宇宙を超えて

荒谷宗治

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3章

第14話 気は進まないけど

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「お邪魔しました~……」

 すっかり日も落ち夜になったころ、課題を終えた真奈は志穂の家を出る。

「じゃあね志穂。また明日大学で」
「うん。また大学で」
 
 手を振りながら遠ざかる幼馴染を同様に手を振って見送る志穂。彼女の姿が視界から消えるとドアを閉める。

「ふう……」
 
 志穂が息を吐いて部屋に戻ると、何か重たいものが着地する音が聞こえてくる。

「志穂、貴様彼氏なんていたのだな」
「え? ああ……まあ……いたけど……高校の頃ちょっとだけね……」
「どんな人間だ?」
「はあ?」
「どんな人間なんだ?」
「……どうでもいいでしょそんなこと……てか、あんたそんなのに興味あるの?」

 ベムの質問を切り捨て、冷蔵庫を開けると鶏肉、玉ねぎ、じゃがいも、人参、ブロッコリーなどの食材を並べていく。

「必要なことだ。教えてくれないか?」
「……何に?」

 少し苛つきながら聞き返し、包丁とまな板を取り出しじゃがいもを洗い、皮を剥き始める志穂。

「レランカの行動、ひいてはお前と超念石の融合にも関わるかもしれん」

 ベムの一言に、志穂の動きが止まる。「本当に関係あるの?」という言葉が喉の奥まで出てくるが、「仮に嘘だとして何故そんな嘘を?」という思考がそれを飲み込ませる。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、観念したように息を吐き、眉を垂れ下げ、口を開く。

「一言で言うとぉ……。モラハラクソ野郎!!!」

 叫びと共に、志穂は勢いよく包丁をまな板の上のじゃがいもへ振り下ろす。ダンっ!と大きな音が響きじゃがいもを真っ二つにすると、志穂はベムの方へ向き直る。

「あの野郎!! 入学して間もないのに馴れ馴れしくして来たのぉ!! 『ごめん、君が心配でさぁ』とか『なんか君のこと気になっちゃって』とか碌に会話もしてない頃からやってきたんだよキモくない!?」

 過去の記憶と連動し、揺さぶられた感情に身を任せ志穂は声を荒げながらじゃがいもを切り分け、そのまま人参のヘタを取り、皮を剥いて乱切りにしていく。

「あいつねぇ! 質の悪いことに顔はそれなりに良かったの! だからクラスの女子に結構人気あったの! それであたしのところにさっきみたいな感じで来るからあいつを気に入ってる女子の嫌な感情が全部あたしに飛んでくんの!!」

 矢継ぎ早に言葉を繰り出す志穂。その手は玉ねぎの皮を剥いている。

「もう針のむしろで、結局なし崩し的に付き合うことになったの! それからはもうよくある奴! 最初は優しかったのに付き合い出してから本性表すっていうあれ!!!」

 まるで数日前の出来事であるかのような調子で怒鳴り声を上げる志穂は更にヒートアップしていく。玉ねぎを切り、ボウルに水を入れブロッコリーを洗い、房ごとに分けていくと、レンジに入れて加熱する。

「あいつあたしの言うことやることまず否定から入ってくんの! 『それ違くない?』とか! 『お前って変な感性してるよな』とか! テストの成績悪かったりすると『馬鹿だな~。こんなのもわかんないの?』みたいなこと毎回言うしさ! そのくせ変に束縛強くてぇ! 友達より自分、勉強より自分、バイトより自分って、やたら自分を優先するようあたしに要求してくるんだよ!? いつの間にかスマホのパスワードも知られてて勝手にチェックしてくるの! 自分のは絶対見せない癖に!!! 問い詰めても都合悪くなると逆ギレかヘラヘラして誤魔化してくるのもムカつく! けど何より腹が立ったのは……!」

 立板に水の如く捲し立てていた志穂が初めて言い淀む。それと同時に調理の手も止まる。数秒後、意を決したのか息を吐くと再び話し始める。

「あたしの……1番触れられたくないところを踏み躙ったの!! それで耐え切れなくなって一発引っ叩いてそっからはブロックしてスマホの中からあいつの痕跡全部消してそのまま自然消滅!! 結局根本的にあたしのこと見下してたの!! あいつが欲しかったのは彼女じゃなくて奴隷!! ホントカスよあのゴミクソ!!!!!」
 
 一息でそう言い切り、肩で息をする志穂に、ベムは頭を掻くような仕草を見せるとバツが悪そうに話し始める。

「私の言い方が悪かったな……。聞きたかったのは内面ではなく見た目の方なんだが……」

 ベムの言葉に志穂は下唇を噛む。自分との熱量差に居た堪れなくなった瞬間、レンジの加熱終了音が響いた。

「早く言ってよ……そういうことは……」

 頬に朱を刺して、先程の勢いが嘘のように弱々しい口調でレンジからブロッコリーを取り出し調理を再開する志穂。フライパンに油を敷き、野菜を炒めていく。

「すまない。で、元カレはどんな見た目なんだ?」

 一瞬で謝罪を済ませたベムに志穂はジトリと目を伏せるとため息を吐いて話始める。

「体型は……結構細身で……身長は……まあそこそこ……顔は……結構中性的な方で……髪型は……センター分けにしてたかな?」
「こいつのことか?」

 志穂に見せつけるように開いた高校の卒業アルバムをベムが指差す。その先には志穂の述べた特徴と概ね一致している男の写真があった。

「ああそうそうそれそれ……勝手に見ないでよ!」

 いつの間にか持ち出されていたアルバムをベムの手から引ったくり、手で払う志穂。

「なるほど、そいつがお前の元カレか……」
「……そーだけど。で、これで何がわかったの?」
「恐らくそいつはもうすぐ死ぬ」
「……え?」
「志穂。お前に殺されてな」
「はあ!?」

