倫理的恋愛未満

雨水林檎

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第一話

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 雨の日はどこか息苦しい。骨ばった手足の節々は痛むし、深呼吸するとむせてしまう。この身体もそろそろ限界だって言っているのだろうか、思い当たることは多々あるし自業自得なのはわかっている。だからそれはそれで、良いのだけれど。

「ははっ! それ絶対女子に嫌われるやつだろ、普通に好きだって言ってみたら?」

 いま、いかにも楽しげな男子生徒数人の笑い声が廊下中に広がりながら過ぎ去っていった。多分彼らとは住む世界が違っていて、だから僕には今年も友達はできない。このままずっと大人になるまで孤独は続いて、この世のどこにも僕を受け入れてくれる人なんかきっといないのだ。
 他人との接し方がよくわからない。それはそもそも、とうに僕の家庭が崩壊していたから……いやいい、もう家のことは。
 あきらめることはあきらめる、だからせめて、だれか、僕を助けて。
 この世界の奥底からどうか僕を引き上げてよ。

 ***

 それは橘野幸知(きつのさち)高校一年生、十五歳の春のこと。彼が自宅最寄りの県立高校に入学して一か月がたとうとしていた。クラス内ではすでにそれぞれ仲良しグループは決まっていて、事情により同じ中学の知り合いもいない幸知には最初からの友達がいない。それになにしろ彼はひどい口下手で、自分の感情を出すのが苦手だった。だから、まさに数学の授業中の今、幸知は迷っている。

(耳鳴り、気持ち悪いな……、眩暈もする。たまに目の前も真っ暗になるし、少しでいいから横になりたい。でもこんな静かな教室で、先生を呼んだら注目される……)

 幸知の背中は大量の冷や汗でじっとりと濡れていた。いつも目立たない位置でいたい幸知の矛盾した望み。視線を集めるのは嫌だけれど、勇気をもって声を出さねばこのまま倒れて大騒ぎになってしまう。

(吐くのは嫌だ、苦しいし周りを汚してしまうから。だからと言ってこのまま我慢して意識を失ってしまうとそれからどうなるのかがわからない。保護者を呼ばれる事態だけは避けないと)

 耳鳴りがさらにひどくなり、すでに中年数学教師の松原が何を言っているのかがわからないまま幸知はそれでも迷っていた。その時、幸知の真横に松原が立つ。

「こら、久賀野。昼寝は家に帰ってからしなさい」

 大いびきをかいて眠っていた幸知の隣の席の同級生は松原の持っていたノートで頭を軽くはたかれる。どっと笑いの起きた教室内で寝ぼけた顔をして顔を上げて、久賀野神無(くがのかんな)は大きく伸びを一回した。

「うあー……先生、なに?」
「なにじゃあないよ、プリント終わったのか?」
「プリントぉー? ああー……」

 その時、幸知と久賀野の目が合った。目つきが悪いがどこか憎めない顔をしている彼は体格がよく、身長はクラスで一番、体重は誰よりもひどく瘦せている幸知の二倍はあるのだろう。その久賀野が突然幸知の細い腕をつかんだ。大きな手は簡単に二の腕をまわってしまう。幸知の頬がさらに青ざめ白くなる。驚いて息もできないままゆっくりと久賀野の目を見た幸知に、彼はにっこりと微笑み話しかけた。

「あのさぁ保健室、行く?」
「えっ、あの……」
「松原せんせー、俺、保健委員なのね? だからちょっとこいつ保健室まで連れて行きまあす。ほら、行こ。名前なんて言うの、お前」
「橘野幸知……」
「そうそう、橘野退室しまーす。俺は五分で戻るから! というわけで、じゃ」
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