病弱の彼に恋と慕う

雨水林檎

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第十話

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 鳴海に、会いたい。
 その思いだけで一年ぶりに尚夏は東京に帰って来た。新幹線は夕方前に東京に到着し、この時間なら鳴海は学校にいるはずだと尚夏は母校に向かう。そして放課後の職員室を訪ねたのだが……。

「え、辞めた……?」
「そうなのよ、昨年の年末にね。それまでは体調が随分と悪かったみたいで入院して休職してらしたんだけど」
「じ、じゃあ、いま先生はどこにいるんですか?」
「さあ、自宅で療養されているんじゃないかしら」

 かつての恩師の一人に鳴海の近況を聞いた尚夏はそのまま急いで彼の屋敷に向かった。あんなに熱心に教師をしていたのに、辞めたって。だから携帯に電話をしても出なかったのだろうか。屋敷に続く坂を駆け上る。かつて何度も通った道だった。
 鳴海の屋敷は薄明りがともっている。多分彼は中にいる、尚夏はインターフォンを押し、引き戸を叩く。

「先生! 俺だよ、尚夏。帰って来たんだ……!」

 しばらく反応はなかったが引き戸の向こうで人影がゆらりと動き、鍵を開ける音がする。

「尚夏くん……?」

 待ちわびる尚夏の前に引き戸を開けて現れたのは、くたびれた寝間着姿で顔色の悪く以前よりさらに痩せた、かつての恩師鳴海の姿だった。

 ***

「熱、下がらないの?」
「ここ数日ね。ちょっと、具合悪いかな……」

 布団に横たわった鳴海は速い呼吸を繰り返す。額に浮いた薄い汗、気怠そうにため息をついた。

「何か冷やすもの持ってくる?」
「いや、大丈夫だよ。さっき薬飲んだし多分もう少ししたら熱も下がって来るから」
「……学校行ったら先生が辞めたって聞いてびっくりした」
「昨年は担任を持たないで授業だけやっていたんだけど、秋に倒れてね。しばらく入院して、その後復帰したかったんだけどもう無理だった。授業を受け持っていた生徒には迷惑かけてしまったよ。それからはずっと自宅で寝たきりみたいな生活になっちゃって……少しずつ体調も戻っては来てるんだけどね。外で働くのは、まだ、無理かな。尚夏くんはどうしたの、大学もう新年度始まってるよね?」

 素直に事情を言うのがはばかられた。きっと鳴海を失望させてしまうと思って、しかし言わないわけにはいかない。

「ご、ごめん……先生。俺、大学辞めちゃった。母親が失踪して学費とか払えなくなっちゃって、自分でどうにかしようと思ってバイト頑張ってたら結局進級も出来なくなって、もうどうしようもなかった」
「尚夏くん……」

 怒られる覚悟は出来ていた。多少の小言も言いたくなるだろう、しかし鳴海は何も言わずにそっと細く骨ばった手で尚夏の頬に触れる。熱い手のひら、少し、汗ばんでいる。

「辛かったね、君が頑張ったのはよくわかるよ。尚夏くんは一生懸命な子だから……大学に行ったら将来きっと幸せになるだろうと思った。でもそんな僕の一方的な思いが君を苦しめることになってしまったのかな」
「ちがう、それは違うよ、先生。先生が信じてくれたから俺は一年大学で頑張ることが出来た。短い大学生活だったけど、得るものは多かったよ」
「そっか、なら、よかった」
「先生……っ」

 尚夏は横たわった鳴海の身体を抱きしめる。以前よりずっと細くなってしまった、彼の骨の浮いた薄い胸元に余計罪悪感を感じてしまう。期待を裏切り、鳴海の辛い状況も知らなかった。そんな自分が、情けない。

「先生、痩せたね……」
「なかなか食事が食べられなくて……一人だと自分で食事を作るのも面倒になってしまうし、食欲もないから」
「食べないと駄目だよ、先生。今日ご飯食べた?」
「今日は、まだ……」
「俺、なんか作る。ちょっと待ってて」
「尚夏くん、いいよ」
「食べたほうがいい、体力もつかないでしょ」

 遠慮する鳴海を寝かせて、尚夏は台所に向かう。かつては手入れされていた台所も、なんだか荒れてしまった様子だった。それがどこか、寂しい。

「何作るかなあ……おかゆとかは食べ飽きただろうし、もう少しきちんと栄養のあるものが良いよな。食欲の出そうなもの……ううん、カレー……? 少しくらいなら食えるかな、先生」

 そうだ、カレーを作ろう。かつて彼が作ってくれたように。そう思って冷蔵庫を見れば幸い材料はそろっていた。冷凍庫には肉もある。材料をまな板に並べ準備していると、車の停まる音がして玄関の方で声がする。誰かが来たようだ。
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