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4章
暴食
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「消えた。彼が消えた」
世界の崩壊の淵で柳凪はそう小さな声で叫んだ。
「足りない……お前達では足りない」
悪戯に人形を貪る彼女の瞳は光を放っていた。
ただただ純粋に禍々しい、光を。
「……お前を、食す」
暴食は絶望の淵で、だからこそ彼女を支配した。
***
「ここに深雪麻友が幽閉されている筈です。そうパラケルススは私に言いましたから」
一体、どの山本晶がパラケルススだったのだろう。そんなことを六花はふと考えた。
「……麻友」
ここまでの侵入は容易だった。荘厳なユダの子孫達の館の構えには似合わずにグレートヒェンはその抜け道をまるで自身が造ったかの様に熟知していた。
「生きて、いるのか?」
フラスコに閉じ込められた幼女の姿が写し出される。
「はい、お客様。彼女は確かに生きています」
その前にこちらの研究を見て下さい。
「これがどうかしたのか?」
視界が暗くなる。三度目の正直とは行かない様だ。
「成る程、これは素晴らしいッ!実に、実に実に……」
六花の目の前には大きな図版が展示されている様に置かれていた。
頭痛は酷くなる一方だ。
手に持った抜き身の刀がただ彼にはひたすらに重く感じられた。
「マナの焼却……それによる悪魔の無力化」
鈍くなる意識の中でそう叫ぶ狂った様な自分の声が響く。
「そして冷却することでマナを安定させるとは……」
「矢張り、流石『嫉妬』と『憤怒』が創っただけはある」
目醒めは急速に訪れる。続きて欲しい夢であればあるほど。
「彼女は無事、救出出来ました」
そう言うグレートヒェンの姿は酷く儚げであった。
「これ、すっかり渡し忘れていたけれど鞘です」
彼女がそう言って渡すのはなんとも不思議な形をした布であった。
「これ、サルノコシカケ科のキノコの菌糸から作ったそうなんですよ」
ベルフェゴールからそう聴いたのか、彼女はそう自慢げに言う。
「もう私の事は忘れて下さい。私はお役目が終わったのです」
悲しそうに、彼女はそう言って自分の形見を渡す様に六花にソレを渡した。
「嬉しいな…これでやっと兄さん達と会える」
少女の様に、かつて見た映像の中の様に彼女はそう言って笑った。
「不思議ですよね。私達は人間から離れよとするのに、その実近ずいて行ってるんですよ」
成長しない高橋美沙。
男女番いの人体精製。
「でも、結局は人間にはなれない。私達はまだ不完全なのですから」
「でも……この子は違う。この子はやっと完成した私達の夢の形なのです」
酷く、朧げだ。彼女はただひたすらに美しかった。
彼女は最後に笑っていた。「私、忘れて下さい」と。
「そんなのってありなのかよ……」
溶解した、高橋美沙の能力の様に水溜りと変わった彼女の姿をその瞳に写して、移して深雪六花は声にならない声で泣いていた。
「お兄ちゃん」
***
腹が減って仕方が無い。彼と会うときだけには治っていた彼女の旺盛な、旺盛過ぎる食欲はもう止まる事を知らない。
全てを喰らう。彼女の奴隷を、そして彼等の骨も。
「お姉ちゃん」
妹の声がする。
「その声は……レヴィ?」
声のする方向へとその身を引きずりながら向かう。
「こ、のまま、じゃ。」
酷くもたついた声がする。これは間違いなく生前の彼女のものだ。
「私、おね、ちゃんに」
「食べられてあげる」
総合思念体。
「ああ、レヴィ貴方って本当に優しいのね……」
世界の終わりに捧げられる神の食料。
『嫉妬』の大悪魔、レヴィアタンは魔王によって遣わされていた。
彼女が世界を食い滅ぼす事を防ぐ為に。
そして、彼女が彼女自身を貪り食う前に。
「そんなに可愛いらしい格好をして」
柳は近寄る。
その身はかつて彼女が必死に守ろうとした少女のものであった。
愛する彼女に良く似た春野芽生の体は最高の器だった。
「それにしても貴方、まだ人体蒐集なんて薄気味悪い事をしているの?」
全身を奴隷の血で着飾った彼女は口元に笑みを讃えてそう茶化す。
「だって……完璧なフラ、スコなんて無いんだもの……」
「そうね。貴方にとって必要なのはただの人形。殺された妻の代わりですものね」
「意地悪しないでよ……早く食べて」
燃え盛る春野芽生。
マナはマナしか壊せないのだ。
「ごめんなさいね。貴方を見ているとつい虐めたくなっちゃうの……でも安心して。それって食材にとって最高の才能だから」
かつて魔王が焼却した氷の人形ではない、紛れもない春野芽生のフラスコは次第に姿を変える。
