病弱の彼に恋と慕う

雨水林檎

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第十五話

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 それから一か月後、尚夏は介護助手のバイトを始めた。コンビニバイトともうまく兼ね合いをして週二日。蒼平から紹介された施設長は本当にいい人で尚夏の事情や都合を聞き可能な限り合わせてくれた。しかし丸一日中働いているわけではないがひと月の休みはほとんどなくなってしまった。でも、鳴海との日々に収入はあったほうがいい。
 慣れない仕事は戸惑うこともあったが、利用者も尚夏がいれたお茶を渡すと嬉しそうな顔をしてくれたり、任された雑用の合間に職員とも色々と楽しく話をしたり、たまに多少のトラブルはあれど尚夏の日々は順調だ。

「た、ただいまー……」
「おかえり、尚夏くん。大丈夫? 疲れた?」
「せんせー! 聞いてよ、もう今日は一人でずっと駆け回って掃除やってさ……ちょっとさすがにくたびれた。まあ楽しいこともあったんだけどさ。あ、食事待ってて、少し休憩したら作るから」
「いいよ、今夜は僕が作ろうか?」
「いい、先生作ると自分はほとんど食べないから。俺がやるよ、もう少ししたら作る」
「尚夏くん、休みないから大変だねえ」
「でも今月結構収入ありそう、一緒になにかいいものでも食べる?」
「はは、いいよ。働いたお金は尚夏くんが大切に使いなよ。なにかあった時のために貯金も必要でしょう」

 帰って早々玄関で寝転がってしまった尚夏に鳴海は少し困った顔をしている。仕事に疲れた尚夏に何かしてやりたいが何もすることが出来ないのがもどかしかった。
 この頃、鳴海はまた体調が良くない日々が続いている。熱の上がり下がり、貧血の眩暈立ち眩みはひどいし、それに日々の食欲不振……でも、尚夏にそれを相談することは出来ない。これ以上彼に苦労をかけたくなかったからだ。だから鳴海は尚夏の前では出来る限り笑顔で元気な風を装っている。しかし体調は日がたつごとに確実に悪化していた。
 数日後、夕方になってもバイトに出かけた尚夏が用意して行った昼食すら食べることが出来ずに、鳴海は布団に横たわっていた。横になっているのにぐらぐらと酷い眩暈がする。そして吐き気が強く、今にも戻してしまいそう。朝食を少し食べただけでそれからは何も食べていないのに……これはそろそろトイレに行ったほうがいいかもしれない。鳴海はふらつきながら立ち上がり、壁伝いに廊下を歩いていたが、瞬間、突然目の前が真っ暗になり、そのまま意識を失いその場に倒れこんでしまう。

 ***

 やはりコンビニバイトは向いていないのかもしれない。今日一日あった嫌なことを反芻しながら尚夏が帰り道、イライラして自転車を運転していたら民家の塀に思いっきりぶつかってしまう。怪我はなかったものの自転車が少し曲がってしまった。まったくもって、ついていない。
 曲がった自転車がうまく走らなくなってしまったので引きながら歩いてきたらすっかり帰宅が遅くなってしまった。

「ただいまー……」

 しかし玄関は真っ暗で、鳴海が出迎えに来る様子がない。眠っているのだろうか、でももう日も暮れている。嫌な予感がした尚夏は靴を脱いで玄関を駆けあがる。

「先生? いるよね? ただいま!」

 返事がない。慌てて明かりがつけっぱなしの寝室に向かう途中、足元に何かが触れた。よくよく見てみればそこに横たわっていたのは鳴海。驚いた尚夏は慌てて駆け寄る。

「先生! ちょっと、ねえ、大丈夫……っ?」
「……う、尚夏、くん?」
「どうしたの、倒れた?」
「よく覚えてない……なんだかすごく気持ち悪くて、トイレに行こうとしたら目の前が真っ暗になって、あとはわからない……」
「ちょっと、先生、熱あるでしょ?」

 抱き上げた鳴海の体温が高い。触れた肌が汗ばんでいて、明らかに熱を持っている。尚夏は慌てて鳴海を抱えて、寝室に向かいその身体を布団に寝かせる。青ざめた肌をしているが目は充血していて明らかに熱のある顔をしている。寒気を訴えた彼に毛布を与え、そっと背中をさする。いつから体調が悪かったのだろう、ここ最近調子が良いと思っていたから油断していた。
 夕食は食べたくないと言う。でも解熱剤を飲むために何か少しだけでも食べさせなければ……そう思って台所に行けば鳴海のために用意していた昼食がそのまま残っていた。昼も、食べてない。そんなに体調が悪いのだったらバイトだって休んだのに。
 きっと鳴海のことだから尚夏に遠慮して不調を言えなかったのだろう。最近忙しくしていたこともあるし、そういう時に何も言えないで我慢する鳴海を知っている。自分のせいだ、自己嫌悪にとらわれた尚夏は壁を叩く。鳴海に苦しい思いをさせてしまった。もっと気を遣ってやるべきだった……とりあえず冷蔵庫にあったヨーグルトを手に、寝室に戻る。

「先生、薬飲もう? 熱高いみたいだし苦しいでしょ。とりあえず薬の前にヨーグルト、食べられる?」
「いい、気持ち悪くて食べたくないから、薬我慢する……」
「先生……」

 苦しげな鳴海にしてやれることがない。尚夏はなんだかもう全てが嫌になってしまって、鳴海を寝かせると部屋を出ようとした。その尚夏の上着の裾を鳴海がつかむ。

「ごめん、ごめんね、尚夏くん……」
「別に先生悪くないじゃん。悪いのは俺だよ、ごめん自分にイライラするからちょっと頭冷やしてくる」
「待って、尚夏くん」

 尚夏にすがりつくように抱き着いた鳴海はその頬に触れて、そのまま遠慮がちにキスをした。熱のあるくちびるが熱い。尚夏はただ驚いて動けなくなってしまう。

「せ、先生からキスしてくれたのって初めてじゃない?」
「そうだね、僕だって本当はこういうことしたいんだよ」
「それって俺のこと好きってこと?」
「それは前から言ってるじゃない。好きだよ、尚夏くんが大切だ」
「せ、先生、せんせいっ、嬉しい、俺……」

 尚夏は抱えていたイライラも吹き飛んでただ鳴海を抱きしめた。彼の力いっぱいの抱擁にただ苦笑する鳴海、しかし尚夏の喜びは止まらない。鳴海が好きだ、この想いはあまりにも大きい。それはいまの尚夏を動かすものだった。

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