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第二章
―Happiness In Anxiety.5―
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「さて、じゃあそろそろ行こうか」
そう言って先に立ち上がったのは、叔母さんであった。
菜奈花は軽く頷き、立ち上がる。ふと、ポケットの中に感じる覚えのある感覚とともに、恐れていたそれが、妻沼のその穏やかな水面の中央から微かに漏れ出ていた。
咄嗟に振り返れば、それは少しずつ、けれど確実にその姿を描いているらしく、気配もなお一層強まっていく。
「どうしたの?菜奈花ちゃん」
「い、いえ……」
明らかに何かを感じ取った菜奈花を不審に思ったらしく、声を掛けるも、けれど菜奈花がそれについて話すことは、当然しない。
しかしこのままでは交差点での二の前を踏み、神隠し宜しく、目の前から姿を消すことになるかもしれない。
(せめて、どこか人気の無いところ……)
スプリングコートの右ポケットに右手を突っ込めば、その中にある指輪――忘れかけていた、けれど思い出さざるを得なかったそれ――を握り締め、そっと外へと出した。
決してその存在を見せないように拳に隠し、両の手を後ろへ回し、けれど必要だと重い、後ろ手で右の中指へとはめ、そうして左手だけを自由に垂らす。
一連の動作は不審に見えたかもしれず、またいつ恐れている事が起こるかの二重の不安を押し殺しながら、この場から一刻も早く逃れる術を模索するも、何れも行き詰まる。
けれどそうしているうちにも気配は、その存在の立証を強めるばかりで、最早一刻の猶予も無い事をありありと、菜奈花に突きつけてくる。
(ならもう……!)
「叔母さん、先に車に戻っててください」
「え?」
叔母さんが困惑の声色を上げる。
「まだ少し、疲れたから……」
「そう?なら私もまだいるわよ」
けれどそれは、菜奈花の求めている回答じゃない。
(違う……!)
「えぇと、その……。」
(そうだ……!)
「さっき友達を見かけたから、ちょっと行って来ようかなって」
当然、そんな人はいなかった。
否、ひょっとしたら気がつかないだけかもしれないが、けれどどちらにせよ、今はそんな事はどうでもよかった。
「そう、なの?」
「うん!」
確かめるような返しに、菜奈花は強く頷いた。
「わかった」と叔母さん、「なら、車で待ってるから」
そう言うと、叔母さんは踵を返し、そのまま行ってしまう。
けれど菜奈花はそれを見送る事なく、逆方向へと駆け出して行く。
(どうして――)
脳裏にはまた、ルニの一言が蘇った。
『 しばらくは、アルカナも出ないだろうし』
(嘘つき……)
そうして花見客と、遊具で遊ぶ子供、その親などを嗅ぎ分けて一人、人気のない場所を求め駆ける。
けれど誰の視界からも逃れるなどということは到底できるはずもなく、息を切らして木の柵を軽快に飛び越え、水面へと続く斜面を滑らせる。
そうして姿勢を低くし、少なくとも数人の視界を切る事を祈りつつ、件を待つ事を決める――が、しかし気配の正体はタイミングを見計らったように、その気配を確かなものにし、呼応する指輪がズレを導いた。
視界はズレを瞬く間に広げ、それをしかし確かなものへと変え、あっという間に公園の大半を覆い尽くす。
見上げれば陽光は真っ直ぐに刺さず、僅かにそうなっている。
境界の桜の木の枝は明らかに生え口がそうなっているのにも関わらず、けれど断面が見える訳でもなく、やはりその異常さを顕にする。
菜奈花を中心として捉えたズレは、彼女の正面に捉える水面の上に、確かな異変を、異変ではないかのように描き出す。
その真下の水面には魔法陣――これまでも見たものと間違いなく同一の物――が幻想的な様を描いており、周囲の風も、穏やかだった水面も、陽光さえもが気配の正体を中心に渦を巻き、繭を形成していく。
「ルニ!」
咄嗟に自体を把握――否、最初からそうすると段取りしていたらしく、けれど菜奈花の叫びは宙に消え、その声すらも繭へと吸い寄せされたように思えた。
けれどそんな事はなく、ちゃんと菜奈花の隣、その宙に同一の魔法陣が浮かび上がると、彼女は姿を現した。
「ルニちゃん、登場!」
ルニ――風の精霊――。
現れるなりどこへ向けてしているのか、ピースサインをするも、けれど菜奈花の視線は水面の上、沼の中央にのみ注がれていた。
繭は次第に膨らみ始めた。
所々に見覚えのある、けれどよくわからないアルファベットに似た文字がいくつか、嵐に飲まれて暴れている。一つ一つの文字が、実態のないくせにあるように見え、さながら一文字キーホルダーの数々が舞っているようであった。
けれどその文字たちは舞い散る桜の花びらと共に、嵐の中に吸い込まれ、やがて見えなくなる。
「来るよ、菜奈花」
「うん!」
立ち上がった菜奈花は、その右の手へとある存在を呼び寄せる。
長方形の紙のそれは、厚紙なのか、この嵐の中にいても折り曲がったり、煽られたりする事なく、キチンとその姿をたもっている。
――それは、『正義』のアルカナ。
菜奈花がそれを真横につき出し、その力を開放し、姿を変えた時、その膨らんだ水面上の繭が破裂し――、その姿を現した。
解放された嵐の中から、桜の花びらが、ズレた日差しと、神秘的な幻想を描きながら、彼の誕生を祝福するように、或いは演出するように、外へと舞った。
菜奈花の右手には、アルカナの代わりに、両刃の剣が握られていた。
そう言って先に立ち上がったのは、叔母さんであった。
菜奈花は軽く頷き、立ち上がる。ふと、ポケットの中に感じる覚えのある感覚とともに、恐れていたそれが、妻沼のその穏やかな水面の中央から微かに漏れ出ていた。
咄嗟に振り返れば、それは少しずつ、けれど確実にその姿を描いているらしく、気配もなお一層強まっていく。
「どうしたの?菜奈花ちゃん」
「い、いえ……」
明らかに何かを感じ取った菜奈花を不審に思ったらしく、声を掛けるも、けれど菜奈花がそれについて話すことは、当然しない。
しかしこのままでは交差点での二の前を踏み、神隠し宜しく、目の前から姿を消すことになるかもしれない。
(せめて、どこか人気の無いところ……)
スプリングコートの右ポケットに右手を突っ込めば、その中にある指輪――忘れかけていた、けれど思い出さざるを得なかったそれ――を握り締め、そっと外へと出した。
決してその存在を見せないように拳に隠し、両の手を後ろへ回し、けれど必要だと重い、後ろ手で右の中指へとはめ、そうして左手だけを自由に垂らす。
一連の動作は不審に見えたかもしれず、またいつ恐れている事が起こるかの二重の不安を押し殺しながら、この場から一刻も早く逃れる術を模索するも、何れも行き詰まる。
けれどそうしているうちにも気配は、その存在の立証を強めるばかりで、最早一刻の猶予も無い事をありありと、菜奈花に突きつけてくる。
(ならもう……!)