 ベムの物言いを何一つ理解出来ず、志穂は意味のない声を上げることしかできない。目に見えて混乱している彼女に対し、ベムは落ち着き払った態度で話を切り出す。

「順を追って説明しよう。今日ここに戻ってくる前に、先週の貴様と同じようにレランカの兵隊に拉致されていたやつがいた」
「それって……」
「そうだ。貴様の元カレだ。町外れの廃ビルに連れていかれていた」
「……なんで放っておいたの?」
「どうも奴らの動きが不自然でな。志穂のときと違い、私にあえて見つかるように、こちらを挑発するような立ち回りをしていた。それに、拉致された奴もこれまでの志穂の知り合いとどうも雰囲気が違っていて、確証が持てなかった」

 志穂は何も返答をせずベムの説明を静かに聞いている。

「だが知り合いというなら話は簡単だ。レランカは捕らえたそいつから取れるだけの情報を取る。その過程で志穂、貴様とは関係も良好ではなくとっくに疎遠になっていることも知るだろう」
「……それとあいつが死ぬことに何の関係が?」

 それでもイマイチ話が掴めず志穂は疑問を呈する。

「人質や監視役として使えないのなら別の使い方をするまでだ。そいつを殺して適当に証拠とストーリーを作り、貴様の罪にすれば社会的ダメージを与えられる」
「……何でそんなことする必要が?」
「決まってるだろう。『自分に逆らうより従った方がリスクが少ない』と思わせる為だ」

 淡々とした口調で告げられた質問の回答に、志穂の手の動きが止まり、火を止めると、手をついて息を吐く。

「『こちらを挑発するような立ち回りをしていた』って言ってたよね……。それってあたしの時と違って追いかけてくるように仕向けるってことじゃない? ……罠とか張ってるんじゃ……」
「そうだな。追っても追わなくても私か志穂のどちらかにリスクを負わせることができる」
「なんでそんな冷静なの……」
「狼狽しながら報告される方が好みなのか? すまん。あまりそういう演技は得意では……」
「ああいいよわかった、やんなくていい。今のままでいい、今のままで」
 
 ピントの外れたベムの返答に志穂は見切りをつけ話の脱線を防ぐ。

「……あたしはその……助けたいんだけど……はあ……元カレのこと……いいかな?」

 言葉を区切り、嘆息を挟んで不本意を隠す気もない口調で志穂はベムに許可を求める。

「構わん。できるなら2度と視界に入れたくない人間だが、そいつの死が自分の人生と生活を脅かすなら、危険を犯してでも命を救うという施しを与えるのもやむなしといったところだろうからな」
「ああ……うん……なんでそういうところは当ててくるの……」

 先程のズレた回答とは一転、まるで思考を読んだかのように自分の心情を言語化してきたベムのチグハグさに混乱しつつも、一度息を吐いて落ち着き、改めて話始める志穂。

「……話戻すけど、いいんだね? 罠があるかもしれないけど助けにいくでいいんだね? そういう話でいいんだよね?」
「ああ、それでいい。元からそのつもりだったからな」
「よーし……!」

 志穂が気合いを入れるように声を発すると、ベムが立ち上がり、玄関へと向かう。

「ベム! 頑張って! あたしここで待ってる!!」

 そんなベムの背中にフライパンの野菜を鍋に投入しながら志穂は激励の言葉を浴びせる。ベムの動きが止まる。

「お前も来い」

 ベムに頭を掴まれ、志穂の足が地面から離れ宙に浮かぶ。瞬間、志穂の口から意味のない言葉が漏れ出す。

「なーんで!? あたしが行ったって邪魔になるだけじゃん! 居ない方がいいでしょ!? 今日はシチューだから。ブロッコリーも入ってるから、ブロッコリー」
「志穂。自分がどんな目にあったのか覚えていないのか? 奴らは私達を分断する為に大量の人員を割いていたのだぞ?」
「いやそれは……そうだけど……」
「それに、上手くいけば超念石との融合が解かれるかもしれんぞ」
「え? なんで?」
「超念石は欲望や願望に反応する。それは『過去の心残りを解消したい』という物も含まれる。あそこまで精神を乱される存在ならそいつとの決着が志穂、お前と超念石を切り離すかもしれん」
「……え、つまり『ムカつく元カレに言いたいこと言ってスッキリすれば上手くいくかも』ってことなの? なにそれ? そんなんでいいの?」
「そうだ。過去に似た事例もいくつかある」
「へぇ~……なんか急に不気味さが減ったような気がする……」
「わかったなら行くぞ。跳ぶからな」

 志穂を掴んだままドアを開け、ベムが廊下に出ると、そのまま飛び降りる。

「へ?」

 気の抜けた声を漏らして自由落下による風を感じながら高速で拡大されていく地面をぼんやりと眺めるだけの志穂。
 彼女の視界が大地で埋め尽くされた瞬間だった。一足先に着地したベムが跳躍し、志穂のアパートから数十メートル離れた中層ビルの屋上へ足を下ろす。すぐさま再び跳び上がりまた数十メートル移動する。その度に志穂の眼前には夜の街が広がる。

「またこれ……」

 数日振りに体験する浮遊感に、志穂はぼやきつつも、されるがままとなっていた。
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