病弱の彼に恋と慕う

雨水林檎

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第二十話

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尚夏の仕事のシフトは早番で、夕方前に屋敷に帰ると海晴がまだ鳴海の屋敷で過ごしていた。スーパーで買った荷物を台所に片付けに行くが、通りすがった部屋で海晴が我が物顔で過ごしているのが気に食わない。鳴海は時折そんな海晴と話をしながらパソコンに向かっていた。小説の締め切りがもうすぐだったからだ。そんな忙しい時期に海晴にも気を遣って大変じゃないか。やっぱり気に食わない。
 尚夏が台所から戻ってくれば横になって鳴海の本棚の本を読み終わった海晴が放り投げた。それを見た尚夏は声をあげる。 

「おいお前! 借りた本をそんな乱暴に扱うなよ! 失礼だろうか」
「……」
「なんだよ、どうせ難しくて読めなかったんだろ? 昔の本、多いもんな」
「別に少しくらい古い本なら読めるよ。勉強、得意だったし」
「な、なんだよ自慢か?」
「中学受験してそれなりの進学校に通ってたんだよ。普通の高校生よりは勉強くらい出来る。成績だって悪くなかった」
「そんなこと言ったってお前学校辞めたんだろ? 過去の栄光をいくら話しても自慢になんてならないんだからな」
「こらこら尚夏くん、意地悪言わないの」
「だって、先生」
「ねえ海晴くん、今夜は家で夕飯食べてく? よかったら一緒に」
「……いらない。だってその人、口うるさそうだから。うるさい人は嫌いだ」
「はあ? 俺もお前みたいなガキ嫌いだよ!」

 そのまま海晴が帰宅して、その晩の夕食はざるそばにした。二人でそばをすすりながら、尚夏は鳴海に海晴の様子を聞く。

「良い子だよ、ちょっと内向的なところがあるかな。でも勉強は好きみたいでよく本を読んでいるね」
「ふうん、俺はなかなかうまく本を読めなかったけどね」
「もうなに、嫉妬してるの? 別に僕はただの教師として彼に接しているだけだよ」
「それは……わかるけどさ」

 しかし尚夏は不安だった。このままでは海晴に鳴海をとられてしまうのではないだろうか。かつての尚夏が、鳴海に懐いていたように。それは尚夏にとっては重要な問題になっていたが、鳴海はそれほど気にはしていないようだった。もどかしくて、尚夏は今夜もなかなか眠れない。

 ***

 その日は尚夏の仕事が休みで目覚ましをかけないで寝たせいで寝坊してしまった。隣で寝ていたはずの鳴海がいない。慌てて尚夏が台所に行くと鳴海が朝食を作っていた。

「ちょっと、先生。いいのに、朝は俺が作るって」
「尚夏くんも疲れてるでしょう。今朝は体調が良かったからサンドイッチを作ったよ。パン買ってあったの使っちゃったけど大丈夫だった? 尚夏くんはたまごサンドね」
「いや、パンはいいけど先生の分は? たまごサンド食べられないでしょ」
「僕は野菜サンド作った。一緒にテーブルに持って行って食べよ」
「ありがと、先生。じゃせめて俺がコーヒー淹れるから」
「うん、待ってる」

 二人で食卓につき、コーヒーを飲みながら朝食をとることにした。久々に食べた鳴海の料理はやはり美味しい。料理の上手さでは未だ尚夏はかなうことが出来なかった。

「げ、あのガキ来るの?」
「うん、今日は約束の日だからね。おやつ作るけど尚夏くん何がいい?」
「あいつにおやつなんかいらないでしょ、先生はゆっくりしてなよ」
「パンケーキ作ろうかな。ほら、尚夏くんも昔、喜んでくれた……」
「そんなの余計作らなくていい! パンケーキは俺と先生の大切な思い出だ!」

 今日はあいつ、こと海晴が運の悪いことに来る日だった。尚夏は外に出かけることも考えたが、しかし鳴海と海晴を二人きりにしたくない。あからさまに不機嫌な顔をしながら、尚夏は家事をすることにした。午前九時、海晴がやって来る。

「あ」
「……よう」
「……」
「お前、挨拶もなしかよ」

 玄関で鉢合わせた尚夏と海晴は険悪だった。そんな二人の所に鳴海が顔を出す。

「ああ、来たね海晴くん。いらっしゃい」
「どうも」
「……先生には挨拶するんじゃん」

 遠慮なく室内に上がって来る海晴。尚夏は舌打ちして、掃除の続きをした。しばらくすると屋敷中にメイプルシロップの香りが広がる。鳴海がパンケーキを作ったのだ、海晴のために。それが尚夏には気に入らない。

「尚夏くんもおやつにしようよ、ケーキ出来てるよ」
「……はあい」

 三人で囲むテーブルはなんだか気まずかった。海晴は感想も言わず黙々とパンケーキを平らげて行く。

「海晴くん、僕の分も食べる?」
「……うん」
「あっ」
「どうぞ、若いとお腹空くよね」

 鳴海の分のケーキも遠慮せずに海晴が食べてしまう。そこは遠慮しろよ、そんな尚夏の思いも海晴には通じるはずもない。鳴海のパンケーキは相変わらず美味しい。かつては尚夏のためだけに作ってくれたものだった、それなのに……。
 パンケーキを食べ終わり、使った皿を鳴海の代わりに尚夏が洗う。朝から鳴海は台所に立ちっぱなしだったからさすがに疲れているだろう。
 一人で台所にいる尚夏のもとに、海晴がやって来た。なんの用だ、その意味を込めてにらみつけるように視線を向けると彼は腕を組んでどこか不敵な表情をしている。

「なんだよ」
「……あんたさ、就職してるんだよね?」
「してるよ、どこかのニートと違ってな」
「じゃあ一人暮らしだって出来るんじゃないの?」
「は?」
「先生も迷惑してるんじゃないかなあ、いつまでも昔の教え子が家に居座ってて」
「居座る、なんて別に俺と先生は今では対等な関係だよ」
「うそだ、教師と生徒はいつまでだって教師と生徒なんだよ」
「何が言いたいんだ」
「今の先生には俺がいるし、あんたがいつまでもここにいても迷惑かけるだけだ」
「なっ、ああ? うるせえなてめえ、殴るぞ」
「こっわ、もうさっさと出てけばいいじゃん。その方が先生も面倒なことが減って楽になると思うけど」

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