「私としたら鱗の生えた海龍よりも可愛らしい少女の方が好みなんだけど……背に腹は変えられないわ」
そして、喰われた。
世界の崩壊の淵で柳凪はそう小さな声で叫んだ。
「足りない……お前達では足りない」
悪戯に人形を貪る彼女の瞳は光を放っていた。
ただただ純粋に禍々しい、光を。
「……お前を、食す」
暴食は絶望の淵で、だからこそ彼女を支配した。
***
「ここに深雪麻友が幽閉されている筈です。そうパラケルススは私に言いましたから」
一体、どの山本晶がパラケルススだったのだろう。そんなことを六花はふと考えた。
「……麻友」
ここまでの侵入は容易だった。荘厳なユダの子孫達の館の構えには似合わずにグレートヒェンはその抜け道をまるで自身が造ったかの様に熟知していた。
「生きて、いるのか?」
フラスコに閉じ込められた幼女の姿が写し出される。
「はい、お客様。彼女は確かに生きています」
その前にこちらの研究を見て下さい。
「これがどうかしたのか?」
視界が暗くなる。三度目の正直とは行かない様だ。
「成る程、これは素晴らしいッ!実に、実に実に……」
六花の目の前には大きな図版が展示されている様に置かれていた。
頭痛は酷くなる一方だ。
手に持った抜き身の刀がただ彼にはひたすらに重く感じられた。
「マナの焼却……それによる悪魔の無力化」
鈍くなる意識の中でそう叫ぶ狂った様な自分の声が響く。
「そして冷却することでマナを安定させるとは……」
「矢張り、流石『嫉妬』と『憤怒』が創っただけはある」
目醒めは急速に訪れる。続きて欲しい夢であればあるほど。
「彼女は無事、救出出来ました」
そう言うグレートヒェンの姿は酷く儚げであった。
「これ、すっかり渡し忘れていたけれど鞘です」
彼女がそう言って渡すのはなんとも不思議な形をした布であった。
「これ、サルノコシカケ科のキノコの菌糸から作ったそうなんですよ」
ベルフェゴールからそう聴いたのか、彼女はそう自慢げに言う。
「もう私の事は忘れて下さい。私はお役目が終わったのです」
悲しそうに、彼女はそう言って自分の形見を渡す様に六花にソレを渡した。
「嬉しいな…これでやっと兄さん達と会える」
少女の様に、かつて見た映像の中の様に彼女はそう言って笑った。
「不思議ですよね。私達は人間から離れよとするのに、その実近ずいて行ってるんですよ」
成長しない高橋美沙。
男女番いの人体精製。
「でも、結局は人間にはなれない。私達はまだ不完全なのですから」
「でも……この子は違う。この子はやっと完成した私達の夢の形なのです」
酷く、朧げだ。彼女はただひたすらに美しかった。
彼女は最後に笑っていた。「私、忘れて下さい」と。
「そんなのってありなのかよ……」
溶解した、高橋美沙の能力の様に水溜りと変わった彼女の姿をその瞳に写して、移して深雪六花は声にならない声で泣いていた。
「お兄ちゃん」
***
腹が減って仕方が無い。彼と会うときだけには治っていた彼女の旺盛な、旺盛過ぎる食欲はもう止まる事を知らない。
全てを喰らう。彼女の奴隷を、そして彼等の骨も。
「お姉ちゃん」
妹の声がする。
「その声は……レヴィ?」
声のする方向へとその身を引きずりながら向かう。
「こ、のまま、じゃ。」
酷くもたついた声がする。これは間違いなく生前の彼女のものだ。
「私、おね、ちゃんに」
「食べられてあげる」
総合思念体。
「ああ、レヴィ貴方って本当に優しいのね……」
世界の終わりに捧げられる神の食料。
『嫉妬』の大悪魔、レヴィアタンは魔王によって遣わされていた。
彼女が世界を食い滅ぼす事を防ぐ為に。
そして、彼女が彼女自身を貪り食う前に。
「そんなに可愛いらしい格好をして」
柳は近寄る。
その身はかつて彼女が必死に守ろうとした少女のものであった。
愛する彼女に良く似た春野芽生の体は最高の器だった。
「それにしても貴方、まだ人体蒐集なんて薄気味悪い事をしているの?」
全身を奴隷の血で着飾った彼女は口元に笑みを讃えてそう茶化す。
「だって……完璧なフラ、スコなんて無いんだもの……」
「そうね。貴方にとって必要なのはただの人形。殺された妻の代わりですものね」
「意地悪しないでよ……早く食べて」
燃え盛る春野芽生。
マナはマナしか壊せないのだ。
「ごめんなさいね。貴方を見ているとつい虐めたくなっちゃうの……でも安心して。それって食材にとって最高の才能だから」
かつて魔王が焼却した氷の人形ではない、紛れもない春野芽生のフラスコは次第に姿を変える。
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