終のすみか

斎宮たまき/斎宮環

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第10話 闇に溺れる声

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 真夜中のリビングは、点けっぱなしのテレビの青白い光だけが部屋を照らしている。画面ではバラエティ番組の笑い声が延々と流れ続けているが、私の耳には遠いノイズにしか聞こえない。パニック障害の症状が悪化し、ほんの些細な物音が心臓に飛び火するように感じる。

 玄関のチャイムが「ピンポン」と鳴るたびに、全身が硬直し、呼吸が止まる。どうしても応答できず、手にしたリモコンで音量を上げ、画面をただ見つめることで自分を保とうと必死だ。

 その夜、私はついに外界と完全に断絶することを決めた。リビングの窓とドアに内側からチェーンを掛け、カーテンをぎゅっと閉じる。外の光も音も遮断して、自分だけの深い闇の中に飛び込んだ。

 部屋の隅には、四隅を向かい合うように積み上げられた新聞紙と、空き箱の防音壁。まるで自分自身を牢獄に閉じ込めるための要塞を築いたかのようだった。胸の奥で湧き上がる恐怖と不安は、壁を通り抜けずに濃密な煙となって空間に充満する。

 暗闇の中、私は床に座り込み、膝を抱えて小さく震えた。手元のスマートフォンは圏外表示。SNSの通知も、かつて頼りにしていた友人のメッセージも、何も届かない。唯一、母からの着信履歴だけが赤い数字で表示されている。

「連絡しなきゃ…でも、声が出ない」

 唇を震わせながら、それさえ言葉にする勇気が奪われている。

 深夜二時、不意に電話が鳴った。母からの着信だ。画面を見つめる指先が硬直し、コールが数回鳴った後で留守電に切り替わる。私は決死の思いで留守電を再生ボタンに合わせた。

「実花、どうしたの? 心配で…電話に出てよ…」

 母の声は震えていた。その後に続く「孫の話も…」という言葉を、私は聞くことができなかった。代わりに、鼓動だけが耳をつんざくように鳴り続ける。

 留守電を切り、私は床に突っ伏した。暗闇の中で嗚咽が止まらず、胸が波打つたびに自分が押しつぶされるのを感じた。誰かに助けを求めたいのに、声は闇に飲み込まれて消える。

 夜明け前、わずかに聞こえる外の鳥の声が、自分がまだ生きている証のように響く。私は震える手で防音壁を壊し、チェーンを外し、カーテンを開けた。眩しい朝の光が一気に部屋に流れ込む。

 その瞬間、恐怖が突き抜け、涙と一緒に解放が溢れた。滑り落ちるように床に倒れ込み、顔を上げると、遠くの空が淡いオレンジに染まり始めている。

 私の声はまだ戻っていない。だが、胸の奥に小さな残響が残っていた。それは確かに、自分の声を取り戻すための予兆だった。
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