
いつも結ばれている髪は下ろされ、白いセーターの下は少し暗めの赤いスカート。黒タイツ、ブーツの組み合わせ。愛花のことだから、もっとシンプルなものを好むのかと思っていたので、ここでも想像との違いが現れて楽しい。
「楽しみだなぁ~。映画なんて久しぶりだよー」
「そうなの?」
「うん。前までお兄ちゃんと一緒に映画見に行ってたんだけど、仕事が忙しいみたいで」
そう言う愛花は少し寂しそうに見えた。
「愛花、お兄さんいるの?」
「あ、兄と言っても従兄弟だよ?一つ上と五つ上がいるよ。いつも一緒に行ってたのは五つ上の方」
「優しい人なんだね」
「うん。誠には兄弟とかいるの?」
「僕は一人っ子だよ。従兄弟も地方に住んでるからなかなか会いに行けなくて」
地方には僕の父の家系の大家族が住んでいる。家は散っているが、地区的に見れば一箇所に集中している。父が上京した際に母と出会って家を建てたので、僕の家族だけこうして東京に住んでいるのだ。
「一人っ子かぁ…」
「よく、一人っ子だから寂しくない?とか聞かれるけど、学校に行けば友達に会えるし、不自由してるとは思えないんだよね」
「そういえば誠、谷原くんと仲良いよね」
「よく知ってるね」
「…ずっと、見てたから」
「え」
なんと僕の知らないところで彼女は僕のことを見ていてくれたという。とうとう恥ずかしくなって来た。どうしよう、変なところ見られてないかな…?
そんな風に焦っていると、愛花はふふっと微笑んだ。
「ほら、照明暗くなって来た。始まるよ」
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