「叔母さん、先に車に戻っててください」
「え?」
叔母さんが困惑の声色を上げる。
「まだ少し、疲れたから……」
「そう?なら私もまだいるわよ」
けれどそれは、菜奈花の求めている回答じゃない。
(違う……!)
「えぇと、その……。」
(そうだ……!)
「さっき友達を見かけたから、ちょっと行って来ようかなって」
当然、そんな人はいなかった。
否、ひょっとしたら気がつかないだけかもしれないが、けれどどちらにせよ、今はそんな事はどうでもよかった。
「そう、なの?」
「うん!」
確かめるような返しに、菜奈花は強く頷いた。
「わかった」と叔母さん、「なら、車で待ってるから」
そう言うと、叔母さんは踵を返し、そのまま行ってしまう。
けれど菜奈花はそれを見送る事なく、逆方向へと駆け出して行く。
(どうして――)
脳裏にはまた、ルニの一言が蘇った。
『 しばらくは、アルカナも出ないだろうし』
(嘘つき……)
そうして花見客と、遊具で遊ぶ子供、その親などを嗅ぎ分けて一人、人気のない場所を求め駆ける。
けれど誰の視界からも逃れるなどということは到底できるはずもなく、息を切らして木の柵を軽快に飛び越え、水面へと続く斜面を滑らせる。
そうして姿勢を低くし、少なくとも数人の視界を切る事を祈りつつ、件を待つ事を決める――が、しかし気配の正体はタイミングを見計らったように、その気配を確かなものにし、呼応する指輪がズレを導いた。
視界はズレを瞬く間に広げ、それをしかし確かなものへと変え、あっという間に公園の大半を覆い尽くす。
見上げれば陽光は真っ直ぐに刺さず、僅かにそうなっている。
境界の桜の木の枝は明らかに生え口がそうなっているのにも関わらず、けれど断面が見える訳でもなく、やはりその異常さを顕にする。
菜奈花を中心として捉えたズレは、彼女の正面に捉える水面の上に、確かな異変を、異変ではないかのように描き出す。
その真下の水面には魔法陣――これまでも見たものと間違いなく同一の物――が幻想的な様を描いており、周囲の風も、穏やかだった水面も、陽光さえもが気配の正体を中心に渦を巻き、繭を形成していく。
「ルニ!」
咄嗟に自体を把握――否、最初からそうすると段取りしていたらしく、けれど菜奈花の叫びは宙に消え、その声すらも繭へと吸い寄せされたように思えた。
けれどそんな事はなく、ちゃんと菜奈花の隣、その宙に同一の魔法陣が浮かび上がると、彼女は姿を現した。
「ルニちゃん、登場!」
ルニ――風の精霊――。
現れるなりどこへ向けてしているのか、ピースサインをするも、けれど菜奈花の視線は水面の上、沼の中央にのみ注がれていた。
繭は次第に膨らみ始めた。
所々に見覚えのある、けれどよくわからないアルファベットに似た文字がいくつか、嵐に飲まれて暴れている。一つ一つの文字が、実態のないくせにあるように見え、さながら一文字キーホルダーの数々が舞っているようであった。
けれどその文字たちは舞い散る桜の花びらと共に、嵐の中に吸い込まれ、やがて見えなくなる。
「来るよ、菜奈花」
「うん!」
立ち上がった菜奈花は、その右の手へとある存在を呼び寄せる。
長方形の紙のそれは、厚紙なのか、この嵐の中にいても折り曲がったり、煽られたりする事なく、キチンとその姿をたもっている。
――それは、『正義』のアルカナ。
菜奈花がそれを真横につき出し、その力を開放し、姿を変えた時、その膨らんだ水面上の繭が破裂し――、その姿を現した。
解放された嵐の中から、桜の花びらが、ズレた日差しと、神秘的な幻想を描きながら、彼の誕生を祝福するように、或いは演出するように、外へと舞った。
菜奈花の右手には、アルカナの代わりに、両刃の剣が握られていた。
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